10
僕の妹。
よく気がきいて、僕は何度も助けられた。
両親が仕事で忙しく、ほとんど家にいないときも、料理係を買って出てくれた。
小さい頃はよく僕にくっついて、共に行動していた気がする。
ゆるく右側に結った髪型。私服もわりとゆるい物が多い。
学校が終わると、よくスーパーに買い出しにいってたりもする。
友達は少ないのか、はたまた誘いを断っているのか。
本当に、妹には迷惑をかけてばかりだ。
そんな妹と、あの日鉢合わせになるとは、凄い偶然もあったものだ。
その日は、部活の一環として、皆で一緒に学校を出た。
ドーナツ屋に行く事になったのだ。
前に庵道さんと話した、喫茶店の代わりだろう。
「ああいうところは、あまり一人では行きにくいよね。僕は殆ど行ったことがないよ」
庵道さんは行く道すがら、そう言う。
そもそも、一人ではレジを通せないだろう。
知り合いに乗るかしていないと。でも、そんな野暮なツッコミはしない。
今はもう皆がいるのだ。代わりに尋ねる。
「庵道さんは、甘いもの好きなの?」
「ああ、なんだか名前につられてね」
「庵道夏奈。あんドーナツ、って入ってるんだよね」
僕は当然知っている。
「え? あ、本当だ」
紅百合さんが今気づいたように言う。
「私も最初に聞いた時わかりました」
「まったく。夏奈とかいて普通はかなと読ませるだろうに。変な名前をつけたものだ」
「私はかわいいと思うなー」
手結さんの意見に、僕も心の中で同意する。
出来れば今後名前で呼びたいくらいだ。
でも恥ずかしい。
ちなみに手結さんの虜はどうなんだろう。
最後に「こ」をつけるのは昔からよくあるけども。
「俺はあまり食わないな。ピーちゃんもそうだし」
確かに、ウサギが甘いモノをたべるイメージはない。
そんなとりとめもないことを話していたら、店についた。
当然、ペットは店に入れられないので、ピーちゃんは店の外に繋いでおくことにした。
別れるのに、5分くらい費やしたけど、それを詳しく語るのは蝋沼くんに悪い。
しぶしぶと皆と店にはいる蝋沼くん。
やはり、多少はこの変人性も、治ったほうがいいのかも。
店に入ると、もうなんだか恒例のように、店員はびっくりした。
人の背にのる庵道さんと、肩やおへそがまるだしの手結さんに。
それでもなんとか注文を通して、ドーナツを手に席につく。
「まったく、どうしてあんドーナツがないのかね。ここはドーナツ屋ではないのか」
珍しく庵道さんが、怒ったように言う。
「しょうがないですよ。コストとか色々あるんですから。そんなに好きなら、今度あんドーナツ製作機を作りましょうか?」
そんなものも作れるのか。
「そんな大げさなもの作らなくても、直接あんドーナツを作ればいいんじゃ」
本当に作ってきそうなので、一応そう言っておく。
「もっと言えば、そのへんのコンビニで買ってくればいい」
蝋沼くんが冷たいことを言う。
「いや、そこまで好きでもないんだがね。まあここは、ゴールデンチョコレートを楽しむことにするよ」
「私はポン・デ・リング。かわいいよねー」
そう言って手結さんははむっと噛んだ。
「ああ、そんな残酷な」
「蝋沼くん、あれはライオンじゃないんだよ」
こんなところで動物好きを発揮しなくても。
そう言う蝋沼くんは、肉まんだった。
ドーナツ屋なんだけどなあ。
「それを言ったら、庵道ちゃんのゴールデンチョコレートだって、キリンの一部だわ」
「え? そうなの?」
知らなかった。他にもあるのかな、そういうの。
「ほう、詳しいじゃないか。紅百合くん」
「もっと褒めて庵道ちゃん」
自分を抱くようにして、紅百合さんはぞくぞくと感じているようだった。
そんな彼女の前には、ドーナツが他の人より積まれている。
もしかしてよく来てるのだろうか。
「あ、墓井さんは僕と同じフレンチクルーラーなんだ」
「はい。この形が素晴らしいです」
「そうだよね。何でこんな形なんだろうね」
「今度研究して論文を出しましょうか」
「う、うん。頑張ってね」
墓井さんならやりかねないけど、なんだかもう投げやりに返してしまった。
ふわふわな感触。
広がる甘い味と香り。
生地が歯に心地よい。
アクセントにコーヒーを飲むと、お互いが引き立つ。
そうだ。妹にも何か買っていってやろうかな。
あいつってどのドーナツが好きなんだろう。
「あれ? あにちゃん」
