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3.狼騎士の奔走

 時間は少し遡る。

 

 一週間の深夜の事だ。ワズゲイン教会総本山である聖都ジェーンより、とある物が盗まれた。

 それは、月の女神を崇めるフィーリア教会の至宝。『月の瞳』。

 夜、空に上るものではない。

 月のように澄んだ乳白色の丸い宝石だ。代々月の女神に仕える巫女が身に着けるもので、故あって一時ワズゲイン教会で預かっていたものらしい。


 今朝がた、聖都ジェーン近郊のニーヅという街で、貧民層と思しき少女が小さな包みを抱えて歩いているのを見つけ、彼女の持っていた包みを奪った。

 手足の細い、痩せた少女だった。どこにそんな体力があるのかと思うほど必死に逃げるので、

 若き教会騎士であるフレンは、近年まれに見るほど落ち込んでいる。

 今、フレンの目の前には小さなパンがある。フレンの朝食、という訳ではない。

 今朝少女から取り上げた袋の中に入っていたものだ。

 タダのパンではあるまいと匂いを嗅いだり、ためすがえす眺めてみたが、やはりごく普通のパンだった。

 パンには、焼印が押されている。これは教会に奉仕して賜ったものだという証で、教会で労働者に配るものだ。

 この街の教会を訪ね聞いてみると、確かに一階層の教会でシスターが焼いて配っているものだった。今朝早朝の清掃に来た少女にも渡したという。

 間違えた…。間抜けな奴だと仲間にも笑われた。

 だが、そんな事より、あの少女に申し訳がなかった。

 まだ、年端もいかない少女だった。栄養が足りていない所為だろう。ボサボサした赤毛で、女の子らしい丸みに欠けた体つきをしていた。

 そんな彼女が、転んでも放さなかったパン。きっとフレンには、彼女にとってのこのパン一個の貴重さは理解できない。

 いい給金貰ってるんでしょう、と彼女が言っていたが、確かに。フレンは衣食に困る事が無い程度には十分な給料を教会から頂いている。飢えなど経験した事が無い。


「…やはり、このまま、という訳にもいかないな」


 フレンは袋にパンを戻すと、懐にしまいこんだ。


「これは、彼女に返さなければ」


 太陽神に仕える教会騎士の証である赤い鎧を着こんで、捜索の間借りているやたらに豪華な部屋を出る。

 宿の中は広く、部屋数も多いがほとんどの部屋は埋まってるようだ。

 フレン達教会騎士の大所帯が泊っているからというのもあるだろうが、こんな高い宿でこの調子なのだ。他の安い観光客向けの宿は満室だろう。

 それほど人の多い街だ。彼女を探すのは容易では無いのかもしれない。

 部屋を出ると、同僚である教会騎士が丁度フレンの部屋の前を通りかかったところだった。

 あやうくぶつかりそうになって、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


「あっと……フレン、でかけんの?」


 つるりと頭を剃り上げて、顎鬚を蓄えたいかつい風体の彼は、袖のないシャツの上から皮の胸当てを付けて、腰に太刀を佩いている。まるで、ごろつきか傭兵のような出で立ちだ。


「ファルマこそ。その格好は、街へ?」


 どうみても、教会に仕える騎士の格好ではない。


「これ?隊長から聞き込みに行って来いって指示があってさ。赤い鎧じゃ、酒場にも入れないしな。どう?似合ってるだろ」

「ええ。とても。誰も教会騎士とは思わないでしょう」

「はは!だろう?」


 頷くと、顎鬚を擦りながら自慢げに声を上げて笑った。既に軽く酒が入っているのか、吐息から少し酒の匂いがした。

 彼は、主に情報収集を任務としている。酒場で荒くれ男達の中に混じり、共に酒を飲み、情報を集めてくるのだ。また、彼はそれをとても楽しんでいる。

 酒好きで気さくなファルマの事だ。収穫のあるなし関係なく、今夜はご機嫌で宿に戻ってくるだろう。


「隊長なら、食堂だからな」

「…まさか、隊長と呑んでたんですか?」

「おっと。オレもう行かないとっと」


 しまった、というようにいまさら手の甲で口元を押さえて、ファルマはバタバタと階段を駆け下りていった。

 まったく。

 その背中を軽く睨みつけながら見送って、やがて後を追うようにフレンは階段を降りた。一階の広間を抜けると、広い大食堂がある。舞踏会を催す事も出来そうなくらいの広さに、高い天井には光りの粒が振ってきそうなシャンデリア。

