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1.孤児少女とパンの数奇な邂逅



 出来るだけ足音が立たないように、そろり、そろり、と。少女は息を殺しながら暗い廊下を進む。

 窓からの月明かりが、微かに足元を照らす。今夜は満月だ。窓の向こうには、大きく見開かれた「女神の瞳」。

 夜の世界を守る女神は、月の眼をとおして下界の人の罪を見詰めている。


 ──見ないで、見ないでください。


 月から背を向けて、彼女は歩みを速めた。胸に掻き抱いた小さな袋を女神の目から隠して。

 逃げるように、闇の中へ消えた。






         ☆



「なんで、なんで!?」


 重い足を引き摺るように走りながら、メイルは必死に考えていた。

 漸く周囲は明るくなりはじめたところで、まだ朝日は昇りきってはいない。

 まだ殆んど町人は寝ているのだろう。灯りの付いていない家々の立ち並ぶ薄暗い住宅街を駆け抜ける。


「追え!あの少女を逃がすな!」


 男の怒声と、数人分の足音が追い駆けてくる。


「待って待って待ってー!なんで追っかけてくるのよぉーー!」


 朝っぱらから、メイルは追われていた。何故かは分からない。

 メイルは毎朝日が昇る前に近所の教会へ行き、門の前の掃除をする事を日課としている。早起きは億劫ではあるが、掃除の報酬として焼きたてのパンを貰えるからだ。今日もその帰りに教会のシスターに貰ったパンの入った小さな包みを抱えて、家に帰ろうとしていたところだった。

 そこへ突然知らない男たちが現れ、捕まりそうになり咄嗟に逃げてきたのだ。

 男たちはまるで騎士のような、深紅の縁取りがある立派な鎧に身を包んでいる。街の警備兵の青い鎧とは色が違う。何者かはわからない。メイルには、その赤い鎧に見覚えはなかった。


「なんでよー!あっ!まさかあたしの体が目的!?どうせあんたらいい給金もらってんでしょ!?花街で買いなさいよぉぉ!!」

「げ、下品な!そんな訳ないだろう!!」


 騎士達の先頭を走る男が、息を切らしながら反論した。声からして、若そうだ。他の騎士達は遅れ始めている。

 なぜかその先頭の男だけが、フルフェイスの、顔をすっぽり覆う兜を付けていた。鼻先が長い、鳥の嘴のようなデザインだ。さらに、鎧自体も特別ごつい。普通ならこんな重たそうな鎧を着て、本気で逃げる人間に追いつける訳が無い。それにメイルは足は速い方だ。

 それでも追いすがってくるこの若い男は、鎧を脱げば化け物みたいな俊足に違いない。


「じゃあ、なんでよー!あたし、追われるような事してないじゃないのよ!!」


 もうメイルは限界だった。喉の奥から血の味が上って来る。腕も足ももう鉛のようだ。

 泣きそうな声で叫ぶと同時に、かくん、と膝から力が抜けた。

崩れ落ちるように冷たい地面に倒れる。咄嗟のことで包みを抱えたまま、顔面から落ちて固い石畳に強かに額を叩きつけられた。


「あぐっ……いったぁぁ……!」


 激痛に目の前が真っ白になり、地面をゴロゴロと転がりまわる。衝撃が去って我に返ると、目の前には赤い鎧の若い男がメイルを見下ろしていた。

痛さと悔しさで涙が頬を伝いがボタボタと石畳に零れる。

 肩で息をしながら、男は屈んでメイルが胸に抱え込んだ小さな包みを掴み無理やり奪う。そして、素早く鎧の中にしまいこんだ。


「か、返して……!」


 小さなパンだが、大事な食料だ。これを奪われたならば、今日一日食べ物にありつけないかもしれない。メイルは必死に腕を伸ばして取り替えそうとする。しかしその手は男の手に軽く払いのけられてしまった。

