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「これ、家計は大丈夫?」

 ここのところ毎日、豪華な夕食。

 さすがに主婦でなくとも心配になってきた。

「あにちゃんはそんなこと気にしなくていいよ。ちゃんと計算してるから」

 笑顔でそう言うが、本当かどうか。

 最近の落ち着かない妹に、そろそろ注意をしておくべきだろう。

「なあ、最近どうしたんだ。食事とか行動とか」

「え?」

「悩みがあるなら相談にのるよ。部活の間寂しいのかと思ったけど、蘭子が部に入ったからそれも違うだろうし。僕を守ろうとしているのなら、この豪


華なメニューは関係ないし」

 色々と考えていたことを伝える。

 結論はでなかったけど。

 考えながらしゃべっていたら、妹はガツンと茶碗を置いた。

 音に少し驚く。

「本当にわかってないの? あにちゃん」

「え、なにが」

「私は、あにちゃんが、好きなの」

「うん。僕もだけど」

 そう言われたので、そう返す。

 家族として。

 一瞬妹は嬉しそうな顔をしたが、すぐに怒りだした。

「ちがーう。異性として好きなの。愛してるの。好きで好きでしょうがないのっ。わかった? 理解できた? 伝わった? ずっとずっと前から、そう


なの」

 凄い剣幕で、妹は、僕に、愛を伝えた。

 色々な意味で驚いたけど、ちゃんと伝わった。

 異性として、と言われてしまえば、いくらなんでも理解できる。

「ああ。なるほど」

 そうか。

 部に入る前の平穏な日々。

 部に入った後の、慌ただしい妹。

 探偵のように僕の好きな人をみつけ、犯人のように気持ちを告白した。

 もしかして、僕をとられると思って、我慢できなかったのかもしれない。

 僕が庵道さんに持つ気持ちと同じモノ。

 そうだったんだ。わかってみれば、簡単なことだった。

 まったく、人間の想いは凄い。

 血が水よりも濃いのなら、簡単には流せないだろう。

 妹はこちらを凝視している。

「僕は幸せものだな。今まで彼女なんていなかったけど、こんなに近くに自分を想ってくれる人がいたなんて」

 妹が若干嬉しそうな顔になる。

 だけど、期待させちゃいけない。

 すぐに続きを言わないと。

 口が重いけれど。

「僕は好きな人がいるんだよ」

「でも、私の方がきっとあにちゃんを幸せにできるよ。ずっと一緒にいたから、あにちゃんの事は何でも知ってるよ。されたいことも、されたくないこ


とも」

 そういえば、前に妹がもっと普通の人と付き合って欲しいって言ってたっけ。

 今思い出すと笑えない。

「確かに、蘭子は料理ができて、かわいくて、気がきいて、人前でもちゃんと自分の足で歩けて。それでも、僕は断る。妹だとか関係ない。たった一つ


の純粋な理由、僕は庵道さんが好きなんだ」

 もしかしたら僕はシスコンなのかもしれない。

 この妹が相手なら、それも、しょうがないか。

 はっきりと言われて、妹は箸をおいて、静かに部屋に戻った。

 机には、雫が残っている。

 妹がこれだけ頑張ったのに、兄の僕が庵道さんの前で、だらだらしてちゃだめだよな。

 しっかりと食べ終えて、食器を片付けた。

 結局その日、妹は部屋からでてこなかった。

 