 まったく、貴族趣味もいいところだ。


「お、フレン……今朝は災難だったな」


 食堂へ足を踏み入れると探し人が先にこちらに気付いた。フレン達の小隊を率いる隊長、バッシュが鎧を脱いだ私服で朝っぱらから酒を飲んでいた。

 兜を被っても蒸れないように短く刈ってある灰茶の髪にも、最近白いものが目立つようになってきた。

 あまり酒を呑まないように医者から止められているはずなのに。こういう地方に来る仕事の際は何時も羽目を外して呑むのだから。

 同じく酒飲みのファルマにも、隊長の前では自制するように言ってあるのだが…。

 咎めるように酒瓶とバッシュの顔を交互に睨むと、悪戯が見つかった子供のようにとぼけたような顔をする。


「また倒れますよ」

「そんときゃ、お前に治してもらうさ……」


 バッシュはそう言って、葡萄酒が顎に蓄えた髭を赤く汚すのも構わず、喉を鳴らして実に美味そう酒を呷る。


「東ででかい顔してやがったアルテトの女王おっんで、色々バタバタしてるってのに。盗まれたのが月の瞳とはなぁ。こりゃあ、呑まなきゃやってられねぇだろ」

「あちらは、教会と王族の繋がりが強いと聞いたことがあります」

「そうだ。だから、教会の上の奴らもクチバシを挟みやがる。アルテトの王座を巡ってもう東は大混乱だと」


 太陽神ワズゲインと月の女神フィーリアは夫婦だとされている。

 それぞれを崇める教会は宗派としては分かれているが、元はひとつだ。

 このパストゥグ大陸の東側と南方はフィーリア教会の力が強く、西から北にはワズゲイン教会の信者が多い。

 争っていた時期もあると言う話だが、互いに信者を奪い合いながらもそれなりに良好な関係を築いていた。

 月の瞳を預かっていたのも、友好の証だと聞いた事がある。


「これで、今度のこっちで盗難騒ぎだろ……教会の威信も地に落ちるってもんだ」


 つい先月のことだった。

大陸の東側で大きな領土を持った大国アルテトの女王が亡くなられ、その跡継ぎとなる二人の息子達が互いに命を狙いあい争っているという。

 ワズゲイン教会が治める地方では、領主や王に権威を貸し与えそれぞれの領地や国を管理させている。教会は神に仕え人々を導くものであって、人々を支配するものではない。そのため、王位の継承に関して口を出すことはほとんどなかった。


 しかし、フィーリア教会ではそうではない。基本的にその国の王族の中からだが、フィーリア教の巫女が『神託』の名目で王を選ぶ。さらに、悪政を敷き民を苦しめる傍若無人な王は、神の名を借りて教会により強制的に退位させられることもあった。

そのため、教会の権力はワズゲイン教会よりはるかに強い。


「アルテトの次の王が決まれば、東は落ち着くのでしょうが……」

「そう簡単には決まらねぇな。アルテトは金も採れるしな、枢機卿どもは自分の息のかかった方の息子を王座に据えてぇから、躍起になってやがる」


 広大な領土、金山もあり、さらに強大な軍事力を持っていた大国アルテト。その王の後ろ盾となれれば、相当な権力と財産を得ることになるのだろう。

神に仕える身で、浅ましくそれを求めるのは、フレンには理解し難かった。


 前アルテト女王は非常に聡明な女性であったという。それだけに、その子供達が醜い骨肉の争いで血を流し合っているという醜聞は人々の間で格好の話の種になってしまっていた。

 前女王にはもう一人彼らの姉に当たる娘が居て、彼女は十年程前から行方不明なのだが、彼女が戻ってきて跡を継ぐのではないかとか。その長女の元夫であるフィーリアの司祭も跡目を狙っているだとか、噂は絶えない。

