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子供の小さな大冒険

 雨に濡れた木製の橋。私と陽希――とその肩に乗ったルーンは、そこに来ていた。

 

 ここが山への入り口で、この町の子供たちが最初に冒険を経験する場所だ。

 雨のせいで滑りやすく、頑丈ではあるのだが縄で繋がっているため、歩くたびぐらぐら揺れる。度胸試しにはもってこいというわけだ。

 かくいう私も、陽希に連れられよく橋を渡った。

 

「行こうか、エリアス」

 

 先に進んでいた陽希が、私を見て手を差しのべる。

 怖がっているとでも思われているのだろうか。

 確かに昔は足がすくむことだって多かった。そういうときは自分だって震えているくせに、陽希は今みたいに私に手を伸ばした。

 

「ええ。でも私、もう一人で渡れるわよ」

 

 歩き出し、陽希の隣に並んでみせる。足元で橋がぎしりと音をたてても、ぐらぐら不安定に揺れていても、今はもう怖くない。

 

「行きましょう。夜になる前に終わらせたいもの」

「そうだな。俺も暗いとこは嫌だ」

 

 橋を渡り終えれば、本格的に山の中だ。生い茂る木々に、雨でぬかるんだ地面。冷たい空気は、ここが人の住む場所ではないと告げるかのよう。

 それでもまだ、空は見える。雲に覆われていて、灰色一色ではあるが。そういう場所は、まだ子供たちが冒険ごっこをできる場所。私も陽希と何度かここに来た。

 

 ぱきりと、足の下で落ちた枝が折れる。一歩踏み出すたび、葉がかさかさと音を鳴らす。

 

「エリアス、どうしよう」

「ん、何?」

 

 唐突に、前にいた陽希の足が止まった。そしていつも私に助けを求めるときの顔でこちらを振り返る。

 

「俺、道わかんない」

「……そう」

 

 そんなの、私だって知るはずがない。まったく、どうして大事なことほど忘れるのだろう、この幼馴染みは。

 お役目に選ばれた時点で、親か、前にお役目に選ばれた誰かに聞くなり、地図をもらうなりすればよかったのに。

 

 仕掛け箱が山頂にあるからといって、単純に上を目指せばいいというものではないのだ。この山は。

 崖だって多いし、道に迷えば助かるかわからない。ここなら入り口に近い方だから大丈夫だろうが、もしもっと遠ざかっていたら、危ないところだった。

 

「引き返すしかないかしら……」

「道なら、僕が知っている。というか、なんで僕に聞かない?」

「あ、そうよね。ルーンなら知ってるわよね」

 

 何せ彼は、これまでお役目の旅についてきたヴォルペルティンガー。知っているのも当然だ。

 

「さすがルーンだな! じゃあ、道案内頼むぜ!」

 

 陽希はすぐに人――ここではうさぎだが――を信用する。それは陽希の良いところであり、少し悪いところでもある。でも私は、陽希のそういうところが好ましいと思っている。

 

 いかにも年長者らしくため息を一つ吐いて、ルーンは陽希の肩から翼をはためかせて私たちの前の宙に浮く。

 

「こっちだ。見失うなよ」

 

 ルーンが先導してくれる道は、だんだん獣道に近いものになっていった。

 道らしきものはあるのだが、落ち葉に隠されてしまっているものも少なくない。

 この辺りにもなると、大人も子供もあまり立ち入らなくなってくるからだ。

 

「一応気をつけろよ。僕はいいが、君たちは足を踏み外すかもしれないだろう?」

 

 こちらを見たルーンが、相変わらず鼻をひくひくとかわいく動かしながら声をかけてくれる。

 どうやってしゃべっているのか、今さらながら不思議だ。

 

「わかった。気をつけるぜ」

 

 雨が降るのは山も例外ではない。奥に行くほど葉は落ちているし、足場も悪いしでよく滑るのだ。霧が頻繁にかかるため、見通しが悪いところもある。だからここには人が来ない。

 

「この先からは、僕からあまり離れるなよ」

「じゃあ、いよいよお役目の旅の始まりなのね」

「いよいよって?」

 

 本気で不思議そうに陽希が聞いてくる。当事者のくせに、一番わかっていないらしい。

 いつものことなので私は受け流すが、ルーンはキャラメル色の目をくりくりさせて陽希を見ていた。

 

「陽希が持たせてもらった、あのペンダントがあるでしょう? それが鍵になる扉がこの山にはあって、そこからが本当のお役目の旅の始まりなのよ」

 

