愛媛でみんな生きている5
イヨの国マツヤマ、イヨ高等学校にて、
「すごいな! お前ら!」
「アイリスだけじゃなく、ユーリナ、フィリー! あんたら呼ばれたんだよ‼」
ユーリナのクラスどころか、他のクラスの生徒も来て教室は大騒ぎになっている。
「すごいことであるのは、わかっているのだが……」
話題の中心であるユーリナはいまいち興味なさそうだ。そんなユーリナを見たアイリスはメガネを掛けなおしながら、
「イヨ様に呼ばれる事は、よほどでない限り無い事です」
「……フィリー、アイリス。私達は何かしたのか?」
「さあ?」
「何かしら?」
二人が考えていると、ジョンが大声で、
「イヨ様に謁見出来るってのは、イヨの国で最高の名誉だぞ‼ ユーリナ! もっと興味持てよ‼」
だが、ユーリナは素知らぬ顔で、
「このような名誉には興味は無い」
「謁見はするけど」
「イヨ様にお呼ばれして断るのは無礼です。ユーリナも行きなさい」
「…………わかった」
帰宅後、ユーリナの実家にて、
「ただいま」
「おかえりー! ユーリナ‼」
台所に行くと、鳥の丸焼きに船盛と言ったご馳走が食卓に並んでいた。
「誕生日でもないのに、なんでご馳走があるんだ?」
「ユーリナ。あなた、イヨ様に呼ばれたのでしょう! 今日はご馳走に決まっているじゃないの‼」
母親の声は上機嫌だ。
「さあさ、着替えて! 食べるわよ!」
「はい」
ユーリナが食事を食べ終わると、外に出て素振りの練習をした。
(イヨ様か……。そういえば……ユーサマ……)
翌日、ユーリナの家の前に馬車が停まった。
馬車の中から使者が出て来て、
「ユーリナ・ドラセンバーグ様をお迎えに参りました」
「では、行こうか」
迎えが来たので、ユーリナが外に出ようとすると、
「ちょっと! ユーリナ‼ なんて格好をしているの⁉」
「なんて格好とは……この服装が?」
ユーリナが着ている服は、普段着ているイヨ高等学校指定のミニスカートでピンク色のセーラー服ではなく、ロングスカートで濃紺のセーラー服だ。
「そうだけど、こっちの方が正装より正装らしい」
「着替えなさい! 恥をかくのは、あ——」
「いえ、それでも構わないと思いますよ。イヨ様は服装を気にするようなお方ではありません」
「ですが……」
「では、行くぞ」
母親が戸惑っているが、ユーリナは、その服装のまま馬車に入って行き、馬車は出発した。
「ユーリナ⁉」
「し、私服で来たの⁉」
アイリスはイヨ高等学校指定のブレザーだが、フィリーは改造制服である白いセーラー服ではなく、ピンク色のセーラー服だ。
「ユーリナ。イヨ様は服装とか気にしないお方だと聞いたけど、私服って、いいの⁉」
「着替えた方がいいわよ! 本当に‼」
二人は、ユーリナの服装に呆れ怒っているが、
「こっちの方が正装らしい」
ユーリナが言い切ると、二人はため息をついて、
「もう、いいわよ」
「まあ、いいか……」
そうして、馬車はイヨ様がいる松山城に向かった。
「見えてきたわね。松山城」
三人は馬車の窓から、かつて勝山と言われた山の上にある松山城を覗いた。
「あそこにイヨ様がいるのか……」
「普段、この辺りを通るけど、いざ、会うとなると緊張するよな……」
松山城に行くには、ロープウェイで移動していたが現在では無くなり、歩きか馬車でしか行くことが出来ないのだ。
馬車は大手門跡の近くに着くと、全員、馬車から降りて、
「着きました。ここから、先は歩きで行きましょう。少し時間はかかりますが」
「歩きなんだ」
「時間がかかるように見えないが」
ユーリナの視線に見えるのは、遠くにある天守だ。
「いえいえ、回り込んで行くものですから、近いようで遠いのです」
「わかったよ」
それから何度か門を通り抜けたが、そこまでの間、緊張と長い距離で全員、無言になっている。
天守が大きく見えるようになったら使者は、
「さあ、天守は見えました。イヨ様はこの中にいます」
「ここに、か」
三重天守を見て、アイリスとフィリーは白いスカーフを正したが、二人を見たユーリナは遅れて赤いスカーフを正した。
「準備は出来ましたか、では行きますよ」
使者について行き中庭や迷路のような道のりを歩きながら、ユーリナが周りを見ると、甲冑を身に着けたモンスターや妖精たちが城内を見回りしている。
「ここが……松山城の天守……」
「すごいな……」
(体格や魔力を見ると、けた違いの能力だ。さすが、と言うべきだな)
フィリーやアイリスが木造の天守内部で驚いているのに対し、ユーリナは見えない魔力や大まかにしかわからない体格を見て、兵士たちの戦闘力に関心している。
兵士が見回りしている薄暗い通路を抜け、明るくなった最上階に着くと、一番に使者は膝を折った。そして、アイリスやフィリー、ユーリナも異様な空気に膝をかがめた。
「よく来たな」
「「「…………」」」
この空気を作り出しているのは、露出度の高い鎧を着た、色気と威圧感を身に纏った女性=魔王イヨが目の前で巨大な椅子に座っている。
(この方があの、魔王イヨ様……会うまでは何も思わなかったが、いざ、会うと恐ろしいものだな……)
「お前達があの誘拐犯を捕まえた連中か。獣人に成りすました誘拐犯を捕まえたおかげで他に誘拐された子供達は全員、無事に救出する事が出来たのだ。礼を言うぞ」
「あ、ありがたき幸せ……です」
「お、恐れ多い、です」
「当然の事、です」
((ユーリナ‼))
二人は顔色を変えたが、魔王イヨは立ち上がり、薄く笑って、
「当然の事か。人間では、それが出来ない者が多い」
「「「……」」」
「言葉だけでは、嬉しくないでしょう。褒美に何が欲しい?」
「「「…………⁉」」」
(どうするのよ⁉)
(決めてないよ‼)
(変な事言ったら、怒られるかも!)
