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弦月の夜  作者: ムニプニ
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第一章 前編

掌編を書いていたはずだった。気がついたら短編になっていた。気がついたら中編に。瞬きしたら長編に。そしてなぜか序章のつもりがまだ終わってない。

 浪人生の冬、僕は歩いていた。

都会の冬は思ったより寒い。うちの田舎と違って湿気がないせいか骨身にしみる。動く度に肌が突っ張って裂けやしないか不安になる。だが火照った体にはこれくらいが丁度いい。数時間前まで入試だった。茹だった頭が冷やされていく。肺から熱気が抜けていく。深呼吸すると肺がキシキシと痛む。生きている感じがして嫌いじゃない。

 都会の夜は思ったより暗い。考えてみれば当たり前で、そこらじゅうネオンライトが輝いていたらエネルギーの浪費だ。住宅街なんてうちの田舎と大差はなく街灯がポツポツとついているだけだ。そのくせ、空はやけに狭い。空気が違うのか、それともやっぱり光は多いのか。晴れているくせに夜空が近い。月も暗いし星も見えない。星が見えないのは僕の視力が落ちただけかもしれないけど。田舎にいた頃は滅多に晴れない代わりに、夜空は広くて遠かった。これじゃ天井じゃないか。

 虚しくなって地面を見つめる。綺麗に舗装された道があった。ハンマーで砕いてしまいたかった。気持ちはいいだろうが、きっと虚しい。溜息を吐いて前を向く。結局、僕は前に進むしかないのだろう。だからというわけではないのだけれど、当て所もなく歩いている。本当は道に迷っただけである。残念ながら方向音痴は父親の遺伝だ。熱に浮かされて、人混みで電車に乗るのが嫌だったから歩いていたら道に迷った。都会は線路が多い。線路沿いに歩けば帰れる田舎とは大違いだ。そして僕の使う電車は地下鉄だった。不覚だ。たぶん疲れていたんだと思う。あるいはどうでもよかったのかもしれない。どちらにしても大差はない。幸い散歩は好きだ。浪人してからというもの寮生活で門限だったり、勉強だったりで運動不足だし丁度いいじゃないか。

 しかし困ったことにもうすぐ日付が変わる。寮の門限はとっくに過ぎていた。そもそも現在位置がどこかわからない。仕方ないね、方向音痴だから。幸運なことに、住んでいる寮より西側ということは解る。だって入試会場が西側で、やけに遠かったから。不運なことに、だからどうしたという状態である。悲しいね、方向音痴。ところで、僕には人に自慢できることがある。方向感覚だ。スタート地点の座標を決めてしまえばどれだけ移動してもゴールに着くまではそのスタート地点の位置を把握できる。コツがあるんだ。自分の歩く速度、曲がった回数と角度、流れた時間、あと空の模様。太陽、月に星、それだけじゃなくて雲の形。だいたいそれだけあればスタート地点は把握できる。だがこの特技には一つだけ致命的な欠点がある。結局、ゴール地点は解らないのだ。ゴールを確認せずに方向だけ決めたら見切り発車するのが原因な気もするけど、考えないようにしよう。自慢じゃないが、僕はどれだけ道に迷っても最後にはいつも目的地にたどり着いてきた。本当に自慢になりやしない。方向感覚の優れた方向音痴ってどうなんだろうね。人生の道半ば、花の夢追い人こと浪人生です。

 歩けども歩けども見慣れた景色は見えてこない。流石に疲れてきた。ひどく時間を浪費している気もしてきた。入試の後くらい別にいい気もするけど。電車に乗ろうにも、どう乗り換えればいいか解らない。文明の利器ことケータイは電池切れだった。肝心な時に役に立たない。尤もスマホじゃないから元々そんなに役に立たない。そしてそもそも最寄駅が解らない。

 カバンが重い。肩が痛い。僕はあれもこれも詰め込みすぎる。切り捨てられない荷物が多すぎる。手ぶらで走り出せたらどんなに楽だろうか。もう考えるべきこともない。とういうか思考が死んできた。どこかで休みたい。冷静に考えて、歩ける距離じゃない気がしてきた。そりゃフルマラソンよりは短いけど、僕は長距離の選手でもなんでもなければ、文字通りお荷物を背負っているんだ。しかも肩掛けタイプ。よし休もう。どこか適当な場所で休もう。

 目的を決めてしまえば行動は早い。数少ない取り柄の一つである。僕は立ち止まり辺りを見回す。辺りは住宅街の終わり、背の低いうらびれたビルがポツポツと現れ始めていた。残念ながら都会といってもこの辺はほとんどうちの田舎と変わらない。つまりスタバもなければコンビニもない。あったとしてもスタバはこの時間もうしまっているけど。というわけで休める場所はなかった、もうやだおうち帰りたい。全部投げ出して地面に倒れたい。でもそんなことをしてるとお巡りさんがやってきそうだ。最近は気軽に子供に道も尋ねられない時代だ。住宅街の近くで倒れてたらなんて言われるやら。しかも僕は無職である。浪人生は学生だが無職でもある。フリーターですらない。変質者あつかいされた日には社会的な破滅の未来しか見えない。流石にそれは言い過ぎだとしても、受験はもう少し続くので勘弁願いたい。

 僕はとりあえずカバンを下ろした。ぐわんぐわんと肩を回して筋肉をほぐす。足もパンパンだ。寒いにもかかわらず、ぐっしょりとシャツが濡れてとても気持ちが悪い。熱に浮かされるような感覚はもうなく、嫌な具合に身体は冷えている。僕の体感では十キロぐらいは歩いた気がする。気がするだけかもしれない。

 そして僕はいい事を思いついた。いい事、というのはあくまでこの時の僕にとってであり、当時の僕にはそれこそ最上の選択に思えたわけだが、きっと疲れていたのだろう。馬鹿だった、若くもないくせに。

 僕は人生で初めて不法侵入することにした。


ところで、私事ですが、火曜日に国立の入試です。何やってんでしょうね。

序章の予定だった第一章ですが、とりあえず前編です。書き終わってるんで、予約でそのうち上がります。そのあとは受験終わってから考えます。

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