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 授業も終わり、部室にたどり着く。

 ドアには、『変更部』と書かれた張り紙がしてあった。

 知らない人がみたら、どんな部活だと思うだろう。

 一体何を変更するんだ。

 ノックして、中に入る。昨日皆で頑張ったので、中は随分綺麗だ。

 というか、机と椅子と棚しかないので、閑散としている。

 そこに、見知らぬ女子が立っていて、その人に庵道さんが乗っていた。

「やあ、遅かったね。鈴木君。トイレにでも行ってたのかい?」

 僕はびっくりして、反応が遅れる。

 だって、その女子、ビキニだったから。

 正確には、下は普通のスカート、上も首元に制服の襟とリボンのようなものをつけている。

 そして、ビキニの水着だった。

 腕も腋も平たい胸も、はっきりみえる。

「どうしたね。かたまっちゃって」

 背が低く、明るい色のショートヘア、少し目立つ髪と同じ色の眉毛、上の水着は、制服とおなじ黒っぽいカラー。

「はっ、まさか 手結くんに見蕩れているんじゃ」

「ちがーう」

 おもわず両手を上げてしまう。

 庵道さんのいうことを、今度は聞き逃せなかった。

「誰なのその子は。誰だってびっくりするよ。なんでそんな、露出度の高い格好をしてるのさ」

「あっ。はじめまして、私は手結虜だよ。よろしくね」

 ぺかーっとしたいい笑顔だった。

 それに、礼儀ただしい挨拶。いい人そうだ。

 ……服装を除けば。

「ああ、うん。僕は鈴木優。えっと、ここにいるってことは、入部したのかな」

 庵道さんに目を向ける。

「ああ、さっき見かけてね。連れ込んだんだ。どうだ、良い人材だろう」

 正確には庵道さんが連れ込まれたんじゃないのか。

「あのー、何でそんな格好を?」

「ああ、これはね、お母さんが、『女の子は男の人に肌を見られることで美しくなるのよ』っていってて」

「ああ、無理やり……」

「納得したから、着てきてるの」

「納得したの!?」

 恐るべし女子の美意識。

 ダイエットがあれだけ流行ってるんだから、これくらい普通なのかな。

 そんなわけない。

「えーと、そのリボン、もしかして三年生?」

「うん、そうだよ。あ、敬語とかはいいからね」

 この学校は学年ごとにカラーが違う。

 一年は青、二年は赤、三年は緑。

「まさか、一年の頃も二年の頃もそんな格好だったわけないよね」

「あは、よく知ってるねー。もしかして、私を見てくれてた?」

「ははは……」

 今僕は顔がひきつっていないだろうか。

 いくらなんでも止めろ教師たち。

「でも、あんまり美しくなった気がしないんだ。胸だって」

 ぺたぺた自分の胸を触っている。

 男子の前で、あまりそういうことをしないほうがいいともう。

 そもそも服装がそうだけど。

「ふふん、僕としたことが、今日見かけるまで忘れていてね。噂にもなっていなかったし。これは、僕の脳細胞も、ついに衰えてきたかな」

 どうみても自信まんまんなんだけど。

 言ってることと、態度が噛み合っていない庵道さん。

「噂になってないんだ」

「ああ、なんというか、話題にだすのも恥ずかしいんだとか。教師たちも、目を背けてしまうらしい」

「皆、あまりこっちをみてくれないの。せっかく見せてるのに」

 寂しそうに言う手結さん。

 お茶の間に、急に危ないシーンが映るようなものだろうか。

 だったら説得してなんとかしてくれ、教師たち。

 しゃべっていると、がちゃりとドアが開き、紅百合さんが入ってきた。

 そして、ぼーっと手結さんを眺め、鼻血をたらした。

「ちょ、ちょっと紅百合さん」

 それでも動かないので、慌てて声をかける。

「あ、ああ。おっと」

