12 強行偵察任務
1
超高空の空。高度6万メートルをマッハ15に迫ろうとかと言う猛烈な速度で巡行する。
宇宙と大気層の狭間にあって空は藍色と言うよりもはや漆黒に近い。成層圏より更に上の高度である。空力による揚力を必要としないこの機体だからこそ実現する高度だった。
今回の任務はスピードを生かした強行偵察任務だ。
とは言え、敵国の上空を通過するだけの任務では無い。奇襲を含むのだ。
「ねぇ、この前と同じような施設があると思う?」
「どうだろうな。それを確かめに行くのだろう」
ことの発端は、とある大陸の砂漠地帯にある敵基地で、大型のミサイル発射口が建設中である可能性を衛星がとらえた事に始まる。
更に、そこから150kmほど離れた地点で、大量の物資を乗せた陸上輸送車両が忽然と姿を消すのが何度も確認された。
確かに自分が『大国殺しの悪魔』と呼ばれるきっかけになった任務の時と状況が酷似しているように思えた。
「目標ポイント到達、降下する」
強烈な制動をかけ一気に垂直降下を開始する。
大気があっという間に密度を増し、機体が燃えるようなプラズマに包まれる。
この時点で、意味をなさなくなった電磁場迷彩・ステルスを解除した。
目指すは基地より150km離れた地点、トンネルがあるのではないかと予測される地点だ。
すかさず始まった異様な密度の対空砲火。
「やはり、これは当たりだな」
この様な地点にまるで何かを守るように、対空設備が配備されていたのだから、最早疑う余地はないだろう。
ミサイルと銃弾の雨の中を集積光と敏捷操作を駆使してすり抜けつつ、敵の対空兵器を殲滅する。そして地上スレスレまで降下した。
現時点で、敵の航空機はまだ無い。
そして間違いなく有るであろう地下へと続くトンネルを探し始めた時だった。
此処から少し離れた所で、巨大な爆炎が上がった。
強烈に嫌な予感がした。
その爆炎を目指して機体を移動させる。
すると車両を移動させたような痕跡が続くその先の崖が大規模に崩落していた。
ここに入口があったのは明らかだ。
随分と古典的な方法であったが、その効果は絶大だった。ゲートとかだったら集積光で薙ぎ払えたかもしれない。だが、これでは侵入できない。
しかしながら、これが起きた場合の想定はあった。つまり何らかの理由でトンネルに侵入できなかった場合の想定だ。
「搬入路への進入は不可能。敵基地に向かう」
「あまり気が進まないわね」
妃花の声は沈んでいた。それは搬入路への進入が不可能だった場合の任務の延長線上にある最終命令を懸念しての事なのだろう。
正直、自分も出来る事なら、それだけは避けたかった。
機体を敵基地に向け、再加速させる。途端に音速を突破、衝撃音が響き渡たった。
低い高度を飛んでいる為に、機体後方で凄まじいまでの土煙が巻き起こる。
僅か150kmの距離は一瞬にゼロになり次の目標に到達した。
そこで多数の航空機やヘリ、地上設置型の対空兵器と交戦する事にはなったが、排除にそう手間取る事はない。
発射口だと疑われる施設の周りを低空で一周し、機体に積まれた観測機器で必要なデータを取る。それを直ちに上層部へ転送した。
こう言った重要な判断を高速で行う術がフロンティアにはある。サーバーの一部かつ一時的なタイムレート加速である。彼等は現実世界の何百倍にも加速された時間の中で、転送したデーターを速やかに分析、判断を下すだろう。
「大きいわね。普通の発射口の開閉部じゃない」
「そうだな。確かにこの大きさなら、月まで届くような大型のものも打ち上げられそうだ」
強行偵察任務は果たした。もはや地上付近に留まる必要は無い。垂直上昇によって空力限界高度の遥か上まで一気に高度を上げた。
こうしてしまえばもう航空機に狙われる心配はない。後はミサイルであるが、着弾までの距離が稼げるので対処は遥かに楽になる。
後は上の決断待ちだ。
そして新たな命令が下った。
瞳を閉じる。
「『神の杖』の誘導を行う」
「覚悟はしていたけど、やっぱりこうなってしまうのね」
妃花の声は強いやるせなさを伴っていた。
「やらならければ、俺達の本土が再び危険に晒される」
「ええ、その通りね」
視界上に浮かぶロックカーソル。そこには先の発射口がマーキングされていた。
さらに、その周りを何重にも色分けされた光線が囲う。線の一番外側はカーソルから150kmに達していた。
これが今回、使用しようとしている兵器の破壊規模なのだ。
「投射衛星の最終姿勢調整完了」
もうまもなく、軌道上から大樹の如き太さを待った長さ十数メートルにもなる巨大な槍が放たれる。
それは地下数百メートルにまで突き刺さり、膨大な運動エネルギを熱に変換して地下施設もろとも周辺の全てを焼き尽くすだろう。
「投射シグナルを確認。離脱する」
2
雲海を突き抜け、一筋の光が大地に突き刺さった。地表が捲れ上がり、巨大な火球が全てを飲み込んで行く。
視界上にリンクされた衛星が捉えた光景に瞳を閉じた。
それでも尚、システムは脳に必要な情報として映像をフィードバックしてしまうために、目を背ける事は出来ない。
やがて火球は遠く離れた位置に待機していた自分からもはっきりと視認できる程に膨れ上がった。
放たれた衝撃波が雲海を突き破り、筋状の雲を何重にも放射状に形作る。
その後に残るのは巨大なクレーターのみだ。
深く息を吐き、意識して瞳を開く。そして
「着弾を確認……任務完了。これより帰投する」
と、宣言した。
今回、上が『神の杖』の使用を決定したのは、敵施設が砂漠に孤立していた故だろう。
皮肉な事に、先の大国のような自国の国民を盾にするようなやり方はフロンティアに有効に働くのだ。
もちろんその場合は別の手段を講じることになるのであろうが、その時、失われる人命と今回、失われた人命のどちらが多いのかは自分には判断がつかない。
否応にも巡ってしまった思考を、追い払うべく首を大きく横に振った。
自分は命令に従うのみだ。これは戦争なのだから。
この任務の結果、『死霊共がまたも大量破壊兵器を使用した』と各国の首脳が拳を振り上げ、怒りを露わにする様子が繰り返し報道される事となる。
周辺に放射能汚染が確認されないことから、地下に建設していた施設には弾頭が持ち込まれる前だったのだろう。
当事国は『攻撃されたのは軍事基地では無く民間の施設であった』と繰り返し主張していた。




