FILE.0〜魂鬼〜
大切な人を失ったとき、人は鬼になる。
鬼と契約を交わした人を“暗鬼”と呼ぶ。そして、鬼を祓うことを生業としている者を“魂鬼”(タマキ)と呼ぶ。
薄暗い路地裏を一人の少女が疾走、否爆走していた。
艶やかな着流しを来ており、手には小刀を持っている。一見不審人物で、警察に通報されかねない。
「現役陸上部って・・・聞いてないし!!あのやろぉ、何がすぐに捕まる、よ!!」
かれこれ2kmほど走っているのだが、追っている相手は一向に疲れる様子を見せない。むしろこちらがわが疲れているのではどうしようもない。
「だぁーもう!!塾帰りに言うんだったら結界くらいはっておけクソジジィー!!」
夜空の満天の星に向かって叫んだ少女の名を、狐童参月と言った。いささか口が悪いようだが、本人は直すつもりは更々ない。
しばらく走ったところの十字路で、参月がはたと立ち止まった。
別に、自分が走らなくてもよくない?
考えが浮かんだ瞬間、参月は十字路を右に曲がった。そして、空に向かって印を書いた。
「えっと・・・なんだっけ?足止めだから・・・あ、“魂鬼、使い魔、金縛り”」
そのころ、参月が追っている相手は橋を歩いていた。少し前から参月の足音が聞こえなくなったため、あきらめたのだろうと思い走るのをやめた。
「ッハ・・・あの女、ずいぶんしつこく付きまとってきたが・・・まあ、これであいつに復讐が出来る」
ニタリと笑って握りこぶしをつくる。その拳が、瞬く間に巨大化し鋼のごとく硬くなる。
これが“暗鬼”。大切な人を失い、鬼と契約を交わした者を称する。暗鬼となった者を外見だけで判断するのはまず無理に等しい。だが、鬼の本性は残忍で破壊願望があるため“暗鬼”となった者の性格が変わることが多い。
最も元々の性格が凶暴ならば変わりなく生活をしているのだが・・・。
「・・・!?何だこれ!?体が動かねえ・・・!!」
“暗鬼”が歩こうとした刹那、橋の下より黒い影が這い上がって来た。一瞬のうちに“暗鬼”の体が、金縛りにあったかのように動かなくなる。
そして、その体は乗っ取られたの様に今来た方角へと逆走していた。
「な、何なんだよ!?」
持ち前の脚力を活かして橋を全力で走っている、否、走らされている。
「いやぁ。ご苦労様やね!!あたしから逃げようなんて百万年早いわ!!」
橋からさらに1kmほど離れたところで、参月が待ち構えていた。多少関西弁の使い方がおかしいが、本人が癖で使っているので気にしないことをお勧めする。
「何なんだよお前!!」
全力疾走で走らされた“暗鬼”が息も絶え絶えに言う。
これは、なんとも仕事が楽でいいわ。
内心これ以上走ると仕事の達成に支障が出ると思っていたので、自分の思い付きを誉めてあげたいくらいだった。
「私?私は・・・“魂鬼”って知ってる?知ってるわよねぇ、最初に鬼から教えてもらったでしょ?」
元来鬼という者は、平安の頃より人の闇に巣食う存在。当時よりその鬼を祓う存在を魂の鬼、“魂鬼”と称し、崇められていた。だが、時代の流れにより大勢いた“魂鬼”も忘れ去られていった。
そして現在、“魂鬼”と名乗る事を許されたのは全国に9人しかいない。
「鬼を・・・祓う存在・・・“魂鬼”」
「だーいせーいかいー。まぁ、知ったとしてもすぐ忘れるけどね!!」
参月が小刀を手に地を蹴る。履いていた下駄が、カランと鳴った。“暗鬼”目指して一直線に小刀を振り下ろす。
『この世に巣食う闇の鬼よ、狐童参月の名においてここに封印せん!暗鬼封囲!!』
“暗鬼”の右肩に小刀を刺し、言霊を唱える。
断末魔の叫び声をあげることも許さず、“暗鬼”を封印する。“魂鬼”に封印された鬼は“暗鬼”から離れ、黄泉の地獄へと落とされる。
参月に刺された“暗鬼”は血を流している様子が全く見られない。
「・・・これにて一件落着、かな?」
肩にずり落ちてきた襟をなおしながら、ポツリと呟く。そして、夜空に向かって大きく背伸びをした。