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明くる日、庵道さんは、さっそく蝋沼君を説得していた。
席に座る彼に、後ろから耳元にささやくように。
あ、そんな、息がかかりそうな、羨ましい。
「ねえ、蝋沼君。君は普通になりたくないかい?」
「俺は普通だ」
僕は何も言わない。
「この学校の生徒に聞いたら、99%は君を変人と呼ぶよ。いいのかい? そんなんで。彼女も悲しむんじゃないかなあ」
99%のくだりは間違ってないと思う。
「お前に、ピーちゃんの何がわかる」
「わかるとも。『私のせいで、お友達が少なくて、ごめんね。私は寂しくても死なないけど、君は寂しいよね』って言っているよ」
ウサギなのになあ。
「黙れ」
「それにほら、君のお友達の、鈴木君も入ってるんだぜ? 一緒の部活で楽しくやりなよ」
それを聞き、蝋沼君がこっちを見た。
あはは、と愛想笑いしかできない。
「あーいいかげん耳元から離れろ。わかったわかった、かけもちなら入ってやる。それでいいだろう?」
振りほどくように蝋沼君がうごくと、やっと顔を離した。
「有難い。あとで入部届を渡すよ。僕と一緒に、真人間になろうじゃないか」
「ふん」
そんなふうに、なし崩し的に、蝋沼君は変更部に入ったのだった。
「あれ? 先生に、話はもうしてあるんだっけ」
一日たって今更ながら、気づく。
事前に済ませてあるのかな。
「いいや、まだだよ。あとで三人で行こうぜ」
なかった。
庵道さんはのりのりだ。
「まだそんな段階なのかよ」
呆れたように言う蝋沼君。
これであっさり却下されたらどうするんだろう。
庵道さんの自信に満ちた顔をみると、もうとっくに、部活が存在しているかのような錯覚に陥るけども。
休み時間に、すたすたと職員室へ向かう。
庵道さんはひょいひょいと通行人を乗り換えている。
「しつれいします」
職員室は、ちょっと苦手だ。
学校の中でも、独特の雰囲気がある。
大人たちがじろりとこちらを見た気がした。
そして、若干肩を落としたような。
原因はウサギを抱えた蝋沼君と、その背中にいる庵道さんだろう。
「ほら、あの人だ」
庵道さんが指さしたのは、教頭先生。
今日もおでこが光っていた。
「なんだね」
庵道さんは説明を始めた。
途中から説得になっているような。むしろ篭絡かな。
最初は不機嫌そうだった教頭先生も、変人の二人が更生という餌につられて、しぶしぶ許可をだした。
よほど困っていたらしい。
それでも、最低5人はいないと駄目なんだとか。
僕は知らないけど、本当にこんな変人がまだまだいるんだろうか。
「しつれいしました」
職員室をでる。
「ほら、簡単だったろう? 生徒の意志を尊重するいい学校じゃないか」
したり顔の庵道さん。かわいい。
「後二人、どうするの?」
「そうだね、まだ時間あるし、会いに行こうか。2年E組だ」
そう言って、庵道さんはその方向を指さした。
歩きながら、その人の事を話す。
「僕はね、これでも噂には詳しいんだ。伊達に人を乗りこなしているわけじゃないさ」
「よく振り落とされないもんだ」
そう言う蝋沼君も、無理に振りほどいたことはない。
「まあ、良い人が多いね。それで、これから会う彼女は、女の敵と呼ばれている」
「え?」
女の敵?
普通そう呼ばれるのは、女の子を取っ替え引っ替えする男だとおもうけど。
「ああ、彼女は、端的に言うとレズなんだ」
「……とってもわかりやすいですね」
一瞬言葉に詰まった。
レズ。女好き。同性愛者。
「でも、思春期にありがちじゃないの? 格好いい女の子にバレンタインのチョコが沢山集まったり」
「おいおい、君は女生徒をそんな風に見ていたのかい? いっておくが、僕はレズではないよ」
「ち、ちがうよ。漫画とかで見かけただけ」
庵道さんがレズだったら困る。
僕が女の子にならないといけない。
と、思考が飛ぶ。
「彼女はそんな格好良くて、憧れられる人じゃないんだ。さっきも言ったように、女の敵と呼ばれている。まあ本人のいないところであまり悪く言うも
んじゃないか」
そう言ったところで、ちょうど、目的の教室についた。
教室を覗くと、皆がこっちを見ていた。
そしてすぐ目を逸らし、ひそひそ話し始める。
変人はいつもこういう視線を浴びているんだろうか。
皆同じような行動を取る中、背の高い一人の女子は、普通に本を読んでいた。
「おーい、紅百合くーん」
庵道さんが入り口から呼びかける。
すると、他の皆もそっちを見た。
ポニーテイルに小さい飾りのような帽子をかぶったその人は、呼ばれてこちらを向いた.
