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弦月の夜  作者: ムニプニ
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第一章 中編

どうしてこうなった

 一度踏ん切りがつけば行動は早い。数少ない僕の美徳でもあるが、裏を返せば踏ん切りがつかず、迷っている間はダメダメなのである。しかし迷わない人生なんてどこにあるんだろうか。少なくとも僕は知らない。つまり僕は大抵ダメダメなのである。

 うらびれたビルの非常階段は大抵外についている。当然ながら鍵がかかっているのだが、それで安心しているのか、それとも予算がないのか、監視カメラや警報などはなかったりするのだ。そしてボロい非常階段の柵はそんなに高くない。

 手頃なビルは直ぐに見つかった。ボロくて柵の低い非常階段。僕はカバンを柵の中へ放り込んで柵をよじ登る。運動不足のせいか、上手く上がれない。昔はこれでも懸垂得意だったんだけどな。無理やりに反動で柵を乗り越えたら、顔から落ちかけた。咄嗟に手を付いたら少し擦りむいてしまった。なんだか恥ずかしくて、一人で悪態を吐きながら上へと向かう。向かうところはただ一つだ。屋上だ。屋上である。バカは高いところが好きなんだ。

 幸い、というか上る前にちゃんと見ていたんだけど、非常階段は屋上まで続いていた。そして、屋上には貯水槽がポツンとあるだけで広々と真っ平らだった。このご時世、セキュリティ大丈夫なのかとても不安になる。ま、不法侵入している僕がいうことではないだろうけれど。優等生ではなかったけど、それなりに真面目な生き方をしてきた僕としてはやっぱり不法侵入は心苦しい。夜中の高校に忍び込んで友達と駄弁るのとはわけが違う。でも、屋上で思う存分休みたいだけだからやっていることは大差ない気もする。カバンを下ろして一息を吐く。とにかくこれでしばらくはのんびりできる。少なくとも夜明けまでは。警備員が来たらどうしようか。その時考えよう。我ながら大胆な行動ではあるが、疲労と高揚感と虚無感がそうさせるんだろう。つまりはもうどうにでもなれ、ということである。僕は疲れたんだ。でも世間体は気になるから、ほどほどにどうにでもなれ。

 そうして僕は屋上に横になった。埃っぽいコンクリートはとても冷たかった。このまま眠ってしまったら凍死してしまうのだろうか。正直、それも悪くないと思った。何も考えずに、ただ空を眺めていたかった。その夜、空はとても暗かった。視力が落ちたのか、空気が悪いのか、星なんてほとんど見えやしない。月もなんだか細くて頼りない。頼りないけど、それなりに明るい。新月じゃなくて本当に良かった。夜まで暗かったら僕はどうすればいいんだ。

 空を見ているのは好きだった。昔から、無意味に空を見上げていた。なぜなのかは自分でもよく解っていない。首が痛くなるまで見上げていた。横になるとその心配がなくなるから楽でいい。とにかく空が好きだった。半ば眠ったように思考を止めて空を見上げるのが好きだった。いつまでもいつまでも、ぼーっと眺めていたかった。

 だから、なのだろうか。それともそういうものだろうか。

 ぬるりと、眼前に挿入されたものがなんなのか解らなかった。

 たっぷり三十秒呼吸が止まった。卵型の整った輪郭、薄い唇は桜色、鼻梁は涼しげ、肌は冷たいまでの白、降りかかる髪は艶やかな黒。長い睫毛に縁どられた切れ長な亀裂。それが閉じられた目だと気付いた瞬間に心臓が跳ねだした。

 それは美しい少女の顔であった。認識と同時に、思考が浮上する。血が沸き立つ。嫌な汗が噴き出したのを感じた。呼吸はできない。胸が重苦しい。だって、少女が胸の上に座っているのだから。少女の顔との距離は二センチもない。互いの息がかかる距離だ。だが、僕達の間に呼吸はない。僕は息を殺していた。

