11
それから何日かたち、妹もだんだん部活に馴染んできた。
初めてピーちゃんを見た時は、結構驚いていたけど。
妹って、ピーちゃん見たことなかったんだ。知らなかった。
庵道さんの奇行は見たことあるのかな。
スーパーの特売も、動物愛護部もなく、今日は7人揃っている。
そんな時、
「墓井くん、例のもの、できているかね」
庵道さんは、悪の親玉のように、そう言った。
「はいっ。庵道さん。完成してあります」
「例のもの?」
なんだろう。また何か変なもの作ったのかな。
安全なものがいいけど。
「想いを測る機械。名付けて、おもんばかるくんです」
慮るに想いを測るなんて意味がないことくらい、墓井さんは知っているだろうから突っ込まない。
墓井さんが取り出したその機械は、なんだかハートマークの両サイドに、握りやすい取っ手がついた感じだった。
真ん中には何かを表示するであろう、画面がついている。
「あらかわいいわ」
確かに紅百合さんの言うとおり、見た目はかわいいけど。
「なに? それ」
「このおもんばかるくんはですね、Aさんと、Bさんが同時にレバーを持つと、画面にびしっと、お互いがお互いを好きかどうか、表示されますっ」
昔あった、相性診断機のようなものだろうか。
女子に人気ありそう。
「ふふん、この間、頼んでおいたんだ。そろそろ皆も、お互いに慣れてきた頃だと思ってね。しかし、本命は蘭子くんだ」
「私?」
呼ばれた妹はきょとんしている。
「ああ、君が本当に普通なのかどうか、これをもって、自覚してもらおうとおもってね」
庵道さんの見立てだと、変人な結果でもでるんだろうか。
「私は普通ですっ。こんなので、何がわかるっていうんですか」
「まあ、試してみようじゃないか」
「じゃあ、蝋沼さん、やってみましょう」
墓井さんはそう言って、スイッチを入れた後、片側を蝋沼くんに持たせた。
数秒で、画面に表示される。
『お互い、友達レベルデス。でも、Bはちょっと冷めてマス。もっとAに興味を持ちまショウ』
「ええ?」
文章で表示されるとは思わなかった。せいせい、色とか、数字とか。
「こんな風に、でてきます。頑張って何百パターンも、作りましたっ」
どこに力を注いでいるんだか。
これ、人間関係に悪影響を及ぼさないかな。
そこが墓井さんらしいといえばらしいけど。
「すまんな、あまり人間に興味もてなくて」
Bの方を握っていた蝋沼くんは、そう謝った。
「いえいえ、想定の範囲内です」
気にした風もなく、墓井さんはそう応じた。
「あにちゃん。あの人何者なの」
服をつまみ、妹がひそひそとそう聞いてきた。
たぶん、この場で一番驚いているのは妹だろう。
「ああ、ちょっと頭がよすぎるんだ。それで、人付き合いがうまくいってなくて、この部に入ったんだよ」
「じゃあ次はあたし、いいかしら」
興味をそそられたようで、紅百合さんが名乗りでた。
「どうぞどうぞ」
「相手は、じゃあ、手結ちゃん」
機械をむけ、指名する。
「はーい」
手結さんも乗り気なようで、手をあげた。
両者がレバーを握る。
大丈夫かな。ひどい結果がでて紅百合さんが傷つかないといいけど。
少し待ち、
『危ないデス。AはBの事好き過ぎデス。BはAが好きではないのなら、全力で逃げたほうがいいデス』
これは……。
どちらがどちらを握っているかは、言うまでもない。
お互い笑顔だ。
「手結ちゃん。逃げないということは、私のこと、好きなのかしら?」
「えーと。嫌いではないよー」
二人の間に奇妙な間が生まれる。
そして、部室内で追いかけっこが始まった。狭いので、大したものではないけど。
あんまり暴れて、ビキニ落とさないでね。
「それは、ピーちゃんと俺の愛も測れるか?」
蝋沼くんが、やや興奮したように、墓井さんに尋ねた。
「いえさすがにそれは、対応させようとしたら、かなり時間がかかりそうです」
「そうか……」
できないわけではないのか。恐るべし墓井さん。
「あにちゃんあにちゃん、今の愛って?」
またもや妹が小声で聞いてきた。
「あんまり人前でひそひそ喋るもんじゃないよ。えーと蝋沼くんはね」
オブラートに包むしかない。
「あのウサギを、とっても大切にしてるんだ」
「そうなんだ」
「ふふん。期待以上だ。素晴らしいよ墓井くん。なでなでしたいくらいさ」
庵道さんは満足そうだ。
「してくださいっ」
そう言って、墓井さんは庵道さんの傍らにしゃがみ頭をむける。
なでなでされてご満悦そうだ。あんまり発明を褒められたことがないのかも。
いいなあ。僕もなでなでされたい。
