死ンデレラ―桜島の灰被り―
むかしむかし、薩摩国に、シンデレラと呼ばれている誇り高き女武者がありました。本当は大名の血を引き、身の丈は七尺にも及ぶ屈強な女武者なのですが、家族を亡くして養子に出された先で、意地悪な継母と二人の義姉たちにその強さを疎まれ、下女のように扱われておりました。
あるときのことです、結婚を考え始めた島津の若様が、
「おいもぼつぼつ、よめじょ見つける頃合じゃ。良か兵子ば産んで藩に尽くしてもらうためじゃ、お国で一番強ぇおなごば見つけてよめじょにすっど」
と思い立って、鶴丸城で武闘会を催すことになり、薩摩国のあちこちから一騎当千の女武者が集められることになりました。二人の義理の義姉はシンデレラが持ってきた鎧兜と刀を身に着けて、
「シンデレラ! おはんの具足と刀はおいが使う、おはんは桜島の灰でも被っとれ!」
「まかり間違うても城に来てはいかん、おはんを見つけたらその場でチェストすっど! まあ、おはんは招待状が無か、そもそも城には入れんが!」
と言って、継母と共に出て行ってしまいました。
薩摩国で最も強い女武者を決める死合が開かれるというのに、それに出られない悔しさに、シンデレラは地団駄踏んで嘆きました。
「畜生! ないごて、おいが死合に出られんのだ。おいも城に上って、若様の前で剣術を披露してみたか! 薬丸自顕流の剣法なら誰にも負けんちゅうのに。こげん歯痒いこちゃなか! チェスト、チェストオオオオオ!!」
シンデレラが苛立ち紛れに立木打ちをしていると、突如と黒染めの鎧兜を身に纏った魔女が現れて、
「もう嘆かんでも良か! おはんは良か武家者じゃ。おいがおはんの望み、叶えてやろう!」
といって、シンデレラにかぼちゃとねずみ、それから古いほうきを差し出し、魔法をかけました。
「チェストオオオオオ!」
すると何ということでしょう、かぼちゃは一瞬にして豪壮に飾られた赤糸威大鎧に、ねずみは筋肉隆々たる軍馬に、古いほうきは銅造りで身幅重ね共に厚く猪首切っ先、三尺七寸の野太刀に変わりました。薬丸自顕流の剣法にも耐える、実戦を意識した古風で強靭な刀です。シンデレラはそれらを身に着けて、
「良か!」
とたいそう喜びました。最後に魔女は薩摩切子の靴を取り出して、
「子の正刻になっと、まじないが解けっど。そいまでに全員ばチェストして戻ってこい」
と言って、虚空に消えていきました。シンデレラは軍馬にまたがり、
「行っど!」
と叫んで、鶴丸城に向かって駆けていきました。
驚いたのは城兵たちです。招待状も何も持っていないシンデレラが現れたものですから、
「おはんは誰ぞ!」
「名を申さんと叩っ斬っど!」
と刀を抜いて立ちはだかりました。シンデレラは馬上から飛び降りて、
「おいはシンデレラじゃ! チェストオオオォォォ!!」
と拳を振るって城兵たちを薙ぎ倒しました。命からがらシンデレラの剛腕から逃れた家臣は、若様に報告しました。
「若様! 狼藉者にごわす! シンデレラちゅう、招待状も持っちょらんいかれ女武者が城兵ば張っ倒して乗り込んできもした!」
しかし若様も薩摩の武家者、全く狼狽することもなく笑顔で家臣に答えました。
「良か。城兵ば張っ倒したちゅうなら、そりゃよほどの武家者じゃ。死合に華ば添えっど」
「ば……ばってん! あの女武者はいかれでごわす! 素手で鎧を砕いて……」
「なおのこと良か。入れてやれい」
若様に言われては逆らうこともできず、無用な犠牲を避けるために家臣はシンデレラを本丸に招き入れました。シンデレラが本丸に駆けこんで名乗りを上げたちょうどその時、若様が壇上に上がって、女武者たちを迎えて言いました。
「皆の者、よう来てくれた。こいかあ死合を始むっぞ。まずは小手試しの合戦ぞ、おいが『良か』というまで、互いに好きなように斬り合い、組み討ち、首ばひっ取れい!」
じゃあん、と銅鑼の音が響いた途端。
『――チィィィィィィイエエエエエェェェェストオオオォォォオォオオオォオオ!!』
百人を超える女武者たちが、この世のものとは思えぬ猿叫を上げて、一斉に抜刀しました。いずれも薬丸自顕流、一騎当千の荒くればかりです。
その中でもシンデレラの戦いぶりは激しく、彼女の周りではたちまちのうちに血の雨が降りました。三尺七寸の野太刀を振りかざして兜諸共に頭を叩き割り、具足諸共に胴を両断し、嵐の如く首を刎ねるその様は、まさに鬼神の類でありました。それを見た若様は、
(あの女武者ば招いて正解じゃった。あんだけの武家者なら、良か兵子ば産みそうじゃ。良か。良か)
と満足そうに頷きました。暫くして人数が減ってきたので、若様は、
「そこまでぃ!」
