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家族

「ヒヤマさん、お手紙です」

 白い郵便屋は、今日も決まった時間にやってきて、雨の中に去っていった。

 渡された手紙は、見かけられた歪神(ユガミ)に関する報告がほとんどだが、中に、珍しい手紙が一通だけ混ざっていた。ただし、あまり嬉しくない類の。

 それとも、嬉しいと思うべきなのだろうか。いつまで経っても見慣れない筆跡と、何の感慨も浮かばない差出人の名前を見つめながら、考えずにはいられない。

 志郎の仕事場を掃いていたリッカは、手を止めて志郎に問いかける。

「そのお手紙は、どなたから?」

「母からだ」

「シロウのお母さん?」

「僕が何をしているか、詳しく知らせていないからな。心配してるんだろ」

 小刀で封を開けて中を見てみれば、志郎の生活を心配し、無事を祈る言葉と、家に帰ってくる気はないのかという問いが、丁寧ながらも切々とした筆致で書き綴られていた。

「……だが、どうも、僕は家族というものがよくわからなくてね」

「思い出せないから?」

「ああ。親子として関わってきた記憶があるなら、この手紙も、きっと違った目で見られるとは思うんだけどな」

 しかし、今の志郎にとって、紙の上に綴られた言葉は、どこか遠い別の誰かに向けられた呼びかけに過ぎない。過去の「檜山志郎」と今の自分の間には致命的な隔たりがあり、母が見ているのはあくまで過去の志郎なのだ。

 それは、理解しているつもりだが。どうにも、もどかしいような、息苦しいような、居心地の悪い感情が胸を締め付けるのだ。

「シロウは、それを寂しいと思ってる?」

「さあな」

 寂しい。胸の奥にわだかまる感情の名前を、志郎は知らない。ただ、寂しい、という言葉は何とはなしに、胸の奥に響くような感触があった。

「そうだ、僕からも、聞いていいか」

「わたしの、家族のこと?」

「別に、話したくなければ構わない。ただ、家族というものを、君がどう捉えているのか興味があるだけさ」

 リッカは、単身で世界を渡る歪神だ。何故世界を渡り歩くに至ったのか、志郎は知らないし、当然興味もある。だが、もしかすると、聞いてはならないことだっただろうか、とリッカをうかがうと、リッカは志郎の想像に反し、なんてこともない風に話し始めた。

「血の繋がった両親はいないの。物心ついた頃には孤児だった。でも、拾ってくれたところが、すごくいいところだったから、悲しくなんてなかったよ。そこの人たちが、わたしにとっての家族だもの」

「旅が終わったら、そこに帰るのか」

「そのつもり。何も言わずに出てきちゃったから、きっと、心配してるだろうし。そこはシロウと一緒ね」

 心配している、という点は確かに同じだ。だが、その事実に対する感想は根本的に異なろう。リッカの穏やかな笑顔を見ていると、そう思わずにはいられない。志郎にとって、母の「心配」は自分とは完全に乖離したものでしか、なかったから。

「あと、お兄さんが、一人」

「兄?」

「うん。本当のお兄さんじゃないんだけど、誰よりもわたしに近かった、ひと」

 箒の柄の上で細い指を組んで、目を伏せる。

「ちょっと変わった人だったんだけど、すごく頭が良くて、優しくて、わたしのことをいつも気にかけてくれてた。色んなことを教えてくれたし、最後の最後まで、わたしのわがままを叶えてくれようとした。その人がいなかったら、今頃わたし、ここにいなかったし、何もかもを諦めてたと思う」

 リッカの背景や旅の理由をほとんど知らない以上、そこから、リッカの『兄』の像を描き出すことは、できそうになかった。ただ、リッカにとって、『兄』の存在がとても大きなものだということは、白い面に浮かぶ微笑みからもうかがえた。

「大切な家族なんだな」

「うん、大切な人だった」

「……なあ」

「なあに?」

「どうして、過去形なんだ」

「わたしが帰る頃には、そこにいないはずだから」

 どきり、とした。

 思わず、手に持っていた手紙を握り締めてしまう。

 帰ったときには、そこにいない。そう言ったリッカの瞳は、今にも溢れそうな感情を湛えて揺れていた。それでも、凛と浴衣の背筋を伸ばして、志郎に微笑みかける。

「お母さんからの手紙、きちんと返事書いたほうがいいよ」

「そうだな」

 珍しく、素直に頷くことができた。

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