3 敵の大国がやってる事がえげつない!
1
別世界に逝ってしまいそうな陶酔感の中、それを台無しにしたのは。視界上に開いたウィンドウだった。
「貴方の診立ては間違っていなかったようね?」
ウィンドウに映し出されたのは妃花と同様に銀髪赤目の女だった。どことなく雰囲気と言うか顔も妃花に似ているだろうか。
「当然だわ」
「なら、このまま実戦へと出てはみない?」
ウィンドウの中の女がとんでもない事を言った気がするが、あえて反応せず妃花にまかせる。
「流石に無理ね」
「残念、もう受けてしまったわ」
「ちょ!? 何考えてるの?」
妃花が裏返った声を上げた。
「機体の様子は、こちらでもモニターしていたからな。あまりに調子が良さそうだったから、幕僚達をオンライン招集してそのまま売り込んだところよ」
「何を勝手に!?」
「ビジネスとはタイミングが重要なのよ」
「だからって」
「見事商談は成立よ。この任務の戦績しだいでは、量産型の設計に入れる」
ウィンドウの中でガッツポーズをした女に、妃花は深い溜め息で応えた。
「礼は言わなくてよ。勝手にヒトの仕事に首を突っ込んできて。むしろ文句しか出てこない」
「でしょうね。ただ、私もその機体に賭けているのよ。もっとも貴方と違って賭けているのは社運なんかではないわ。この戦争、負けるわけにはいかないのよ。絶対に。負ければ私達に未来は無い」
「それは私達共通の認識よ」
それは俺達のような肉体を失い、仮想世界に生きる者にとって共通の危機感だ。
現実世界に生きる者にとって、最早俺達は人間ではない。奴等は俺達をその世界事消し去ろうとしたのだから。
恐らくこの戦争は交渉によって閉じることはない。奴等は俺達を最後の一人をも滅ぼすまで、攻撃を止めないだろう。
2
任務の内容はユーラシア大陸のとある大国の沿岸にある島で確認された奇妙な、現象の調査だ。
最近この当たりではその大国を始めとした敵軍の動きが活発になっている。
そして、確認された現象は、この島の周辺で航行する敵の敵輸送艦が忽然と姿を消すと言う物だ。
普通に考えれば、この島の地下に洋上から入れる地下施設が建設されていると考えるのが妥当である。
敵国の領海内奥深くに単機で挑む任務。普通に考えれば『死んで来い』と言われているようなものだ。
だが、この機体で挑むとなれば話は全く別だった。
「さっきのは誰だ?」
「母よ」
あの親にしてこの子ありか。
「まもなく敵国の領空に入る。その前に意識転送で離脱しろ」
「冗談じゃなくてよ。この機体が失ったら私は死んだも同然って言ったでしょう? 戦場だろうと何処であろうと付いて行くわ」
「正気か?」
「無論よ」
ウィンドウに表示される警告表示。
「まだ領海に侵入もしてねぇってのに早くも来やがった!」
マップ上を迫ってくる敵機に注意を向ける。
「今回の作戦はスピード重視よ。無用な戦闘は避けて、最大巡行速度で振り切っちゃって」
「分かってる。にしてもこの機体はステルスじゃねぇのか」
「電磁場迷彩ステルスを搭載してるわ。してはいるけど、それを使用すると超音速巡行が出来なくなるから。今回の作戦では意味をなさない」
「貧弱なシステムだな」
「そうじゃない。せっかく見えなくなってるのに。衝撃波ばらまいてどうするの? ってこと。まぁ、確かに光路歪曲域に衝撃波が干渉して台無しになっちゃうってのも大きいけど。とにかく突っ切ちゃって。これに追い着ける機体なんてこの世に存在しない」
「了解」
燃えるような真紅のプラズマを纏い猛烈な勢いで、遂に視界上に捉えた敵を無視して突っ切る。
速度は音速の7倍に達していた。
3
敵領空内にある問題の島にはあっけなく辿りついたもの、派手に目立ったために、四方八方から敵が集まって来る。