 さっとポケットティッシュをとりだし、拭き取る。

「ふう、こんな近くで手結ちゃんを見たのは初めてだから、刺激が強すぎたわ」

「あ、紅百合さんは知ってるんだ」

「もちろん。何時も遠くから、眺めていたよ」

 胸を張るように言う。

 もしかして、写真も持っているんだろうか。

「あは、見てくれてありがとう。本当は、男子に見られたいのだけど」

 手結さんはそう応じた。

 これではまるで、

「本当に手結くんは露出狂だな」

 また言い難いことをハッキリという庵道さん。

「あはは」

 なんだか嬉しそうだ。

 いいんだろうかそれで。

「庵道さん、ちゃんと部の目的は話したの?」

 この部に入るということは、ただスポーツだったり文化的な事をするわけではない。

「ああ、もちろんまだだ」

「こんにちはー」

 ああ、やっぱりしてないんだと思っていたら、さら墓井さんも入ってきた。

 今日も白衣だ。

「ああ墓井さん。あれ? 蝋沼くんは?」

「彼は今日は動物愛護部だよ」

「ああ、そうか」

 そういえば、かけもちだった。

「なな、な」

「ん?」

「何ですかその格好は。変態ですか」

 手結さんに指をびしっとさし、墓井さんはぷるぷる震えてそう言った。

 さっきまでの自分を見ているようだ。

 肌色に慣れていないんだろうか。

 驚いている墓井さんを見ると、なんだか落ち着いてきた。

 庵道さんが何時も落ち着いているのは、僕があわあわするからなのかな。

「おいおい、間違えないでくれたまえ。変態じゃなくて、変人だ」

「どっちでもいいですよっ」

「そうは言っても、ここは変人を更生させる部なのだぞ?」

「そうなの?」

「ええ、まあ」

 不思議そうな手結さんにしかたなく答えた。

 また変人だということが、伝わってしまった。

 ショックだろうか。

「そっか。ちょうどよかったかも」

「え?」

「卒業するまえに、普通の服も着たいなと思って。でも今は、肌を隠しすぎると、なんだかむしょうに脱ぎたくてしょうがなくなっちゃって」

「そうなんだ」

 彼女はもう立派な露出狂だった。

 いつからだろう。まさか中学でもこんな格好だったなんて、言わないよね。

 怖くて聞けない。

「よし、皆席につきたまえ」

 庵道さんがそう宣言した。

 墓井さん以外が従う。

「ちょっと、彼女はいったいなんなんですか」

「手結くんは、一言でいえば露出狂だ」


「まずは目標をきめようか」

 席についた皆に、庵道さんがそう言った。

 手結さんの背から、一番奥の、いかにも部長らしい位置の席に移動している。

 授業中以外では珍しい、人の背にいないバージョンの庵道さんだ。

 指を組み、そこに顎をのせにんまりしている。

 なんだか貫禄があるなあ。

「目標?」

 とりあえず聞いてみた。

「ああ、僕は人前でちゃんと歩けること。それから、蝋沼くんは人間の女性を好きになれること、紅百合くんは男性を好きになれること、墓井くんは人


の嫌がることを理解すること、手結くんは、露出度の低い服を着れること」

 なるほど。

「まあ、蝋沼くんと、紅百合くんは二人がお互いを好きになってくれれば、わかりやすい」

 全然なるほどじゃなかった。

「ちょっとそんな、人を足し算で考えちゃだめだよ」

「嫌だわ。男なんて、臭いし、汚いし、硬いし、でかいし、攻撃的だし、粗野だし、気がきかないし」

 すらすらと言葉がでてくる。

 やっぱり僕ってくさいんだろうか。

 こっちを見ながら言われると、悲しくなってくる。

「まあまあ、別に蝋沼くんじゃなくてもいいし、恋愛対象にまでならなくてもいいんだ。友だちとして、ライクな関係にさえなってくれればね」

「保証はできませんわ」

「そんなに嫌なんですかー」