その後も、僕と蝋沼くんが普通の友達だったり、紅百合さんはどの女子ともあまり結果が変わらなかったり、墓井さんと庵道さんの結果が友達以上だ
ったり、なんだかんだで、おもんばかるくんを楽しんだ。
僕と手結さんで測るとき、無意識で邪な気持ちがでていないか心配になったけど、そんなことはなくて、安心安心。
「さて、ではいよいよだ。蘭子くん」
「うっ」
おもんばかるくんの凄さを見せつけられて、なんだか、妹は焦っていた。
「大丈夫だよ。蘭子。どんな結果でも、僕は傷ついたり、蘭子を嫌いになったりしないから」
「ほんとに?」
「兄を信じろ」
ちょっと言うのが恥ずかしかった。
それを聞いて、やっと妹はレバーを掴んだ。
もしこれで、妹の変人ぷりがはっきりしても、僕は気にしないぞ。
『AからBへはライクデス。BからAへはラヴデス。Bは頑張ってくだサイ』
――うん。
「ち、違うの。ラヴといっても、家族愛だから。家族として好きすぎるだけだから。へ、へえーこの機械。ちょっと好きだと、すぐラヴになっちゃうん
だー」
「なっ。うちのおもんばかるくんは、ちゃんと性的な」
「ちょっと黙ってて」
妹は何かを言いかけた墓井さんの口を、手で物理的に封じた。
必死になって、まるで言い訳をしているようだ。
何をそんなに、言い繕っているんだろう。
家族を好きなのは普通のことじゃないか。
「わかった。蘭子くん。もうわかったよ」
ほら、庵道さんも笑顔で、ちゃんとわかってくれてる。
「だから、ちがうんですー……」
とうとうしゃがみこみ、両手で顔を隠してしまった。
兄としては心苦しいのだけど、妹が何を考えているのかよくわからない。
「結構いいデータがとれました」
騒動を気にせず、墓井さんはそう言った。
ああ、ちゃんと記録されてたんだ。
「さて、ではあとやってない組み合わせは」
その瞬間、嫌な予感がして、思考が急に回りだした。
まだ僕と庵道さんはチェックしていない。
もしやったら、僕の思いはハッキリばれてしまうだろう。
しかも、部の皆の前だ。
もしそうなったら、庵道さんはどんな……、いやこの先を考えるのはやめよう。
墓井さんが、こちらを見ようとしているのがわかった。
このままでは確実に、想像通りの展開になってしまう。
冷静に身体が動く。
素早く墓井さんから、おもんばかるくんを奪い取り、後ろのパネル、幸い開けやすいタイプだった、そのパネルを開け、電池を抜き取り、窓を開け、
投げた。
「そーい」
電池は驚くべきことに、単一が一個だった。
「あ、手が滑っちゃった」
最後に振り返り、笑顔でそう言って、行動を終えた。
我ながらスムーズな動きだったと思う。
「あ、あーっ。何するんですか鈴木さん」
「いやー電池ってつるつるしてて、滑りやすいよね」
「冷静に取り出したり、窓を開けてたじゃないですか。どんな言い訳ですかっ」
「ははは」
「はははじゃないですーっ」
ふう、危なかった。よく考えたら、予備の電池を持っていたら、アウトじゃないか。
まあ、見る限り持ってはいないようだけど。
他の皆はぽかんとしている。庵道さんはにやにやのままだ。
「ふふん、手が滑ったのならしかたないね。おもんばかるくんはいい活躍だったよ。残った時間は、別の遊びでもしようじゃないか」
その後も、僕の奇妙な行動は誰にもつっこまれなかった。
それぞれ何かを思っているのかもしれないけど。
適当な遊びをして、本日の部活は終了だ。
妹と二人で帰り道を歩いていたら、
「らーんーこーくんっ」
妹の背に庵道さんが現れた。
「ひゃあああわあ」
驚きのせいか、すっとんきょうな声をあげている。
「あははは」
思わず笑ってしまった。
「ちょっと、なに? え? 庵道さん?」
「そうさ。僕だ」
「なんで、私の背中にいるの? ちょっとあにちゃん。笑ってないでなんとかしてよ」
「そう言われても、庵道さんはそうしてないと、移動できないんだよ。あと僕には乗れないみたい」
「なにそれええ」
「まあまあ落ち着きたまえ。落ち着いて、感触を確かめたまえ」
「あ、柔らかい。それに温かい」
そうそう、庵道さんのは凄いんだぞ。
妹のは全然凄くないけど。
「今変な事考えなかった?」
「いやぜんぜんまったく」
鋭い妹にそう言われたが、僕は流した。
「庵道さん、急に現れて、どうしたの?」
「なに、たまには君たち兄妹とお喋りしようと思ってね」
近い距離で話す庵道さんに慣れていないのか、妹はもぞもぞしている。
「庵道さんの変なところって、これなんですか?」
