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次の日、僕と庵道さんと蝋沼くんは、一年の教室に来ていた。
なんでも、稀代の天才がいるのだとか。
「なんだか、一年生達がよく彼女のことを話しているよ。僕もそれほど一年生のエリアに行くわけじゃないんだけど。学校に変なものを持ってきてると
か、学校で変なものをつくっているだとか」
「説明してるとこ悪いんだが、何で当たり前のように、俺も来てるんだ?」
「おいおい、もう部活は始まってるんだぜ? 参加してくれないと困るよ」
「だったら昨日の紅百合も呼んでこい」
「彼女は今忙しいんだってさ、写真の整理だかで」
怪しい。
それが本当か嘘かじゃなくて、どういう写真なのかが怪しい。
可愛い庵道さんをさしおいてまで、することなんて。
盗撮めいたことをしてないといいけど。
考えていると、なにやら教室の中が騒がしい。
悲鳴のような、歓声のような。
「庵道さん」
「ああ、入るぞ」
僕が教室の戸を開けると、スカートを隠し端による女子達の姿があった。
それと普通にしている男子達と、一人だけ、教室の真ん中辺りに立つ、白衣の少女。
黒いショートヘア、ちらりとみえるスマートな眼鏡、申し訳なさそうに頭をかいている。
足元には、何やら円盤型の機械が動いていた。
鏡のようにぴかぴかの胴体だ。
「君が、噂の天才かい?」
庵道さんは尋ねるが、少女はこちらを見ない。
ちらりと男子をみると、頷いて、少女を指さした。
もしかして、天才の自覚がないのだろうか。
しかたなく、僕はその少女に話しかけた。
「ねえ、ちょっと用があるんだ。ついてきてくれないかな」
「あなた誰です? は、まさかナンパですか? 失敗してへこんでるところにすかさず声をかけてくるなんて、抜け目ないナンパですね」
ちょっと頭が痛くなってきた。
僕が好きなのは庵道さんですと大声で叫びたい。
でもこの場で適切なのはその発言じゃないだろう。
「違うよ。ほらあっちの庵道さんが、君に用があるんだ」
そう言って、入り口の二人を指さした。
「なんですか? あの人は。子供みたいに人におぶさって。それにもう一人は学校にウサギを持ち込んでます。非常識です」
怪訝な顔でそう言う少女。
ここは怒るべきなんだろうか、それとも納得するべきなんだろうか。
それとも安藤さんのあの部分について、大人と子供の格の違いを教えてあげるべきなんだろうか。
「いいから来たまえ。私は庵道夏奈だ。君は何という?」
「美味しそうな名前ですね。私は墓井波浪です。そんなにいうなら、連行されるように、付いて行ってあげます」
そう言って、少女はついてきた。
これで騒いでた教室も少しは平和になるかな。
きっとあの子が原因だろうから。
昨日と同じように、ベンチに座る三人。四人めは背の上。
雲はそれなりにあるけど、青空もみえる。
雲ひとつないより、これくらいのほうが僕は好きだ。
「さあ、煮るなり焼くなりしてください」
墓井さんはそう宣言した。
教室でなにかやらかしたからか、どこか卑屈だ。
「さっきは教室で何があったの?」
「それを聞きますか。鬼畜ですね」
「鬼畜って」
さらりと酷いことを言う。
「うちはちょっとだけ、床を綺麗にしようとしただけです」
「床? ああ、あの変な機械、墓井さんが作ったの?」
「あれはピカリンガルさんです。ピカピカな床をイメージして、胴体もピカピカにしたんです」
「なるほど、それでね」
頷く庵道さん。
「何がなるほどなの?」
「あれが床を這いまわったんだ。恐らく女子のぱんつが反射して見えちゃったんだろう」
「ああ……」
それで騒いでたのか。
「そうです。皆さん怒りました」
「そりゃあ怒るだろうね」
思春期は恥ずかしがり屋が多いのだ。
もう子供じゃない。
「ふん、人間の牝はちっちゃいことを気にする。ピーちゃんはそんなもの履いてないぞ。ノーパンだ」
「履いてたらびっくりするよ」
ウサギに女子用ぱんつ。いったいどこに需要があるんだろう。
蝋沼君は相変わらずだ。
「うちはそこまで来にしませんよ」
「僕もそうだな。なんなら、見せ合いっこするかい? 僕の今日のぱんつは」
「しなくていいからっ」