 驚くようにいう墓井さん。

 確かに、今まで激しかったのは、女子への好意だけで、男子への敵意は発揮してなかったからな……。

「紅百合さんも、私みたいに、露出してみればいいんじゃないかな。男子の熱い視線をあびれば、きっと慣れてくるはず」

「鈴木はあたしの鳥肌、みたいかしら?」

「い、いえ」

 目が怖い。

「手結さんは、私が服を作りましょうか? すけすけの」

「それは是非着てみたいなー」

「是非着てるところをみたいわ」

「すけすけの服をいくら着込んでもあまり意味ないような」

 的はずれな方向に進む三人を、一応止める。

「庵道ちゃんは、どれくらい深刻なのかしら」

 紅百合さんが庵道さんのほうに顔を向ける。

「ふふん、僕かい? なんなら、今からみせようか」

 まさか、庵道さんが地面を歩くのか?

「ただし、鈴木君は駄目だ」

「ええっ」

 僕だって見たい。庵道さんのあらゆる姿を見たい。

「まあ、君が生まれたての子鹿以下の惨めな僕を見て、嗜虐的な楽しみを味わいたいというなら、話は別だが」

「ごめんなさい。すぐに出ます」

 弱い意志だった。

 でも、ああ言われたらしょうがない。

 しかたなく、部室をでて、壁にもたれかかる。

 廊下の窓から、外が見えた。夕日でやや赤い世界。

 中から、声が聞こえてきた。

「では、いくぞ」

 緊張していそうな真面目な声に、僕も緊張してくる。

「その前に、両側から支えてくれないか? 立てないんだ」

 ずこっとこけそうになった。

 立つこともできないのか……。

 ゴソゴソと聞こえて、どうやら再度準備はできたようだ。

 たぶん、両側についたのは、墓井さんと手結さんだろうな。

 理由は考えるまでもない。

「よし、では」

 それからしばらく、何の音もしなかった。

 ……どうしたんだろう。

「あ、あの?」

 墓井さんが満を持して尋ねた。

「ふう、今日はこれくらいでいいだろう。席に戻してくれ」

「えええ、まだ一歩も歩いてませんよ?」

「なんだか顔が青いけど大丈夫ー?」

 えっ。今の間、微動だにしなかったんだろうか。

 庵道さんの声は弱々しげになっているけど。

「足が動かないんだから、しょうがないさ」

「それなら。あたしがマッサージしようかしら?」

「それは有難いが、辞退しておこう」

 紅百合さんの申し出を丁重にお断りする庵道さん。

 僕も心の中で同意する。

「おーい鈴木君。もう入っていいぞ」

 どうやらもう席についたようだ。

 僕も中に戻り、元の席につく。

 庵道さんは、なんだかものすごく青い顔になっていた。

「あの、大丈夫なの? 世界の終わりみたいな顔してるけど」

「ああ、問題ない。ちょっと、現実が襲ってきただけだ」

 息もつらそうだった。

 ここまで追い詰められるなんて、庵道さんにとっては、それほどのことなんだろう。

 なんとかならないかな。

「僕の考えでは、人と仲良くなれば治るはずだ」

 考えていたら、落ち着いてきたのか、庵道さんはそう言った。

「仲良く?」

「ああ、変人奇人は、よく孤独でいるだろう。それが良くないと思う。人とつるんでいれば、どんどん人に慣れて、治っていくと、僕は信じる。それは


レズにしたって露出狂にしたって同じさ。人の気持ちもわかるようになる。一年考えて、そういう結論に至った。だから、この部を作ったんだ。鈴木君


がいい見本となるだろう。そこで、今日の活動はこれだ」

 聞き入っていた皆が庵道さんの手元を見る。

 それは、トランプだった。見たところ綺麗で、まるで新品である。

「仲良く皆で遊ぶのさ」

 そう言って、ふっと笑った。


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