と言って戦いを止めさせました。犠牲者のほとんどはシンデレラによるもので、頭を叩き割られ、あるいは胴を断ち斬られて死んでおりました。シンデレラは斬り倒した女武者から取り出した生肝をもっちゃもっちゃと頬張りながら、
「美味か」
と言いました。それを見た若様は、ますますシンデレラを気に入りました。
続いて始まったのは薩摩伝統の度胸試しである肝練りです。若様はよりのかかった縄で天井から種子島を吊るしてその周りに女武者たちを車座に座らせ、全員のもとに焼酎一升とえのころ飯を配りました。
「良か戦いじゃった! 一休みば行きたいとこじゃが、おはんらの中から一番強かおなごをよめじょに決めねばならん、もちっと付き合ったもんせ! これから肝練りを始める、種子島から十度弾が出て、生きちょった者は最後の死合ば加われ、そうでなか者は、さぱっと死せぃ! そいじゃあ始めっど、チェスト!」
若様が火縄に点火すると、女武者たちの真ん中で種子島がぐるぐる回り始めました。シンデレラは意にも介さず焼酎をぐびぐびと飲み、えのころ飯をかっ食らいました。しばらくして、種子島がどか!と火を吹き、シンデレラの対面に座っていた女武者の頭を吹き飛ばしました。
「次ん弾を込めい!」
若様の命令で、種子島に再び弾が込められ、女武者たちは間隔を狭めて座り直します。その時、シンデレラは空になった椀を掲げて叫びました。
「お代わり! 焼酎もおくんなもし!」
それを見た若様は、
(わぜか胆力じゃ。虎のごつ)
と思い、シンデレラにたっぷりとえのころ飯と焼酎を振る舞うように家臣に言いつけました。
そして再び、種子島が回り始めます。九度種子島が鳴ったところで隣を見ると、憎たらしい義姉の一人が座っているではありませんか。シンデレラはくわあっ、と目を見開いて義姉を威嚇し、えのころ飯をかっ食らいながら焼酎をぐいと飲みました。
やがて火縄が短くなり、十度目の銃声が響き渡りました。飛び出した鉄砲玉は、シンデレラの隣に座っていた義姉の頭を吹き飛ばしました。しかし、シンデレラは顔色一つ変えず焼酎を飲み干し、
「他愛なか」
といって、頬に飛んだ血と脳漿を手のひらで拭いました。
肝練りが終わると、いよいよ死合が始まります。そこでもシンデレラは並み居る女武者たちを斬って斬って斬りまくり、最後の決戦になるまで生き残りました。最後の相手は散々にシンデレラをいじめた義姉です。
シンデレラは野太刀を蜻蛉に構えて、その大きな眼で義姉を睨み据えました。義姉も流石の武家者――臆することなくシンデレラを睨み返して挑発しました。
「おはんごときやっせんぼの灰かぶりに、おいが負けるはずがなか。死ねい」
シンデレラは何も言いません。これから死ぬ、これから殺す相手に掛ける言葉など、武家者は持ち合わせていないのです。剣で語ればそれで十分。シンデレラは、野太刀の柄をしかと握りしめ――
「始め!」
「――チエェエエエエエィストオオオォォォォォオオオ!!!!!!」
本丸を揺るがすが如き猿叫を上げ、先手を打って義姉に斬りかかりました。その一撃はまさに電光、振り下ろされた野太刀は、義姉を刀もろともに一刀両断しました。二の太刀要らず、まさしく薬丸自顕流の神髄――雲鷹の太刀でありました。
「そこまでぃ!」
義姉が真っ二つに斬られて倒れると、若様は満足そうに頷いてシンデレラに歩み寄りました。
「おはんの名は」
「シンデレラじゃ」
「そうか。おはんが一番強かおなごじゃ、どうかおいのよめじょになって、強い子を産んでおくんなもし」
「良か! 早速床を敷け――」
そこまで言ったところで、シンデレラは子の正刻――深夜0時が近づいていることに気付いて慌てて立ち上がり、
「しもうた、えのころ飯ば火に掛けちょったんじゃった! 若様、子作りはまた後にしておくんなもし!」
と、訳の分からない言い訳を残して駆け出し、軍馬に飛び乗って帰っていきました。そのときにシンデレラはたいそう慌てていたので、履いていた薩摩切子の靴を落としてしまいました。若様はその靴を拾い上げて、
「こん切子ん靴の持ち主を、草ん根分けても見付け出せい。そのおなごばおいのよめじょにすっど。ありゃ良か武家者じゃ」
と言って、家臣たちに国中を探させました。しかしその薩摩切子の靴はなんと十六文もあり、靴に合う足の大女など、そうそう見つかるものではありません。
それでも家臣たちは諦めずに探し続け、とうとう桜島でシンデレラを見つけました。間違いなくこの大女だ、随分な暴れようだったから他にいるはずがない、と思った家臣たちがシンデレラに薩摩切子の靴を履かせるとぴったりと足は靴に収まり、シンデレラは再び鶴丸城に招かれました。
若様はたいそうお喜びになってシンデレラを嫁に迎え入れ、二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。