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妹、蘭子が作ってくれた弁当を開ける。
そぼろご飯、卵焼き、ポテトサラダ、唐揚げ。
料理がうまくて、気の利くいい妹だ。
僕がシスコンだったら危なかったかもしれない。
シスコンじゃなくてよかった。
前に座る蝋沼君は、購買のパンのようだ。
さらにピーちゃんのためのお弁当を持参している。
屋上なので上をみれば、突き抜けるような青空。
「もっと良い物食べればいいのに」
「何、俺はなんでもいいのさ。こいつさえ満足してくれればな」
いいことをいってピーちゃんを撫でながら餌をやっている。
餌と言うと怒られるかもしれないが。
「それにしても」
「何だ?」
「どうして庵道さんは、僕にだけ乗ってこないんだろう」
「そんなの、本人に聞けばいいじゃないか。俺からしたら、羨ましいことだぞ。お前は、乗られたいのか?」
「どちらかといえば乗られたいよ。僕だけっていうのが気になって。うーん。前に学校で聞いたんだけど」
「別に気にすることじゃないさ。大きく生きろ鈴木君」
「そうそう、そういうふうに言われて……ってえええ」
いつの間にか蝋沼君の背に庵道さんはいた。
猫のような、にんまり顔だ。
行動もあいまってちゃしゃねこを思い出す。
「な、どこから?」
「いい驚きっぷりだな。ほら、あの子だよ」
庵道さんが指さした先には、同じく弁当を食べようと、屋上にきた数人のグループがいた。
喋ってて通ったのにも気づかなかった。
好きな相手を見逃すなんて、迂闊だ。
「乗ってきたの?」
「ああ。おかげで、君たちと一緒にお食事タイムだ」
そう言って、背から剥がれるようにずるりと座り、庵道さんはパンを取り出した。
甘そうなやつだ。
ぴりっと封をひらき、菓子パンを口にいれる安藤さん。
唇が歯が、パンを優しく咥え噛み切る。
綺麗な歯並び。
咀嚼し、味わい、喉が動く。
「こらこら、鈴木君。あまり人の食事を見つめるものじゃないよ」
「ああっ、すみません」
「ふふ」
注意されて慌てた僕を見て笑った。
その笑顔を、またぼーっと見つめてしまう。
ピーちゃんを撫でている蝋沼くんと、同じような顔をしちゃってるかもしれない。
「それにしても、鈴木君のお弁当は、なかなかかわいくていいね。お母さんが作ってくれたのかい?」
「ううん、これは妹がね。結構よく作ってくれるんだ」
「なるほどね、僕も、そんないい妹が欲しいものだ。兄ならいるけど、ほとんど会ったこともないしね」
庵道さんはにやにやしながら、僕の弁当を見ている。
ほとんどいつもにやにやしているんだけども。
結婚すれば妹が手に入るよなんて、恥ずかしい事を思いつく。
死んでも言えない。
「蝋沼君は、相変わらず、ピーちゃんの食事のほうが豪華だねえ」
「ふん、庵道も似たようなもんだろうが」
「そりゃそうだ」
肩をすくめる。
三人でしばらくしゃべっていると、隣のグループが移動を始めた。
「おっと、じゃあまた教室で」
そう言って、庵道さんはふっとそのグループの一人の背に乗り、去っていった。
僕は名残惜しそうに手を振る。
学校が終わり、犬の散歩に出かける。
若干陽が落ち気味だ。
人通りもそれほどない、大通りとはいえない細い道。
うちのジョニーはやたら大きくて、うっかりすると、リードを手放しそうで怖い。
でも、ジョニー自体は怖くない。優しそうに笑う白い犬だ。
ただそういう顔なだけかもしれないけれど。
いつもの道をいつも通り歩く。
ジョニーを見ていると、ウサギが彼女な友達を思い出す。
たしかに動物はかわいいけど、あそこまでいくほどでもない。
庵道さんのほうがずっとかわいい。
ぐっとジョニーの速度が上がったのか、引っ張られる。
気持ちがばれたのだろうか。
ジョニーも十分かわいいと思いながら、見ていると、それはいた。
庵道さんだ。
ジョニーの背中に乗っている。
「うわああ」
「驚かせたのは、本日二度目だね。すまないすまない」
「な、なんでいるんですか」
敬語になってしまった。
急にペットの背中に女の子が湧いて出たら、誰だって驚くだろう。
聞きながらよく見ると、なんだか庵道さん顔が赤いような。
夕陽のせいかな。
「ちょっと、鈴木君に用があってね。用と言うか頼みかな? 引き受けてくれると嬉しい」
「用? その前に、ジョニーは大丈夫?」
見たところジョニーは暴れる様子はない。
犬相手にも、重さを感じさせないんだろうか。
重さどころか存在に気づいていないようだ。
「この犬はジョニーというのかい? 面白い名だね。なあに、これくらい余裕さ。人間より、温かいかな?」
「それならいいんだけど、用ってどんな?」
「ああ、実は、部活を作ろうと思うんだ」
神妙な顔の庵道さん。
寧ろ、緊張している?
気のせいだろう。
「部活かあ。スポーツとか? もしくは、室内のかな」
「どちらでもない。一言でいえば、変人を更生させたい部、だ」
「え?」
「略して変更部だ」
「いや略されても、え?」
「それに君に入ってもらいたいんだ」
「えーと、変人を更生させる部」
「そうだ」
「僕は変人じゃないよっ」
大声を出してしまった。
え、僕は庵道さんに、変人だと思われていたんだろうか。
だとしたら、少しショックだ。
でも、変人同士のほうがお似合いなのかな?
そう思っていると、庵道さんは否定した。
「違う違う、鈴木君には、変人達がいかに普通になれるかを、直に見ていてほしいんだ」
「それって、僕と何か関係が?」
「ああ。鈴木君は普通だから」
ガン、とタライを食らった気がした。
変人と言われた事より、ショックが大きいのはなぜだろう。
人は特別に憧れるんだろうか。
僕が庵道さんを好きなのは、変人だからじゃない、と誰にでもなく言い訳をする。
「大丈夫かい?」
黙り込んだ僕に声をかけた。
考える。
庵道さんと一緒にいられる時間が増えるんだ。
願ってもない誘いのはず。
そうだ、部活の目的は変人を更生させること。
その目的にのっとっていけば、庵道さんが普通になって、普通同士の普通なカップルになれるかも。
「入ります!」
「おお、やる気だね。有難い」
「あれ? でも、変人なんてそんなにいたっけ」
「一人は当たりをつけてある。蝋沼君だ」
「ああー……」
確かに、彼は変だ。
あの性癖さえなければ、普通だけど、あの性癖があるんだからしょうがない。
今日もピーちゃんといちゃいちゃしていたし、授業中でも、たまに触っていた。
「でも、蝋沼君は動物愛護部に入ってたような」
「そうなのか。なら、説得するまでさ。あとは数人、噂を聞いている」
「他にも庵道さんや蝋沼君みたいな変人がいるんだ」
あ、うっかり本人に変人といってしまった。
どう言い繕うか考えていると、
「ま、まあ僕も十分おかしいだろう。だからこそなのだが」
という庵道さん。
また赤くなったような。
熱でもあるのかな。
「それじゃあ明日、詳しい話をしよう。さらばだ」
「あ、うん」
庵道さんはそう言って、ジョニーの上で手を振る。
「か、勘違いしないでくれよ。君が特別だから誘ったんじゃないんだからね」
消える直前、そんな声が聞こえた気がした。
そんな思春期にありがちな勘違いは、しないと誓いたい。
好きな相手が自分のことを好きだなんて、妄想にしかならない。