その量が凄まじい。この島には余程守りたい物があると見える。
「悪ぃが暴れさせてもうぞ」
「お好きに」
視界に浮かび上がる警告表示。複数の敵機体からロックされている。
だが、此処までこの機体を駆って来て分かった。そんな貧弱な武器でこの機体は止められない。
敵が放った追尾ミサイルを、あまりに簡単に振り切る。殆ど直角に進行方向を変えるこの機体の動きについて行けず、海面で炸裂ミサイルを横目で見つつ、反撃に転じる。
この機体の兵装はいたってシンプルだった。『連動連続型・集積光砲群メデューサ』と呼ばれる超出力光学兵器が12門あるだけだ。
それはこの機体の特徴でもある触手がそれだった。
初めて聞いた兵器名。信用して良いのか分かりもしない兵装だけで、追尾ミサイルも機銃すらも装備されていない事に、最初は不満だったが、テストフライトでこいつを使ったら、そんな不満は吹っ飛んだ。
視界上に浮かんだ大量のロックカーソル。いっぺんに20機以上の敵を既にロックしている。
機体後方に伸びあがた触手から強烈な閃光が迸り、片っ端から敵機を撃墜して行く。
砲門が触手型のおかげで、砲身が自由自在に動き360度全方位に渡って自動追尾を行うのだ。
気色の悪い兵装ではあったが、その形態をとる理由はちゃんと存在していた。
あまりに一方的な戦闘は直ぐに終わり、島の調査へと入る。
水面ギリギリを島の海岸線に沿って回と、切り立った岩場には大小様々な洞窟の入り口がぽっかりと口を開けていた。
その中で、大型船舶が通過出来そうなほど巨大なものを選びだして中を調査する。そして3つ目にして大当たりがあった。
中に入ると直ぐに人工的に作られたトンネルへと変わる。
ここで一度、上の指示を仰ぐことにした。つまり敵の基地の存在を確認した事実をもって引き返すか、奥まで探り場合によっては殲滅するかだ。
結果は『行ける所まで進め』だった。確かにここまでの一方的な戦闘を見せつけては、上も楽観的になるのかもしれない。
もしくは、この拠点に対する敵の防衛体制の異常さが引っかかっている可能性もある。
マップには新たな敵が大量に迫っている事を告げていた。
「この先はどうなるか分からない。悪いことは言わない。本当に意識転送で離脱してくれ」
「冗談じゃなくてよ」
「最悪、機体を放棄しての自爆もあり得る。その時二人分の意識転送を行うのはリスクが高い」
「自爆なんてさせるものですか!」
妃花のあまりに荒立った言葉に、違和感を感じずにはいられない。
「何故、そこまでこだわる? 設計図が紛失してるなんてことは無いだろう? また作ればいい」
「そんな簡単に言わないで! 確かに作れる。けど、この機体は私にとって特別なのよ。だから……」
出会った時の印象とは程遠い妃花の声に、それ以上何もいう事が出来なかった。恐らく相当な何かがこの機体に込められているのだ。
それでも、万が一の場合は民間人である彼女を真っ先に意識転送で離脱させようと密かに決める。
4
「深いな。いったい何処まで続くんだ?」
マップを見れば自機体の位置は、島を遥かに超え大陸の方向へ向かっている。途中幾つもの水面調整用の多段式のプールを超え、穴は深く深く続いた。
どうやら海底の下にトンネルを掘り、そこにわざわざ大型船舶を通しているらしい。
異様な設備だ。
さらに幾度となく戦闘になり、閉じた隔壁を集積光の出力に任せて焼き切り、更に進んだ。
マップ上の自機の位置はついに海を渡り切り、大陸に至る。だがトンネルはさらに続いた。
そして突然空間が広がったのは、大陸にある敵の大国、首都の直下であった。
