ゴミ拾い少女は隣町の番長と勝負するようです。
ピロンと携帯が鳴った。洗い物の手を止めてタオルで手を拭き、テーブルに置いてあった携帯を見ると『新着メール 1件』の文字。
送り主は涼さんだった。涼さんとは知り合って以来こまめにメールをするように自然となった。私とのメールは良いストレス解消になるらしく、頻度は3日に1度程度。ちなみに他の子分さんとは数人としかメールしていない。何故なら全員にメアドを教えたら『新着メール 131件』という恐ろしいことになってほとんど着信拒否してしまったから。返事がすぐ来なくても5分くらいは待って欲しい。
それはさておき今日はどんな愚痴だろうと軽く考えてカチッと開くと、それはいつもとは違った内容だった。
件名 お願い
多分これから子分の誰かが来てくれってメールしてくるだろうけど無視して。無視が嫌なら風邪ひいたとかなんでもいいから嘘ついて。理由は全部終わってから話すから返信はしないで
よほど急いでうったのか、涼さんにしては珍しく絵文字も顔文字もない、短くてシンプルな文面だった。
何だろうと頭を捻っているとさっそく子分さんからメールが来た。子分さんBからだ。何だか怖くなりながらも一応開いてみる。
件名 大変です!
姐さん大変です!アイツが来てチョー大変なんです!俺姐さんが居ないから涙止まんなくて大変ですよ!桜田公園に今すぐ来て下さい!!!!
とりあえずすごく大変なのは分かった。でも落ち着いて。
「ど…どうすればいいんだろ…」
対応に困り、携帯を手に意味もなく右往左往してしまう。
子分さんがこれだけ言ってるんだからきっと現在進行形で大変なのは確かだろうけど、涼さんが返事するなって言ってるし。でも私仮にも番長なのに。姐さんなのに。
落ち着きなくテーブルの周りをぐるぐると回りながら今のメールと涼さんのメールを交互に見ながら考えていると、はっと気付いた。
様子見だ。場所は分かったんだから隠れて状況把握して、本当に大変そうなら出ればいいんだ。ナイスアイデア私、番長ももしかしたら板について来たのかもしれない。
それで行こうと思い、涼さんのアドバイス通りに風邪をひいた事をメールに打ち込んだ。
件名 ごめんなさい
私はいまゲホッ風邪をひいていてゴホゴホッとても外に出られません。だからゲフッなんとか頑張って下さい(*^ワ^*)ノシ
「これでよしっ…と」
嘘をつく事は良心が痛むけれど、これで隠れる事が出来る。せめてもの励ましと笑顔の顔文字を探して打ち込み、カチッと送信ボタンを押すとすぐ返信が帰ってきた。
件名 Re:ごめんなさい
姐さんが元気そうで何よりです!待ってますね!(;∀;)
「………あれ?」
何故か私の嘘は一瞬で見破られたみたいだった。本当に何でだろう。
とりあえず、涼さんに怒られることだけは分かった。
***
「メールに咳とか馬鹿だろ」
「…ごめんなさい」
すごすごと外に出ると、公園の入り口で立っているやや不機嫌スイッチの入った涼さんが私を睨んだ。他にも何か言いたそうだったけれど、目をつむってお仕置きを待つ私を哀れに思ったのか涼さんは深いため息をついてポンと私の頭を軽く叩いただけだった。不機嫌だけどストレスが溜まっているわけではないようだ。
ほっとした私は気持ちを切り替えて、で、と涼さんを見上げた。
「どうしたんですか?」
「………、こっち」
涼さんは仕方が無さそうに私の手を引き公園の中央へと向かう。そこでは子分さん達と激しく言い争う他の団体さんが居た。
全員が派手なシャツを着て、腰からジャラリと出たチェーンやら指輪やら腕輪やらの金色に光る装飾品を身に付け、スキンヘッドのがたいの良い大人だった。更には
