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止まない雨の町

 今日も、ほら。

 雨音に混ざってドアが叩かれれば、君がそこで待っている。

 さて、今度はどう振り回されたものか。

 

「エリアス! 俺、お役目に選ばれた!」

 

 いつだって突拍子がないのだ、彼の話は。小さい頃から変わらない、この同い年の幼馴染みである彼の悪い癖。

 まあ何と言ったって私はもうそれに慣れた。落ち着いて、ちゃんと順序立てて聞けばいいだけ。

 

「ああ。そういえば、そろそろだったものね。それで、どうして私のところへ?」

「誘いに来たんだ。一緒に行こうぜ!」

 

 どんよりした曇り空。そんなもの吹き飛ばしてしまいそうなほど、彼の笑顔はいつも明るい。

 

「お役目の旅なんて、危険だらけらしいじゃない。私を巻き込む気?」

「でも、ついてきてくれるだろ? 頼むよ、俺一人じゃ無理だ」

 

 それこそ雨に濡れた子犬のように、彼はしゅんとしてみせる。

 その表情にほだされたわけではないが、私はとりあえず中へ入るよううながした。

 

 いつだって雨降りのこの町とはいえ、濡れては風邪をひく。彼のことだから、きっと私が面倒を見ることになるだろうから、それがごめんだってだけのこと。別に深い理由はない。

 

「話だけ、聞くわ」

 

 ああ、やってしまった。

 

「ありがとな、エリアス!」

 

 そこまで言ってしまえば、私は断れないと知ってか知らずか、彼はうれしそうに笑顔を向けてきた。

 ぺしっとタオルを投げつけてやり、来客用のソファを勧める。

 といっても幼馴染みなのだ。互いの家なんて数えきれないほど行き来しているし、彼だってここのことをよく知っている。

 

「エリアスも、お役目が何かくらいは知ってるだろ?」

「ええ。もちろんよ」

 

 お役目――この雨降りの町独特の決まりごとのようなものだ。

 

 この町は、ほぼ一年中雨が降り続いている。どういうわけかは、誰も知らない。それは一度置いておいて。

 さらに町のまわりは、水路に囲まれている。

 

 雨と水路。この二つがあるとどうなるかなんて、それは聞くまでもないことだ。

 そのうち水に閉ざされ、町から出ることは叶わなくなる。

 

 それを避けるために、一年に四度ほど選ばれるお役目という存在があるのだ。それは、十二から十四歳の子供の中から選ばれる。

 

「山にあるっていう、仕掛け箱を開けるんでしょう」

 

 この町の雨を止ませ、普通のどこにでもあるような町にすることはできない。

 いくら魔法で人間がある程度自然に由来した力を使えるとはいえ、完全に操るなんて不可能だ。

 

 だけど一時的に雨を止ませることができる。その仕掛けが施されている箱が、なぜだか山の上にあるのだ。

 

「そうそう。でも単純に危険ってだけなら、俺だってエリアスのこと誘いになんて来ないよ」

 

 そう。彼はいたずらに私を巻き込んで危険な目に遭わせようとすることはない。これまでだってそうだった。

 『俺一人じゃ無理だ』。彼の行動にはわかりにくいものの、いつだって理由があるのだ。

 

 お役目の旅には、ただ危険がともなうというだけではない。そこに彼の苦手なことがあるから、私に協力を求めてきたのだ。

 

「知識も必要だって言うだろ? 謎解きがあるって。俺じゃできないよ」

「それを私に手伝ってもらいたいわけね」

「さすがエリアス! きっといいって言ってくれると思ったぜ!」

 

 いいなんて言ってない。でも、断る理由もないかもしれない。

 きらきらした彼の笑顔を前にして、今さら駄目だと言うには私たちの付き合いは長すぎた。

 

「わかったわ、陽希ハルキ。協力する」

 

 この町にはめったにない晴れの日に差す光と、珍しい響き。そんな名を持つ彼は、そこにいるだけで名前を体現するかのように明るい。笑顔なら、なおさら。

 雨の町に暮らす人々が憧れる、陽の光のように。

 

「じゃあ明日、図書館前で待ち合わせな!」

「ええ、図書館の前ね」

 

 仕掛け箱がある山への入り口にもっとも近く、待ち合わせに使えるような場所は図書館だった。私もよく行っている。

 

 雨の中立ち去っていく陽希の淡い黄色の傘は、まるでこれから彼がもたらすであろう陽の希望のように思えた。

 

 

           *

 

 

 次の日も、当然のように雨が降っていた。しかしあまり強くはない、霧雨だった。

 旅の出発には向いていないだろうが、この町にしてはいい天気な方なのだ。幸先がいいかもしれない。

 

 私は小さめのリュックを背負い、手には薄緑の傘をさして陽希を待っていた。旅――というより冒険――にも傘が必要なんてこの町らしい。

 止まない雨が降り続ける空を見上げて、私はそんなことを思った。

 

 たったった。ぱしゃぱしゃぱしゃ。

 雨降りの町で走ったりすれば、足音に混じって水のはねる音も一緒に聞こえる。

 

「エリアスー! おはよう、早いな」

「待ち合わせの時間前集合は、当然のことよ」

 

