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10 御令嬢様に『責任をとれ』と言われてたじたじです。魔女の一家は半端ない

1


 非番のはず朝、制限時間の無い気持ちの良い睡眠を台無しにしたのはウィンドウから聞こえるけたたましいコール音だった。


 見ればそこには妃花が映し出されている。


――……なんだぁ?


 眠い目を擦りながらコールに応じると、此方が話すよりも先に妃花の声が聞こえて来た。


「貴方のプライベート領域へのアクセス権が欲しくてよ」


――なんのデジャブだこれ……


「早くなさい」

「どうかしたか?」

「直接会って仕事の話がしたくてよ」


――いやいやいやいや。


「今度はどんな失敗をして、プライベート領域を取り上げられたんだ?」

「失礼ね。前回断ったのは私よ。取り上げられてなどいないわ」

「じゃぁ、今回は?」

「プライベート領域はちゃんとあってよ。ただ……」

「やっぱ仕事の話じゃないんだな?」

「失礼ね。ビジネスの話よ」

「仕事からビジネスに変わったぞ?」

「同じようなものでしょ?」

「で、本当の用はなんだ?」

「交渉よ」

「交渉?」

「貴方に責任をとってもらうための交渉」

「責任?」

「そう、そして貴方が責任を取れる方法は一つだけだわ」

「それは?」

「貴方が今日から私の婚約者になることよ」

「はぁ!? ちょっと待て! 何の責任だ!?」


 妃花の発したとんでもない言葉に、思わず声が裏返る。


 その瞬間、妃花の瞳が此方を蔑むが如くスッと細められた。


「見たでしょう? 私の裸」


 その一言で、精神的に異様に追い詰められる自分を感じる。


「あ、あれはお前がっ!」

「黙らっしゃい! もし拒否するなら記者会見を開いて泣き喚いて見せるわ。それでも良くて? そしたら貴方の人生、これで終わりね」


 歪な笑みを口元に浮かべた妃花。それは『魔女』の二つ名に恥じぬあまりに恐ろしい表情だ。


「マジか……」


 思わず頭を抱えた。


「で、どうするの? アクセス権をくれるの? くれないの? じれったいからこのまま、報道部に転移しちゃおうかしら」

「分かった! 分かったから!」


2


「だからビジネスだって言ったでしょう? 私と駆け引きしようなんて100年早くてよ」


 部屋に転移するなり勝ち誇ったが如くそう言い放った妃花に、どっと疲れが押し寄せる。


「お前なぁ……」


 そこまで言って、思わず深い深い溜め息を吐いた。そして続ける。


「で、結局なんだ? その話、裏があるだろう?」

「あら、不満なの? 普通ならこの私の婚約者になれると聞けば、泣いて喜ぶものだけど」


 話がかみ合っていない気がする。見れば妃花の燃えるような赤い瞳が、ほんの僅かに泳いでいるように見えた。


――やっぱりこれは何かあるな……


 だいたい身寄りもいない自分が、御令嬢様の、しかも創成十二氏族の次期当主の婚約者になるなんてありえるはずがない。


 まして、妃花が自分に気があるなどと言う事もないだろう。


 高速で思考を回し、この勝気な御令嬢様に何が起こってるのか推測する。答えは意外にもあっさり思いついた。


「ひょっとして、お前……誰かと結婚させられそうになってないか?」


 言った瞬間、妃花の表情が凍りついた。


