徳島でみんな生きている2
徳島県の町だった所にセルたちは食事をしている。
「辛いな……」
(少し慣れた自分が悲しい)
「おババのめしはうまいなー」
「そうかい?」
相変わらず激辛のモンスターの丸焼きを食べていると、セルは何かを思いついたように肉を食べながら歩き出した。
「ゴブ平、いくぞー」
「行くぞって、どこへ?」
「ちかがいだ」
地下街と聞くと、おババは嫌な顔をした。
「地下街行って何をするんだ?」
「ジュースをもらうのだ」
「ジュースなんてくれるのか⁉」
「くれる! こい!」
セルたちは廃墟となった徳島駅に来た。
階段を下り、元徳島駅の地下を広げた地下街に来た。
「す、すごい……」
「ふん」
薄暗い地下街の店は香川やイヨの国の武器屋より安く売られた露店に、サンマのかば焼きやサバの味噌煮と言った缶詰が一個一万円で売られている店もある。
「にぎやかだなー」
人間だけではなく、様々な種族の男と女がいる。それらは男と共にいかがわしいネオンが輝く店の中に消えてしまった。
「セル! 見てはダメじゃ‼」
「えー」
おババはセルの手を引っ張り進んで行った。
(……確かに子供には刺激が強すぎる所だよな)
売春宿やカジノのネオンが輝き、地下街に漂うにおいも香水や煙草だけではなく、明らかに香川県で吸ったら逮捕されるような物もある。
事実、違法な葉っぱや錠剤、粉末などを売っている露店もある。
「おババの気持ちが分かる」
ゴブ平もセルたちが行った場所に向かった。
「ここじゃ」
セルたちは扉の前に来た。扉には『バー・ルージュ』と赤い文字で書いている。
「おーい!」
セルが入った店の中は狭く人一人が入れる程度の広さに深紅の壁や床にライトが毒々しいが、壁には冒険者への依頼が貼っている。
「ちゃんりな! げんきかー!」
「セル。元気よ。……ジュース飲む?」
「のむー!」
ちゃんりなと言われた黒髪のハーフエルフの女性は冷蔵庫からオレンジジュースを出した。
「いっただっきまーす!」
セルがジュースを一気飲みすると、ちゃんりなはゴブ平に気付いた。
「おババ、そのゴブリンは?」
「セルの家来のゴブ平じゃ。雑用をさせている」
「初めまして、ゴブ平と言います! えーと……」
「ちゃんりなでいいわよ」
「じゃ、じゃあ、ちゃんりなで。——あのー、ちゃんりなはここで冒険者の仕事の斡旋をしているのですか? 香川の『黄色いうさぎ』やイヨの『ブルーアイズ』みたいに?」
「そうね。——でも、ここは徳島。仕事の内容は『冒険者ナビ』には無いお仕事」
「えっ⁉ じゃあ、誰がするんですか?」
「徳島の住人や県外の素行の悪い冒険者向けにね」
「えっ? 素行の悪い?」
「依頼を見てごらん」
「依頼……」
ゴブ平が壁に貼っている依頼の内容を見ると、『○○を盗んでくれ』『○○を殺してくれ』『○○を運んでくれ』など、モンスターの名前は少なく、人間の物や人間の名前だ。運んでくれと言う、まともな依頼に見えるが品物は違法な品だ。
「こ、これって……」
「わかったかしら。後、報酬も見てくれる?」
「報酬……えっ⁉」
報酬はモンスター退治が五百円に対し、密輸は三万円、盗みは五万円、殺人は十万円だ。
「香川やイヨでもモンスター退治は三万円なのに! 護衛の仕事は食費は別で二十五万円なのに⁉」
「香川県やイヨの国での値段はそれでいいの。徳島ではこういったあくどい仕事が多くて、報酬も高いのよ。だから、素行の悪い冒険者はこっちの仕事を引き受けて金儲けしているの」
「…………」
もしかして、セルも……。そんなワケないよね‼ セルに限ってそんなこと……。
「ちゃんりなー! ジュースのんだぞー!」
「そう、じゃあ、これしてくれる?」
「いいぞー」
(ま、まさか、悪い事……)
「これ、持って行ってくれる?」
「おー」
ちゃんりなが大きな荷物をセルに渡した。
「おっと」
「……荷物は何じゃ?」
「ああ、食糧や生活用品だよ。セルには怪しい物は渡さないよ」
「……そうか」
「じゃあ、いくぞー」
「セル! 待つのじゃ! 場所を聞いていない‼」
「場所? 場所は井戸寺だよ」
「そんなに遠くないのう。厄介なモンスターが三匹以上出なければ、行けるな」
「そうなのか?」
「ああ、近い方だからな。酷い時は高知まで行ったぞ。その時はジュースだけではないが」
「もしかして、ジュース一杯で引き受けたの⁉」
「ああ、セルはジュース一杯で依頼は引き受けるのじゃ」
「ジュ、ジュース……」
(安い、安すぎるよ。セル……。命粗末にしていない?)