 翌日も、妹は顔を見せない。

 少しくらい休んでも、問題はないだろう。

 これを乗り越えたら、妹はきっと成長する。

 僕は学校へ行く。やることがあるのだ。

 教室についていも、朝はなかなか動けなかった。挨拶もどこかぎこちなくなってしまう。

 思いの外、緊張している。情けない。

 振られることは考えないようにしているが、時間は勝手に過ぎていく。

 改めて、妹の凄さを実感した。

 昼食になって、やっと頭が回りだしたら、場所を決めていないことに気づく。

 相手は例の体質だから、どこでもいいわけじゃない。

 二人きりになれるところ。

 でも、幸いすぐに閃いた。

 始まりの場所だ。

「今日は弁当じゃないんだな。それになんか、様子がおかしくないか?」

 僕の手にある焼きそばパンをみて、蝋沼くんは聞いてきた。

「ああ、ちょっとね、妹が休んじゃってるから、かな」

「そういえば、最近よく来ていたのに、今日はいないな。風邪でもひいたのか」

「うーん、まあ、そんなとこ。蝋沼くんとピーちゃんも気をつけてね」

 本当のことは言えるわけがない。

「ふ、俺はともかく、ピーちゃんに病気などさせないさ」

 蝋沼くんのことが、少しだけ羨ましくなった。

 部室につくと、入り口の前で、ちょうど庵道さんと墓井さんと鉢合わせた。

「あ、鈴木さんです」

「やあ、偶然だね」

「庵道さん。それに墓井さん」

 顔を直視するのが、なんだか恥ずかしい。

「鈴木君、今日はどんな活動をしようか」

 墓井さんの背でそう言って、二人は部室に入っていった。

 僕も後に続く。

 予定まであと数時間くらいか。

 身体が、内側から何かがせり上がってくるような、不思議な感覚に陥る。

 落ち着くんだ僕。

「蘭子くん以外は揃ったようだね」

「あ、蘭子は今日、学校休んでるよ」

「そうなのか。なら、そうだね、今日はお見舞いに行こうか」

「え、しなくていいよっ。だめだめ。あいつは一人でなんとかできるから。そんなに、凄い病気でもないしっ」

 慌てて止める。

 今皆でお見舞いに行ったら、大変なことになってしまう。

 少しはその発言を予想すべきだった。

「そうなのかい? 本当は鈴木家を見てみたい気持ちもあったのだが、鈴木くんがそう言うならしかたない」

 危ないところだった。何もないときなら、是非呼びたいけども。

「なら、今日は合コンだ」

「まあっ」

「合コン? ってなんです?」

 紅百合さんと墓井さんは真逆の反応を示した。

 何で合コン?