「な、何故それを!? 貴方、この私のポーカーフェイスから心理を読み取るなんて只者では無いわね!? やはり私が見込んだだけの事があってよ」

「いや、わりと分かり安かったぞ」


 言った瞬間、妃花の顔どころか耳までもが真っ赤にそまる。


「こ、この私を辱しめるつもり!?」

「いや、そんなつもりは無いんだが。で、俺はいつまでお前の男避けをやってりゃ良いんだ?」

「そ、そうね。最低でも今日一日、貴方の犯した罪を考えるなら一生ね」

「一生ってなんだ!?」


 思わず声が大きくなる。


「乙女の裸を見た代償は高いのよ。特にこの私、創成十二氏族が一氏族、御剣家の次期当主、御剣妃花のはね。当然でしょ?」

「勘弁してくれ……」

「まぁ、でも私に相応しい男が見つかったなら、その時は解放してあげるわ」

「見つからなかったら?」

「一生って言ったわ。当然でしょう? それともやっぱり公衆の面前で泣きわめいて欲しい? 私の涙も相当に高くてよ?」

「……」


3


 結局よく分からないうちに正装にさせられ、妃花のプライベート領域に転移する羽目となる。そこには、自分のプライベート領域と比較にならないほど広く複雑な空間が構築されていた。


 ちょっとした屋敷の内部だ。


 そしてやたら広いリビングへと通され、今に至る。


 今、目の前には、立派な口髭を蓄えた御仁がいる。その存在感たるや凄まじく、こうして面と向かっているだけで、全身の筋肉が萎縮し、口を動かすのも困難な程に思えた。


 御剣家現当主、『御剣みつるぎ 重隆しげたか』である。


 その別世界の頂点のような御仁が、するどい視線で此方を見つめ静かに口を開いた。


「それで、君は妃花の何処が気に入ったのかね?」

「その、勝気なところですかね……」

「誰が勝気ですって!?」


 父親が再び口を開くよりも早く割ってはいった妃花。その勢いに思わず口がもごもご動く。


「あ、いや……」

「それだけかね?」


 さらに父親の追撃。


 まるで龍と虎の間に座らさせられているようだ。おかげで全く思考が回らない。早く答えなければ、と言う焦りばかりが先行してしまう。


「あとは……えっと、強いのか強がってるのか良く分らないところとか」

「はぁ!? こ、この私が強がってるですって!?」

「他にもあるだろう」

「他ですか……枕を抱いて寝ている姿が、幼気な少女みたいで可愛いとか……」

「ちょっ!?」


 言った瞬間、顔を真っ赤にして妃花がたじろいだ。そして両手で顔を覆てしまう。


 妃花のこの反応には驚いたが、父親の表情の豹変ぶりはさらに凄かった。


「寝ている姿だと!? お前たちはもうその様な関係になっているのか!? ぐぬぬぬぬ!!」


 創成十二氏族が一氏族、御剣家現当主が身体をワナワナと震わせ始めた。


 これはまずい。何かが非常にまずい。『冷徹』と恐れられる御剣家。その当主を怒らせたとなれば、どんな恐ろしいことが待っているのか想像も出来ない。


「そうよ! これで分かったでしょう? 十二氏族同士の婚姻条件を既に私は満たせない。終りね? お父様」


 妃花が啖呵を切った。


「ぬおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 両手で頭を抱え、まるで獣のような唸り声を発した当主。