 男は立ち上がりかけ、ふと思いだしたように再びメイルに手を伸ばした。身構えるメイルの額に手袋越しの指先が触れて、汗で張り付いた髪を払った。

 その手付きが優しかったので、驚いてメイルは男を凝視する。兜の隙間から、綺麗な紫色の目がメイルを静かに見詰めていた。


「……血が出ているな」


 指先が割れた額に触れて、ぴり、とした痛みが走る。瞬間、微かに指先が光を放ち、傷が一瞬焼けるように熱くなった後、嘘のように痛みが消え失せた。

 傷があったはずの場所に触れても痛みはなく、つるりとした肌の触感だけで傷跡らしきものは無い。


「……え!?あ、あれ!?」


 男は今度こそ立ち上がり、驚いて目を白黒させるメイルを一瞥して身を翻した。騎士の腰のあたりで、白くふさっとしたものが揺れる。毛皮でできた飾りのようだ。

 その飾りを揺らしながら去っていく彼の向こうには、ようやく追いついてふらふらとこちらへ歩いてくる赤い鎧の男達が見えた。


「これにこりたら、もうこそ泥なんかやめる事だ」


 そういって、騎士達は去っていった。

 石畳にへたり込んだまま、訳も分からずメイルは彼らの後ろ姿を呆然と眺めていた。




         ☆



 人は人である事こそ幸福である。

神に近づいてはならない。人ならざる姿をしたもの。人としての領分を超え、異能の力を得たもの。あるいは、それを持って生まれたもの。

 それらは、等しく、神から見放された罪人だ。

 どれだけ誠実に神に仕えて生きたとしても、死ねば必ず地獄に落とされるという。

 

 太陽が頭の真上にまで上って、昼の世界を統べる「太陽神の瞳」がメイルを見下ろしていた。

 昼間になると、この街道都市ニーヅの大通りは人で溢れかえる。

 聖教会の総本部のある聖都ジェーンに程近く、巡礼者や観光客が集まるからだ。

その喧騒は風に乗って、メイルの住む下町まで流れてくる事もある。

 大通りのある市民街から坂を下り、街を横断する小川に架かる橋を越えたこちら側は、「市民」の権利を持たない者達の町だ。

 市民街との境界とも言える橋に腰かけて細い足をプラプラさせながら、ぼんやりとメイルは今朝の紫色の目の男の事を考えていた。

 なんだか、嘘みたいな話だ。あんないい鎧に身を包んだ騎士たちが、自分を街中追い掛け回した挙句、パンを奪って去っていったなんて。

おかげで、さっきから腹の虫が鳴きっ放しだ。


「わっけわかんない」


 彼が触れた額を手の甲で擦る。帰って鏡を見てみても、やはり額には傷跡は全く残っていなかった。

あの騎士が何者かはわからないが、指先で触れるだけで傷を治せるなんて、明らかに『異能』だ。


(……綺麗な目をした人だったな。あの人も死んだら、地獄へ落ちるのかな。)


 なんとなく、妙な気分だった。空腹だという事もあるが、妙に落ち着かない。

 夏が終わり暑さが和らいで、すこし冷気を含んだ風が吹いて心地よい。

 今の季節が一番メイルは好きだ。この季節ここで座って日光浴をしていると、いつもはとても気持ちがいいのに、今はどうももやもやしている。

 細い手足を思いっきり伸ばして伸びをする。が、やはりすっきりしない。

 市民街へと続く緩やかな坂道。なだらかな丘の上に建つ石造りの家々が、メイル達の暮らす下町を見下ろしている。

 今にも崩れそうな土煉瓦の家々が、まるで身を寄せ合うように並んでいる。

 元々は、この下町に住む人々たちが先にこの地に住んでいたという。そこへ、市民街の住人達が現れ丘の上に町を作り、水と恵みを奪っていったと言われている。

 メイルにはそれが本当なのか、下町に住む人々のやっかみなのかは分からない。しかし、この橋の架かる小川は上流では清らかな澄んだ流れだが、ここまで辿り着くまでに汚れ、まるで泥のような色に淀んでいる。

 魚も居ないこの川を見ると、確かにただの言いがかりって訳でも無さそうだと思う。はう、と小さな溜息をついてメイルは肩を落とした。川面に、はみすぼらしい赤毛の少女が映る。

 赤いぼさぼさした髪は、肩くらいまで伸びている。

 前はもう少し長かったが、夏場に暑くて切ってしまった。今は秋になりかけているくらいなので過ごしやすいからいいが、もう少し寒くなると切った事を後悔するだろう。

 目の色は、面白味の無い灰色だ。青とは言わない。せめて、茶色の目が欲しかった。体も女の子らしさの無い細くて筋張っている固いものだ。

 見れば見るほど、溜息が出てくる。


(ああ、市民になれさえすれば、あたしももうちっと身奇麗にして、女の子らしく着飾ったりして……ううん。そんなのより、まずお腹一杯食べてこの薄っぺらな体なんとかしないと)