 遺書が残っている筈なのだが、誰かが隠してしまったようでまだ見つかっていない。

バッシュの言う通り、しばらく混乱は続きそうだった。


「執行人すら、使っているって噂だからな。怖ぇ怖ぇ」


 その言葉に、フレンの眉間に力が入る。

 執行人。

それは教会に飼われている異能者達の中でも、特別な力を持つ……悪魔のような存在だ。


「そういや、お前鎧なんか着てどうした。出かけるのか?」


 落ち込みかけた気分を払うためか、飲み干した瓶を円卓へ放ると、バッシュは次の一本へ手を伸ばす。僅かに残っていた葡萄酒がテーブルクロスに点々と赤い染みを作る。

 先ほどの執行人、という言葉を相まって、フレンの頭に嫌な光景が過ぎった。


「ええ、ちょっと。あたりを散歩してきます」

「どーせ、今朝の女の子探しに行くんだろ」 


 あっさり見抜かれてしまって、フレンは少し顔が熱くなる。バッシュはにやにやと哂いながら、新たに開けた瓶に口をつける。


「ばーか。長い付き合いだ、お前の考える事なんざ、お見通しさ」


 バッシュは上位騎士でフレンの上官だ。そして、フレンが騎士になる以前からのフレンの『監役役』でもある。


フレンは、常に彼の監視の目の届くところに居なくてはいけない。

 フレンはワズゲイン教会と執行人に村を焼かれた、治癒と強体の能力を持つアギテトの生き残りだ。

 子供だったということで教会に保護され生き延びたフレンのような子ども達は、教会に仇をなす事が無いかに監視するために山奥の収容所に隔離された。

フレンはそこから脱走して、このバッシュに出会い、色々あって彼が『監視役』として身柄を預かってくれるになったのだ。

 フレンをここまで育てて、面倒を見てくれたのは、このバッシュ・ドラムだ。


名目上は監視役だが、フレンにとってバッシュは師匠であり、そして、養い親でもあった。


「……彼女、きっと困っていますから」

「明日でいいだろ。今探しにいかねぇでも、どうせ明日の朝教会に行けば会える」


 あの子は毎朝教会の前を掃除に行く。確かに明日になればわざわざ探さなくても彼女に会うことはできるだろう。


「いえ、やはり、これは今日のうちに返したいのです」


 明日になればまたパンは手に入るのだろうが、それでは今日の彼女は空腹のままだ。自分の勘違いの所為でそんな思いはさせられない。

 ふうん、と、バッシュが鼻を鳴らす。


「くっそ真面目だねぇ…夕方には戻れよ。一応、お前は監視されてる身なんだからさ」


 そういって、鳶色の瞳を片目を不器用に瞑って見せると、また酒を呷る。思わず、頬が緩むのを感じた。鎧からはみ出した尻尾も、パタパタと揺れてしまう。

こうして自分が自由に出歩けるのも、騎士になれたのも、すべてこのバッシュのおかげだ。


「わかりました…ありがとうございます、ドラム隊長」


 帰りに、土産でも買ってこようか。そんな事を考えながら、フレンは大通りを目指して歩き出した。


 雑踏の中、赤い髪の少女を探して歩く。

巡礼者や観光客、この街の住人。赤い髪の女の子などどこにでもいて、駆け寄って声を掛けては別人、という事を何度も繰り返す。

 噴水広場や、まさかとは思うが北側の花町にも行ってみた。三階層二階層一階層を下っていき、街をぐるりと一周したが見つからない。

 昨日彼女を追い回し一階層の住宅街も回ってみたが、それらしい姿は無い。

 いつの間にか、太陽は中天へ差し掛かって、足元の影は短く微かな黒い染みのようだ。元々、気の長い方ではないフレンは、段々焦りはじめていた。

 ふう、と少し立ち止まって膝を擦る。歩きすぎて足が痛い。