考えていると、幻聴がした気がした。
皆が同じ方向をみている。まさかとおもってそちらを見ると、そこには妹がいた。
「蘭子? なんでここに」
手にはいくつかのドーナツとドリンクの乗った、トレイを持っている。
あ、ここには皆もいるんだった。
「そのえっちな格好の子は、なに?」
手結さんの方を指して、妹は笑顔でそう言った。
言われた手結さんは、たははと笑っている。
「ちょっと、蘭子。失礼だろ」
「まあまあ、鈴木くん。その子が君の妹さんなのかい? だったら、一緒にお茶しようじゃないか。どうだい?」
そう言って庵道さんは、誘うように手を伸ばした。
なんだか嬉しそうだ。僕は妹が来て、ちょっとどきどきしているのだけど。
妹も、席につく。
7人にもなると、結構テーブルも狭く感じる。
「あにちゃん、この人達が、例の部活の?」
「う、うん」
「そう。僕達が、変人を更生する部。略して変更部さ。まあ、鈴木くんは普通代表として入っているんだけどね」
庵道さんは手を広げて、得意げにそう言った。
「変人? 皆さん変人なんですか?」
「そうさ。今この状況だと、ひと目でわかるのは手結くんと墓井くんくらいか。そこの今にもヨダレを垂らしそうな眼で、君をみている紅百合さんは、
レズだよ。君の身体を狙っている」
「そんなことないわ。心も狙ってるもの」
「は、はあ」
どんどん説明を始めている。妹をこのまま巻き込んでいいのかな。
まあいいか。
それより、この付き合いを止められないかが心配だ。
「彼女は墓井くん。頭がいいから、白衣をきているし」
その説明はどうなんだ。
墓井さんの抗議をスルーする庵道さん。
「そっちの手結くんは、男子に見られたくて、こんな格好をしている」
妹の情操教育上よろしくないかなあ。
本人は気にせずピースしているし。
「そして、彼は蝋沼くん。動物が好きすぎるんだ。前から鈴木くんとは友達だったようだけど、会ったことはないかい?」
「いえ」
まだ家に呼んだことはないなあそういえば。
きっかけがなかった。
「最後に僕は、人前で歩けない。ここで会ったのも、何かの縁だ。今後ともよろしくお願いするよ」
「どうも……。人前で歩けないって、じゃあ普段どうしてるんですか?」
「ふふん、時期にわかるさ」
なぜ焦らした。
にやつく庵道さんをじっとみる妹。
「あの、私達、前に会ったことあります?」
「それは同じ学校だからね。目にしたことくらいあるさ」
「うーん。そうじゃなくて」
妹は考えこんでしまった。
庵道さんは噂にもなるくらいだし、断片でも記憶にのこっているのだろう。
あれ、でもさっきの口ぶりだと、妹は庵道さんの噂を知らないのかな。
「あーだめだ。でてこない」
諦めたようで、ドーナツを食べ始めた。
手結さんが、なんだかじーっと見ている。
「兄妹ってやっぱり似てるねー」
「本当ですか?」
なんだか、妹はそう言われて嬉しそうだった。
普通、こういう時嫌がるか平坦な反応をするもんじゃないのかな。
よくわからないけど。
「うん。特に垂れ気味の目元がそっくり」
「ほほう。確かに。やっぱり遺伝子の力は偉大です」
墓井さんも同意してきた。
うーん。言われたことはあるけど、どうなんだろう。
「ねえ、蘭子はよく来るの? ここ」
「今日はスーパーに寄るついでになんとなくね。たまにしかこないよ」
「ああ、だから一人なんだ」
先程、そういう話しがあったが、スーパーに行く予定だったならしょうがない。
たぶん友達の誘いを断ってきたのだろう。
「そっ、そうよ。あ、そろそろ行かなくちゃ。またねあにちゃん」
そう言って、せわしなく妹は去っていった。
「もうすこしゆっくりしていけばいいのに」
「かわいい妹くんじゃないか。確かお弁当は彼女が作っているのだよね。夕ごはんもなのかい?」
「ええ、両親があんまり家にいないから」
「素晴らしい」
庵道さんは含みのある笑みで言う。
なんだろう。でも、確かに素晴らしい妹だ。
そのあとしばらく食べたり話したりして、
「ほんと、素晴らしい妹ちゃんだったわ」
「たぶん、紅百合さんの見てる部分は皆さんと違うところです」
「そうだねー」
「え? そうかしら」
「鈴木くん。フレンチクルーラーとやら、一口試したい」
「あ、食べる? はい」
「ほら、口に放り込んでいいぞ。あーん」
「そんなことしないよっ」
