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店に入ると、店員がえらく驚いた。
当然だ。
予備知識がなければ僕だって驚く。
どうだろう。手結さんに一番驚いて、次が庵道さん、そして蝋沼君かな。
それでも、お仕事はちゃんとしてくれたようで、庵道さんは手続きをすませた。
幸い、ピーちゃんについては、何も言われなかった。手結さんの格好がカモフラージュになったのかもしれない。
「僕はね、カラオケに来たのは初めてなんだよ」
部屋に入り、適当に座ると、庵道さんはそう言った。
今回もちゃんと席についている。
「僕もあんまりきたことないなあ。昔、妹と来たことはあるけど」
カラオケに一度も来たことがない人も、珍しいんじゃないだろうか。
「ふむ。メニューと、端末があるのだね。ほお、なかなか充実してるじゃないか。いいな、からあげ。そしてそれは場を盛り上げる楽器か」
「野菜スティックを頼もう」
蝋沼くん、もしかしなくても、それはピーちゃん用だよね。
「カラオケにきたのだから、歌おうよ。最初にいれてもいいかしら」
そう言って、紅百合さんが端末をいじった。
すぐに画面が動き出す。
カラオケって、一緒に行く人が誰であろうと、一番に歌うのって結構勇気がいるんじゃないかな。
しかも僕達はお互いの歌声を聞いたことがない。
流れてきたのは、少し古いけど、ドラマの主題歌にもなったような、有名な曲だった。
あれ、あのドラマって、確か女同士の……。
まあ細かいことは気にしないでおこう。皆の前に立ち、歌いはじめた。
それは、なんだか何度も何度も歌い込んでいそうな、巧みな上手さだった。
感情がこもっているというか。泣き出さないか心配なくらい。
「ふう、やっぱりこの曲好きだわ」
満足気に席に戻る。
「すごーい。紅百合さん、歌上手なんだねー」
手結さんがぱちぱち手をたたく。
庵道さんも、拍手の代わりに、楽器をしゃんしゃんならしていた。
「惚れた? 惚れたかしら?」
紅百合さんが、食らいつくように、そう言う。
にこにこしているが、何にも言わない手結さんだった。
「次は私が歌おうかなー」
そう言って、手結さんが曲をいれ、前に立った。
あまり立ち姿を見るのは恥ずかしいのだけど、全く見ないのも手結さんに悪い。
流れてきた曲は、まさかの児童ソングだった。
カエルの歌が聞こえてきそうな奴。
顔を赤らめて、恥ずかしそうに、けれど楽しそうに歌う。
まさか、わざと恥ずかしい曲を入れたんじゃ。
だとしたら、露出狂というレベルを越えている気がする。
邪推のしすぎだろうか。
終わると、恍惚な表情で、席に戻っていった。
「ふふん、二人共、いい歌いっぷりだったよ。そういう内面をさらけ出すのも、人付き合いには大切なことさ」
「それはそうかも。ところで、庵道さんは歌わないの?」
僕はずっと楽しみにまっているのだ。
「僕かい? そうだね、歌うとしたらここで座ったまま歌うか、もしくは誰かの上で」
「だったらあたしと、これ歌わないかしら? デュエットなのだけど」
端末をみせながら、
「絶対手はださないから。ね?」
懇願するようにそう言った。
ちなみにあの日以来、ほとんど庵道さんは紅百合さんに乗っていない。
「わかったよ。紅百合くんがそこまでいうなら、共に歌おう。幸い、その曲は知っているからね」
紅百合さんが曲を入れ、前に立つと、ふっとその背に庵道さんが移動した。
そしてイントロが流れる。
ああ、庵道さんの歌声。普段と違って、少し高い。それにうまい。本当にカラオケ初めてなんだろうか……。
庵道さんばかり眺めていて、気づかなかったが、なんだか紅百合さんの様子がおかしい。
あの状態で歌うということは、耳元で庵道さんの声がするわけで。
うわあ、なんだかヨダレがたれそうな顔をしている。さっき歌っていたのとは違って、声も震えてるし。
もしかして、朝電話をしていたとき、僕も似たような顔をしていたんだろうか。
しかも妹の前で。
やばい、庵道さんの歌声に集中したいのに、変な汗かいてきた。
つらつら余計なことを考えていたら、歌が終わってしまった。
「凄い綺麗な声だったよ庵道さん」
それでも、本心からそう言えて、僕は拍手した。
「まあまあ、そう持ち上げるでない。僕は初めてなのだぞ」
いつものにやにや顔で、席に戻る庵道さん。
紅百合さんは戻る時、ふふ、ふふふふ、と怪しげに笑っていた。
あんまり朝の僕を思い出させないでほしいな。
頼んだ料理やお菓子をたべながら、皆適度に歌っていく。
僕は、庵道さんの前でちゃんと歌えるか不安だったけど、なんとかなった。
といっても、何の特徴もない普通の歌だと自覚しているけど。
それでも、庵道さんはちゃんと聞いてくれていた気がする。
蝋沼くんも、ウサギのケージを抱えてる以外は、割と普通だった。
少なくともピーちゃんに向けたラブソングではなかった。