 この鎧は特注で、鉛が仕込んである。


 フレンは狼の獣人アギテトだ。

アギテトは狼を祖先に持ち、自他の傷や病を癒す異能と、人間よりはるかに優れた肉体を誇る。

それ故その力を抑えるために、教会から外へ出るときはこの重い鎧をつける事を義務付けられていた。

 許可を得ず街中で鎧を外せば、それは教会への反抗とみなされ、罰を受ける。最悪の場合、教会騎士から除隊させられるだろう。

 教会騎士になる前は、靴やら服に鉛が仕込まれていて、子供の頃はそれが嫌でよく靴を脱いではバッシュに叱られたものだった。


 しかし、いくら頑丈なアギテトでも、鉛の仕込まれた靴や重い鎧をつけて広い街を歩き回るとさすがに足腰に来る。

 どこかに座ってゆっくり休みたい気分だったが、しかし、のんびり休憩している時間もない。任務を離れて勝手な行動をしている時点で本当は問題なのだ。

 バッシュに迷惑をかけないためにも早く済ませて帰らなければ。


 一段目の坂を下り下町へ降りていこうかと思った時、ふと今朝の教会のシスターなら、彼女の家を知っているのではないかを思いついた。


(馬鹿だなフレン。どうして真っ先に思いつかない)


自嘲気味に笑って、一階層の南側にある小さな教会へと足を向ける。

 そこは、各階層の各地区にある教会の中でも、一番小さく質素な教会だった。太陽神を奉る十字架を掲げていなければ、掘っ立て小屋にしか見えない。

 その小さな教会に仕えているのは、シスター一人きりだ。

 フレンが訪れたとき、彼女は丁度昼食後の祈りを捧げているところだった。

 ワズゲイン教会では、昼食の後の祈りが一日で一番長い。

 聖堂の前に立って、祈りの声が途切れるのを剣の手入れをしながら待っていた。

一緒に祈りを捧げるべきなのだろうが、フレンは決して敬虔なワズゲイン教会の信者ではない。教会騎士になるために改宗を受け入れただけだ。

 ただ人間と形が違うから。ただ人間にはない力を持っているから。そんな理由で自分の村を焼き払い、父母を殺し、自分を地獄に落とすと分かっている神に祈る気はしない。

 ただ、熱心に信仰する人々は好きだった。神の慈悲を受ける事が出来る人々が、フレンは少々羨ましい。


 かつて、まだ幼かった少年の頃は憎しみに駆られ、復讐を誓った頃もあった。

 12歳の時だ。包丁を片手にバッシュの寝室へ忍び込んで、酔って寝ている彼の胸にそれを刺そうとしたことがある。

 だが、できなかった。憎いはずの教会騎士なのに、と悩んで泣いていると、バッシュは起きてフレンをベットへ招いた。


 包丁を抱えたまま彼の隣で寝た夜に、フレンは憎しみは忘れる事にしたのだ。


 今は教会騎士という職に就き、彼らの信仰を守ることを仕事としているからか、そういう気持ちはほとんど無くなった。ただ、微笑ましく、そして、少し妬ましく思うだけだ。

 祈りは、太陽が昇りきった時から、規定の高さまで日が落ちるまで続く。その為、夏は長く冬は短い。祈りの時間を計るための懐中日時計をだして測る。

 もうすぐ終わるはずだ。そう思っている矢先に、聖堂から聞こえてきていた祈りの声が止む。


「あら、今朝の」


 聖堂の扉が軋んだ音を立てて開き、中から一人の女性が現れた。もう老女といってもいい年のころだろう。しかし、しゃんとした背筋と清清しいその表情が彼女を実際の年齢より若く見せている。

 彼女は今朝フレンが訪ねたときも、突然の事にも関わらず嫌な顔一つせず教会と隣接している自分の住居へ通してお茶まで用意してくれた。兜を外せないので、飲むことは出来なかったが。