二人が揉めていると、ユーリナが口を開き、
「…………では、ユーサマについて教えてください」
((ユーリナ⁉))
「ユーサマ? ああ、それだけでいいのか?」
「はい。かつて、魔王イヨ様が魔法剣士だった時、大魔法使いラブと剣豪ユーサマと共に、邪悪な魔王トナンを倒したのですよね。イヨ様が知っているユーサマについて知りたいのです! このユーリナと言う名も両親が戦う強い女性になってほしいので、ユーサマから名前を取ったのです‼」
魔王イヨは大きく目を見開いて、
「ほう……興味があるのか?」
「はい!」
ユーリナは力強く言うと、魔王イヨは残りの二人を見て、
「後の二人はどうする?」
フィリーとアイリスは顔を見合わせてから、
「その……それでいいです」
「はい」
「そうか。ならば、それにしよう」
魔王イヨは座りなおした。
「……もともと、ラブと私の二人で魔王トナンを倒そうとしたが、手ごわくて苦労していてね。ある時、とある村の洞窟に来た際、魔法陣があったのよ。近くにあった石板の文字を解読すると、強力な魔力と優れた技術を持った魔法使いがいれば、異世界から魔王を倒せる勇者を呼び寄せる事が可能だと、書かれていたのさ」
「異世界って……⁉」
「そう。この日本の事なの。……ラブはすぐに勇者を呼ぶ事に成功した」
「それがユーサマ!」
「召喚されたあいつは驚きもせずに、一番にした事が私達を殴った」
「な、殴ったのですか⁉ 斬ったのではなく⁉」
「あいつは剣だけじゃない、他の武芸にも精通しているのだ」
「と、言うことは剣だけじゃなく、他の武芸も習わねば……」
ユーリナは、どの武芸を習おうか考えていると、魔王イヨは話を続け、
「私があいつに事情を説明すると、事情が分かったあいつは、魔王を倒す事に協力してくれたのだ。それからは三人で魔王トナンの配下の者達を倒していき、最後に魔王トナンを倒すと言う冒険をしたのさ。それが今から五十年前の話」
「おおっ‼ で、ユーサマはどのようにモンスターを倒していったのですか⁉」
ユーリナは感動して、魔王イヨの前に出た。
「落ち着け、あいつは当時我々が見た事が無かった日本刀を持っていてね。初めて見る剣術と日本刀だけでモンスターを倒していったのだ」
「ユーサマ……」
ユーリナは泣き出した。
「ユーリナ、ほら」
フィリーがハンカチを差し出した。
「まあ、このぐらいで良いだろう」
「はい! ありがとうございます‼」
ユーリナは泣きながら礼を言った。
「泣き止め」
「ゔ……ゔゔ……はい」
ユーリナが泣き止むと魔王イヨは笑って、
「本日はこれまでだ。もう帰っていいぞ。お前」
使者は背筋を伸ばして、
「は、はい!」
「三人を送り返してあげなさい」
「わかりました!」
使者はすぐに用意をした。
「それでは、イヨ様。これからもイヨの国の為、自分の為、精進します」
「私もイヨの国を守ります」
「私もです」
三人が松山城を出ると、魔王イヨは一人外を見つめ、
(…………それにしても、あのユーリナと言うエルフ、あいつに似ているな)
魔王イヨは微笑んで、
(濃紺のセーラー服に赤いスカーフ、初めて会った時のあいつの服装だ。…………あいつに憧れるエルフか、もし知ったら、どんな反応するのか楽しみだ)
魔王イヨは椅子に座った。
「また会いたいものだな」
これがイヨの国の日常だ。