 旅と言ったって、何日もかかるようなものではない。大人の足なら山頂まで登るのに数時間、往復したって半日だ。

 子供であるお役目の子だって、一日で帰ってこられる。それでもかなりの冒険だし、この雨の町で仕掛け箱を開けられる『お役目』という立場はあこがれのようなものだ。

 

 だからこの山ははっきり区切られている。

 

「おー。さすがエリアス、わかりやすいぜ」

「……ルーン。こんなにのんきで、この先大丈夫かしら?」

「……大丈夫にするしかない。そのためにも僕がいる」

 

 一拍分の間に同じものを感じつつ、私とルーンはため息を吐いた。半分だけ冗談で。

 

「エリアス、君の協力が必要だ」

「惜しむつもりはないわ。私もそのために来ているんだもの」

「うわ、二人ともひっでー。俺だって、やる時はやるぜ?」

「わかってるわ。頼りにしてるわよ、陽希」

 

 そう、頼りにしている。ちょっとバカだし、まわりを振り回すけど、陽希は何に対しても全力だ。空回りが目立つだけで。だからこそお役目にも選ばれたのだろう。

 

 陽希もルーンも、意外なことを聞いたようにぽかんとした。

 

「何?」

「いや……。エリアスってたまーにうれしいこと言ってくれるよな」

「お、おめでたいわね、そんなことがうれしいなんて! いいから行くわよ! ルーン、案内してちょうだい!」

 

 早足で歩くものの滑らないように気をつけるのは、もはや雨の町に住むために、無意識レベルで叩き込まれる歩き方だ。

 だから陽希だって当然すぐに追いつける。わかってる。単なる気休めだ。

 

「待ってよエリアス。そんな照れるなって。俺もエリアスのこと好きだぜ」

「もう、知らない知らない! ルーン、早く!」

「早くも何も……扉はそこだ」

 

 近かったのと早歩きをしたのとで、扉はもう目の前だった。

 

 今度は私の左肩に乗ったルーンが「君はそういう話になると冷静さを失うタイプか」と言ってきたので、捕まえて抱きかかえてやった。

 角にさえ気をつければ、彼の身体はもふもふした毛並みの触り心地がいい、普通のうさぎみたいだった。

 

「ルーン、ここにペンダントはめればいいのか?」

「ああ。……っ。エリアス、離せって」

「ダメよ。これは正当な仕返しだわ。私を怒らせればこうなるのよ」

 

 建前である。ルーンはふわふわしている上、とても暖かかった。強いのだろうけど、そこは小動物。できればずっと抱っこしていたい。

 

「え、エリアス! ルーン!」

 

 陽希の声に視線を上げれば、先程のようにムーンストーンが柔らかい光を帯びて、扉はひとりでに開いていた。

 

「ペンダントはちゃんと持てよ、陽希。エリアスはいい加減離せ」

 

 名残惜しくはあったけど、案内役がいないのは困るので離した。まだ腕にぬくもりが少し残っている。

 

 扉の先の景色は、これまでとあまり変わらなかった。しかしルーンの様子から、ここから先は確かに『違う』のだとわかる。

 すんすんと匂いを嗅ぎ、ぴょこぴょこ耳を動かして辺りの状況を確認してから進むのだ。見通しをよくするためか、今は陽希の頭の上に乗っている。

 

「もう山の半分以上来たけど……ここから先、何かいるのか?」

「ああ。仕掛け箱の魔力に釣られた魔物がな」

「魔物……。だからお役目のペンダントが鍵になる扉がある、ということかしら」

「そうだ」

 

 あの扉には、封の役割もあったらしい。あそこ以上の高さには、鍵がないと入れない。逆に、出ることもできない。だから魔物が町に下りてくることもない。仕掛け箱が山頂なんて行きにくい場所にあるのは、そんな理由があるからだった。

 

「僕なら対抗できる。でも君たちは二人だ。もしバラバラに襲われでもしたら、危険だろう。できるだけ、僕の近くにいろ」

 

 さっきからルーンが辺りをしきりに気にしているのも、何度も「離れるな」と言うのも、その魔物を警戒してのことなのだ。

 

「この近くにも、魔物って出るのか?」

「いや、この近くにはあまり出ない。だが安全は保障できない」

「わかったわ、ルーン。離れないようにする」

 

 ぴるんと耳を揺らしてこちらを見たルーンに、一つうなずいてみせる。陽希も真剣な目をしていたが、彼がうなずこうものならルーンがバランスを崩してしまう。

 

「なら、いい。進もう。こっちだ、陽希」

 

 陽希の頭の上を、ルーンが前足でぽふぽふ叩いて方向を示す。……ちょっとうらやましいかもしれない。

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