 しかし、今はそう悠長な事をしている場合でもないので単刀直入に聞くことにした。


「突然、申し訳ありません…。毎朝ここへ清掃に来るという女の子を探しています。彼女の居場所を知りませんでしょうか」


 少し困ったように顎に手をやって、彼女は首を傾げた。


「まあ…なぜ、なのですか?」


 不審に思われているようだ。躊躇った末、フレンは任務の最中手違いで彼女のパンを奪った事とそれを返すために彼女を探していると言う事だけ告げた。


「あら」


 きょとん、と目を丸くした後、コロコロと笑いだす。それが小馬鹿にしたようなものではなくまるで童女のようなので、フレンもつい釣られて笑ってしまう。

 笑いがおさまると、シスターは少し考え込んでいたが、やがて、すう、と眼下に見える下町の薄茶色の町並みを指差した。


「メイルさんの家は、あの、一番端の小さな家です」


 今朝は聞くことが無かった少女の名前に、フレンは今朝見たあの細い背中と、武装した男達に追い回されているというのに強気な光りを灯したあの目を思い出す。


「…失礼かと思いますが、貴方はアギテトの方ですか?」


 シスターの言葉に、ギョッとして兜を抑える。しかし、外れてはいない。くすりと笑って、シスターはフレンの尻尾を指差した。正体を指摘された緊張に膨れて、ピンと立ってしまったている。


「今朝も、そこが動いているのを見たもので……」

「は、……はい」


 尻尾を鎧に押し込むと窮屈なので、ついこうして鎧の隙間から出してしまう。動かさないよう気をつけてはいるのだが、感情によって無意識に動いてしまうようだ。


アギテトの殲滅は後々ワズゲイン教会でも非人道的だと騒動になった。そのため、生き残りのアギテト達が教会関係者から表立って差別されるようなことはあまり無い。

フレン以外のアギテトの生き残りは、教会の監視下のもと小さな集落を作りそこから出ずに生活をしているが、彼らも同じだ。『基本的には』教会に逆らいさえしなければ生活は保障されている。


それでも、獣面の正体を見られれば、まるで無いもののように無視され避けられたり、奇異の眼で見られる事もあった。

 しかし、シスターの目付きはそういったものではなく、なにか期待したような眼だった。


「なら、貴方はフレン・シルバ様ですか?」

「確かに、私はシルバですが…なぜ?」

「まあ!やっぱり。お噂はかねがね…ああ、今朝気付いていればもっとちゃんともてなしましたのに」


 少女のようにシスターは頬を染め、胸の前で両手を組んで少し肩を弾ませていた。彼女が一体何にこんなに興奮しているのか分からず、首を傾げていると、可笑しくてしょうがないというように口元を押さえて笑い出す。


「うふふ、ご存知ないのね」


 噂とは一体なんなのか。気になってしょうがなかったが、今はメイルを探す事が先決だ。


「それにしても、シルバ様に探されているなんて、本当にあの子は」


 ふと、シスターが何かを言いかけて、口を噤ぐ。探るような目でフレンを見て、そして目を伏せた。

言いたくて仕方が無い、という感じだが、フレンから問うのを待っているように見えた。


「あの子は…?」


 聞くのが礼儀だろうと思い、一応問うてみる。彼女の仕草に若干好奇心を刺激されたのもたしかだ。


「ええ…あの子、メイルは昔からそうなんです」


 突然のシスターの言葉に、フレンは首を傾げる。


「運が強いというか、悪いというか。凶運、というんでしょうね」


 ため息混じりに言う言葉には、先ほどの笑いの名残が残っている。弾むような声音には、首を捻るフレンを面白がっているような雰囲気が滲み出ていた。


「下町でなにかが起こったとき、大抵中心には彼女が居ます。本人が望む望まない関係なく、彼女はそういう星の下に生まれついてしまっているんでしょう。気をつけてくださいね、シルバ様。そうで無いとあっという間に巻き込まれますよ」


 意味深に哂って彼女は言うと、では、と腰を折ってしずしずと教会の中へ戻っていってしまう。


「あ、あの、シスター!?」


 引きとめようと声を掛けるが、にこりと笑うだけでそのまま教会の扉を閉めてしまった。

唖然として閉まった扉を見詰めて、フレンはシスターの言葉を反芻する。


「…凶運…?」


 シスターの言っていた凶運という言葉。一体どういうことなのだろうか。

 シスターを問い詰めたい気持ちがむくむくと膨らんできたが、フレンがそれを知る必要は無い。

 ただ、今朝の事を謝罪して、パンを返すだけだ。

 そう思いなおして、フレンは教会の門を出る。


 そして、下町へと向う坂を目指して歩いている最中、偶然彼女を見つけた──すぐに、シスターの言葉の意味を思い知る羽目になった。





 

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