「あ、あたしのも食べないかしら? 庵道ちゃん」
「それより、そろそろピーちゃんの事が気になるんだが」
適当に僕たちも、店をでた。
蝋沼くんは遠距離恋愛のカップルが再会でもしたかのように、外で待っていたピーちゃんに接していた。
妹と二人きりの夕食タイム。
といっても、ほとんどいつもこうなのだが。
炊き込みご飯と、からあげと、サラダ。
からあげはよくでてくる。僕は好きな方だけど、妹も好きなのかな。
今日は二人共ドーナツを食べたからか、いつもよりは量が少なめ。
本当に気がきく妹である。
「あにちゃん。夕方会った人たち、皆可愛かったね」
「そうかな」
邪推が怖いので、そう返す。
確かにダントツの庵道さんを除いても、部活の皆は、可愛い部類だと思うけども。
「あにちゃんは、どうしてあの部活入ったの? 普通代表って言ってたけど」
「それは、まあ、誘われたからだよ」
本当のことはいえない。
「それだけ?」
「うん」
見ている。こちらを見ている。
「なんだ、てっきり好きな人がいるからなのかと思った」
うぐ。
恐るべし家族の勘。
まずい、動きを止めるな。
図星をつかれた人間はその瞬間が一番危ないんだ。
そこを乗り切れば誤魔化しきれるはずだ。
スムーズにいつも通りに、箸を動かすんだ。
「ははは、なんのことかな」
……あれ。
身体の動きばかり注意していたら、トークのほうが疎かになってしまった。
「ふううん」
何かを納得したような顔。
デコピンしたい気持ちが少しだけわいた。
「でも、私はあにちゃんにはもっと普通の人と付き合ってほしいな」
「そんな、付き合うだなんてそんな」
「友達としてっていう意味なんだけど」
「はい」
焦る僕に冷静に返す妹。
「あにちゃんが影響されて、あんな格好したらどうしよう」
「するわけないだろっ」
手結さんには悪いが断言しておこう。
「それに僕が誰と友達になろうが、蘭子には関係ないじゃないか」
ちょっとハッキリ言い過ぎたかな。
それでも恋人、とはいえなかったけど。
「そうだよね。うん」
しょげたように妹はそう言う。
なんだか暗くなってしまった。
話題を変えよう。
「そういえば、今日ドーナツ食べたんだよな。知ってるか? あそこのキャラクター、ポンデライオン以外にもキリンとかいるんだってさ」
「うん。それくらい常識だよー。ほかにもリスとかゾウとか」
いろいろいるんだな。名前はなんていうんだろう。
「なるほどなあ。でも、たまに食べるドーナツもいいけど、やっぱり毎日食べるならこっちのほうがいいな」
そういって、お茶碗を少し掲げる。
「ほんと?」
「ああ。蘭子がいなかったらいまも僕は、寂しくカップラーメンだよ」
「大丈夫だよ。これからもずっと作ってあげるからね」
そう言う妹の眼は、ほんのり据わっていた。
気のせいだよね。
うちの妹が、そんな眼をするわけない。
それよりも、妹は元気になってくれたようで、なによりだ。
授業が終わり、日直のノートを書いていたら、妹が教室にやってきた。
「あ、あにちゃん。よかった。まだいた」
一年生が二年生の教室の方に来るのは、多少勇気がいるだろうに。
妹が言うには、部活、変更部を見てみたいそうだ。
「部活といっても、前のドーナツ屋の時と、そんなに変わらないよ。ただお喋りしたり遊んだりしてるだけで」
「うん。それでもいいから」
強固な意志のようだった。まあここまで来てるくらいだし。
しかたなく、一緒に部室のほうへいく。
庵道さんと蝋沼くんは、既に部室だろう。
いや、蝋沼くんは動物愛護部かも。
てふてふと、廊下を歩く。窓をみると、雨が降っていた。
朝は晴れていたんだけど。
「蘭子の言ったとおりだ。傘もってきてよかった」
窓を指しながら妹に言った。
「えへへ。私じゃなくて、天気予報のおかげだけどね」
照れたようにそう返した。こういうのをはにかんだ笑顔というのかな。
部室に入ると、蝋沼くん以外は揃っていた。
「皆はやいね」
「ああ、鈴木くん。おや、そちらは妹の、確か蘭子くん」
「こんにちは」
妹はやや控えめにそう挨拶した。
「なんか、活動を見てみたいらしくて」
「そうなのかい。それは是非、隅々まで見て、楽しんでいってくれ。僕達の活動も、手結くんのおへそも、見学料はただだ」
「なんでそこで私のおへそ?」
「それにしても、急にどうしたのかね。鈴木くんのことが心配になったのかな?」