「ええからさっさとあんさんトコの番長さん出してきぃや!」
ここにきてまさかのこてこての大阪弁。
あぁ怖い嫌な予感しかしない。涼さんが来るなと言ったのはこの事だったのか、なんて今さらな後悔が頭を駆け巡る。
でも私はみんなの番長なんだから来て良い、ううん来て当然なんだ。どうやらお呼びのようだし。
私は頭をぶるぶると左右に振って、すっと息を吸った。
「俺に何の用だです!?」
「! 姐さん!」
前に出て声を張り上げた瞬間、視線が私に集中した。子分さん達はぱあっと表情が明るくなって嬉しそうに、大阪弁の団体さんは一層目つきを悪くしてこちらを向く。
怖い。でも泣いてる暇なんてない。
「誰だですか、子分さん達に手出しはしてないですだろうな」
久々の口調に噛みそうになりながらも子分さん達の前に立つと、クスクスとどこからか笑い声が聞こえた。するとすっと目の前の団体さんから1人の男の人が現れる。
眩しいほどの金髪、挑戦的な微笑み、着崩した制服。その人だけ体格も身長もぱっと見は普通だったけれど、すぐその人がこの団体さんのリーダーだと分かった。こういうのをオーラというのだろうか、それとも着ているTシャツに『俺がボスや!』と猿のイラスト付きで描かれているからだろうか。
「よう来たな、待っとったで番長はん。もちろん手出しはしてへんで安心しぃ」
「…女が番長と知って驚かないんだなです」
「ハッなめんな調査済みや」
金髪の男の人がバッと横に手を出すと、横にいたその人の子分さんが何か書類のようなものを差し出した。男の人はそれを受け取って、パラパラとめくっては私をじっと見つめる。なめられてたまるもんかと何も言わず見つめ返していると、にこりと笑ってもう片方の手を差し出される。
「俺は隣町の番長、浅黄 悠や。コイツらはみんな俺の子分。まとめて以後よろしく、仲良うしてや」
「…俺は柳ことりや」
緊張して思わず大阪弁が移ってしまった。ちょっと恥ずかしくなってゴホンと咳をして手を取った。
隣町の番長。手を離すとそう頭の中で繰り返して改めて周りの人達を見返した。私の子分さん達よりも全体的に大きくて数も多い。もし喧嘩しにわざわざ隣町から来たんだとしたら絶対に負けてしまう。私が頑張らないと、と唾を飲み込んだ。それにしても隣町って近畿でもないのにどうして大阪弁? まぁいっか。
「わざわざ隣町から何の用やです」
「えっらい大人しゅうしてるから気になってな、あんさんらの事は色々調べさせてもらたわ。番長はん、アンタの事もな。…花の世話ご苦労さまやなぁ?」
「っ!」
まさか私の部活の事まで知っているなんて驚いた。いつ見られていたのか検討もつかない。でも学校ごとバレているのは確かだ。私の動揺が分かったのかくくっと浅黄さんは楽しそうに喉を鳴らした。私の首に冷や汗が流れる。
駄目だ、絶望的だ。学校まで知られているならこっちは強く出れない。
やや諦めながら、それでも威厳だけは失わないようにきっと視線を強く浅黄さんを睨んだ。
「…何しに来たです」
「まぁ話聞き。あんさんの事調べさせたら興味湧いてな、俺自身見に行ってん一昨日あたりな」
「え…」
一昨日。制服着てるしきっとこの人も学生なはず、そして私も普通に学校だからきっと見られたとしたら放課後だ。その日は確か…えっと…そう、小テストが結構良くて機嫌が良かったはず。
………。
あれ? 嫌な予感。
「俺はそっとあんさんを観察した。そしたらなんとお前は」
※回想はじまり
『てーすとーでひゃくてーんひゃくてーんひゃくてーん♪』
※回想終了
「と替え歌を1人で熱唱してたんや!」