ゴブ平の気持ちを察したちゃんりなは優しくなり、
「井戸寺に食糧や生活用品を運ぶだけだよ。依頼人だって他の札所の人達だよ」
「と、言うことは信頼できる依頼ですね」
「そ! 安心して」
(安心した……)
ゴブ平がへたり込んでいると、おババが、
「ゴブ平‼ 行くぞ‼」
「あっ、はい」
「がんばってね~」
ちゃんりなは手を振って見送ってくれた。
地下街を出たセルたちが町だった所を歩いている時に、ゴブ平は言った。
「荷物運びなら安心で善良な依頼ですね」
「安心はともかく、善良じゃ」
「安心ではないってことは……」
「お前たち、荷物を寄越しな‼」
「お、追いはぎぃ⁉」
セルの前に五人ぐらいの男たちが現れ、囲まれた。
「その荷物、中身は何だ⁉」
「な、中身⁉」
(セル、言っちゃダメだ‼)
「なかみー? しょくりょうとせいかつようひんだー」
(なに、本当のことを言っているんだー!)
「食糧か! ならば寄越せ‼」
(渡さないよね。セル⁉)
「だめだー。にもつはわたさないぞー」
セルは荷物を天高く投げた。
「何だと⁉ ならば死ね‼」
追いはぎの一人が刀でセルを斬りつけようとすると、セルは避け、頭を殴った。
「ぎゃあ!」
頭を殴られた追いはぎは気絶した。
「ちくしょう! やりやがったな‼」
残った追いはぎたちがセルに攻撃しようとすると、
「てぇーい!」
「とりゃ!」
「ぐわあ‼」
セルだけでなく、おババも杵を使って追いはぎを殴っている。
「きゅう……」
セルとおババによって、追いはぎは全員気絶した。
「おババー。やったぞー」
セルの上に空高く投げた荷物が落ちてきた。
「セル、追いはぎなぞ相手にせず行くぞ」
「わかったー」
こうしてセルたちは先に進んだ。
「おババー。まだかー?」
「まだじゃ」
「そうかー。わかったー」
更に先に進んで行くと、
「あー。なんかいるー」
「あっ、あれは——」
ゲシッ‼
「蹴ったー!」
「じゃまだからけったー」
「蹴るな!」
王冠を被った蛇が出て来て睨んでいる。
「バジリスクだよ! 死んじゃうよ‼」
「ぶっとばすー」
「セル、猛毒持っているんだよ!」
セルがバジリスクに向かおうとすると、おババが大声で叫んだ。
「まず、セル! 荷物を投げるのじゃ‼」
「わかった!」
セルは荷物を投げた。
「ゴブ平! 囮になるのじゃ!」
「お、囮ぃ~~⁉」
「そうじゃ、その隙にセルに攻撃させる!」
「も、もしやられたら——」
「死んでも構わん! 囮になれ‼」
「そ、そんな~~‼」
ゴブ平の悲痛な叫びは遠くに消え、聞こえるのはおババの怒号だけだ。
「行け‼ ゴブ平‼」
「わ、わかった!」
(こうなりゃ、やけっぱちだ!)
ゴブ平は口を押え、目を瞑り、バジリスクの前に走った。
バジリスクは息を吐いている。絶体絶命だと、ゴブ平が思っていると、
「セル、バジリスクの横から蹴とばすのじゃ」
「わかったー」
セルが走ってバジリスクを蹴とばした。
バジリスクがダメージを受けると、セルは更に飛び上がって、
「とーお!」
バジリスクの頭を踏みつけた。
「や、やった……のか?」
バジリスクは動かなくなった。
「やったぞー」
荷物がセルの上に落ちて来た。
「やったか」
「……ほっ」
「おババー。どうするー?」
「普段なら食事にするが……捨てておけ、依頼が先じゃ」
バジリスクは捨て、先に向かった。
更に行くと川が見えた。
「遠回りして行くぞ。向こうに橋がある」
「おー」
橋を渡ってしばらくすると、寺が見えた。
「もしかして、これ?」
「そうじゃ、これじゃ」
近くに行くと大門があり、目の前には若い僧侶が立っていた。
「セル様ですね。話は聞いております。食糧とかはこの荷物ですか?」
僧侶は恭しくお辞儀をした。
「そうだー。もってきたぞー」
「そうですか。それはありがたき幸せ」
「しあわせっていわれるほどではないぞー」
「セル様、この礼に……受け取ってください」
僧侶は餅を三つ渡してくれた。
「も、餅……」
「わるいなー」
セルが喜んでいると、おババは冷たく、
「ゴブ平の分は無しじゃ」
「えっ、嘘……」
「ゴブ平のぶんもあるぞー」
「えっ⁉ あるの⁉」
「とうぜんだー。ゴブ平もいたからここまできたんだぞー」
「セ、セル……」
僧侶は優しく微笑んでいる。
「では、かえるぞー」
セルたちは徳島の町に帰って行った。
そして、地下街のバー・ルージュにて、ちゃんりなはグラスを拭きながらセルたちと話している。
「無事、運んだみたいね」
「そうだー。はこんだー」
「そのお礼に、はい。マシュマロ」
ちゃんりなはマシュマロの入った袋を渡した。
「やったー。ほうしゅうだー」
セルは元気に飛び跳ねている。
「おババー。ゴブ平ー。たべるぞー」
「悪いのう」
「おおっ!」
これが徳島県の日常だ。