 自分の肉付きの薄い胸を押さえながら、ふと、何気なく目をやった市民街へと上がる坂道から、見慣れぬ二人の男が降りてくるのが見えた。

 こちら側へ降りてくるのは、大概この下町の住人か見回りの警備兵だ。メイルの知らない顔がここを通る事はほとんど無い。観光客や市民はわざわざこんな所に降りて来はしないはず。

 なんとなく気になって、そ知らぬ顔で川面を向いて視線だけで二人を眺める。

 男達は、揃いの黒い神父服を着ている。聖職者なのだろう。しかし、この街の教会では見慣れない顔だった。一人は長身の赤毛の男で、もう一人小柄な少年のようだ。二人はなにやら楽しげに談笑しながら、メイルの座っている橋の方へと向かってくる。


(関わらないほうが良さそうね……)


 素早く立ち上がると、軽く服についた砂埃を払って橋向こうの下町へ踵を返す。


「あ、ねぇ君、ちょっといいかな?」


 しかし、背後からまだ声変わり前の高い声が追い駆けてきた。……しまった。動き出すの遅かった。声をかけられて無視するのも気が咎める。しぶしぶ、メイルは振り返った。

 声を掛けたのは、当然だが少年のほうだった。蜂蜜色の髪を揺らしてにこにこを笑いながら駆けて来る。うわ、メイルは少したじろいだ。少年が、今までメイルが見たことの無いような綺麗な顔立ちをしていたからだ。

 甘そうな蜂蜜色の巻き毛に青の澄んだ眼。透き通るような白い肌なのに、頬と唇は薔薇色に色づいていて決して不健康そうには見えない。

 体に少女らしい丸みはないので男の子だと分かるが、顔だけ見れば絶世の美少女で通るだろう。

 ああ、神様ってのはなんて不公平なんだろうか。

 思わず口をぽかんと開けて、見惚れるというよりは呆れ返ってしまった。

 ぼんやりとしているうちに、目の前には少年がいて、メイルを不思議そうに覗き込んでいた。メイルよりほんの少しだけ背が低い少年に、吐息がかかりそうなくらいの距離で顔を覗き込まれ、今度は素直に少年の美貌に気圧されて顔を朱に染めた。


