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クラス替えが行われて、好きな人と同じクラスになれた。
桜の花びらも、ぽかぽかした陽気も、湧き出る虫たちも、僕を祝福してくれているようだ。
同じクラスになれたことで、愛しの彼女、庵道さんが人の上に乗っていない状態を初めて見た。
といっても、授業中の時等に座っているだけ。
移動する時はいついかなるときも人の上に乗っている。
まるで乗馬の如く、人を乗りこなしている。
さすがに風呂やトイレの時は知らないけれど。
乗り換える瞬間や乗り込む瞬間もどうしてか目撃できない。
まるで幽霊のようだけど、れっきとした人間だ。
たぶん。
そんな庵道さんを見ていると、恋心とは別に、不思議な気持ちがわいてくる。
一年の頃は、相当騒がれていたようだけど、クラスが違ったのであまり知らなかった。
その一年間をへて、周りの人間も、慣れてきたようだ。
教師も諦めたんだろう。
その噂をきいて、遠目でみているうちに、いつの間にか好きになっていた。
「やあ鈴木くん。おはよう。何を考え込んでいるんだい」
「ああ、庵道さん。おはよう」
柔らかそうな頬、鮮やかな青みがかった長い髪、綺麗と言うよりは可愛らしい。けれど、その何かを企んでいそうな表情はどこか小悪魔的だ。
クラスが同じになってから、よく向こうから話しかけてくれる。
きっと庵道さんは社交的なのだろう。
行動は非常識だけど。
「おい、庵道おりろ」
庵道さんが今乗っているのは、友だちの蝋沼君だ。
いつものように乗り換えながら、学校に来たようだ。
背の高い蝋沼君に、背の低い庵道さんはバランス的に合っている。
そして背の割にやや大きい胸がこれでもかと押し付けられている。
羨ましい。
「おいおい、そう邪険にしないでくれよ。僕はこうしていないと、鈴木君に挨拶もできないんだぜ? それに重さは感じないだろう?」
そう。庵道さんに乗られた人によると、重さは感じないらしい。
庵道さんの言い分によると、人に乗るプロだから、感じさせないことくらい朝飯前だとか。
なんだそりゃ。
僕は乗られたことがないので、本当に重くないのかわからない。
たぶん、乗られたことがないのは、学校でも僕くらいだろう。
嫌われているのだろうか。
もしくは、僕って臭いのかな。
だとしたらはっきり言ってくれたほうが有難い。
「重くはなくても、色々と邪魔だ」
「まったく、つれないねえ。せっかく、おっぱいをいつもよりサービスしてるのに」
「ふん。人間の牝なんぞに興味はない」
朝から恥ずかしい事を言う二人。
綺麗な長い青髪の可愛い子に抱きつかれたら、少しは嬉しいものだと思うけど。
蝋沼君は、別に男が好きなわけじゃない。
動物が好きなのだ。
彼の彼女はウサギのピーちゃん。白くふわりとした毛並みで、赤い瞳はどこをみているのか。
今も彼の手元にいる。
その性癖以外は、ちゃんとした人なのに。
彼もまた、一年通し続けていたらその行動を容認されてしまった。
「しかたない。さらばだお二人さん」
そう言って、庵道さんは消えた。
僕の目がおかしいのか、庵道さんがおかしいのか、人の背からいなくなるときは、文字通り消える。
教室を見渡すと、いつのまにか席についていた。
なにやらノートを取り出して書き込んでいる。
「ふう、やっと離れたか。鈴木、おはよう」
「ああ、うん。おはよ」
挨拶を返すと、蝋沼君は僕の前、自分の席に座った。
ピーちゃんを膝の上にのせ撫で始める。
「よしよし、ピーちゃんは今日もかわいいなあ」
恍惚の表情で、白い毛並みを味わっている。
「今日も元気そうだね」
「ああ、彼女の身体に触れているだけで、俺はめきめき元気になっていくぞ」
蝋沼君は、晴れ晴れとした顔で言う。
さっきまで喜怒哀楽でいったら、怒に近かったのに。
今日も平和な学校だ。
変人がそれなりにいるけども。