 男女の数も合ってないけど。

「ふふん。合同コンパの略さ。つまり、男女が集まってする、パーティーのようなものだ。これをすると、皆親密になれるので、合コンのためだけに戦


略をねったり、大枚をはたく者も多いそうだ」

「それはすごいですっ」

「でも男女比が合わないようなー」

 手結さんも気づいたようだ。

「それなら問題ない。僕が男役になる」

 えええええ。

「ふはあああ」

 紅百合さんが昇天しそうになっているし。

「あの、庵道さん前にレズじゃないって、言ってたよね。紅百合さんのほうが、向いているような」

「失敬な。それとこれとは関係ないさ。部のために、僕が一肌ぬぐだけだ。それに、面白そうだし」

 すごい笑顔だ。

 庵道さんが男役じゃあ、僕はあまり面白くないよ。

 といっても、皆の前で口説く勇気なんてないけど。

「さ、皆配置に付き給え。君はそこ君はそこ君はそこだ」

 ぱぱっと指示どおりに動き、机を挟んで、男女で対面する形になった。

「おっと、ここには食べ物がないね。そういう点では、この間のカラオケや、ドーナツ屋のほうが向いていたか。しかしそう何度も行っては、出費もか


さむだろう。しかたない」

 それでも続けるあたりが庵道さんだった。

「自己紹介は……いいか。えーと、手結くん。ご職業は?」

「学生ですー」

 当たり前だった。

「庵道さん、本当に続けるの?」

「もちろんさ。ほら、君も何か聞き給え」

 今更何を聞けばいいんだろう。

「うーん、墓井さん」

「はいっ」

「その眼鏡はどこのメーカーなの?」

「これは自作ですっ。ハンドメイドです」

「えええ」

 眼鏡って自作できたのか……。

「なかなかイメージどおりのものがなくてですね。探す手間を考えたら、作ったほうが早いかなって」

 どんな短期間で作ったというのか。

「そのウサギさんかわいいねー」

 今度は、手結さんが蝋沼くんに振る。

「ああ、俺の彼女だ。よろしく」

「彼女がいるのに合コンしていいの?」

 なかなか厳しいことをいう手結さん。

「ふん、これは遊びだと、ピーちゃんもわかっているさ」

 確かに、前の騒動と違って、ピーちゃんは落ち着いていた。

 動物の判断基準はわからないけど。

「君たちの好みの異性は、どういうタイプかな?」

 庵道さんが合コンでよくありそうなことを聞く。

「あたしは異性より同性が好きだわ。何処が好きかというと」

「うん。手結くんは?」

 見事にスルーする庵道さん。まあ、紅百合さんはしかたないか。

「私は、見つめてくれる人かな。あつーく、ねっとりと」

 何を想像しているのか、ほんのり赤くなっている。

 蝋沼くんはもちろん、僕もそれには含まれてはいないだろうな。

「うちはあまり興味ないです。彼氏より、親友がほしいですっ」

 なんだかそれを聞いて、泣きそうになった。

 親友は発明では作れないだろうし。

「君たちはどうだい?」

 空気がしんみりしそうになったが、庵道さんがこちらに顔をむけた。

 蝋沼君の答えはわかりきっているから、僕か。

 どうしよう。

「えーと、包容力のあるひと、かな」

 なんとか考えて、そう答えた。ちょっと直接的すぎたかな。

「ふふん、なるほど。ちなみに僕のタイプは、面白い人さ。皆の答えはなかなか興味深かったよ」

 僕はその面白い人になれているだろうか。

「面白い……面白い人」

 紅百合さんは何かつぶやいている。

「それでは次は、ゲームといこうか。トランプや人生ゲームと違い、合コンでしか味わえない、王様ゲームだ」

「ほんとにやるの? それ」

「どういうゲームなんですか?」

 語るのも恐ろしい。

「これはだね、くじで番号と王様をきめ、王様は番号が誰かを知らない状態で、様々な命令を出すのさ」

「つまり、キスとか、そ、その先とか」

 紅百合さんは、なんかもう鼻血でもだしそうだった。

「……そういう性的なものはやめておこうか。部の存続が危うい」

 確かに。

「では、引き給え」

 そう言って、庵道さんはポケットから、紙のくじをだした。

 まさか、事前に用意していたとは。ここまでやることを決めていたのか。

「じゃ、じゃあ」

 僕はおずおずとひいてみる。皆も同じだ。

「数字は見せないでおくれよ。では、王様だーれだ」

 庵道さんはにこやかに、開始の合図となる掛け声をあげた。

「あ、僕だ」

 これは運がいいのか悪いのか。

「さあさあ、命令したまえ。王族のように、皇帝のように」

 皇帝ゲームだったのか。

 何にしよう。

「じゃあ、1番が3番に頭をなでなで」

 まあ、これくらいなら簡単だろう。

「3番、私ですっ」

「1番は僕だ」

「あれ」

 庵道さんになでなでされる墓井さん。

