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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

半径五メートルの世界で

あいつの半径五メートルの世界

作者: 真下地浩也

 ショタなクラルテとルーカス、ロリなノアルがいます。


 ※ルーカスが王子とは思えない変態な言動をしていますが、苦手な方はご注意ください。

 話を始める前に改めて自己紹介をするか。

 まあ、とっくに知ってると思うけど聞いてくれ。

 俺の名前はルーカス・アルツェバルスキー・ハイゼンベルク。

 長いから仲のいいやつにはルカって呼ばせてる。

 ハイゼンベルクって名前の通り、この国の王子様だ。

 やっと学園を卒業したってのに、毎日、毎日、将来のための勉強やらマナーやらで正直めんどくさくて逃げ出したくなる。

 だけど父上よりも怖い従者に見張られてりゃ、逃げ出すこともできない。

 可愛い婚約者のためだと思えばなんとか頑張れるけどさ。

 そういやこの間、初夜が楽しみだっていったら顔を真っ赤にして照れて、それはそれはもう可愛すぎた。

 その場にいたあいつの部下ノアルにぶっ飛ばされそうにならなかったらヤってたな。

 従者には婚前交渉で傷つくのは俺じゃなくてバルミオンだって説教された。

 さすがに今じゃ軽率な考えだったと反省してる。

 それに将来の楽しみだと思ってとっておくのも悪くない。

 まあ俺のことはどうだっていい。

 今回、話したいのは俺の従者、クラルテ・ジャルディーノのことだ。

 あいつと出会ったのは五歳の時だった。




 俺があんまりにも勉強が嫌いで逃げ出すから学友を決めることになった。

 場所は王城の中庭で、立食パーティー形式で行われた。

 でもまだ五歳。

 遊びたい盛りでただただめんどくさかった。 

 父上と俺の元へ次々に親と一緒に挨拶に来る。

 子どもは男なら敵意むき出しで、女ならどうにか俺に気に入ってもらおうとやたら話しかけてくる。

 親は父上に取り入るために必死にご機嫌取り。

 俺がつまらないと思うのも仕方なかった。

 爵位に関係なく王都の貴族を呼び寄せたから人数も多い。

 うんざりしてきた時に俺はクラルテに出会った。

 クラルテはジャルディーノ伯爵の後ろへ隠れるようにして挨拶に来た。

 二人は親子らしく顔立ちは似ているのに、配色が全然違っていた。

 伯爵は深紫色の髪に青みかがった紫色の目に対して、クラルテは灰白色の髪と目をしている。

 灰白色なんて初めて見た。

 日光に当たると雪のように輝いた。

 俺はたちまちクラテルに興味を持った。

「お前、名前は?」

「……クラルテ・ジャルディーノです」

 クラルテ……確か『透明』っていう意味だったか。

 確かにこいつは透明みたいに透き通っている。

「よし!クラルテ、お前に決めた!」

 周りの人間がざわめいた。

 後ろにはまだ挨拶すら終わっていない者達がいる。

 全員に会う前に学友を決めてしまったことにざわめいたのだろうと俺は思った。 

 それが勘違いであることはすぐにわかることなる。

「殿下!いけません!そのような悪魔をお選びになるなんて殿下が呪われたらどうします!」

 醜く肥えた男が唾を吐き散らしながら叫んだ。

 視線がクラルテに集まる。

 悪魔?呪われる?

 一体なんのことだ?