 ひたり、と首に冷たいものが触れた。冷たくて鋭い、刃物のようなもの。それは少女の手だった。見えはしない。見なくても解るほど感覚が研ぎ澄まされていた。細い指が僕の首を這い回る。気管、声帯、甲状腺、それから静脈と、動脈。少女の指が動脈を捉えて、止まった。僕は呼吸ができない。首に感覚が集中していく。少女の指の冷たさが、僕の肌の生ぬるさが、僕の感覚を塗り潰していく。少女の指が再び動き出す。ゆっくりと掌が押し当てられた。その冷たさは病的だ。ゆっくりと手が、僕の首に絡みつく。蛇に丸呑みにされている気分だ。だとすれば僕が動けないのは毒のせいか。

「お兄さん、面白いね」

 声が聞こえた。誰の声だろうか、この声は。顔に熱いものがかかった。これは呼気だ。ということは、この声の主は彼女なのだろうか。

「ちょっとからかっちゃったよ」

 首に絡みついていた手が退けられた。少女の顔が遠のいていく。空には月が鈍く光っていた。ようやく僕は息が吸える。一体どれほど止めていたのか。途方もない時間だった気がする。だが、一瞬だった気もする。だって僕は生きているから。

「ここは私の世界なんだけど、どうやって入ったの?」

 呼吸を整えていると、少女はそういった。不法侵入とは言えず、言葉を探す。とりあえず、歩いてきたとだけ答えた。嘘ではない。すると少女はへえ、とだけいって少女は僕の隣に座った。

「そういえば今日は弦月だったね。良い月だね。とても綺麗だよ」

 そうだろうか。僕には仄暗いだけに思える。そう言うと少女は、月は眩しすぎるからと言った。言われてみればそんな気もする。かといってなかったら寂しい。

「ところでお兄さん。早く帰ったほうがいいよ。ここにいてはいけないよ」

 そうはいっても終電がないんだ。時刻はもう泣く子も眠る丑三つ時だった。泣く子じゃなくたって眠っている。草木も眠っている。

「終電、ね。ふーん、じゃあ暇なんだね」

 とりあえずあと二時間くらいはそういうことになる。そう答えたら、少女は楽しそうに笑った。

「お兄さん面白いね。もっと普通の言い方ができないのかな」

 申し訳ないがこれで普通なんだ。少女は、個性的なんだねと笑っていた。うけていた。フォローはしてくれないらしい。悲しいね。

「お兄さん、私とお話をしようよ。どうせ帰れなくて暇なんでしょ。少しの間だけでいいから」

 浪人生だから勉強する以外には暇なのである。そんなことよりこんな時間に女の子が出歩いていいのだろうか。でも、もしかするとこのビルに住んでいるのかもしれない。訊ねてみると、そんなところだよと言っていた。なら、安心だ。とりあえず通報はされないみたいだし。

「さあ、お話をしよう。私は人とお話をするのが大好きなんだ」

 話すといっても僕にはそれほど引き出しがあるわけじゃないんだ。

「それほど、ということはゼロじゃないんでしょう」

 意地悪を言わないでおくれよ。

「じゃあ、お兄さんの趣味はなに。他愛も無い話でいいよ」

 それで僕は本が好きだと答えた。本が好きでしかたない、そう答えたんだ。すると彼女は少し不満そうにこういった。

「本なんてつまないじゃない。だって、あれは死んだ言葉だよ。そこにあるだけで、止まっている。お話と違って、つまらないよ。退屈で眠くなっちゃう」

 それってつまり本を読むのが苦手ということじゃないか。年相応に子供らしい。すると少女は更に不満そうにいうのだ。

「どうせなら生きているとお話したいな。書いた人と直接話せばいいじゃない」

 確かに直接語り合うのは有意義だけど、それができない人の方が多い。だが、それ以外にもいいところはあるんだよ。

「じゃあ教えてよ。何がどう面白いの」

 そう言われれば僕は語るほかない。思う存分語ろうじゃないか。

 明るい物語がいいだろうか。少女に似合うような、楽しい物語の話をしよう。できるだけ彼女が楽しめるように頑張ろう。そうして僕は語りだす。物語の醍醐味は、文字で全てを語り尽くすことではない。文字で五感を塗り替えることであり、その裏に心を忍ばせることである。尤も僕の言葉では全く物足りないであろうが、今はこれで許してもらおう。