 前にもみたぞこの光景。

「何度されても気持ちいいです。庵道さんはなでなでの天才ですねっ」

「ふふん、そうだろうそうだろう。なでなでに関しては、僕の右にでるものはいない」

「そんなに凄いの。庵道ちゃんのなでなで」

 絶対適当に言ってる庵道さん。

 とりあえず、一発目はさくっと終わった。

 皆くじを引き直す。

「手結くん。次の掛け声は君に譲ろう」

「はーい。えーと、王様だーれだ」

「俺だ」

 蝋沼くんだった。彼ならそれほど怖い命令はないだろう。

 紅百合さんと庵道さんが特に怖い。

「じゃあ、3番が、終わるまで語尾を猫のように」

 ……思ったより恥ずかしい命令だった。

 僕じゃなくてよかった。

「あ、私」

 手結さんがそう言うと、皆が様々な目で見る。

「だにゃ」

 言った。僕と墓井さん以外頷いていた。

「次の掛け声は、紅百合くん」

「もしかして、全員が言うまでやるの?」

「じゃあそうしようか」

 じゃあって言った。皆くじをひく。

「王様は誰かしーら」

 ん、誰も名乗りでないぞ。

「あ、あたしだわ」

「なら聞かないでくださいっ」

 紅百合さんか。いったいどんなおぞましい命令を。

「確率的には女の子に当たるけど、もし男に当たったら悲惨だわ。うーん。あたしは見てるだけにしておこうかしら」

 何やら、呟きながら考え込んでいる。

「そうねえ。じゃあ、2番が5番のおへそを、3分見続けること」

 え、なんでおへそ。

 手結さんの見た目に影響でもされたんだろうか。僕は2番なのだが。

「5番は僕だが」

「ええっ」

 庵道さんだった。

 うーん、蝋沼くんじゃなくてよかったけど。

 この相手じゃあ、僕は正気を保てるだろうか。

「よしっ」

 紅百合さんはガッツポーズをしているし。

 それはまあ、当然庵道さんのお腹は、皆も見ることになるんだろうけど。

「なんだ、2番は鈴木くんなのかね。鈴木くんはえっちだなあ」

「どう考えても、僕のせいじゃないよっ」

 椅子に座る庵道さんが、ごそごそとおへそをだし、僕が目の前にかしずく。

 目の前には、庵道さんのおへそである。

 いったいどういうプレイなんだろうこれは。どうしてこうなってしまったのか。

 視界に入るのは、中心にいくほどしわのあるおへそと、触らなくてもすべすべだとわかるお腹と、それから服をたくしあげている手やら、スカートと


足やら、手に隠れるがそれでも、この位置からだと迫力のある胸やら、毅然としているがそれでもほんのり赤くなっている庵道さんの顔やら。

 こんなにお腹にお肉がないのに、どうしてあそこにはあんなに詰まっているんだろう。

 人体のふしぎである。庵道さんのおへそちいさくてかわいいなあ。

 でも、おへそ以外も見たい。何処を見ればいいんだろう。迷う。

 僕の顔、ちゃんとまともな顔のままだろうか。

 真っ赤になっていたり、よだれをだしていたり、野獣の目になってはいないだろうか。

 もしなっていたら、この後に控えるイベントに支障をきたしてしまう。

 さすがによだれは垂らしていないはず。

 ああ、呼吸に合わせて、前後するお腹、撫でたいなあ。

 周りの皆がいなければいいのに。

 一瞬だけ、休んでいる妹の顔が浮かんだが、それはそれ、妹自身の問題だと思いなおす。

 それでも少しだけ冷静になれた。

「3分たったよ。鈴木くん」

 お腹が服で隠されたことに、数秒間気づかなかった。

「え、あ、うん」

「やはり、鈴木くんはえっちだね」

「うっ」

 今の行動を終えてみると、否定する気持ちがわかなかった。

 恐るべし紅百合さん。

 周りの皆もなんだか、静かだった気がする。

「も、もう次いこ。ほら、くじひいて、王様だーれだ」

 この空気を変えるべく、僕は強引に進めた。


 無事何事もなく、部活が終わったので、僕は庵道さんに残ってもらった。

 たぶん、他の皆はあまり気にしていない。

 廊下を見て、誰も居ないことを確認し、ドアを閉める。

「どうしたんだい。鈴木くん。もしかして、また僕のおへそを見たいのかい? どーしてもというのなら、やぶさかではないが」

「そうじゃないよっ」

 夕日が、椅子に座る庵道さんを彩っている。

「えーと、うん」

 言い難い。

 そんな僕をみて、珍しく真面目な顔の庵道さん。

 凛として、かわいいというより、かっこいい。

 何十秒か、経ってしまっただろうか。

 そんな時、ふと妹の顔がうかんだ。そしてそのまま、自然と口をついてでた。

「僕、庵道さんが好きなんだ」

 言ってしまった。

 目を見開く庵道さん。

 突然の告白に驚いているだろう。

 庵道さんは当然、僕が昨日妹に告白されたことも、それをきっかけにしたことも知らないだろうから。