 それを見下ろし妃花が高らかに笑った。


――何か……色々とオワタ。


3


 リビングに残された自分と妃花の二人。当主はというと、あの後よろよろと立ち上がり、何も言わずにリビングから出て行ってしまった。


「上出来よ。貴方にしてはよくやってくれたわ。これで暫くお父様も大人しくしてくれるでしょう」


 妃花は涼しい顔でそう言う。だが、自分は生きた心地がしない。


 そして暫くの後、メイドが入ってくる。


「レイン様。御当主様がお呼びです。二人きりで話がしたいと」


 思わず全身の筋肉が痙攣した。


「俺はもう終わりだ……」


 頭を抱え思わず首を大きく横にふる。


「大丈夫よ」

「大丈夫な訳があるかっ!」

「行けば分かるわ」


 そう言って瞳を細めた妃花。そこには何処となく優しい笑みが浮ぶ。


「どういう事だ?」

「お父様は紛れもなく御剣家の現当主ってことよ。そして私が尊敬して止まない父親だわ。だからそんなに心配しなくてもいい」


 妃花の言葉の真意が分からない。それに途惑っていると、妃花はさらに続けた。


「そうは言っても不安よね? でも安心して、もし何かあったら私が貴方を全力で守るから。巻き込んでしまってごめんなさい」


 そう言って、柄にもなく頭を下げた妃花に何も言う事は出来なかった。


 メイドに連れられ案内されたテラス。当主はフェンス向かってに立ち、その向こうに広がる景色を眺めていた。


 その背中が少し寂しそうに見える。


 やはり、ここは正直に全てを話した方が良いと感じた。妃花には悪いが、あのやり取りを見る限り、親子の関係は決して悪くないように思える。かなり独特ではあるのだが。


 であれば、親子が真剣に話し合えば、なんとでもなるように思えた。


 意を固め、重い口を開く。


「その実は……」


 出かけた言葉は、当主が軽く片手を上げて制した事によって途絶えてしまう。


「分かっているよ。君は妃花に強引につれて来られただけだろう?」


 当主は振り返らずにそう言った。


「気付いてらっしゃったんですか?」

「これでも父親だからな。もっとも父親らしいことは何もしてあげられずにここまで来てしまったが」

「本当に申し訳ありませんでした!」


 言いながら深々と頭を下げる。相手が向こうを向いていてもそれをせずにはいられなかった。


「いや、構わない。娘が君を私に会わせたかったのは確かであろう。君は面白い男だ」

「えっと……」


 言葉に詰まっていると、当主は愉快そうに喉を鳴らした。


「ところで君は妃花をどう思う?」

「とても素晴らしいお嬢様です」

「そうではなくて。本当にうちに養子に来る気はないか?」

「は、はいぃ!?」


 その予想すらしなかった言葉に思わず声が裏返る。


「君は妃花を実によく見ているよ。『魔女』なんて呼ばれているが、君が言ったように娘は強がっている部分が大きい。御剣家に生まれたが故にそう振る舞うしかなかったのだろう。その仮面が厚過ぎて娘の素顔に気付く者はそうはない。

 そして何より、君と話している時の娘の顔だよ。あんなに楽しそうに誰かと接っする娘を見るのは随分と久しぶりだ」

「そう……なのですか?」


 当主がゆっくりとこちらに顔を向けた。


「『大国殺しの悪魔』と『魔女』、中々に良い組み合わせだと思うがね。『冷徹』と恐れられる御剣家にとっては、このうえなく相応しい二つ名だ。そうだろう?」

「はぁ……」


 それ以上の言葉出てこない。


 再び、当主が喉を鳴らした。


「まぁ、考えておいてくれたまえ。もっとも娘が『本気で惚れた』と言い出した日には、私も御剣家の当主として手段は択ばんがね。その時は我が一族が『冷徹』と呼ばれる由縁を得と知る事になるだろう」

「はいぃ!?」


 言葉の最後で寒気がするほどの眼光を浴びせられ、再び声が裏返ってしまう。今日はこればかりだ。


「冗談だ」


 そう言って豪快に笑った当主に全身の力が抜け、その場にへなへなと座り込みそうになる。


「とにかくだ。娘をよろしく頼むよ」


 そう言って軽く肩を叩いて来た当主の顔には、『冷徹』とは程遠い慈愛に満ちた父親の表情が浮んでいた。


4


 どたばた騒動からようやく解放され、我が愛しのプライベート領域へともどる。


 なんだかどっと疲れてしまった。


「お疲れ様」


 不意に声が聞こえた。なんと妃花も一緒に転移して来ていたのだ。


「全くだ」


 思わずそう答えてしまう。


 それによって途切れてしまった会話。


 空かさず憎まれ口が返って来ると思っていたので、この妙な間に耐えきれず妃花をの方に視線を向けた。


 妃花は何とも言えない表情で、じっとこちらを見つめていた。その瞳が恥らうように逸らされる。


「その……今日は有難う」


 妃花が言葉と共に見せたその仕草に不覚にもドキりとしてしまった。


 それにどう返して良いか戸惑っていると、


「じゃぁ、それだけ言いに付いて来ただけだから」


 そう言うなり、妃花はウィンドウを操作し、光の粒子を残して消えてしまう。


 一人残された部屋。思わず口元に笑みが浮んだ。


――たくっ、素直じゃねぇな……

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