「お兄さんは本当に本が好きなんですね」少女がクツクツと笑っていた。「とても楽しそうに語るものだから、ね」

 少しでも楽しんでいたらけたら幸いだ。

「そこまで言うなら私も何か読んでみようかな。時間はあるんだ。とてもいっぱいあるんだ」

 感慨深げに少女は言葉を噛み締めていた。僕はなんだか間を作るのが嫌で、さっきからずっと気になっていたことを口にした。

ところで君はどうして目を閉じているのかな。

「私はこういう目なんだよ」

 なるほど超絶糸目さんなのか。素直な感想を口にすれば、その呼び方は気に入らなかったらしく、無言だった。

 しばしの沈黙。僕は少女の横顔を見ていた。整った顔立ち、驚く程白い肌、吸い込まれるような黒髪。少女はとても美しかった。僕を這い回った指の感触が未だに残っている。その感触が焼きついている。その指の冷たさがとても懐かしい。もう一度、その手に触れたいと願っている自分がいた。

 驚くべき変化である。僕と彼女はわずかな時間しか共有していなかったのに、僕の何かに深く絡みついてくる。それは非常にまずい。こんな年端もいかない少女に手を出せば僕は犯罪者だ。それはまずい。だから、僕は逃げ出すことに決めた。やましいことならもうこれ以上ないほどあるんだ。

 僕が立ち上がると少女は柔らかく口角を緩めた。寂しくて上手く笑えない。そんな表情に見えて、僕の心臓が跳ねた。いったいどんな毒を打ち込まれたのだろう。心臓が内側から腐り落ちるように痛む。

「ああ、長居しちゃいけないって私が言ったんだったね。楽しくてついお話しすぎちゃった。バイバイ、お兄さん。もう二度と会うことはないと思うけど」

 その言葉を聞いた時に僕の中で何かが終わった。終わってしまった。体が何かに弾かれる。少女の矮躯を押し倒した。その首に手をかける。ゆっくりと少女の首に指を食い込ませる。

「優しく、してね」

 少女は笑っていた。とても穏やかに、微笑みをたたえていた。その顔がとても美しかったから、僕は指を食い込ませた。

 いったいどれほどそうしていたのだろう。気がつけば少女の息絶えていた。手を離すと指が痛い。喉にはしっかりと痣がついていた。僕の手形が出来上がっていた。その歪な色と肌の白さがどこか愛らしい。こんなに美しいのだ。きっと中も綺麗なんだ。綺麗に違いない。だってこんなに綺麗なんだもん。見たい。見たい見たい見たい見たい見たい。見たくて見たくて仕方ないんだ。お願いだ見せてくれ。見ておくれよ。

 僕は絶叫していた。絶叫して、カバンをぶちまけた。参考書と文房具が散乱する。その中から薄汚れたカッターナイフを見つけ出した。見れないなら勝手に見ればいい。誰に憚る必要があるんだ。文句を言う本人はもう口を開かない。忌避感なんて今更だ。僕はもう踏み越えてしまった。構うものか。僕は彼女の中身が見たいだけなんだ。カッターナイフしかない。人の肌と肉、そして骨はカッターナイフじゃうまく切れやしない。でも、これしかないんだ。普通なら諦めるんだろう。もしくは道具を買いに行く。

 だが、僕には技術がある。


黒髪ロングの女の子とシニカルな会話劇を計画したんだ。いっぱい内容考えたんだ。疲れてたのか、主人公が独り歩きし出しちゃった。

かなりダレたので多分受験が終わったらちゃんとした会話劇に生まれ変わります。ごめんなさい。

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