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古い電話帳

作者: ウォーカー

 これは、正月に実家に帰省した、ある男子学生の話。


 よく晴れた、正月の遅い朝。

その男子学生は、自室の布団の中で目を覚ました。

目の前に見えた光景に、違和感を覚えたが、すぐに納得する。

「・・・そうか、帰省して実家にいるんだったっけ。」

目の前に見えたのは、普段生活しているアパートの天井ではなく、

見慣れているけれど、最近ご無沙汰だった、実家の自室の天井だった。

懐かしさと若干の違和感。

それに慣れると、今度はどこからか、味噌汁の匂いが漂ってくる。

「きっと、母さんが朝飯を作ってくれてるんだろう。

 普段は学校の近所のアパートで一人暮らしだから、この感覚も久しぶりだ。」

その男子学生は、布団から起き上がると、居間へ向かった。


 居間のテーブルには、朝ごはんの準備がされていた。

一人分しか用意されていないのは、起きるのが遅かったその男子学生のために、

母親がわざわざ別に取っておいてくれていたからだった。

「いただきます。」

その男子学生は、箸を取って朝ごはんを食べ始める。

タイミングを知り尽くした母親が、台所から温かい味噌汁を持って来てくれた。

味噌汁を渡しながら、母親がその男子学生に尋ねる。

「今日は予定無いの?」

「うーん、今のところは特に考えてないけど・・・。」

「久しぶりに帰省したんだから、ゆっくりしたらいいのよ。

 でも、もし予定がないなら、友達に連絡してみたら?

 あなた、普段は下宿の方にいるから、

 こっちの友達に会うのは久しぶりでしょう。」

母親の提案にその男子学生は、少しの間だけ考えて、すぐに結論を出した。

「・・・そうだな、朝ごはんを食べたら、連絡してみるよ。」

その男子学生は、受け取った味噌汁をすすりながら、母親に応えた。


 その男子学生は、遅い朝ごはんを食べ終わると、

自室に戻って携帯電話を取り出した。

電話帳を開いて、普段あまり使っていない欄をチェックしていく。

そこには、進学して下宿する前に、

よく一緒に過ごした友達たちの名前が、いくつも並んでいた

「久しぶりだけど、あいつらに連絡が繋がるかな・・・。」

仲が良かった友達の名前を適当に選んで、電話をかける。

しばらく呼び出し音が続いた後、電話は繋がった。

「・・・もしもし?」

携帯電話の向こうから、ちょっと懐かしい声が聞こえる。

その男子学生は、懐かしさに顔をほころばせて話した。

「もしもし、俺だよ!久しぶりだな。」

「おー!久しぶり。どうしたんだ、今こっちにいるのか?」

「そうなんだよ、久しぶりに会えないかな。」

「いいぜ、こっちも久しぶりに会いたいと思ってたんだ。」

お互いに久しぶりに話す友達なので、話が進む。

そんな感じで、その男子学生は、

連絡がついた数人の友達たちと、外で落ち合うことになった。


 「何人かに電話してたら、すっかり話し込んじゃったな。」

その男子学生は、慌てて出かける準備をしていた。

昔の友達に次々と電話を掛ける度に、話に花が咲いてしまい、

最後の電話を切る頃には、すっかり待ち合わせ時間を過ぎてしまっていた。

「最初に電話したあいつは、もう待ち合わせ場所にいるだろうな。急がないと。

 ・・・母さん!俺、ちょっと出かけて来るから!」

「はーい。車に気をつけて行ってくるのよ。」

その男子学生は、大声で母親に挨拶をすると、玄関に向かおうとした。

「・・・おっとっと!携帯電話を忘れるところだった。」

最後に、携帯電話を充電ケーブルから外して上着のポケットに入れると、

その男子学生は、大急ぎで家を出ていった。


 その男子学生が待ち合わせ場所に到着した時には、

電話で連絡がついた友達たち数人は、全員集まっていた。

遠くから手を振って近付くその男子学生の姿に、友達たちが気付く。

「・・・やっと来たか!」

「自分から呼んでおいて、遅いぞ。」

「すまんすまん。何人も電話掛けてたら、遅くなっちゃったよ。」

「まあいいじゃないか。

 ・・・みんな、久しぶりだな!」

集まったその男子学生と友達たちは、すぐにわいわいと話を始めた。

近況の話に始まり、昔の話になり、話に終わりは見えない。

それを見かねて、集まった友達のひとりが提案する。

「どうだい?このままここで話をしてもいいけど、

 せっかくだから、商店街で話さないか?