スカートの腹の部分を少しひっぱり、自分のパンツを見る墓井さんと、スカートを持ち上げようとする庵道さんを、急いで止めた。
変人に恥じらいはないのだろうか。
「見たくないのかい? 鈴木君」
「み、みた、いや、みないよっ」
僕をからかっているんだろう。
すっごく楽しそうな笑みだ。
その笑顔が見れて良かったのかも。
でも、ぱんつは見たかった。
「ふふん、なら本題に入ろうか。墓井くん」
「なんです?」
「僕はね、最近部活を設立したんだ。よかったら君にも入ってもらいたい」
「部活ですか。うちはまだ入ってないですけど。どんな部なんです?」
「ずばり、変人を更生させる部だよ」
人差し指をぴんと立てて、誇らしげに言う。
「ああ、つまり、うちにそういう薬を作ってほしんですね?」
「ん?」
庵道さんが不思議そうな顔をする。
僕もしているかもしれない。
薬? 作れるのか? じゃなくて、
「薬って」
「大丈夫です。こちらの方は、普通そうだけど、お二人にはちゃんと効く薬を作ってあげます!」
やけに気合が入っている。
使命感でも湧いたんだろうか。
とりあえず、僕はまだ自己紹介していないことに気づく。
「ああ、僕は鈴木だよ」
「俺は蝋沼だ」
つられて、蝋沼君もそう言った。
そしてまた普通と言われた。
まあ、この二人が隣にいては、僕なんかじゃ特徴をつかむことさえ難しいのかも。
ここはもう庵道さんに、ズバリ言ってもらったほうがいいのかな。
あなたも変人だから、入部を薦めてますって。
「そういうことだ。よろしく頼む」
言わないのか。
それともツッコミ待ちだろうか。
「実は、もう一人いるんだ。女の子なのに、女好きでね。もしかしたら、墓井くんにも、魔の手が伸びるかもしれない。注意しておいてくれ。そして、
彼女の分もよろしく頼む」
僕は何も言わない。
「わかりました。その方もちゃんと直してみせます。恐らく、三日後くらいにはできると思います。マウスでしか実験できないので、もしかしたら、変
な効果がでちゃうかもしれないですけど」
我慢できなかった。
「駄目っ。皆に、そんな危ない薬を飲ませるわけにはいかない。あのね、墓井さん。墓井さんに声をかけたのはね、君も真人間にするためなんだ」
「?」
何を言っているかわからないというふうに、首をかしげた。
庵道さんは、僕が止めたのが予想通りなのか、にやついている。
「今日みたいに、皆に迷惑かけたこと、初めてじゃないんでしょ? 更生できれば、そういうことなくなると思うんだ。そうすれば、皆を怒らせずにす
むよ」
なお、効果のほどは保証できません。
まだ始まってすらいない部活だ。
「うち、普通じゃなかった?」
「うん……」
どれだけ自覚がなかったんだろう。
なんだか、子供にサンタクロースの真実を教えている気分だ。
ショックを受けているのが見るからにわかる。
「あーあ、鈴木君。君のせいで、純真な墓井さんが落ち込んでしまったよ」
ジトっと僕を見る庵道さん。
その目は普段と違ってまた可愛くて、写真に収めたいくらいだった。
本気で責めているんじゃないのは、口を見ればわかる。
今はそんな事考えている場合じゃないんだけど。
「あの、墓井さん。大丈夫だよ。ね? この部活に入ればさ」
どこぞの宗教のようだ。
もしくは怪しげな通販。
この部活に入ったら、宝くじが当たって、彼女ができました。
なんて。
慌てて、言い繕っていると、墓井さんの背に庵道さんが降りた。
ふわふわでむにむにでふうふうなことをする。
これは母性というものだろうか。
「きゃ、く、くすぐったいです」
「墓井くんが入ってくれないと、僕困っちゃうなー」
くねくねと、身を捩る墓井さん。
なんだか、顔が熱くなってきた。
もっと見ていたい。
でも、楽しい時間はすぐに終わってしまった。
「もう、わかりました。入りますよ」
あっという間に篭絡されたようだ。
こうして、墓井さんも入部が決まった。
五人はこれで、集まったわけだ。
最近よく一緒にいて、庵道さんはやっぱり凄いなと、惚れなおした。
「よし、じゃあ、放課後に職員室に集まろうか。紅百合くんには、僕から言っておこう」
「了解」
僕や他の二人も頷いて、とりあえず、皆教室にもどった。
墓井さんのクラスメイト、あまり怒ってないといいけど。