「べ、べつにおへそを見たからじゃなくて、前からずっと好きで、そう、一年の時、庵道さんをみかけてから、ずっと」

 なんでこんな、言い訳めいたことを言っているんだろう僕は。

 口が勝手に動いてしまった。

 少し黙ろう。

 反応を待っていたら、ふっと、庵道さんは笑った。

「先に言われてしまったね」

 どういうことだろう。まさか、いや、自分の都合良く考えるのはやめよう。

 ここは大事な場面だ。

「僕はね、君のことをずっと前から知っていたよ。その時、蘭子くんも側にいた。鈴木くんは忘れていたのかな。だとすれば少し悲しいが」

 ずっと前。そういえば、妹は会ったことがあるとかどうとか言ってたような。

 それに、庵道さんを見た時の不思議な気持ち。

 これはそういう意味なのか。

 我ながら、どうかしている。

「まあ、会ったのは、幼稚園のころだから、覚えていないのも無理はないのかもしれない」

 そんな事はないと思う。

「その頃から、僕は周りから浮いていてね、今の部員達のように、いや、それ以上に友達がいなかった。そんな時、君たち兄妹は随分仲良くしてくれた


よ」

 少し声が小さくなったので、側に寄る。

 庵道さんは頬が紅潮していた。

 僕も顔が熱い。

「ああ、すまない。君と二人きりになると、どうも緊張してしまってね。だから、普段は必要以上に、理性的であろうとしているんだ。今までも、はし


たない姿を晒していたともう」

「いえ、そんなことは」

 思い当たる節はあったけれど。

「君の背に乗らないのも、同じ理由だ」

「そうだったんだ」

「そう、僕は人前で歩けない。本当は僕の方から言うつもりだったのだが、こんな体質なので、言えなかった。高校で、君に再会してからずっとね。だ


から、この部を作ったんだ。誰にも本当のことを言ってないが、僕はこの体質をなおして、君に告白するために変更部を作った」

 はっきりと耳にした庵道さんの真意。

 とても嬉しいけど、はしゃげる雰囲気じゃない。

 それに、庵道さんはまだ言うことがあるようだ。

「もし、本当に僕と付き合ってくれるのなら、先に、僕の現状を見て欲しい。君しか見ていないから、もしかしたら、歩けるかもしれない」

「え、大丈夫なの? それに、前は僕に見られるのは嫌だって」

「あの時とは状況が違うさ。それに、これをしておかないと、僕が納得できない。ケジメ、のようなものかな」

 そう言って、庵道さんは僕の前で、腕と足両方を使うように、ゆっくりと立ち上がった。

 前の時は、自力で立つこともできなかったはず。

 僕達の間には、何も邪魔なものはない。

 もし転んだりしたら、すぐに助けないと。

「立った……」

「ふふん、まだ、さ」

 庵道さんは辛そうな表情だ。

 足は震えるだけで、進んでいない。

 立っているだけでも、厳しいのだろう。

 それでも、前回のようには諦めなかった。

 僕は待つ。陽が暮れようとも、待ち続ける。

 緊張からか、時間の流れが遅く感じた。

 そして、ついに、その足、右足が、一歩だけ、前に動いた。

 そのまま踏みしめる。

 その瞬間、前に転んだ。

 僕はすぐに動き、庵道さんを受け止めた。

 床に仰向けに寝転ぶ形になる。

 庵道さんは僕の上に乗っかっている。

 薬の時を思い出すが、紙のようではなく、ちゃんと重さを感じた。

 庵道さんの存在を、全身で感じた。

 そして、庵道さんは耳元で囁いた。

「僕も、君が好きだ」


 その後、話を終えた僕たちは、庵道さんがどうやって帰るのか、ということに気づいた。

 いくら一段落ついたとはいえ、庵道さんはまだ僕の背に乗るのは、恥ずかしいらしかった。

 なので仕方なく、まだ残っていた先生を呼んだのだ。

 先生は当然、庵道さんの体質を知っていて、ちゃんと引き受けてくれた。

 ちなみに女性の先生だ。

 いや、別に男性に庵道さんが乗っても、それはいままでにもあったことで、いまさら嫉妬に狂ったりはしないけど。

 たぶん。

 それから数日たったが、僕たちはあまり今までと変わらなかった。

 少し、心の距離が近づいたくらい。

 庵道さんの体質が治れば、普通の恋人同士のようになれると思う。

 それまでの辛抱だ。

 妹も数日たって、元気に復活した。

 たまに、諦めきれていないような行動をとるけど、そのうち、別の男の人を好きなってくれるだろう。

 変更部の皆も、変わらない毎日を過ごしている。

 それでも、少しづつ、変な部分は治っている気がする。

 普通の人とズレた彼女らだけど、ちゃんと、人と付き合って生活している。

 僕はそれを見守ろう。

 今日も変更部は活動中だ。

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