ぶっと後ろに立っている涼さんが吹き出した音が聞こえた。その後も連鎖のように笑い出す人はいないものの必死にこらえている声は大勢聞こえる。羞恥心で死にたくなったのは初めてだ。穴があったら入りたいとは正にこの事。
そんな私の内心を知ってか知らずか、浅黄さんの話は続く。恥ずかしくて聞いてられなかったので要約させて貰うと、私はその歌に飽きると次は童謡を歌い続けたらしい。どうして1曲で満足しなかったんだろう私は。たかが小テストが過去の私にとってそんなに嬉しかったのだろうか。何にせよ死にたい。
「次歌ったのは何やったかな、あぁそうや次は」
「要件は! 要件は!?」
半分涙目で回想を強制終了させると、浅黄さんはあぁそうやったと呟いてビシッと私を指差した。私の身体が固まる。
「デュエットや」
「は?」
凍りついた。空気ももちろんだけど主に私が。
「俺と勝負せい! んで俺が勝ったらデュエットせい!」
その瞬間涼さんがぶはっと笑い出し、そのせいで連鎖が起こって以後5分くらいは子分さん達が全員が狂ったように笑って止まらなかったのでタイムとさせて頂いた。私としてもこのまま続けるのはちょっと無理だった。心が鎖国1歩手間だ。
***
「話を続けんで」
「…はい……」
嫌なことこの上ないけれど、子分さん達の爆笑が止まったので話を続ける。ああ私の顔は赤くなっているんだろうか青くなっているんだろうか。外出前より痩せたのは確かだ。
「つまり、俺はあんさんを気に入ったっちゅーことや」
「私は嫌いになりましたが」
「勝負は何でもええで。俺が負けたら何でもゆーこと聞いたる」
ボソッと本音が漏れたが聞こえなかったようだ。良かったような残念なような。
それにしても勝負、勝負かぁ。もちろんそういった展開になる事は予測していたけれど、単に私が浅黄さんとデュエットしたら解決する話なんじゃと思ってしまう。でも番長同士の話なんだし一応は何かしらの勝負はした方がいいのかもしれない。お兄さんならそう言いそうだ。それに爆笑された後だと私もデュエットなんて遠慮したい。
でももし勝ってしまったらどうしよう。聞いて欲しい事なんて特に思い付かないし。うーん。
「…あ」
「何や、なんか思い付いたか」
「はい」
良い事を思い付いた。これなら一石二鳥かもしれない。
私はにっと笑ってある方向を指差した。
「場所を移動しましょうか」
***
私の子分さん10人弱と浅黄さんの子分さんおよそ20人の大所帯でぞろぞろ歩いて辿り着いた先は、カラオケ屋さんだった。団体用のカラオケボックスをお願いして全員が部屋に入ったのを確認し、私は充電してあったマイクを取り出して浅黄さんに渡した。涼さんがまさかと呟く。
「ことり、勝負って」
「見ての通り、歌うま勝負です!」
「ぶふっ」
「いい加減笑うのは止めて下さいよ!」
ごめんと言いながらもその声は不安定で、口とお腹に手をあて肩を震わせている。決めた、涼さんはもう放っておく。今度メール来ても1時間くらい無視してやるんだから。
私はくるりと浅黄さんに向き直る。
「歌の点数で勝負です。異論はありますか?」
「なんもないで。しいていえばあんさん口調変わるん?」
「…色々あるんです」
「ふーん?」
本性はバレても経緯は教えるわけにはいかない。番長の名に傷をつけるわけにはいかないんだ。
浅黄さんは面白そうに笑うだけで追及はしてこなかった。けれど興味がある、そう思っているのは確かだった。敬語に戻さなきゃ良かったかな、なんて今思っても仕方ない。今は勝負だ。
「前半と後半、どっちにします」
「どっちでもええよ」
「…じゃあクジを引いて下さい」
即席で作った割り箸のクジを出した。先には名前を書き、そこを握って浅黄さんへと差し出す。
