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画帳

「何してるんだ?」

 リッカとハツカが、畳の上で額を付き合わせていた。

 クレヨンや鉛筆があちこちに散乱していることから、やっていることは志郎にもわからなくもなかったが、つい、問いが口をついて出てしまったのだ。

 すると、ハツカが、珍しく興奮した面持ちで志郎を見上げる。

「すごいんだよ、リッカ、上手なんだよ」

「そうなのか」

 リッカは一心不乱に、スケッチブックに鉛筆を走らせている。黒髪を纏めている簪の先で、水滴のような青い石が揺れる。

 その手元を覗き込んで、志郎は思わず息を呑んだ。

 紙いっぱいに描かれていたのは、町並みだった。

 高い場所から見下ろした、無数の人が集う大きな広場と、そこから放射線状に広がる道、そして見慣れない家々。立ち並ぶ煉瓦作りの建物は、西洋の町並みを彷彿とさせるが、しかし、志郎の記憶の中にあるどのような風景にも似ていなかった。

 迷いのない筆運びで描き込まれていく世界は、細部や陰影までがくっきり浮かび上がっていて、ある風景を切り取った写真のようですらある。

 豆粒のような人々は、この町で何をしているのだろう。町並みを覆うように舞う細かなものは、花弁だろうか。

 知らない風景に思いを馳せている間にも、さらさらと鉛筆の音は響き続ける。屋敷を包む雨の音と溶け合うように。

「確かに、これはすごいな」

 口から零れ落ちたのは、素直な感想だった。だが、リッカには全く聞こえていないのか、鉛筆の先で噴水の水、その水滴一つ一つを書き入れている。

 流石に少し不安になってきて、今度は軽く肩を叩いて呼びかける。

「リッカ?」

 はっ、と顔を上げたリッカは、志郎を見た。開いていた瞳孔がきゅっと狭まったのも、はっきりとわかるほどに、目を見開いて。

「ご、ごめんね、ぼうっとしちゃってた」

 絵を描き始めるといつもこうなの、と俯くリッカの頬は、林檎の色に染まっていた。あまりの集中力に、血がすっかり頭に上ってしまっていたのかもしれない。

「それにしても、驚いた。本当に、上手いんだな」

「そうかな」

 嬉しそうに、リッカは笑う。けれど、その笑顔には微かに苦いものが混ざっているように見えた。果たして、それを指摘していいものかも、わからなくて。志郎は、スケッチブックに描かれた街の風景に視線を落とす。

 志郎の知らない、花吹雪の舞う街。モノクロームでありながら、鮮やかな色を想像させる世界。

「これは、君のいた世界?」

「うん。大切な思い出をくれた、街」

「よく、ここまで精確に描けるな。まるで、写真みたいだ」

「そう……だね」

 すると、リッカは、真っ黒になってしまった指で、つう、と紙の上の広場をなぞる。その横顔には、今度こそ、はっきりと憂いの色が現れていた。

 青い、青い瞳の奥に、志郎には理解できない感情を湛えて。リッカの唇が、そっと、言葉を紡ぐ。

「わたしは、何一つ、忘れられないから」

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