 クラルテは体を縮めて伯爵の服を強く握る。

「オプスキュリテ伯爵は私の息子を侮辱するつもりか?」

「息子などと汚らわしい!そのような悪魔さっさと殺さなけば一体どのような不幸が撒き散らされるかわかったものではない!」   

「我が息子を侮辱するだけではなく傷つけるなど言語道断!ここで焼き尽くしてやろうか!」

「悪魔に魅入られ狂ったか、ジャルディーノ伯爵!」

 二人のいい争いは父上の言葉で中断する。

「そこまでだ。ジャルディーノ伯爵の子息は我が息子のために招いた客人の一人。貴様は彼を侮辱することが我を侮辱することと同じだとわかっておるのか?」

「そのようなつもりは微塵もございません!ただ私は殿下のことを思ったまででして」

「いいわけなどいらぬ!ジャルディーノ伯爵、後で時間をもらえぬか?」

「はい、陛下。行こうか、クラルテ」

 クラルテは暗い顔をしたまま頷いて、その場から離れた。

「父上、悪魔とは呪われるとは一体どういう意味だ?なぜオプスキュリテ伯爵はそんなことをいいだしたんだ?」

「選別が終わったらジャルディーノ伯爵から話があるだろう。それまで待て」

 それからまた挨拶が続いたけど、つまらないなんて思わなかった。

 クラルテのことが気になっていたからだ。

 なぜクラルテがあんなことをいわれなくちゃいけないのか。

 ずっとそればかり考えていた。

 最後の挨拶が終わり、気が緩んだ時だった。

 突然、人の叫び声が辺りに響いた。

 声の辺りでは騎士によく似た格好をした男が警備を担当していた魔術師の前に立っていた。

 魔術師はぐらりとバランスを崩して後ろに倒れる。

 胸に空いた穴から血が流れ、芝を赤く染めた。

「陛下!殿下!ここは危険です!今すぐ城内の方へお逃げ下さい!」 

 近くに待機していた王国騎士が父上と俺を守るように取り囲む。

「招待客は城内の大広間へと避難させよ!賊はここで迎え討て!誰一人取り残すでないぞ!」

 父上は指示を飛ばしながら俺を抱きかかえて、城内へと入る。 

 視界の隅に逃げ惑う人々に突き飛ばされ、ジャルディーノ伯爵とはぐれたクラルテが見えた。

「父上!あそこにクラルテが!」

「ジャルディーノ伯爵が助けるはずだ!心配するな!」

 父上はそういったが俺はそうは思えなかった。

 クラルテは側に人がいなくなった瞬間にその場に崩れ落ちたからだ。

 ジャルディーノ伯爵は向かってくる賊の相手をするので手一杯でクラルテの元へ辿りつけないでいる。

 その間も彼は苦痛の表情を浮かべ、まるで助けるを求めるように宙へ手を伸ばす。

 動けないクラルテは賊にとって的でしかない。

 冷たく光る刃に誰もがクラルテの終わりを思っただろう。

 現実は誰の予想もつかないことが起きた。

 クラルテの半径十メートル以内にいた五人ほどの賊が全員彼と同じように倒れ、苦痛に呻き出したのだ。

 変化はそれだけでは終わらなかった。

 男達は若木が枯れ木に変わるように老いていき、身動き一つ止めた。

 残されたのは動かないクラルテと男だけ。

 ジャルディーノ伯爵は目の前の賊を魔法で焼きつくすと、息子を抱き上げた。

 クラルテは気絶していただけのようで緩やかに胸が上下している。

 残りの賊を騎士と魔術師が殲滅し、事態は収束に向かった。

 暗殺の訓練を受けた大人五人を一度に葬った目に見えぬ魔法。

 どれだけの魔力を持ってして成し遂げたのか。 

 俺は恐怖と期待に震えた。

 


 クラルテが目を覚ましたのはそれから二時間後だった。

 倒れた彼のために父上が客室を一つを貸し与えた。

 聞きたいことがたくさんあった。

 いつからあんな魔法を使えるようになったのか?

 どのくらいの魔力があればあの魔法を使えるのか? 

 あの魔法の属性はなんなのか?