「ひゃ、な、な、なに?!」


 上ずった声を上げて、思わず半歩後退ったメイルを見て、背の高い男がくく、と押し殺したように笑う。むっとしてメイルが睨むと、男はわざとらしく咳き込んでみせた。

 メイルより更に赤い、背中まで伸びた長い髪。日に焼けた肌に猫の様に釣りあがった金色の眼はまるで野生動物のように荒々しい印象を受ける。


「あ、ごめん。なんだか驚かせちゃったのかな?」

「え、と。大丈夫。……あたしになんか用なの?」


 正直、今朝から面倒に巻き込まれて疲れているので心底関わりたくないのだが、話を聞かないと終わらないように思えた。


「ああ、たいしたことじゃないんだ……僕ら、人を訪ねてきて……途中で道に迷ってしまったものだから」


 少し困ったように眉を寄せて、少年は神父服のポケットから折りたたまれた羊皮紙を取り出してメイルへ手渡す。広げてみると、この街の地図だった。


「いま……どのへんにいるのかな?西門近くの宿へ行きたいんだけど」


 なんだ、ただの迷子か。なんとなく、拍子抜けしてメイルは地図の南側を指差す。


「ここ。西門なら、三段目だからまずそこの坂上って三つ目の角を右……地図ならこの道ね。次に…」


 道順を説明しながら、地図を指で辿っていくが、真剣に地図を見詰める少年の顔は段々と険しくなっていく。…もしかして地図を見るのは苦手なのだろうか。


「ああ、無駄無駄。こいつ、根っからの方向音痴なんだよ」

「もう、うるさいな!クラウス!」


 二人で覗き込んでいる地図を掌で覆って、クラウスと呼ばれた背の高い男が笑う。子供の様にむくれた顔をして、少年はクラウスの手を叩いた。

 男達の様子を見て、ふう、とメイルは短く溜息を吐くと二人を置いて坂の方へと歩きだす。


「あ、ねぇ、君…」


 慌てた様子の少年の声に、メイルは振り返って手招きする。


「ついてきてよ。あたしが連れてってあげる。道案内代が貰うからね」


 少年はラウルと名乗った。背の高い方は、クラウス。メイルも名乗ると、何故か二人は無言で顔を見合わせていた。別に変わった名前でもないのだけれど。

 知り合いに同じ名前の人でも居るのかもしれない。

 やはり二人とも聖職者で、西の方の教会で働く神官なのだそうだ。胸に下げている十字架の形が、メイルのよく知るものと違う。妙に気になりラウルに聞くと「これはフィーリア十字といってね、聖職者の中でも異端審問官とか、教会騎士とか、剣を持つ必要がある役職のものが持つんだよ」と教えてくれた。

 十字が後光を背負っている形のワズゲイン十字と違い、フィーリア十字は二重の金環を背負っている。神父様やシスターは、ワズゲイン十字を身につけているので、メイルはいままでフィーリア十字は見たことがなかった。


 聖職者なら金持ちだろうと道案内代に銅貨2枚請求したらクラウスに微妙な顔をされた。財布は分厚かったので、この男意外とケチなようだ。

 このニーヅという街は、丸い丘を切り崩して造られている。街全体が階段状になっていて、五つの階層に分かれていた。住んでいる市民の階級も階層ごとに分けられていて、上に行けばいくほど上流階級の住む地区になる。

 観光客が入れるのは、下町から上がって三段目までで、其処から上二段は貴族や聖職者、金持ちの住む地区なので出入りには許可が必要だ。三段目の東西南北に門があって、そこを抜けて階段を上がると四段目の貴族街に入れるのだ。

 西門はその貴族街への西側の入り口で、ジェーンからの使者等も使うもっとも綺麗な門だ。

 花町のある北側の門などは無骨な鉄柵だが、こちらは豪奢な大理石で出来ていて青い縁取りの鎧を着た警備兵が微動だにせず佇んで門を守っている。

 その光景目当てに観光客が集まるので、結構な数の店が立ち並び中々賑わっている地区でもあった。

 二段目へ上って来たあたりから人が増え始め、門のある三段目へ上る坂へと近づくほど、人通りは多くなっていく。メイルにとっては慣れたものだった。人と人の間にするすると細い体を滑り込ませて先へ進む。後ろを振り返ると、クラウスの赤い頭が結構遠くに見えた。


「ちょっと、あたしの後ろから離れないでよ。迷子になっても、探さないからね!」 


 ラウルはメイルが思っているより幼いのかもしれない。キョロキョロと落ち着きなく観光客向け土産店を物珍しそうに覗き込んでいる。すこし眼を放すと勝手にふらふらどこかに行ってしまいそうになった。

 その度にクラウスが首根っこを掴んで引き摺り戻している。


「……いい加減にしろよ!遊びにきてんじゃねぇんだからな」

「いやあ、だってね、美味しそうなんだもの。この飴」


 何時の間に買ったのか。ラウルの手には小さな紙袋が握られていて、その中から鼈甲べっこうのような固まりと摘まむ。ふわ、と甘い花のにおいが香る。


「花飴て言うのよ。花の蜜を煮詰めてドロドロにしたのに、砕いた木の実を混ぜて固めてんの」

「へーえ。花の蜜かぁ。通りでいい匂いすると思ったよ」

「てめぇ……勝手に買い食いすんなっつてんだろが!」


 暢気に言うラウルの頭を掴んで締め上げているクラウスを見て、強面の割りに面倒見がいいなぁと思う。

 頭を拳で挟まれてぐりぐりされているのにラウルは楽しそうだし、クラウスも本気で怒っている様子ではない。

 もしかして兄弟か何かだろうか。顔は全然似ていないが、不思議と二人には『特別な繋がり』があるように見えた。見た目が似ていないのは腹違いとかなら納得できる。

 もしそうなら、とても羨ましい。親兄弟がいないメイルにはこういう遠慮のいらない身内はいない。


「いいじゃないの。ね、良かったら、観光名所とかも案内するよ。どう?ラウル」


 ラウルはキラキラを眼を輝かせて、反対にクラウスは実に嫌そうな顔をした。余計な事言いやがってと顔に書いてある。「別料金だけどね」と付け加えると、更に渋い顔になる。あ、コイツ面白い。メイルは中々楽しい気分になって来ていた。


