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「とりあえず、ババ抜きでもしようか」
シャッフルしながら、庵道さんがそう言うと、
「ババ抜きなんて嫌だわ。ジジ抜きにしよう。ね」
紅百合さんが僕を見てそう言った。
「僕はどっちでもいいけど」
ジジって僕のことなんだろうか。
ババ抜きと違って、最後に残るカードが最初わからないのが、ミソなゲーム。
「よし。配るぞ」
シャッフルして、上の一枚を抜き、残りを皆に配った。
今思ったけど、このゲーム庵道さんがいつものように、人の上に乗っていたら、できないよな……。手札みえちゃうもん。
考えながら手札を確認していると、手結さんがチラチラ手札をみせてきた。
一体何をしているんだろう彼女は。
「こらこら、手結くん。いくら露出が好きだからって、手札の中までみせても、君の身体は美しくはならないんだよ?」
「あう、ごめん。つい」
「いやいや大丈夫。大富豪とかならともかくね。手の中で混ぜればいいだけだから」
謝る手結さんに僕はそう返した。
そうか。そんなささいなスリルを楽しんでいたのか。
露出は奥が深い。
ゲームが進むと、僕が二枚、庵道さんが一枚という形になった。
庵道さんがじいっと僕の目を見ている。
玄人のように顔で判断する気なのか。
目も可愛い。
庵道さんに見つめられていると、自然と顔が熱くなってくる。
漫画のように顔が赤くなってはいないだろうか。
しかも逸らせない。
こうしていると、なんだか先に目を逸らしたほうが負けな気がする。
庵道さんの、茶色い目の中に、僕がうつっている。
顔が赤いかどうかまでは、さすがに見えないけども。
そんなに熱い日じゃなかったのに、汗までかいてきた。
こんな僕達を、他の三人はどういう目でみているんだろう。
「鈴木君。君はジジはなんだと思う?」
「わからないよ。捨て札を覚えていたわけじゃないから。そういう名前の黒猫なら知ってるけど」
「それなら僕も知っている。それより。僕はジジはハートの3だと確信しているよ」
ハートの3。
当然僕の手にある。場には三枚しかないんだから。
ということは、右のカードか。さすがに目で追いはしない。
はずだったが、庵道さんはあっさり左のカードをとった。
そのまま二枚にしてゲームをあがる。
「な、なんで」
「ふふん、カードを持つ指が、指摘されたカードをこするのが視界の端にみえたよ。無意識でやったのかな? 君は僕の目を見なくても、自然にしてれ
ばよかったんだぜ。今のターン注視するのは僕の役目だったんだから。それとも、そんなに僕の目をみるのが楽しかったかい?」
「え、えっと、そんなに、指動いてたかな、はは」
心中を当てられ、しどろもどろになってしまった。
「もう、トークで惑わすなんて、反則だよ」
「昔の人はいっているぞ。城を攻めるは下策、心を攻めるが上策とな」
そのしたり顔もとても良い。
僕の心は攻められっぱなしですでに落城済みだ。
ジジ抜きがおわり、次の神経衰弱では、
「これとこれ、それとそれ、あれとあれです」
墓井さんが圧倒的だった。
さすがに記憶力も格が違う。
七並べしたり、適当に遊んでいると、時間も遅くなってきた。
「そろそろ、陽も落ちてきたな。今日はこのへんにしておこう」
庵道さんはそう言って、皆からトランプを回収した。
それから、皆部室をでた。庵道さんは墓井さんの背に乗って。
眠い。
休みの日は、だいたい昼近くまで眠る。
だから、朝のアニメもほとんどみたことがない。
冬の寒さもなくなり、少しずつ布団から出やすくはなったけど、まだまだ春はあけぼのだ。
これが夏になったら、暑さに追い出されるように、布団から出るんだろうけど。
だらだらしていると、妹が入ってきた。
「あにちゃん、電話。女の人から」
全く何をいってるんだろうこの妹は。
休日の朝から電話してくる女の人なんていたら、まるで。
そこまで考えて、部活のことを思い出した。
いくらなんでも、寝ぼけすぎだ。
妹から、家の電話の子機をうけとる。
「ふあい」
「やあ、鈴木君。どうした、随分と眠そうだね。もう9時だぜ? 毎日のように、学校に通っている人間なら、とっくに起きているはずだ。それとも、
君は明日が休みだと夜更かしをしてしまうタイプかな。あまりそういう生活リズムの不調はよくないと、僕は思うね」
ああ、電話を耳にあてているだけで気持ちいい。
電話って、こんなに凄い発明だったんだ。
起き抜けに、庵道さんの声が聞こえる日がくるなんて。
目覚まし時計を庵道さんの声にしたいくらいだ。
それにしても、なんで妹はまだいるんだろう。
これでは迂闊な事が言えないじゃないか。
普段から言いたいことは言えないんだけれど。
「あ、庵道さん。どうしたの? 家の番号知ってたんだね」