 どれも子どもらしい好奇心からくる疑問だった。

 この世界では魔力は絶対で、魔法は魔力を使った技術だ。

 俺の言葉がクラルテを傷つけるなんて考えもしなかった。

 だから俺はクラルテが目覚めたと聞いた時、止める父上達を無視して客間に飛び込んだ。

 クラルテは寝台の上でぼんやりとした顔で窓の外を見ていたが、俺に気づくと顔を青ざめた。

 そして俺が近づく度に後ずさる。

 変な追いかけっこはすぐに終わった。

 寝台の端について、逃げ場所がなくなったクラルテは白くなった顔で叫んだ。

「それ以上ぼくに近づかないでください!」

 近づくな、なんていわれたのは始めてだった。

 誰もが将来の王である俺に取りすがるのに。

 なんだが気に食わなくて俺はクラルテに近づいた。

「それ以上近づいては殿下が呪われてしまいます!」

「呪われるとはどういう意味だ!ちゃんと説明しろ!」

 クラルテを見下ろして怒鳴りつけた。 

 しばらくして諦めたように口を開いた。

「ぼくは魔力がないから他の人から魔力をもらって生きてます。だからいつも誰かに側にいてもらわないといけないんです」

 魔力がない!?

 そんな世界の常識を覆すことだ!?

 だがそれがどうして呪うことになるのだろうか?

「さっきの庭での出来事を見たでしょう?側に誰もいなくなった時にぼくは無意識に側にいる生き物の魔力を全て奪って……“殺す”んです」

 俺は絶句した。

 あんな強い力が魔法によるものではなく、クラルテ自身が持つ能力のおかげだったことを知ったから。

「今回が初めてじゃないんです。ぼくは今まで何人も何人も殺してきました」

 クラルテは止まらない。

 自分が犯した罪を懺悔する罪人のように続ける。

「人の命を奪ってまで生きるぼくは本当に浅ましい人間です。いや人間じゃないのかもしれません。こんなぼくなんて死ねばいい」

 乾いた音が部屋に響いた。

 俺に頬を打たれたクラルテは呆然とした顔で俺を見上げる。

「死ねばいいなんていうな!」

 当然のことのように死ぬなんていうクラルテに腸が煮えくり返りそうだった。

 こいつは命をなんだと思ってるんだ! 

 生きたくても病気や貧しさのせいで生きられない人だったいるのに!