「ち、ちがいますっ。ただ純粋に興味がわいて」
前にいってたように、僕が変人に影響されるのを、心配してくれてるのかな。
服装の心配をしているのなら、いらぬお世話だけど。
「ふふん、なんならこの部に入ってくれても構わないのだよ。その素質はあるとおもっている」
この部に入れる素質。
僕の妹が変人扱いを受けている。
でも、妹にそんな変なところ、あったかなあ。
「ここって、変人をなんとかする部ですよね。私は普通ですっ」
「どうかな。君はお兄ちゃんのために動きすぎて、あまりお友達がいないんじゃないのかい?」
庵道さんにお兄ちゃんって呼ばれるのもいいな……。
じゃなくて、
「え? そうなの?」
推理された犯人のように固まっている妹に、声をかけた。
「ち、ちがうよ。あにちゃん。ちゃんと友達いるから」
オーバーな動きで否定している。
僕のためだけに、そこまで迷惑をかけているのなら、止めたほうがいいのかな。
「えーと。たまには、僕も自分でごは」
「だめっ」
一喝されてしまった。
「あにちゃんのご飯は私が作るのっ」
「でも、それで人付き合いが減っちゃうのなら」
「大丈夫だよ。ちゃんとクラスにも馴染んでるよ。両立できてるよ」
なんかもう見ているだけで、妹がいっぱいいっぱいなのがわかった。
兄としてはどうしよう。
考えていたら、妹はばっと庵道さんの方に向き直った。
対する庵道さんはいつものにやにや、にや道さんだ。
「わかりました。入ります。私が変人じゃないってことみせてあげます。あと、あにちゃんが変な影響を受けないように、見守ります」
やっぱりそのつもりだったのね。
高校生になって、多少離れたとおもったけど、昔のように妹は僕の側にいることになるのか。
大丈夫かなあ。
妹の将来が若干不安だ。
「ようこそ。変更部へ」
「わーい。新入部員だ」
「歓迎の意味をこめて、抱きついてもいいかしら」
「うちと同じ学年ですね。よろしくです」
皆、変人であり変人と付き合ってきただけあり、今の変なやりとりをみても、寛大に歓迎してくれたのだった。
今度、7つめの椅子もってこなくちゃ。
「ふふん、後二人いたら、野球ができるね」
「それはツッコミ待ちなの?」
「大丈夫さ。僕だってキャッチャーくらいならできる」
「バッターの時は?」
「指名打者にまかせようじゃないか」
「キャッチャーが指名打者に変わってもらうなんて、聞いたことないよっ。それ9人オーバーしてるし」
まったくもう庵道さんは。
「今日は人生ゲームでもしようか。墓井くん、そこの棚だ」
言われて、墓井さんは棚から一式を持ってきた。
いつのまにそんなもの用意していたんだろう。
そこそこに準備をして、ルーレットが回り出す。
「どうして僕は1か2しかでないんだろうね」
庵道さんと足並みを揃えたいけど、どんどん離れてしまう。
「あにちゃん、け、け、結婚」
「おちついて、ね? ゲームなんだから」
妹をみて、一瞬紅百合さんを思い出すなんて、僕はどうかしている。
当の紅百合さんは、
「墓井ちゃん、手結ちゃん、庵道ちゃん、誰と結婚しようかしら。ふふ、ふへ」
頭の中のイメージ以上だった。
「女同士の結婚は認められていないですよ」
窘める墓井さん。今思うと、男1女5ってバランス悪いな。
「色んなお仕事があるんだねー。あ、アイドルだって」
手結さんには向いていそうだ。
生放送には出られないかもしれないけど。
僕は無難にサラリーマン。
「鈴木くんは普通だね。だからこそ、ここでは真価を発揮するのだが」
「夫を悪く言わないでください」
「あれ? 呼称が変わってるよ蘭子」
なんだか最近妹が暴走気味なような。
部活で帰りが遅くなったから、寂しかったんだろうか。
なんだかんだで、まだまだ子供だなあ。
「あにちゃん、もうひとつピンのせて」
いつのまにか、子供を示すピンが、車にのりきらないくらい乗っていた。
このゲームって、こんなになるんだっけ。
楽しかったゲームも終わり、帰る談になった。
「またねー」
「ああ、手結ちゃん置いてかないでほしいわ」
「あにちゃんと一緒に帰るの、久しぶり」
「そうだなー」
学年が違うからね。
それでも、昔はよく妹が授業終わった後、教室に来たものだ。
庵道さんと墓井さんが、最後に部室に残って何か話していたのが気になった。