「ふふん、部活のメンバーの番号くらいは把握しているよ。部長としてね。今日電話したのは、皆でカラオケに行こうかと思ったからさ。定番だろう。
仲良しグループでカラオケというのは。
どうだい?」
カラオケ。
空オーケストラ。
庵道さんとカラオケかあ。どんな美声を楽しめるんだろう。
「行く。行くよ。行きます」
「良い返事だ。一時間後に駅のそばで待ち合わせだ。例の、3メートルの招き猫が置いてあるところだ。では、後で会おう」
そういって、ぷつりと切れた。
幸せな機械が、ただのがらくたにかわってしまった。
一時間後か、起きないと。
「あにちゃん。今の誰?」
身体を起こすと、妹が聞いてきた。
「ああ、同じ部活の人だよ。庵道さん」
「へええ。あれ? 何処かで聞いたような」
ばれたかな。
学校でもよく噂になっているだろうし。
「気のせいだよ気のせい。じゃあ出かける準備するから。またあとでね」
そう言って、さっさと部屋をでた。
まあ、準備なんて言うほどすることはないんだけど。
ちょっと着替えて、ちょっと何かを食べて、ちょっと財布を確認して。
時間まで大分あるので、ぼけっとテレビを見ていると、妹がまたきた。
「ねえあにちゃん。何処か行くの? 私も行っていい?」
指を組み、お願いするようにそう言ってきた。
もし連れて行ったらどうなるだろう。
あの変人達と妹が会うことになる。
すると、妹は言うだろう。もうあんな人達とは一緒にいないでって。
もっと普通の人とつきあってって。
それはまずい。
「駄目」
「ええなんでよー」
「あくまで、部活として、内輪で交流をはかりに行くんだ。そこに、部外者がいたらおかしいでしょ?」
「じゃあ、私もその部活に入る」
「もっとだめっ」
「ひ、あにちゃんが怒った」
ぱっと手で顔を隠す。
ちょっと大きな声だしちゃったかな。
「怒ってないよ。でも、今日は我慢してくれ。帰りに、ケーキ買ってきてやるから」
「ほんと?」
指の隙間からこちらをみてくる。
現金なやつだ。
「ああ、ほんとほんと。それに、いつもご飯世話になってるしな」
「わかった」
そう言って、とてとてと隣に座った。
時間まで二人でのんびり、テレビを見る。
「あ、これ美味しそう」
「最近、こういう番組おおいよなー」
時間より少し前、招き猫の前に来ると、そこには蝋沼くんと、墓井さんがいた。
蝋沼くんはピーちゃんをケージに入れていて、墓井さんは制服に白衣だった。
僕と蝋沼君はもちろん私服である。
どっちから突っ込もう。
「蝋沼くん、外ではピーちゃんをそうしてるんだっけ」
「いや、今日はカラオケにいくらしいからな、庵道に言われたよ。ケージを用意しておけって。
ピーちゃんをこんな狭いところに閉じ込めてまで、俺は果たして行くべきなんだろうか」
「うーん。僕は蝋沼くんがいてくれたほうがいいけど」
女子ばかりというのも、それなりに緊張する。
昨日のトランプで、そう思った。
それにしても、ケージにいれたくらいで、ウサギをカラオケに連れ込めるんだろうか。
ペット持ち込み禁止とかいってはじかれるんじゃ。
「墓井さんは、どうして制服なの?」
「え? おかしいですか? ほら、生徒手帳にも、学生は休みの日でも、制服を着るべしって」
「そんな事書いてあったの? でもそれには、白衣は含まれてないよね」
「うっ、まあ細かいことはいいんです。これがないと、落ち着かないのです」
絶対に離すまいと、白衣を掴む墓井さん。
別に引き剥がしはしないけども。
制服で街をうろつくと、今の時代だと危ない勘違いをされそうだ。
「僕はこの感触、結構好きだよ。すべすべしてて」
「わわっ。急に背中に現れないでください」
時間になり、庵道さんが突然墓井さんの背に現れた。
相変わらずの神出鬼没っぷり。
半ズボンに、パーカー、帽子と、少年のような私服だった。
あまり庵道さんのチャームポイントが強調されない服。
これが着痩せというやつだろうか。
「おお、おお、揺れる。これでは乗り物酔いをしてしまうかもしれない」
驚いた墓井さんが落ち着きなく、揺らしている。
「うちは乗り物じゃないですっ」
「落馬してしまうかもしれない」
「馬でもないですーっ」
ああ、墓井さん、遊ばれてるな。
庵道さんいい笑顔だもん。
すぐに紅百合さんと手結さんも来た。
紅百合さんは、背の割に、なんだか女子女子している可愛らしい服で、スカートだ。
しかし手結さんは、踊り子のようで、装飾された水着のようで、見ているだけでこっちが恥ずかしくなるような、浮いてる服装だった。
通行人、特に男がチラチラ見ている気がする。
コスプレだと思われてもおかしくないのかも。
「皆集まったな。では、歌の祭典へとしけこもうか」
庵道さんは特につっこまず、そういって彼方を指さす。
そんな壮大なイベントでは、もちろんない。




