表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

長靴

「お出かけ?」

「ああ。万年筆のインクを新調したくてな。あと、他にも細かいものを仕入れてくるよ」

 食料と消耗品は、週に一回やってくる、風海の宅配屋の支給で賄える。だが、町に下りなければ仕入れられないものも、当然ある。

 志郎にとっては、屋敷から出るのはただでさえ気が進むことではない。その上、この雨だ。せめて梅雨明けまでは屋敷で粘りたかったのだが、仕事道具が使えなくてはどうしようもない。

 紺色の傘を携え、さて出かけようか、と思ったその時、リッカが言った。

「一緒に、行ってもいい?」

「……それは」

 断るべきか、と一瞬悩んだ。

 リッカは、見かけこそ人とほとんど変わらない。だが、人形のような青い目の少女は、この田舎町では目立ってしかたないだろう。

 それに、何よりも、歪神(ユガミ)は歪神を呼ぶ。歪神は、この世に存在するだけで、世界の境界を歪ませるものだ。

 屋敷には家主による結界が働いているため、必要以上に境界を刺激しないが、一歩結界の外に出れば、他の世界の歪神を呼びかねない。それだけならまだしも、それらの歪神に干渉されて、防ぐ術がリッカにはない。

 もちろん、それはリッカ自身もわかっているのだろう。それ以上は何も言わず、うつむきがちに、ただ、志郎の答えを待っている。

 すると、梁の上からクメイの声がした。

「行かせてやればいいじゃあないか。後ろは私が見ているよ」

「いいのか」

「たまには私も散歩をしたくてねえ」

「雨は嫌いじゃなかったのか」

 そういう気分なのさ、とクメイはくつくつ笑った。リッカのことが心配なのだ、と素直に言えないものか。

 とにかく、クメイが見ていてくれるならば、不安も減る。志郎は、依然うつむいたままのリッカの頭を軽く叩く。

「なら、一緒に行こうか。少しでよければ、町を案内しよう」

「いいの? うれしい。町に出るの、初めてなの」

「初めてなのか?」

「そう。しばらくカザミの人たちにお世話になって、すぐ、ここに来たの。だから、外のことをよく知らないの」

 そういえば、風海の姫からの手紙にも、そんなことが書いてあった気がする、と今更ながらに思い出す。

「キリアは、町まで付き合ってくれなかったのか」

「うん……わたし、動けるようになったのも、ついこの間だから」

 言って、リッカは履き物を探す。リッカの足に合いそうな靴は、最初に履いてきた革靴に、屋敷の敷地内を歩くときに使う草履。だが、雨の中を歩いていくとなると、それでは少々心許ない。

 すると、いつの間にかそこにいたハツカが、「ん」とリッカに何かを差し出した。それは、先代が使っていたのだろう、小さな長靴だった。

 浴衣には不似合いだが、足元を濡らさないためにはその方がいい。リッカはハツカから長靴を受け取り、にっこりと笑った。

「ありがとう、ハツカ。行ってくるね」

「おみやげ、買ってきてね」

「うん、わかった」

 請け負ったリッカだったが、すぐにはっと顔を上げて、志郎を見る。

「……買って、くれるよね?」

 当然ながら、リッカは、金を持っていない。買うのはあくまで志郎なのだ。やれやれと肩をすくめながらも、口元を緩めて言う。

「内容には期待するなよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