4 精鋭部隊、母艦を沈められる
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これはレインが、単機任務に出撃中に起きた出来事である。
艦内にけたたましいサイレンが鳴り響いたのは昼過ぎ事だった。
ECMが敵のミサイルの誘導電波を捉えたのだ。
航空機部隊員の機体への意識転送が成され、離陸の準備が整った時には、既にジャミングを抜けてきたミサイルに対しての、迎撃ミサイルの発射が始まっていた。
『これ、そうとうにマズイ状況じゃないですかね……』
通信の隊員の声は掠れていた。
『ただでさえ物量差が半端無いんですから、防衛戦なんて勝ち目ないっすよ。敵に見つかった時点で終わりというか』
もう一人に至っては、既に諦めモードである。
本土である月から遥かに離れていた地での戦争。ましてその構図は現実世界全てを相手に戦っているのだ。地球上何処にいても敵陣のど真ん中に居ると言っていい。
だからこそ巡洋空母は電磁場・迷彩ステルスを張り、視覚的にも電波的にも姿を隠し、常に位置を変えながら行動していた。
隊員の言う通り、敵に巡洋空母が見つかってしまった時点で、詰んでいるとまでは言わなくても相当に苦しい戦いになる事は目に見えていた。
巡洋空母は奇襲作戦を行う為のみに存在し、艦隊相手に真面な海戦などする能力は持ち合わせていない。
今回の勝利条件は、敵が巡洋空母を再び見失うまで、守りきる事だ。
「だから、俺達が出撃するんだろう」
カタパルトから次々離陸して行く隊員達を見送りながら、隊長スティーブン・レノアは離陸の時を待つ。
『それは分かってはいますけど』
『せめて大きな拠点でも、地上に在れば』
『それこそ作り始めた瞬間、圧倒的な物量で潰されるだけだ』
『こういうの、レインの方が得意でしたよね。あいつ機体壊して直ぐ離脱しちゃうけど』
「いない者の話をしても仕方ないだろう。無駄口叩かず、一機でも多く落とせ!」
好きかって言う隊員達に、遂にしびれを切らした隊長の怒鳴り声が響き渡った。
そして自身も離陸し、スロットルを全開にして先を急ぐ。迎撃目標は来るであろ第2波だ。それを巡洋空母の迎撃ミサイルの射程外で迎え撃つ。
そして案の定始まった第2波攻撃。巡洋空母の迎撃ミサイル数が決して多くないのだから、ここで出来る限り潰しておきたい。
大量に迫る敵のミサイルを、戦闘機で落とすのは至難の業だ。こちらの誘導ミサイルを打ち尽くしてしまえば、後は機銃で対処するしかない。
落とし損じたミサイルは巡洋空母の対空砲火が落としてくれることを祈るしかなかった。
『クソッ当たらない!』
『水面ギリギリを飛びやがって』
隊員達の苛立たし気な声が響く。
迫りくる多量のミサイルに、猫の手も借りたい状況だった。
スティーブンはレインを除隊させてしまった事を激しく後悔する。
彼は、乱暴極まりない操縦で機体を直ぐ駄目にしてしまうが、戦闘開始直後においてのみ、その撃墜数は異様だった。
まさしく今のこの状況で求められているのは、そう言った能力だったのかもしれない
まさか、レインを除隊させた代わりの補充要員も無いままに直ぐこのような事態に陥るとは思ってもみなかったのだ。
無意識に自己を正当化するための理由を必死に考え始める。
――不安定な一人の天才より、安定した凡人を望む事の何が悪い。
隊長として隊を指揮するにあたって、それを求める事は当然なのではなかろうか。
そんな風に思考がそれた矢先だった。
戦線の離脱命令が入る。帰投先は巡洋空母では無い。残った燃料ではたどり着けるかすら怪しいポイントだった。
そしてスティーブンは悟る。巡洋空母が放棄せざる得ない状況に陥った事を。
勝てる見込みが薄かったとはいえ、あまりにあっけなかった。
巡洋空母の乗組員は速やかに意識転送による離脱を行っただろう。自分達にとってのライフラインであるサーバーと通信機は、例え船が沈んだとしても、最低限機能するように設計されている。
それにしても、虚しい結果だった。こうもあっさり帰投先を失ったのだ。
『隊長……』
「離脱命令が出ている。速やかにそれに従い、指示されたポイントを目指せ。燃料が持たなかった場合は機体を放棄、意識転送による離脱を認める」
2
指定のポイントに到着できたのは全7機中5機であった。2機は燃料を失い脱落。貴重極まりない機体を放棄せざるを得なくなった。
ポイントに居たのは、別任務にあたる巡洋空母と護衛艦2隻だ。
母艦を守れずに他の空母に降り立つなど屈辱的だった。自身の艦にも護衛艦が編成されていたなら、もう少しマシな戦いが出来たかもしれない。
任務の性質上、それが叶わない事が分かっていて尚もそう思ってしまう。
そして空母デッキの上に見慣れない異質な機体がある事に気付く。
「あれは……?」
答えを求めて言った訳では無かったが、
『新型のテスト機です。と言っても既に実戦投入を行い、敵の大国に単機で潜入して戻ってきた所らしいですが』
と巡洋空母から通信が帰って来た。
そしてその内容に驚愕する。
「そんな事が、この機体には可能なのか!?」
『こいつは凄いですよ。ただ、あまりのじゃじゃ馬で、乗れる人間は今の所一人しかいないらしいですが』
「そうか、そいつは相当に優秀なのだな。うちの隊にもそう言う人間が居ればよかったのだが。パイロットの名を訊いてこうか」
『テストパイロット名は、レイン・バレンタイン』




