19 航空部隊員の顔色が悪いようだけど、俺の操縦ってそんなにヤバイのか?
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高度15000メートル。視界上に降下してくるユニットを捉えた。
巡洋空母ほどでは無いとは言え、護衛艦に偽装されたユニットは全長170メートルの大きさを誇る。
降下用外装を赤熱させ、流星と化し落ちてくるそれが発する迫力といったら尋常では無い。
今回はネメシスが表に立った任務は、前半に限り無しだ。そのため今回は多数の潜水艦がミッションに参加していた。
降下中を狙う敵ミサイルの迎撃が彼等の任務である。
既に空には潜水艦に搭載されたミサイルを誘導するための無人機が飛び、敵味方のミサイルが飛び交っているような状況だった。
いかにラストは敗北を装うとはいえ、空中でユニットが落とされてしまってはミッション失敗である。つまり今は本気の防衛だ。
それでもネメシスが参加出来ないのは、この機体が一度敵前に姿を晒せば、ラストに約束された敗北が不自然になってしまうからだ。
ネメシスは電磁場迷彩ステルスを張り、視覚的にも電波的にも姿を隠し、ことの成り行きを見守る。ただし、遠隔操縦機体を操縦するためのチャンネルだけは維持していた。
それでも解放チャンネルは指向性通信を用いて衛星を経由するため、理論的には衛星と自分の間に、何かが干渉しない限りは、敵に此方の存在がばれる事は無い。
プトレマイオス所属の航空隊員達もユニットの着水に備えて既に離陸を終えていた。
降下ポイントを目指し落下して行く巨大ユニット見送る。
そして遥か遠くで、超重量を減速させるための強烈な逆噴射が放つ光を確認した。
「まもなく着水だな」
それが済んでしまえば、任務は8割がた成功したと言えるだろう。
視界上にウィンドウを開き、遠隔機に搭載された光学素子が捉えた映像と衛星からの映像を呼び出す。
そこには、巨大な水柱を上げ海面へと突入する巨大ユニットが映し出されていた。しばらくして、それが再浮上すると降下用外装を接合部の爆破によりド派手に脱ぎ捨てる。
中から現れたのは護衛艦だ。それは張りぼての偽装のはずだが、随分と精工に作られていた。
この後もシナリオ通りに事が進んで行く。フロンティアの潜水艦は敵が放つ圧倒的な数のミサイルに、迎撃ミサイルを打ち尽くし後退。
残された航空機部隊も誘導ミサイルを打ち尽くし、その後は機銃で食い下がるがる。そしてラストは、何故か敵のミサイルに自ら突っ込み、身を挺して護衛艦を守ると言う演出まで見せた。
次々に敵のミサイルに突っ込み、壮絶な最期を遂げる遠隔機に何とも言えない気持ちになってしまう。
敵の攻撃はミサイルのみであり、航空機はいない。哨戒機すらも飛んでいない。つまり彼等の勇姿を見ているのは味方だけなのである。
「あれは遊んでいるの? それとも彼等なりの意地?」
妃花の困惑するような声に、
「さ、さぁ……」
と答える。
そして、ついに護衛艦に偽装したユニットに敵ミサイルが炸裂した。それを合図に護衛艦が盛大な自爆を見せる。
沈んで行く護衛艦が、偽装だと解っていても何とも切なく感じられた。
味方の潜水艦から、偽装外装を海中で無事切り離した本命のユニットが、目標接地ポイントに向け順調に沈んで行っている事を知らせる通信が入る。
これで9割型任務成功だ。大型掘削ユニットは海底の目標ポイントに設置されるだろう。
「じゃぁ、次は俺が演じる番だな」
此処から全力の加速で、降下ポイントに向かう。要は『味方のピンチを知り、出撃するも間に合わなかった』と言うアピールだ。
敵のレーダー上で異常な速度が記録されるこの機体は目に付くだろう。
この演技は、『最後までこの機体が姿を現さないのも、また不自然だろう』という上の駄目押しだ。
電磁場迷彩ステルスを脱ぎ捨て、加速を開始してから数ミリ秒後には音速を突破、速度は更に上昇を続け、あっと言う間に音速の7倍に到達する。
偽装外装の残骸の一部が浮ぶエリア上空を、低速で2週3週し、次のミッションへと向かった。
つまりは、今回の軌道上からの投下につられて出て来た敵艦隊の殲滅である。
マップ上にはミサイルの発射によって露わになった敵の艦隊の位置が鮮明に記されていた。
それもかなりの規模の艦隊だ。
「これより敵艦隊の殲滅に向かう」
最近になり敵も不完全ながらも電磁場迷彩ステルスを使う様になり、その発見が難しくなっている。だが、敵がミサイルを発射すれば誘導電波等の多量の情報を晒し、位置が特定出来るのだ。
船の移動速度は限られている。この機体で向かえば敵はさほどマップの位置からそう遠くない位置にいるのは間違いない。
海面すれすれを音速の7倍と言う猛烈な速度で突き進む。
2 スティーブ
新型機の仮想コックピット内は隊員達の大歓声に包まれていた。
誰もが体感した事の無い音速の7倍と言うスピードだ。それは興奮もするだろう。
球状の仮想コックピットの外側に再現された光景は想像を絶していた。
あまりの速度の為に燃えるようなプラズマの光に包まれた機体。そのせいで見る物全てが真っ赤に燃え上って見える。
しかも機体は海面すれすれを飛んでいるのだ。その体感速度は尋常ではない。
機体後方では、とんでも無い高さの水柱が機体を追うように聳え立つ。
凄まじい光景だった。
が、感動したのもつかの間、敵艦隊の防空エリアに入り敵のミサイルや航空機が飛び始めると、状況は一転してしまう。
この速度を維持したままの回避行動。
機体は唐突に進行方向を変える機体。視認すら出来なかったのに瞬間的に肥大化する敵ミサイルをすれ違い様に叩き切ったかと思うと、後はもう訳が分からなかった。
景色が凄まじい速度でぐるぐる回る。方向感覚はあっと言う間にロストし、上下の方向すら分からない。
何が起きているのかも分からないまま、あちらこちらに敵機の爆発痕が現れる。
あまりのハイスピードで行われる戦闘。目まぐるしく変る進行方向。
先までの歓声は、もはや完全に悲鳴に変り、誰もがこの機体に乗った事を激しく後悔した。
3 レイン
プトレマイオスの機体格納庫。
「お疲れさ……」
礼儀として、航空機隊員達にそう声を掛けようとしたが、彼等は出現するなりその場に蹲ってしまった。
全員の顔色が蒼白である。
「だ、大丈夫ですか?」
思わずそう声をかけるが返って来たのは、
「おぇぇぇ!!!」
嘔吐を連想させるような強烈な呻き声だった。
だが、そこは都合の悪い物は実体化しない仮想世界だ。吐しゃ物をまき散らして格納庫を汚すなんて事はない。
だが、これは間違いなくそういう事だろう。
ほぼ全員がそんな状態であり、それは隊長スティーブも例外では無かった。
それに流石に自分も困惑してしまう。
「俺の操縦ってそんなにヤバイのか?」
「そう? 私には丁度良い刺激なのだけど」
妃花は大げさに首を横に振るのだった。