 最近じゃ、正月でも店が開いてて、食べ物や飲み物も買えるんだぜ。」

「ほー、そうなのか。」

「いいね、ちょっと小腹が減ってたんだ。」

そうしてその男子学生と友達たちは、近所の商店街に向かうことになった。


 近所の商店街では、営業している商店がいくつもあって、

正月から人で賑わっていた。

「おおっ、焼き鳥のいい匂い!俺、ちょっと買ってくる。」

「俺は、あっちの居酒屋の煮込みを買ってくるよ。

 みんなで持ち寄って食べようぜ。」

「お前ら、食い物の趣味が年寄りになったなー。」

「じゃあ俺は、あっちの酒屋でビールを買ってくるよ。」

その男子学生と友達たちは、酒とつまみの準備をする。

そして、商店街の端っこに腰を下ろすと、即席の宴会が始まった。

「それじゃあ、ここに集まったことを祝して・・・乾杯!」

「グビグビ・・・かんぱーい!」

「あ、お前、乾杯前に飲んだだろう。」

乾杯の音頭もそこそこに、その男子学生と友達たちは飲み始める。

その男子学生は、お気に入りの焼き鳥にかぶりつこうとして、動きを止めた。

隣に座っていた友達のひとりが、それを見て尋ねる。

「どうした?食べないのか?」

「ちょっと思いついたことがあって。

 せっかくだから、食べる前に携帯で写真を撮っておこうかな。」

「それはいいな。しかし、昔はそんなの無かったのにな。」

その男子学生は、上着のポケットをまさぐって、携帯電話を取り出した。

そして、手に持った焼き鳥に向けて、カメラアプリを起動する。

しかし、携帯電話の画面は真っ黒で、警告が表示された。

「レンズカバーを開けてください。」

言われたとおりに、指でレンズカバーを開ける。

今度こそ、携帯電話の画面には、カメラの映像が表示された。

画面の中の焼き鳥は、美味しそうに湯気を立てている。

カシャッ。

その男子学生は、手に持った焼き鳥をカメラで撮影すると、

メニュー画面を開いた。

「えーっと、投稿はどの項目だったかな。

 焼き鳥なう。みたいなコメントで良いかな。

 ・・・ああっ!」

そこで、その男子学生は、携帯電話の画面を見ながら大声を上げた。


 その男子学生が上げた大声に、

わいわいと騒がしく会話をしていた友達たちが注目する。

「どうした?何かこぼしたか?」

友達たちの視線に、その男子学生は、携帯電話を差し出して応えた。

「俺、間違えて、スマホじゃなくて、昔のガラケー持ってきちゃった・・・。」

差し出された携帯電話を見て、その男子学生も、友達たちも、一瞬真顔になる。

そして、すぐに吹き出すと大声で笑い始めた。

「あはははは!なんだよ、それ。今どきガラケーって。」

「それって、お前が昔使ってたやつか。よく電池が残ってたな。」

「間違えて充電してたらしい。久しぶりの実家だったから、間違えたよ。」

「おいおい、それ、トコモのエイモード端末じゃないか?」

「そうだ、四角電機のSK905だったかな。ひえ~懐かしい!」

「さすがに圏外かー。それじゃSNSは無理だな。」

「この頃のガラケーって、SNSアプリあったっけ。」

「そもそも、このガラケー動くのか?」

「古いから外装はちょっと痛んでるけど、中身は無事みたいだ。」

その男子学生が昔使っていたガラケーを手に、

友達たちはガヤガヤと大騒ぎを始めた。

商店街を行く人達が、何事かと遠巻きに眺めては過ぎ去っていく。

「あ、そうだ。そのガラケーの電話帳って残ってるかな。」

その男子学生は、友達の手からガラケーを受け取ると、

電話帳の中身を確認してみた。

古くなったガラケーの電話帳、その中には、

懐かしい当時の友達たちの名前がズラッと並んでいた。

今ここにいる友達の名前もあれば、今日はたまたま予定が合わなかった友達、

たまに連絡をする程度になった友達、今は連絡が途絶えてしまった友達、

どれもが懐かしい名前だった。

その男子学生と友達たちは、ガラケーの画面を覗き込んで、頭を寄せ合っている。

頭を寄せ合ったまま、お互いに顔を見合わせて、笑顔になった。

「このガラケーみたいに、

 古くなってもまたこうして顔を合わせられるといいな。」

「普段はどこかにしまい込んでても、取り出したらすぐに繋がる。

 そんな仲も良いものだよな。」

「ああ、そうだな。」

「そのガラケー、大事にしまっておけよ。」

「・・・うん。そうする。」

その男子学生は、間違えて持ってきてしまったガラケーを、

パキッと折りたたんで上着のポケットにしまった。


そうしてまた、友達たちとの宴会は続いていく。

壊れない電話帳と共に。



終わり。


 この話は、わたしが今年2020年に見た初夢が元になっています。

初夢の内容を整理して、一般的な人物に置き換えて物語にしました。


富士山も鷹も茄子も出てきていませんが、

友達たちと笑顔で一緒に美味しいものが食べられて、

わたしにとっては幸運な初夢でした。


お読み頂きありがとうございました。


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