「だって、だって……ぼくなんか生きてる意味ないんですよ!ぼくが死んだって誰も困らないんですから!」

 クラルテは両目からボロボロと涙を流す。

 悲痛な叫びはそれまで彼が誰にもいえずに心の中に閉じこめていた感情なんだろう。

「俺が困る!俺は一緒に学ぶ相手にお前を選んだ!それにさっきだって俺や父上、他のやつらもお前に助けられたんだぞ!」

 クラルテは驚いたように目を瞬かせる。

「確かにお前の力は人を殺す!でもな、その力で助けられる人だっているんだぞ!それなのにお前は死にたいっていうのか!?」

 人を殺すことは罪だけど、今日の賊みたいに殺すしかない状況とか、罪を重ねすぎてどうしようもない人だっている。

 確か必要悪っていうんだったか。

 多くの人が平和に暮らすためには悪人を裁く断罪人が必要だ。

「……ぼくの力は人を助けることもできますか?」

「ああ。力を上手く使えるようになれば今よりももっとたくさんの人を助けられる」

 クラルテはぎゅっとシーツを握りしめた。

 深いしわがいくつも広がる。

「ぼくは……ぼくは、生きてもいいんですか?」

「当たり前だろ」

 即答してやるとクラルテは赤ん坊のように声を上げて泣きだした。

 そんなに激しく泣くとは思わなかったから、どう接したらいいのか、さっぱりわからない。

 さらに騒ぎを聞きつけた父上とジャルディーノ伯爵達が部屋に駆け込んできて、さらに大きな騒ぎになった。

 その後、大人の話し合いってやつでクラルテが俺の従者になることになった。

 ジャルディーノ伯爵の心底嫌そうな顔は今でも覚えてる。




 それから五年後。

 クラルテが貧民街で一人の子どもを拾ってきた。

 年は俺達が初めて会った時と同じ五歳。

 瞳も目も真っ黒で、肌はミルク色をしている。

 だがそれだけではない。

 彼が拾ってきたのは魔術師三人分もの魔力を持つ子どもだった。

 魔術師一人で庶民の大人五人分ほどの魔力を持つのだから、どれだけ多くの魔力を持っているかがわかる。

 俺達よりも頭一つ小さく、強く握ったら折れそうなくらい華奢な体のどこにそんな魔力があるのか、不思議で仕方ない。

 大方、魔力補充のために拾ってきたのだろう。

 クラルテは魔術師達による特殊な訓練を受け、能力をさらに強化した。

 そしてその能力を使って国の暗部の一員になり、脅威になる存在を排除している。

「しかしノアルもよくお前に懐いたな。俺には全然寄り付かねえってのに」

 『(ノアル)』。それが子どもの名前だ。

 名付け親はクラルテ。

 わかりやすい名前だが、そのまま過ぎて可哀想でもある。

 女なんだし、もっと可愛い名前をつけてやればいいのに、と何度か思った。

「人徳の差じゃないですか?」

 あんなに可愛いかったくせに今ではつんと澄ましたいい性格のやつになっている。

 月日の流れって恐ろしいな。

「お前、喧嘩売ってんのか?」

「いえいえ冗談です。私も不思議なんですよ。たいていの人間は本能的に私を避けますから」

 クラルテのいう通り、人は本能的に避ける。

 子どもは特に本能が強いからか、寄りつきもしないし、下手したら泣かれる。

 死にはしねえんだから少しくらいこいつに分けてやればいいのに。

「お前に魔力をとられても問題ないからか?」

「そうかもしれません」

 適当なことをいえば適当な答えが帰ってきた。

 こいつ自身、わかってないのかもしれないな。

 満面の笑みを浮かべたノアルが俺達の元へ駆け寄ってきた。

「クラ様!ルカ様!見てください!ミオン様が花冠を作ってくださいました!」

 小さな腕を精一杯伸ばして見せつけてきたのはクローバーで出来た花冠だった。

 白い花と緑の葉の色の組み合わせが綺麗だ。

 丁寧に編まれたそれは子どもが作ったにしては上手だ。

 どうやら俺の婚約者のバルミオンが作ったらしい。

「とても可愛らしいですね。ノアルによく似合ってますよ」

 クラルテは頬を緩めて、ノアルの頭を撫でた。

 ノアルは頬を染めながら嬉しそうに笑う。

 まだ気づいていないがノアルといる時、自然な笑顔を見せることが多い。

 それだけ気を許しているということだろう。

 年の離れた妹のように思ってるのかもしれない。

「おー、馬子にも衣装だな」

「ルカ様はほんっと失礼ですよね!クラ様を見習ってください!」

 せっかく褒めてやったのにノアルは不満げに頬を膨らませた。

 そんな俺達のやり取りにバルミオンも笑っていた。

 少し遠出をした花畑でのこの記憶は、思い出す度に穏やかな気持ちになる。




 それから八年後。   

