1 部隊を追放されたけど、新型機のテストパイロットになりました。
1
「レインの奴、また機体壊して途中戦線離脱したらしいぜ」
「あいつの機体を整備する整備班が可哀想だ」
「まともに最後まで戦えねぇわ、機体ぶっ壊すわ、『ただ飯食らい』どころか、疫病神じゃねぇか」
「おい、あそこ……」
話し込む男の一人が此方を指さした。それを見た別の男が、此方に視線をチラリと向け悪びれることも無く更に口を開く。
「いいんだよ。聞こえる様にワザと言ってんだ」
巡洋空母の食堂。聞こえてくるのは自分に対する悪い噂ばかりだった。それは仕方がないのかも知れない。何故なら、彼等の言っている事は大方正しいのだから。
聞こえないふりをして、食事を続けていると。自分の視界上に唐突にウィンドウが開いた。
そこに映し出されていたのは、隊長からの呼び出しだった。悪い予感しかしない。
2
「悪いがお前を除隊させることになった。理由は分かるな?」
悪い予感は的中した。隊長の此方を見る瞳には隠しきれない侮蔑が宿る。
「はい」
「不満そうだな? 何か言いたい事はあるか?」
「いいえ」
「そうか。結局は向いてなかったと言う事だろうな。まぁ、戦闘機だけが、この戦争の勝敗を決めるわけじゃない。追って新たな命令が下るだろう。それまではゆっくり休め」
そう、こちらを憐れむような瞳で見下し、肩を叩いて来た隊長の手を、どうにもこうにも我慢ならずに払いのけてしまった。
途端に、隊長の瞳からは憐れみが消え、侮蔑だけが色濃く残る。
「上官に対して、そう言う態度はよくないな。気持ちは解らんでもないが。とにかく以上だ」
部屋を出て隊員の控室へと抜けると、他の隊員他達が戻って来ていた。誰も自分と目を合わせようとしない。恐らく彼等は俺がこうなる事を知っていたのだ。
隊員の控室を出た所で、思わず壁に拳を叩きつけた。
――くそっ……
2
一般商業エリアと呼ばれる決して広くはない巡洋空母のサーバー内に構築された仮想街のバーで、酩酊成分のパラメーターが高いものを選んで浴びる程に酒を飲んだ。
来る日も来る日も。
旨くない。だが飲まずにはいられなかった。
早く船を降りてしまいたい。ここに居てももう仕事は巡ってこないだろう。
次の命令で何処に配属されて、何をやらされるのかは知らない。だがろくなものでは無いのは目に見えていた。
だが、もうどうだっていい。
戦闘機に乗れないのなら、死んだも同然だ。
視界が歪んで行く。この先の未来のように。
どれくらい経ったのだろう。
ふと目を覚ますと、隣に見知らぬ女が座っていた。
それが冷やかな目で此方を見下ろしている。
「何だ? そんなに俺が哀れか?」
思わずそう吐き捨てた。
「そうね。大分哀れに見えてよ。まるで踏み潰されたゴキブリのよう」
あまりの言いように、
「何だとぉ!?」
と食って掛かる。
「貴方、このままで良くて? このままでは本当にゴキブリになってしまうわ」
「誰だ、お前!? お前に俺の何が分かる?」
「『誰だ』はあんまりね。そこそこ名前が通っているつもりではいたのだけど」
「生憎だが――」
言いながら女性を観察する。改めて見ると彼女はかなりの美人と言って良かった。特徴的な銀髪を肩のラインで切りそろえ、瞳の色は燃えるような赤色をしていた。
その色の髪と瞳を持つ者は限られる。創成十二氏族と呼ばれる名家の人間だ。
その中でも目の前の女、『御剣 妃花』はあまりに有名だった。目的の為なら手段を択ばない『魔女』の異名を持つ最悪の女だ。
「魔女……」
思わず掠れた声が自分から漏れた。
こんな別世界の人間が、何故こんな所にいるのか。
「そんな風に呼ぶ人間も確かに多くてよ。はなはだ不本意ではあるけど」
「有名な兵器開発メーカーの御令嬢様が、こんな小さな酒場でたまたま見つけた飲んだくれを蔑んで遊ぶのか。ずいぶんと良い趣味してんだな」
「あら、たまたまでは無くてよ。貴方を探してここまで来た。貴方の事は調べさせてもらったわ。この私が一目惚れよ。喜びなさい」
「はぁ?」
「貴方、うちでテストパイロットをしないこと? いえ、貴方はするしかない。この私が逃がさなくてよ」
「調べたなら知ってるだろ。俺は戦闘機が真面目に操縦出来ないで機体を壊してばかりいるからクビになったんだ。その俺がテストパイロット? やっぱり揶揄ってんだろ」
それを言った瞬間、彼女の目がスッと細められた。まるで此方の心情の全てを読み取るが如き嫌な目だ。
「『機体が壊れるのは俺のせいじゃない。機体が俺に付いて来れないせいだ――』と思っているのでは無くて?」
「お前……!?」
一気に酔いが醒めた。確かにそう思っていた。長年に渡り蓄積され続けてきたそれは、自分にとって絶望のような何かだったのだ。だが、そんな事を誰にも言った事はない。
「図星って感じね。でも勘なんかではないわ。貴方のフライトデーターを見ればすぐに分かることよ」
返す言葉ない。女は燃えるような真紅の瞳に明らかな挑発を浮かべ、此方を見据える。
「乗り手がいなくて困っている機体があるの。それも我が社の命運をかけた新型機。誰も操れなかったけど、貴方なら乗れるかもしれない。どう? 挑戦してみない? 嫌だと言っても拉致するだけだけど。もう機体をこの巡洋空母に運び入れちゃったし」
視界に開いたウィンドウ。そこには女の言うテスト機の情報が示されていた。
――RD-01ネメシス-Type-01
その機体名の下に続くスペックに目を疑った。その数値は常識を超えていて最早異次元だ。
こんなものが一機でも存在したら世界が変わってしまう。そしてこんなものを操れる人間は確かにいないだろう。
やはり、この女は俺を揶揄っているのだ。そうとしか思えない。
「こんなふざけたスペックを信用しろと?」
「そんなふざけたスペックだから貴方が必要だと言っているのよ。貴方が今貰っている給料の5倍出すわ。更に支度金としてその一年分を払ってあげる。て言うか、もう振り込んでいてよ。確認なさい」
「なっ!?」
女の言葉に慌てて、ウィンドウを開き、自分の口座を確認して絶句した。本当に振り込まれていたのだ。
「信用する気になってくれたかしら?」
ここまでやられれば信用する気にもなってくる。
「この機体は、確かに実在するんだな?」
「ええ、勿論よ。そもそも私に嘘をつくメリットがなくてよ」
夢のような話だった。こんな異常スペックの機体が実在し、乗れると言うのだ。しかも給料が5倍に跳ね上がった。人生大逆転も良いところである。
心の底から沸き上がる興奮に身体が震えた。
「契約成立って事で良くて?」
「ああ。で、こいつにはいつ乗れるんだ?」
その機体に少しでも早く乗りたくて、気持ちが焦る。
女は瞳を細め、じらすように間を置いた。
「貴方の酔いが醒めれば直ぐにでも」