「ほらほら、鈴木くんこれ歌ってごらんよ」
「え、なんでこんな曲選ぶの」
「ねえ、今度は手結ちゃんも一緒にうたわないかしら?」
「いいよー、でも、私の知ってるデュエットあるかなあ」
「ウサギさんかわいいですね」
「そうだろうそうだろう。だがウサギさんではない。ピーちゃんだ」
「そうでしたね。そうだ、もっと中が快適なケージ、作ってみるのも面白いかも」
「ほんとうか?」
皆、楽しそうだ。
これだけ集まって、いつでも遊べるのは幸せなのかも。
あっという間に時間がすぎて、そろそろ帰る流れになった。
最後に言えるのは、墓井さんは歌が下手だということ。
まだ陽が高い。
朝から来ていたからそれはそうか。
このあとどうしようかと思って、蝋沼くんはどうするのか聞いてみたら、ペットショップにいくと答えた。
ここに来るまでの間にみかけたらしい。
ペットショップかあ。
「僕も行っていい?」
「ああ、もちろんだ」
僕たちは、二人で目的地へ向かう。他の皆はもう解散している。
「皆歌うまかったねえ」
「そうだな。墓井は、まあ、あれだったが」
「逆の意味で凄かったね。いくら凄いものを作れても、何でもできるわけじゃないってことかな」
「天は二物を与えずってやつかい」
庵道さんが、蝋沼くんの背にいた。
「あんまり墓井さんのこと知らないけど、もしかしたらそうなのかも」
「なんだい。全然驚いてくれないね」
口を尖らせる庵道さん。
人は慣れるのだ。どんなことにも。
「俺は驚いてるぞ。いつも急に現れやがって」
「その割に動作が全く変わっていないよ。やれやれ」
そう言って、肩をすくめる。
「これから何処へ行くか知ってるの?」
「ああ、ペットショップだろう。もしかしたら珍しい物が見られるかもしれないよ」
にやりとして言った。
なんだろう。奇抜な動物でも揃えているのかな。
「庵道さんは、動物好きなの?」
「ああ、色々あるけど、やっぱり猫がいいねえ。塀の上を歩く猫を見ていたら、いつのまにか僕も人の上に乗るようになっていたよ」
今明かされる衝撃の真実。
「まあ、嘘だが」
やっぱり。
「もう、なんなのそれ」
「ふふん。しかし、犬は犬でいいよね。またジョニーくんの上にのりたいものだ。前に乗った時はふかふかで温かくて、うっかり寝そうになったくらい
だよ」
まさか、あの時静かだったのは、単に眠かったからなのか。
「犬の上で寝る高校生なんて、そういないよっ」
「それを言うなら、犬の上に乗る高校生だよ。鈴木くんも乗ってみるといい。いかに気持ちいいかがわかる」
「僕が乗ったら、ジョニーが危ないって」
もう少し若ければ乗れたかも。
でもすぐ振り落とされるだろうな。
「猫、犬、いいなあ。くくく」
蝋沼くんが自分の世界に入り込んで、何かつぶやいていた。
声に出して突っ込むのはやめておこう。
目的の、ペットショップにたどり着いた。
割と広く、さまざまな動物や、その関連商品が置いてある。
軽くペットの健康診断もしてくれるそうだ。
入った途端、蝋沼くんのテンションが上がった。
目が一回り大きくなったような、動きが早くなったような。
ピーちゃんをかかえたまま、あちこち動き回っている。
「なんだここは、品ぞろえがいつものとこと、全然違う。お、こんな商品があったのか。おやこれは、こっちの方が安い」
上に乗っている庵道さんは、あの動きに対応できているだろうか。
目を回さないといいけど。
「おお、この犬は血統証明書付きか。へええ、見事な毛並みだな。こちらは、うわ、凄い値段だ。さぞいい生まれなんだろう」
店員さんも最初は庵道さんに驚いていたけど、これだけハイな男子高校生をみて、むしろ今はそっちに驚いている。
蝋沼くんが側を通りかかった時、ぼてっと庵道さんが落ちた。
本当に落馬したのか。
いや、どうやら自ら着地したようだ。
床に座るのはどうかと思うけど。
「どうだい。珍しいもの。見れたろう」
「それって蝋沼くんのことだったんだ」
「どうやら、ピーちゃんだけじゃなく、動物全般好きみたいだねえ。よく動物が好きな人間に悪い奴はいないって言うよ。感心感心」
「はい。僕も動物大好き」
ついしょうもない見栄をはってしまった。
そりゃまあ嘘ではないけれど。
「でも、蝋沼くんが気になって、あまり中を見てれないけどね」
「いいじゃないか。大事なお友達の内面をよく見ておきたまえ。それが彼のためにもなるさ」
「それならいいけれど」
軽く話し込んでしまったが、庵道さんのことが気になった。
「庵道さん。床に座ったらだめだよ」
「ふふ、ここはペットへのサービスは充実しているけど、人間へのベンチなどは置いてないんだね。なんだか、倒錯的で面白い。しかたない」
そう言って、庵道さんは蝋沼くんの背に戻った。
僕もそろそろ、動物たちを見ようかと思った時、床とプラスチックがぶつかるような音がした。
そして、走り去る白い影。
「な、ピーちゃーん」
蝋沼くんのそんな叫びが店に響いた。