 陽希と一緒にいたからか、はたまた自身の元からの性格か。私はいつのまにか動くより前に考えたり、冷静に判断しようとするタイプになっていた。

 計画通りに動くのもその一環で、だけど同時に陽希といるときに、どれだけ計画や予定なんてものが役に立たないかもわかっている。

 

「あ、そうだ。昨日忘れてたことがあってさ。こいつも俺たちの仲間だ」

「……?」

 

 こいつ、と言って陽希が私にも見えるよう持ち上げた右手の中には、真っ白に澄んだ宝石――ムーンストーンのついたペンダントがあった。

 お役目に選ばれた人が持たされると聞いていたけれど、これがなぜ『仲間』になるのだろう。

 

「ただの石じゃないぜ。よく見てろよ」

 

 いたずらっぽく、陽希は笑ってみせた。自分が知ってて私の知らない何かを見せるとき、彼はいつもこんな表情だ。

 

 ふわん、とムーンストーンが光をまとった。それほど明るくなくて、たまに夜晴れたときに雲の隙間から見える、月の光に似ていた。

 

 次の瞬間陽希の腕の中にいたのは、一匹のうさぎだった。

 

「うさぎ……よね?」


 そのうさぎは、私の知識の中にあるうさぎではなかった。

 茶色く野うさぎらしい毛並みまでは普通なのだが、鹿のような角があり、その毛と同じ色の翼を持っていた。

 『かわいらしい』、というより『強そう』なんて言葉が似合う、そんなうさぎだった。

 

「ただのうさぎじゃないぜ。角うさぎっていうんだ」

「ただの角うさぎでもない。僕は、ヴォルペルティンガーだ」


 と、そのうさぎまでもがしゃべった。

 

「きゃっ!?」

「はは。相変わらずおどろくときだけは女の子らしいんだよな、エリアスは」

 

 失礼な奴。一瞬、ついていくのをやめようかと考えた。

 

「こいつはルーン。お役目で山に行く人たちを守ってくれるんだ」

「この子が?」

 

 見た目からは、頼りになるとも言えるような言えないような、微妙なところだった。

 大きい角、小さい身体に、広げればそれなりの大きさがありそうな翼。口からは、わずかに牙が覗く。

 

「……うさぎなんでしょう?」

「だから、ヴォルペルティンガーだって言ってるだろう。僕をその辺のうさぎと一緒にしないでくれ」

 

 それはけして傲慢ではないが、自分に自信のある言い方。

 ただ、あたりまえのうさぎのようにひくひく動く鼻と、ぴょこぴょこしている耳は威厳のかけらもなく、かわいらしかった。

 

「わかったわ、ヴォルペルティンガーなのね。よろしく、ルーン」

 

 私と陽希の旅に、一匹仲間が増えた。

 束の間の、子供の冒険。それでもきっと、宝石みたいにきらきら輝く時間なのだろう。私はそんな予感を覚えた。

 

 図書館の裏手にある、ちょっとした森――要は、木が植えられた人にとって過ごしやすい環境だが――。そこが山とつながっている。

 まだベンチや道など、人工の色が残っている。それでも、木々の葉が茂っているおかげで、今日の霧雨なら傘は必要なさそうだった。

 折り畳み式の傘だったので、そのまま畳んでリュックに入れる。陽希も同じ動きをした。

 

「それは便利だな。翼が濡れない。色や柄も多いから、見ていて飽きない」

 

 陽希の左肩の上で、ルーンが言った。抱えられるのは動きにくいし、ぬいぐるみのようで嫌だと、早々に腕の中から抜け出し、そこに落ち着いたのだ。

 くりくりしたキャラメル色の目が、ちらりと私たちの傘を見ていた。

 

「雨の町だから、傘が必要なの。毎日使う物だから、工夫を凝らして持ち歩くにも楽しい物になったのよ」

「君は陽希より物知りだな。ええと?」

「名前言ってなかったわね。エリアスよ、青色の名前の一つからとられた名前なの」

 

 陽希と逆で私の名前は、この町らしい名前だ。雨の町の人々には、青の名を持つ者が多い。

 

「ルーン、俺をバカみたいに言わないでくれよー」

「君は馬鹿ではないが、エリアスと比べればそう言わざるを得ない」

「ひっでー。なぁ、エリアスからも言ってやってくれよ」

 

 少し考えて、私は口を開く。

 

「確かに、陽希は賢いとは言えないわね。昔から散々振り回されてきたもの。でも、陽希が友達だったから、私は知識を身につけようと思ったのよ」

 

 あえて必要に迫られて、と言わなかったのは、幼馴染みへのささやかなフォローだ。

 

「あの、褒めてくれてるのか? それとも、エリアスも俺のことバカにしてる?」

「どっちもね。でも、陽希のことは嫌いじゃないわよ」

 

 そう、嫌いではないのだ。

 色々なことに振り回されてきた。陽希ではなく私の方が、巻き込まれ怪我をするようなこともあった。

 愛想を尽かしてもおかしくないが、陽希にはいつも悪気はない。それを思えば、私は何も言えなくなる。

 

「ふーん? ならよかった」

「君たちは、変わった友人関係を築いているんだな」

「そうかしら?」

 

 関係なんて、人それぞれ違うものだ。同じ名前の関係でも、まったく同じものなんて一つとしてないから、人はつながるのだ。

 私はそう思う。

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