 俺達はハイゼンベルク王国魔法学園に入学し、後数ヶ月で卒業という時期だった。

 俺は男爵令嬢のローズ・クォーツェルトに惚れこんでいた。

 学園は全寮制で、二人一部屋。

 その日は俺とクラルテへ割り当てられた部屋にバルミオンとノアルが来ていた。

 本来、男子寮に女が来ることは禁止されているが、事前申告すれば身内と婚約者と従者に限り入寮が許可されている。

 話は耳が痛くなるほど聞いたローズとの関係をやめろというもの。  

 さすがにうんざりしていた俺は苛立ちを隠せなかった。

「……話はそれだけか?」

 バルミオンが話し終えたところを見計らって俺はいった。

「ええ。考え直していただけたかしら」

 バルミオンの鋭い視線が俺を貫く。

 勝ち気な顔はいつだって同じだ。

「ああ。その顔を二度と俺に見せるな」

 俺の言葉にバルミオンは顔を引きつらせた。

「それはどういう意味ですの?」

 バルミオンは何もわからないというように目を瞬かせる。

「……わからないか?俺よりも賢いお前がわからないというのか!?俺は二度とお前に会いたくないといっているのだ!」

 俺はテーブルに怒りを叩きつける。

 テーブル上に乗っていたカップがこぼれ、紅茶が広がった。

「……わかりましたわ。失礼させていただきます」

 バルミオンは唇をきつく噛み締めて、部屋を出ていった。

「ルカ様、なんてことをいうのですか!ミオン様はルカ様のことを思っていったんですよ!」

 ノアルが俺に噛みついてきた。

 こいつはなぜかバルミオンに懐き、ローズを敵視している。

 ローズはバルミオンと違って国王としての自覚が足りないとかうるさくいわない。

 ローズは今の俺のままでいいといってくれる。

「お前に何がわかる!」

 俺はノアルを怒鳴りつけた。

 だがそれで怯むようなやつじゃない。

「ミオン様は弱音も吐かずに頑張ってるのに、やることから逃げて他の女に現を抜かす人の気持ちなんてわかりませんよ!」

 ノアルは絶句する俺を無視して続ける。

「婚約破棄でもなんでもすればいいんですよ!今のルカ様にミオン様はもったいないですから!」

 ノアルは冷めた目で俺を見て部屋から出て行った。

 残されたクラルテが口を開く。

「はっきりといわれてしまいましたね。これからどうします?」

「……お前はどう思う?」

 クラテルは少し考える素振りを見せてから口を開いた。

「私としてはどちらでもいいです。選ぶのはルカですから。ただ一言いわせていただくならノアルのいう通りだと思いますよ」

「……バルミオンを探してくる」

「お供させていただきます」

 俺が席を立つとクラルテは当然のように後ろをついてきた。



 バルミオンとノアルはあまり人の来ない裏庭にいた。

 二人で寄り添ってベンチに座っている。

「バルミオン!」

 名前を呼ぶとバルミオンはびくりと肩を震わせた。

 彼女を庇うようにノアルが前に立つ。

「何しに来たんですか?」

 ノアルの目に映るのは怒り。

 怒るのも当然だ。

 俺はバルミオンが努力していることを知っていた。

 だが見て見ぬふりをして逃げた。

 彼女の忠告もうるさいと耳を塞いでいた。

 本当はずっと自分に自信がなかったんだ。

 賢王といわれる父に俺がなれるのかずっと不安で、でも誰にもいえなくて。

 なのにバルミオンはなんでもないことのように俺の上をいくから、ますます自信がなくなっていった。

 そんな時、声をかけてくれたのがローズだった。

 ローズは今の俺のままでいいといってくれた。

 だがそれでは駄目だとノアルの言葉で気づいた。

 俺は将来、国王となる存在だ。

 なのに今の俺は国王として必要なものを何一つ持ってない。

 現状に満足することは甘えでしかない。

 バルミオンはそれをずっと教えようとしてくれていた。 

 彼女も王妃教育で辛い日があっただろう。

 そんな素振りを誰にも見せなかったのは、逃げなかったのは、自らのプライドが許さなかったからだろう。

 皆の上に立てるほどに崇高で、自分の弱さに負けぬほど強く、相手を思いやる美しい心は貴族をまとめ、王を支える王妃に相応しいものである。

 いつの間にバルミオンはそのような心を持っていたのだろうか。

「全部俺が悪かった」

 バルミオンが驚いたように目を見開いた。

 俺が頭を下げたのは数えるほどしかないからな。

 心の中で苦笑する。

「頭を上げてください」

 顔をあげると今にも泣きそうなほど涙を溜めたバルミオンが俺を見上げていた。

 彼女のそんな顔を初めて見る。

「殿下が他の女性を好きになったのは私に魅力がなかったからです」