そして、猛全とこちらに向かってくる。
目が獲物をのがさんとしている。
「わっ」
一瞬驚いたが、目的は庵道さんだったようだ。
自然と握手するように手を掴んでいる。
「うわあ、女子に声をかけられるなんて感激だわ。あなたは確か、A組の庵道夏奈ちゃんだよね。スリーサイズは……」
「こらこら、そこまで言わなくてもいいんだよ。声をかけたのは用があったからで、そんな情報を皆に公開したかったわけじゃないさ」
確か紅百合さんだっけ。
紅百合さんが、スリーサイズを知っていることには突っ込まない庵道さん。
庵道さんの豊かな部分が、どれくらいなのか知りたかったのに、止められてしまった。
あとでこっそり聞こうかな。
とりあえずここじゃ何だからと、中庭のベンチに移動した。
今日もいい天気だ。
さっきよりは人目がない。
遠くから見られている気がするけど気にしない。
紅百合さんは開口一番、
「どうしてそんなむさくるしい生き物におぶさってるのかしら?」
という。
「はは、しょうがないのさ。僕はこうしていないと駄目なんだ。別に蝋沼君じゃなくてもいいんだけどね」
そう言って、庵道さんは、紅百合さんの背に移動した。
相変わらず、見えない。
「わあ、ああ、柔らかい。いい匂い。皆こんな幸せを味わっていたなんて。ずるいわ」
ん、紅百合さんも、まだ庵道さんに乗られたことなかったんだ。
てっきり僕だけかとおもってたけど。
いいなあ。
見ていると、紅百合さんは、そのまま庵道さんの顔を掴み、キスしようとした。
まるで肉食獣のような眼。
……いいなあ。真似はできないけども。
するとまた庵道さんは、ふっと消えて、蝋沼君の背に戻った。
「おっと危ない。やはり、こうなったか。もうすこしで、唇を奪われるところだった。いままで警戒しておいて正解だったかな」
「ちっ」
悔しそうな紅百合さん。
そうか。身の危険を感じたから、今まで乗らなかったんだ。
ということは、僕もそう思われているのかな。
あんなふうに襲いかかるように、見られているんだろうか。
自己評価では、肉食というより、草食だと思っているけれど。
「見ての通り、彼女は、すぐ女の子に手をだそうとするんだ。だから、避けられているんだよね」
「そうね。確かに、あたしに女の子は近づかない。皆離れていってしまうわ」
そりゃあ、いきなり同性がキスしてこようとしたら、逃げるだろう。
僕だって……。
いやこの想像は怖いからやめておこう。
「そろそろ時間なくなるぞ」
ピーちゃんと戯れていた蝋沼君が、そう言った。
確かにもう結構経っている。
「ああ、そうだな。用というのは、紅百合くんに、僕が作った部に入って欲しいんだ」
「ほんとに? 入るわ」
即答だ。
「そうか。それは良かった。まだ入部届がないんだが、メンバーに決まりだ」
庵道さんもすぐにそう返した。
そのままなんだか話が終わりそうな雰囲気だ。
「ちょっと、庵道さん。まだ何の部活か言ってないよ?」
「そうだったか?」
「なんでもいいわよ。庵道ちゃんと一緒にいられるなら」
凄い決断力だ。
この押しの強さを、少しでも見習いたい。
「ほら、こう言ってることだし」
「ちゃんと説明したほうがいいよ。えっと、この部活は、変人が更生するために、日夜戦うっていう」
「そうだ。日夜常識を押し付ける、正義のヒーローと戦うんだ」
「戦わないよっ」
「鈴木君がいったんだぞ」
「変人?」
紅百合さんはそう聞いてきた。
ハッキリ言っちゃっていいんだろうか。
その性癖のせいで、女子に離れられて、傷ついているかもしれないし。
「ああ、君みたいな女子なのに女子を追い掛け回す変人を、更生させる部だ」
「おおいっ」
「なんだね」
不遜な態度の庵道さん。
「そんな風に言ったら、紅百合さんに悪いよ」
ちらりと紅百合さんを見る。
うつむいていて、何を考えているかわからない。
「事実だから、仕方ない。それに問題をハッキリさせておいたほうが、更生しやすいだろう。紅百合くんはその問題のせいで、あまりクラスに馴染んで
いないんじゃないかい?」
庵道さんや、蝋沼君も、似たようなものだけど。
「だったら普通の人に戻って、友達を沢山作ろうじゃないか。この僕と一緒にさ」
そう言って、庵道さんは、片手を差し出した。
迎え、受け入れるように。
紅百合さんは顔を上げて、手をとると、頬ずりしだした。
二人の綺麗な肌がこすれ合う。
摩擦が全然なさそうだ。
庵道さんは、笑顔で、すぐに手を引いた。
全然受け入れてない。
「わかったわ。正直、女の子好きが治るとは思えないけど、入ってみるわ」
「よし。これで4人だな。部の完成も近いぞ」
どうやら今度こそ、話はまとまったようだ。
それにしても、更生っていったいなにをするんだろう。
「入るから、毎日手を触らせて」
「駄目だ」
そして、チャイムがなり、僕たちは教室に戻った。