…ん? そういえば確か2本しか作ってないのにどうして10本以上もここにあるのか謎だ。けれど、今確認したら何がどれか分かってしまう可能性があるのでそのまま握る。浅黄さんも少し不思議そうに見つめていたが、やがてはそっと1本を抜いた。くるりと割り箸を裏返す。そこに書かれていたのは
子分さんA。
「……な!?」
驚いてバッと子分さんAの方を見ると彼は照れくさそうに笑っていた。もしかしてと握っている割り箸を全部確認すれば、そこには子分さんBやらCやら私の子分さん達が候補として書かれていた。何故か浅黄さんの子分さんまでいる。
「ど、どういう事ですか! なんなんですか!」
「だ、だって姐さん…」
「お前らも、なんなんや。これは1対1の勝負やねんぞ、分かってるはずやろ」
「う…」
双方の子分さん達が言い辛そうに口をもごもごと動かす。ずっとそうしてるわけにもいかず、涼さんに視線を送ると目線を逸らされ舌を出された。今回ばかりは味方じゃないらしい。仕方ないのでまた子分さんAに視線を送ると、彼はえっとと口を開いた。
「だって姐さん…俺達ともカラオケいった事ねぇのにそんな奴ととなんて!」
「へ?」
「そうだそうだ! ずるいぞ金髪!」
「デュエットなんて百年早いんスよ馬鹿!」
「羨ましいことさらっと言いやがって!」
「いや…いやいやちょっと子分さんってば」
ちょっと待って。このデジャヴを感じるような展開をどうしてくれるんですか。とゆうかカラオケ行くのに嫉妬って。
どうなだめようか悩んでいる間にも相手側の子分さん達も怒って勢い良く立ち上がった。どうしてこっちも。
「あんさんらの姫さんこそどないやねん!」
「そうや羨ましいんはこっちの台詞やボケェ!」
「兄貴とカラオケなんて俺らもないわ!」
えええええええ私に嫉妬!?
そこで浅黄さんも文句があったのかはぁ? と言って立ち上がった。あああなだめたいのに! 怒るのは分かるけど1番止めてほしい人だったのに!
「むっさいお前らと誰がカラオケ行きたがんねんアホか!」
「ひどっ! ちょっとぐらいいいやんか兄貴!」
「そうだそうだ! 子分としては番長とカラオケなんて夢みたいなもんなんだぞ! まだ可愛い私服しか見た事ないんだぞ!」
「そっちは可愛い女の子やからやろが! つーかさりげに自慢すんなやしばき倒したるぞ!」
「俺らが可愛くないってゆーんすか兄貴!」
「うるっっさいですよ!」
いよいよ収拾がつかなくなって声を張り上げるとピタリと言い争いが止まった。我ながらカラオケボックスだからか耳がキーンと痛む。けれどここで黙るわけにはいかないと私もゆっくりと立ち上がった。人差し指をびっと前に指を差し、素早く下に下ろす。
「全員、座れです、今、すぐ」
「「「………はい」」」
一言一言区切り、意図せず低く冷たい声が出ると全員素直にすとんと座った。私はにこりと笑顔を作る。
「これは勝負って分かってますよな? それとも遊びだと?」
「めっそうもないッス…」
「悪かったわ…」
「浅黄さんも、番長のあなたがどうして言い争いに参加するんだです?」
「か、堪忍やってことり…」
全員一様に顔を青くして顔をひきつらせている。さすがに反省したのかなと思って私はふぅと息を吐き出した。そしてまた吸う。
「子分さん口出し禁止! 浅黄さんも罰として前半! いいな!」
「「「は、はい!」」」
ちょっと偉そうになったけど、今回はきっともうこれでいいんだろう。さっとマイクを再び浅黄さんに渡して、私は席についた。クスクスと涼さんが笑っているのが聞こえたけど無視。もう怒る気力は残っていなかった。
浅黄さんは機械をピッピと押してちょっと悩んだ後何かを送信した。画面上にタイトルが出たけれど何の歌かは分からない。するとダダダ! とドラムの激しいイントロが始まった。