「そんなことありません!全部人を見る目のないこのバカ殿下が悪いんですよ!」

 ノアルが叫ぶ。

 お前、今俺のことをバカっていいやがったな。

 他の連中が聞いてたら不敬罪で牢屋入りだぞ。

「もう遅いですが私は殿下を慕っておりました。ですから、ですから……クォーツェルト様とお幸せになってください」

 ついにバルミオンの瞳から涙が零れ落ちた。

 同時に俺は恋に落ちた。

 バルミオンは俺がローズに入れこんでる間もずっと想ってくれていた。

 それなのに俺のために身を引こうと考えている。

 権力や身分とか関係なく一途な気持ち。

「……ノアルのいう通りだな」

 俺は馬鹿だった。

 今さら気づくなんて、本当に人を見る目がないのかもしれない。

 距離を詰め、ノアルを押しのけてバルミオンの前に立つ。

「バルミオン・ルトスミニ」

「……はい」

 声が少し震え、頬が涙で濡れていた。

 それでも気丈に俺を見上げてくる。 

 なんて、なんて気高く強く美しい女なのだろうか。

 彼女の前に跪き、手を差し出して俺はいった。

「今一度、俺の婚約者になってほしい」

 バルミオンは何度も瞬く。

 まるで夢だというように。 

「わ、わたくしでよろしいんですか?」

「ああ、お前がいい。お前じゃないと嫌だ」

 子どものようないい方になってしまった。

 でも俺らしい。

 ローズに抱いた気持ちとは全く違う。

 バルミオンは誰にも譲らないと強く思った。

「わたくしを選んでくださってありがとうございます」

 俺の手を取ったバルミオンは泣きながら花が咲くように笑った。

 涙が光に反射してきらきらと輝く。

 ああ、なんて綺麗なんだろう。

 立ち上がりバルミオンの頬を伝う涙を舐めとろうとして、頬をぶたれた。

「うぐっ!?」

 それほど大した衝撃ではなかったが、不意打ちだったから避けられなかった。

「いきなり何しようとしてんですか!?このバカエロ変態殿下!」 

 犯人ノアルは威嚇する子猫のように叫ぶ。

 何をするとはこっちの台詞だ。

 お前の方こそ空気読めよ。

「ルカ様、自重してください」

 クラルテまでいうのか。

「仕方ない。次の機会にしよう」

 そういうともう一度ノアルが飛びかかってきた。

 今度は見えたから避ける。

「なんで避けるんですか!このエロ殿下!」 

 ノアルは悔しそうに俺を睨みつけた。

「そうそう何度も同じ手を食らうかっての」

 ちらりとバルミオンを見ればおかしそうに笑っていた。

 そういえば彼女の笑顔を見たのはいつ振りだったか。 

『よかったですね、ルカ』

 クラテルが声を消して、口だけでそういった。

『ノアルのおかげだ』

 俺も同じように返した。

 笑顔を見ながら考える。

 さて、俺とバルミオンを引き裂きこうとしたあの女をどうしてやろうか、と。  




 この後の話?

 お前も知ってんだろ?

 父上の許可をとってクラルテが全部終わらせたんだ。

 あの女は俺だけじゃなくて他のやつらにも手を出してたからな。  

 実はあの女は禁止されてる催淫魔法を使って、俺達を惚れさせてたらしい。

 俺はバルミオン達のおかげで正気を取り戻せたけど、他のやつらは手遅れだった。

 クラルテには嫌な仕事をさせてしまったな。

 今度、休暇でもやるか。

 ノアルとセットでな。

 なんで二人が一緒かって?

 あいつを一人で休ませると家で仕事すんだよ。

 なんのための休みかわかってないだろ。

 ノアルと一緒なら仕事なんてできないだろうし。

 それにノアルも頑張ってるしな。

 俺とバルミオンのお返しだ。

 クラルテが鈍感すぎて、いつになるかわからないけどな。

 あいつらの子どもってどんなのが生まれてくるんだ?

 クラルテと同じか?

 それともノアルと同じか?

 意外に普通のやつか?

 今から楽しみだ。

 俺の子は最初は娘で次が息子だな。

 娘は俺やクラルテよりも強いやつじゃないと許さない。

 息子はクラルテに鍛えてもらうつもりだ。

 あいつは魔法が使えない分、体術やら武器の使い方が騎士よりも上手いんだぜ?

 この間騎士団の組手訓練に参加した時なんて、騎士三人を軽くあしらいやがった。

 おかげて騎士団長がキレてたな。騎士達に。

 ん?ああ、もうこんな時間か。

 お前と話してると時間があっという間に過ぎるよ。

 じゃあ、またな。

 元気にしてろよ、俺の弟(ルミエール)。 

 ノアルのルーカスへ対しての暴言は親しみの現れです(笑)。

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