「ねぇ、クラウス、折角だし、ちょとだけ観光していこうよ!」

「駄目に決まってんだろ!」

「こんな西の方にくることなんて、滅多にないんだし!僕、この街の大噴水見てみたいと思ってたんだ!」


 興奮したようにラウルはまくし立てて、クラウスの服の裾を掴んで引っ張る。イライラと赤い髪を掻き毟って、クラウスは観念したように頷いた。


「わーったよ……ちょっとだけだからな!?」


 はしゃいでクラウスに飛びつくラウルを見て、メイルもどことなく嬉しくなってくる。どこに連れてってあげようかなぁ、と街の地図を頭に思い浮かべて自然と笑みを零す。


「じゃあ、二段目の大噴水見に行って、ちょっと露店を覗いて、西門へ行くってのでいい?で、用事が終わって時間あるならさ、また色々案内してあげる」


 メイルの提案に実に嬉しそうに頷くラウルに、弟がいたらこんな感じなのだろうかと思った。 

 この街の一番の観光名所は、二段目の東側にあるイリスの大噴水のある広場だ。

 人工的なものではなく、自然に地下水が湧き出て空に向かって高く吹き上がっている。

 この街で使われる水は全てそこから湧いたものだ。ここから水は上の段まで運ばれていき、その後排水が北側から流されて下町の小川へ流れ込む。

 この大きな街の全てを賄えるほどの水量を誇る噴水は相当の迫力で、多くの観光客が集まる為この周囲が一番露店が多い。

 ザバアア……!

 三段目まで届くだろうか。勢い良く透明な水が噴出すと、その雫が広場へ降り注ぎ太陽の光りを反射して、まるで水晶の破片を撒き散らしたみたいにキラキラと輝く。

 おお、と周囲の人々から感嘆の声が沸く。後ろに倒れそうなくらいほとんど真上を見上げて、ラウルもひゃあ、と興奮した声を上げた。


「すごい、キレイだ!」

「ああ、なかなかだな。人が集まるわけだ」


 メイルはなんだか鼻が高い。自分の街の名物が喜ばれるというのは、なかなか嬉しいものだった。


「イリスの水は綺麗でおいしいんだよ。この街の飲み水は全部ここから湧いてるの」

「へぇ、でも、上の段目まではどうやって届けているの?」

「地面の下に水道管が通っててね、吹き上がる力を利用して上まで送ってるんだって。だから普段は噴水は小さくなってるの。毎日決まった時間に普段は閉じてる弁を開けて、今みたいに高く噴き出させるのよ」


 大噴水の周囲は泉になっていて、その周りの広場には敷き詰められたタイルで幾何学的なモザイク画が描かれている。

 しかし、その一部、二段目から三段目へと向かう方向だけ色の違うタイルが真っ直ぐに敷かれている。この下に水道管があり、噴き上がろうとする力で自然と上の段目まで水は上っていくそうだ。


