3-3.死神
背後から透き通るような声が聞こえた。
でも、たぶん俺に向けた声じゃないだろう。しかし振り向かずにはいかなかった。
振り返ると人ごみに紛れて一人の少女が俺に向き合うように立っていた。
少女の背はあまり高くなく、往来が激しい人の隙間から所々姿が見え隠れする。
さっき聞こえた声は俺に向けられたものじゃないだろうし、
少女がじっとして動かずに俺を見ているのも何かの偶然だろう。
それでも俺は淡い期待にその場に立ち尽くした。
信号が赤に変わる。
目の前に俺と少女を遮るものはなくなり、少女はゆっくりと確実に俺へ向かって歩いてくる。
長く腰か膝まで伸びた黒い髪。
まだ十代だろうか、白に薄いピンクで花の模様がはいったワンピースが可愛い。
そして赤い眼鏡の似合う少女は俺の目の前で歩みを止めた。
「あ、あの~」
少女はかなり緊張しているようだ。少しどもりながら俺に話しかけてくる。
「え? 俺の姿が見えるの? わかるの!?」
「あ、はい。大丈夫です、ちゃんと見えてます……」
その言葉に俺の心は躍りだした。もしかしたら俺はまだ完全に死んでないんじゃないか?
街の人に無視され続けたのは何かの偶然や間違いだったんじゃないか?
俺は嬉しさのあまり少女に飛びつきそうになったが、
「よいしょ、よいしょ」
少女は何やら長い棒を一生懸命取り出している。
それは実家で見たことある長さが調節できる物干し竿と似たようなものだった。
少女はせっせと棒を伸ばし終わると、地面に立て、倒れないように身体で支えている。
棒の長さは俺の身長と同じくらい、170センチほどだ。
「あのー何してんの?」
「あ、すいません。この仕事初めてなんで……。ご迷惑をお掛けします……」
少女は深々とお辞儀をし、改めて俺に向かいあった。
「え、えーと。本当にお一人なんですね?」
「ああ……そうだけど」
俺の返答に、少女の顔がぱあっと明るくなる。
やった、やったと、声には出さないが、そんな心の声が聞こえてきそうだ。
「あ~よかった~。なら、すぐ済ませますので、動かないでくださいね」
「へ?」
少女が物干し竿のような棒を振り上げる。
一番高く振り上げた瞬間、棒の先には青白いガスバーナーのような炎が集まっていく。
瞬時にその炎は形を変え、青白い炎の鎌を作り出した。
「せーの!」
「ちょちょちょっ待ってー!」
少女の一声と共に鎌が振り下ろされる。
少女の力が乏しかったのか、振り下ろされる鎌にはあまりスピードが無く、
俺はギリギリのところで車道へと飛び込んだ。
「あべっ」
急に車道へ飛び込んだせいで、俺は車に轢かれてボンネットの上に転がり込んだ。