16 御令嬢とデートして気付いたら有名人です
1
「あいつらは、マスコミよ。こんな庶民的な格好をしているからバレないと思ったんだけど甘かったわ」
「マスコミに追われるって何やらかしたんだ?」
「心当たりがあり過ぎて、いちいち覚えてなくてよ」
髪を掻き上げながら平然とそう言った妃花。確かに『魔女』などと異名が付くぐらいである。相当に色々修羅場を潜ってきているのだろう。
「なる程なぁ。てか、古典的に追い掛け回すんだな。もっとスマートな情報の収集の仕方をしてるのかと思ってた。だいたい仮想世界でヒトの事、追っかけまわすって効率悪いだろ」
「なんか良く分らない根性論が未だにまかり通ってる世界なのよ。転移先は直ぐにばれるわ。どうするの?」
正直、そこまで気にする事態ではないのではないかと感じた。
「ヤバイ組織じゃなきゃ別に構う事はないな。このまま続けるか」
「あいつら十分やっかいよ?」
「まぁ、でも殺されるとか、金ゆすられるとか犯罪がらみじゃないんだろ? てっきり俺は御令嬢様を誘拐しようとか、そっち系考えちまったから」
「それはそうだけど、貴方は大丈夫なの?」
「そりゃ付け回されるのはしゃくだけど、それで予定を中断するのはもっとしゃくだろ? もちろん目当ては俺じゃなくて妃花なんだろうから、妃花しだいだけど」
「貴方が良いなら、私はそれで構わないけど……」
そんなこんだ話している内に、自分達のいるフロアーに多量の光の粒子が舞い、それが複数個所集まり始める。多数の人間が転移してくる兆候だ。
「やべぇ」
再び妃花の手を引き走り始める。
「いたぞ! ていうか待ってくれ!」
『待て』と言われても待つ訳がない。こそこそと追い回して来ておいて、今更何だというのか。
次々に転移を終えた人達に更に終われる。注目の的だ。
「で、次の予定は?」
「クルーズ船を呼んであるわ」
「そりゃいいな。流石に海の上は追ってこないだろ」
「そう願うわ」
走りながら言うなり妃花がウィンドウの操作を始める。
視界が瞬間的に光に包まれ、景色は都市部に隣接する港へと変わった。観光目的の為だけに作られた港だ。
そもそも、この世界に置いて全ての乗り物は娯楽用なのだ。移動が目的なら転移でことたりてしまう。
乗船手続きのためのエントランスを抜け、プライベートデッキへと至る。
「妃花様、お待ちしておりました。スタッフ一同、この日の為に――」
恭しく頭を下げた従業員らしき男の言葉を遮るようにして、
「お願い、早く出して。追われてるの」
と告げた妃花。
それに男は、表情を硬くし「分かりました。直ちに」と頭を下げた。
船は速やかに港を離れる。
このクルーズ船はプライベート領域扱いであろう。アクセス権が無い者が乗り込んでくる心配はない。
そう、高を括っていた。
が、次の瞬間あり得ない光景を目にすることになる。
何も無かったはずの水面に次々に出現する小型船舶や、水上モービル。さながら先に見たアクションムービのワンシーンのような状況に陥ってしまう。
「マジか……」
「あいつら、ハイエナよ」
そう吐き捨てるように言った妃花がのセリフが、またしても先に見たアクションに被った。
「なんか、うまく情報とか攪乱しながら出来ないかな」
「なる程、その手があったわ」
妃花はそれだけ言うとウィンドウを操作し、何処かにコールを行った。
「爺、お願いがあるんだけど――」
その後は、妃花が関係ない所に予約を入れたり、回る順番を入れ替えたりと手を尽くす事になる。
場合によっては全然予定にない所に転移し、ブラついて其方に陽動して更に転移を行う。壮大な鬼ごっこをしている気分になった。つまりはゲーム気分だ。
それが成功するたびに二人して勝ち誇ったように笑い、時にはハイタッチをした。
その背後に『爺』と呼ばれた人物のバックアップがあった事は言うまでもない。
時間は瞬く間に過ぎて行った。
2
大都市を見下ろす飛行船。これが今日の締めくくりらしい。
「あいつらのくたびれた表情、最高だったな」
「ええ、全く」
その時の光景を思い出して二人して笑う。
「なんだか、色々台無しにしてしまってごめんなさい。結局今日も貴方を巻き込んでしまった挙句に助けられたわ」
「いや、俺も楽しかったよ。妃花と知り合わなければ一生経験出来なかったような体験ばかりだった」
「そう? そう言って貰えれば」
妃花がほっとしたような笑みを浮かべていた。
静かな時間が過ぎて行く。
たまにはこんな非番の日の過ごし御仕方も悪くない、と思った。
3
翌日、ウィンドウに踊った見出しに思わず大声を上げた。
「なんだこりゃ!?」
そこには、
――御剣の『魔女』、お忍びデートをする。お相手は『大国殺しの悪魔』――
とでかでかとあった。
おまけに妃花の手を取り走る自分の姿がはっきりと写った画像まで乗っているではないか。
その下のコメントには頭を抱えたくなるものが続々と続く。
『魔女と悪魔で御似合いだ』とか、『究極の玉の輿だ』とか、言いたい放題である。
しかも別ウィンドウの報道番組でもしっかりと取り上げられていた。
――いやいやいや。何故こうなった!?
軽くパニックになっていると、新たにウィンドウが開いた。
そこには妃花が映し出されている。
「その顔、もう世間の騒ぎを知ってるわね?」
「正直、パニックになってるんだが」
「ごめんなさい。狙っているのは私だけだと思ってた」
柄にもなく落ち込んだような表情を見せた妃花にドキリとしてしまう。
「いや、妃花が『此処で止めよう』って言ったのに強引に続けたのは俺だからな」
そう言うと、妃花は驚いたように目を見開いた。だが、その瞳は直ぐにそらされてしまう。
「ねぇ、この先も私に付き合ってくれて?」
瞳を逸らしたまま、そう言った妃花。その声は僅かに震えていた。
そりゃ、暫くは大変だろう。世間に広がった誤解を解くのにも苦労するはずだ。だが、こんな事で関係を切るはずが無い。
「もちろん」
当り前のようにそう言うと、妃花は先よりも更に驚いたような顔をする。そして、静かに瞳を閉じた。
「そう。嬉しい……けど、それには貴方にも覚悟が必要よ。こうなって仕舞ったからには仕方がない」
「覚悟?」
妃花が何を言っているのか分からない。
妃花が閉じていた瞳をゆっくりと開いた。そこには強い決意が見て取れる。
「記者会見をやるわよ」
「記者会見!? いったいなんの?」
「決まってるでしょう? 婚約発表よ」