「……詳しいな、お前」

「とおっぜん。あんた達、いい案内役見つけたわよ!」


 この街の住人ならみんな知っていることだが、少し感心したように言われてメイルは上機嫌になる。

 相変わらず嫌々付き合っているという顔をしているクラウスの手を握って、噴水のへと促した。


「あんた、そんな顔してたら案内しがいが無いじゃない!楽しまなきゃ案内料も勿体無いよ」

「ちょ、俺は別に……」

「ほらほら、あの噴水の泉の中に硬貨を投げてお祈りするとね、素敵な恋人ができるんだって!あんたもお年頃でしょう?いっちょどう?」

「……うぜぇ!」


 鬱陶しそうに顔を顰めて見せるも、手を振り解こうをはしないので本気で嫌がっている訳では無さそうだ。反対の手を柔らかいラウルの手が掴む。


「僕はやってみようかなぁ。ねぇ、メイル」

「ラウルは必要ないって!だって、あんた可愛いからお姫様だって落とせちゃうよ!」


 まるで天使みたいな笑顔に笑い返して、噴水の飛沫がかかるすぐ傍まで二人の手を引いていく。

 ラウルの蜂蜜色の髪に、まるで宝石みたいな水滴が付いてとっても綺麗。まるで飴細工みたいだ。

 あと十年もしたら、それはもう女の子ならときめかない子なんて居ない位の美青年になるだろう。まさに水も滴るなんとやらだ。

 しかし、何故かメイルの言葉にラウルは少し悲しそうに微笑む。

 噴水の湧いている泉の底には、様々な硬貨が沈んでいる。周りでも、硬貨を噴水に向かって放り、手を合わせている人たちが大勢いる。大概がメイルくらいの少女たちだ。


「ほら、クラウス!」

「俺が出すのかよ!てめぇちっとは遠慮しろっ!」


 差し出した手を軽くはたかれたが、もう一度掌を突きつけると、結局クラウスはしぶしぶ財布の中から二枚の銅貨を摘まみだした。


「ありがと!」


 お礼に精一杯の笑顔を向けるが、一睨みで一蹴された。

 二枚のうち一枚をラウルに握らせる。ラウルはそれをやけに真剣な面持ちで受け取った。さっきの表情といい、もしかしたら好きな子でも居るのかも。

 そうだとしたら、こんな可愛い子を虜にしちゃうなんてどんな女の子だろうか。

 きっと、メイルなんか足元にも及ばない美少女に違いない。


「この硬貨にね、指で好きな子の名前を書いてから投げるの。特に居ない場合は女の子ならワズゲインで男はフィーリアって書くのよ」


 言いながら、指先で硬貨の表面をなぞる。

 字はほとんど書けないメイルだが、それでも神様と自分の名前くらいは書ける。『フィーリア』と書いて噴水に向かって力いっぱい投げる。ぽちゃん、と小さな水音がして噴水の中に沈んだ。続いて、ラウルが放った硬貨が弧を描いて水面に吸い込まれていく。

 手を組んで、眼を閉じて祈る。

 ラウルの恋が実りますように。

 あとついでに、クラウスに可愛い彼女できますように。


「お前今フィーリアって書いてなかったか?」


 怪訝そうなクラウスに、軽く舌を出して見せる。


「だってクラウスのお金だもの、クラウスの分よ!」

「馬鹿か……余計なお世話だっての」


 呆れたように言いながら、まだ祈っているラウルの首根っこを掴んで持ち上げる。


「あう」

「あうじゃねぇよ。そろそろ行くぞ。さっさと済ませねぇと」


 不満げにラウルが声を上げる。しかし、クラウスはもう待つ気は無いようだった。メイルはもう少しラウルに遊ばせて上げたかったが、仕方ない。持ち上げられてしょぼくれている、ラウルの手を握る。


「大丈夫!ラウル!後でもっとあちこち連れて行ってあげるね!」

「本当?じゃあ、約束だよメイル」

「うん!でも、クラウスが怒るから用事が終わったあとだよ」


 握った手を上下に振って、もう一度約束だよ、とラウルは笑った。無邪気な表情が眩しい。クラウスも眩しいのか、噴水の水滴が目に入りそうなのか、それとも微笑っていのか。ほんの少し目を細めてメイルとラウルを眺めている。

 こうしていると、あたしもこの二人の兄弟みたいじゃない?

 そんな事を考えて、メイルは嬉しくなる。

 このでこぼこな二人が、メイルはとても気に入っていた。




はじめまして。風祭おむつと申します。

普段は風祭おまるのペンネームで、BL小説を書いているのですが、エイプリルフールに託けて昔書いたNL(ラブ要素は薄いですが)をお炊き上げ投稿いたします。


もともとは十年以上前に別ペンネームで某少女小説の賞に投稿して落ちて、それをさらに別ペンネームでコミコノベルに投稿したりした作品なのですが

それを、登場人物や設定を色々改良してみたものです

だいたい8万文字くらいですので、多分全8、9話くらいになるかなーと思います


お話的にはキリはいいのですがジャンプの読み切り的というか、「長い連載作の第1巻目」くらいの終わり方をしますのでご注意ください

若い頃に書いた拙い作品ではありますが、自分としては思い入れのある作品ですので、すこしでも楽しんでお付き合いいただけましたら嬉しいです


一気に完結まで投稿して、四月いっぱいで削除しようと思います

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