「そうさ。おかげで色々と苦労しているよ。悲しいことにね」
「ふうん」
聞いて、そう呟いて、僕と庵道さんを交互に見る妹。
一体何を考えている。
気になるので聞いておこう。
「どうした? 蘭子」
「ん? いやー、あにちゃんが部内のどの子が好きかなんて、全く考えてないよ」
「な、な」
とんでもないことを考えてた。
晩御飯に庵道さんを誘うのかと、甘い期待をしたのが間違いだった。
全く、年頃の女の子はそういうことばっかりだ。
まあ、それは僕も同じか。
「ほほう、それは興味深いね」
庵道さんも、僕をからかいたそうな顔でのってきちゃうし。
「我が部には、魅力的な女の子が沢山いるからね。やや問題があるが、背が高く美人な紅百合くん。色々と小さいが、エロい手結くん。見た目おとなし
い系の天才墓井くん。ちびだが
おっぱいの僕。そして、元気で料理のできる蘭子くんだ」
色々と言いたいところがある台詞だ。
「な、なんで私も含めてるんですか」
その中の一箇所を突っ込んでくれた。
「そうだよ。さすがに妹は」
言いかけた時、なにやら負のオーラを感じて、妹の方を見る。
その顔は、ぷっくり膨れていた。
「あの? 蘭子さん?」
「なに?」
「どうして怒ってるのかなー」
「怒ってない」
「ほら」
そう言って、頬を指でつつく。
「もーっ。あにちゃんなんか知らんっ」
途端、妹は走りさってしまった。最後の台詞は耳に残るのに、姿は消える。
いつのまにか庵道さんも消えている。
僕は一人でとぼとぼ帰るのだった。
帰っても、妹はまだ怒ってて、あまり喋らない。
夜ご飯も、非常用にとっておいたような、冷凍食品の惣菜とカップラーメンだった。
それでも一応、一緒のテーブルについている。
「今日はなんだかシンプルな食事だね」
「たまたま、時間がなかったの」
「まだ怒ってるの?」
「怒ってないよ」
「そっか」
麺をすする。カップラーメンの麺は柔らかく、スープはなんとなく物足りない。
会話がほとんどなく、静かで、食事の音が響く。
していたら、妹がこちらを見ているのに気づく。
「ねえ、あにちゃん」
「んー?」
「あにちゃんが好きなのって、庵道さんなの?」
……。
なんだか最近妹の勘が凄い。
これも部活が始まってからかな。
「手結さんはあの機械的に違うみたいだし、あにちゃん明らかに態度おかしいもん」
「そ、それはどうかなー」
「……わかった」
「な、なにがかな」
それっきり、妹は何も言わなかった。
何かを決意したような、納得したような、そんな『わかった』だった。
僕としては戦々恐々だ。
妹相手に情けない兄だった。
朝になると、なんだか妹は元気になっていて、朝食も普段より豪華だった。
食べ過ぎて、遅刻しそうになったくらいだ。
膨らんだ胃を抱え学校につくと、
「やあ、鈴木くん。昨日は悪かったね。なんだか蘭子くんを怒らせてしまったようで」
「いえ、あれは僕のせいだよ。なんだか最近妹の様子がおかしくて」
「ふむ、まあ、一番身近な君の環境が変われば、自ずと周りも変わるさ」
「そうなのかな」
「ふふん」
意味ありげに庵道さんは笑った。
何を知り、何を考えているんだろう。
いつものように、蝋沼くんと屋上で昼食をとろうとしたら、妹がやってきた。
学校で一緒に昼食も、高校生になってからは初めてだ。
「あにちゃん。今日は頑張ったんだよ。ほら」
そう言って、弁当を広げる。
たしかに、朝食と同じように、張り切って作ったかのような内容だった。
「あの、さ。そんなに頑張らなくてもいいんだよ?」
「えー? 普通だよ。ほら、あーん」
そう言って、箸でつかんだトマトをこちらに向けてくる。
「いやいや、そんなこと今までしたことないでしょ」
側には蝋沼くんもいるんだけど。
妹は恥ずかしくないのだろうか。
「あるよ。小学生のときとか」
「え? そうだっけ?」
そう返すと、妹は顔を崩し、唇をかんだ。
目の端に涙を浮かべている。嗚咽が聞こえてきそうだ。
「あ、あー、そうそうあの時ね。あったあった」
「でしょ? ほら、あーん」
「あーん」
もうなし崩しだった。あーんでもどーんでも好きにして欲しい。
蝋沼くんはピーちゃんに食事を与えていて、こちらを見ていない。
たまたまなのか気を使ってくれているのか。
うん。トマトは美味しい。
昼食も授業も終わって、部活の時も、常に隣にいたり、庵道さんをみつめたり、妹はおかしかった。
僕が変人を好きなことがわかって、守ろうとしているのだろうか。
だとしても、少し過剰な行動だ。
驚くことに、そんな日々が数日続いた。