あまりに巨大すぎる空間、そしてそこに整然と並べられた巨大構造物に目を疑う。
「ミサイル……いや……」
それにしては巨大すぎる。どちらかと言うとロケットに近い。エンジン部分のノズルの数と巨大さが異常だ。
そんなものが幾つも整然と並べられている。
「まさか、奴等私達の本土をこれを使って攻撃をする計画を進めて――」
「本土って月をか!?」
改めて大量に鎮座した巨大なそれを見る。
確かに月を攻撃するつもりであるのであれば、この巨大さも頷ける。月まで到達する速度を得るために大量の燃料を抱え込むための巨体が必要なのだ。
「だが、この数……しかも何で、こんな危ういものを首都の直下なんかに」
「自国の国民を盾にしてるのよ。この施設の存在を知ったとして、地中深くこの深度……破壊するなら、私達は『神の杖』を使うしかない」
それは核兵器並みの破壊力を持つ使う事の許されない武器の名だった。
敵国とは言え、そんなものを首都に打ち込めば、敵対する国々に格好の『核による報復』を行う大義名分を与えてしまう。
いや、違う。奴等はそんな大義名分など無くてもやるだろう。嘗て奴等は俺達を世界もろとも消し去ろうとしたのだ。その結果自分達は世界と人口の半分を失った。
そして月に逃れて尚、奴らは此方を根絶やしにすることしか考えていない。それはこの施設を見れば明らかだ。
俺達は人類にとって共通の敵なのだ。
「けど、これは」
あまりにえげつないやり方だと感じた。
奴等は肉体を失なった俺達を『ヒトでは無い自我を持ったマシーン』と断じる。なのに、これは明らかに此方の心理を逆手にとった戦術だ。
施設内に突然、大音量でサイレンが響き渡った。
タイミングから見て、此方が侵入した事に対するサイレンでは無い。
見れば空間上部の一部が開口していく。
「まさか!?」
「こちらの進入を分かってて、今撃とうっていうの!?」
既に発射台に設置してあった10機程の『それ』の下部が炎を吹き出し始めた。
何故、今なのか。『バレたから撃ってしまえ』と言う事なのか、それとも首都直下で此方が手出し出来ないと踏んだのか。
そんな事は分からない。だが、一つ言えることがある。
「あれを本土に到達させてはならない」
「どうするつもり!? こんな所で破壊したら」
「分かってる。成層圏離脱直後に全て叩き落す。この機体なら出来るはずだ」
その時だったウィンドウに警告が現れた。
「ロックされた……!?」
見れば、一機の戦闘機が猛烈な勢いで突っ込んで来る。
それが島で交戦した生き残りなのか、それとも新手なのかは分からない。とにかく、そいつは盛大にやらかした。
手持ちのミサイルを全弾放ち、狂ったように此方を追いかけまわしながら機銃を乱射したのだ
5
空間上部複数あった開口部の一つに突入し、高層ビルに偽装してあったミサイル発射口から離脱をはかる。
あれだけの数のミサイルを月まで飛ばすために保有していた燃料が、馬鹿が登場したために誘爆したのだ。
それが引き起こした爆発は凄まじく。目の前に広がった惨状はあまりに酷い物だった。
吹き上がった火柱は発射口とビルだけに留まらず、大地のいたる所から吹き上がった。
地響きと共に崩落して行く都市。
この事件は、やがてこの国に再起不能な程の深刻な影響をもたらし、国土の大半を失う結果となる。
原因は、地下施設に保有していた異常な量の核物質が、大量に放出された事にあった。
その後の政府の対応のまずさもあって、汚染範囲は取り返しのつかない程に広がってしまう。
それは長い歴史を持つ大国の一つの事実上の滅びだった。
各国のメディアはそれを、『敵が行った核攻撃による惨状』として大々的に報道する。戦争はこの日を境に更に激化し泥沼化して行くのであった。