「な…な!?」
「ふふふ…」
浅黄さんはマイクをあてながら笑った。スイッチを既に入れているからかエコーがかかってるのがなんとも昔の悪役みたいで格好悪い。
「さっきは驚いて素直に説教くらってもーたけど勝負は負けへんで…。聞けや俺の十八番!」
「!」
歌が始まった。
激しくテンポの早い曲なのについていけてるだけではなく、曲に負けていない声量が凄い。それにこれだけ声が出てるのに荒々しいとはまったく感じず逆に澄んでるように聞こえる。
うまい、普通にうまい。ここまでとは正直思っていなかった。
やがて最後のサビを終え、全てが終わると私は思わず拍手をしていた。どうしようファンになりそうだ。
「どうやった?」
「凄かったです! もうなんていうかすごく綺麗でした!」
「せやろせやろー」
浅黄さんは汗を拭って、ふふんと腰に手をあて笑っている。まるでもう勝ったかのような様子にちょっとムッときたが、でもどこかでまだ感動している私もいた。
ババンと音が鳴って、評価中の画面から点数の画面へと変わった。点数は92点。おおっと子分さん達から声が上がった。満足そうに笑ってマイクを私に差し出す。
「ほれ、次はことりや」
「えっ」
「え、やないやろが。ほれマイク」
「あぁ、はい、ありがとうございます」
浅黄さんからマイクを受け取り、通信機を操作して何を歌うか考える。
………。
しまった…何を歌うか全然考えてなかった。そもそも私はあまり最近の曲を知らない。カラオケもあんまり行かないから十八番なんてない。フルで歌える曲がほとんどない。でも92点以上とらなきゃいけない。
………。
終わった…。これは駄目だ…勝ち目がない…。
でもせめて何かちゃんとフルで歌える曲を歌わないと示しが付かないと一生懸命探すけど、探せども探せども知らない曲ばかり。そろそろパニックになりそうになっていた時に、涼さんが隣に座って小声で耳打ちをしてきた。
「もしかして歌える曲ないっぽい?」
「うう…、はい…。元々負けても大丈夫なように勝負をカラオケにしたので自分がどうするか全く考えてなくて…」
「大丈夫、俺が選んであげる」
「?」
今日はいっそずっと無視してようかななんて思っていた涼さんに助け舟を出されて少し申し訳なくなる。涼さんはピッピと手慣れた様子でタッチして何かの曲を送信した。やがてイントロが始まる。
「これは…!」
こ、このピアノで始まる優しい曲は間違いなく中学の卒業ソング…! 確かにこれならフルで歌える上に練習を積んだからそれなりに歌える。でも前奏聞くだけでちょっと泣きそう! あああピアノはあの子だったななんて思い出してしまう!
私は泣きそうなのを勢い良く立ってごまかし、マイクを構えた。
「きゅ、旧3年2組39番柳ことり! 歌います!」
中学の思い出を思いだしながら歌った。恥ずかしくなりながらも、子分さん達は父兄のように優しい眼差しで見つめ、浅黄さんは涙ぐんでいた。涼さんはというと満足そうににこりと笑っている。
とりあえず最後まで歌いきって、曲が終わった。
「ど…どうでした!?」
自分的には音も外さなかったし成功したと思って子分さん達の方を向くと全員がハンカチを持って泣いていた。
「そ、卒業おめでとうございます…」
「大きくなったッスね…」
「母さん今日は赤飯だ…!」
「卒業してます! 家族っぽいセリフはやめて下さい!」
私の卒業式なんて去年見たばっかだろうに子分さん達はまた号泣している。大げさな、と言おうとしたところでポンと肩を叩かれた。振り返ると浅黄さんも号泣していた。
「わぁっ浅黄さん!?」
「ひ、卑怯や…、俺も去年歌ったばっかやのに…」
「同い年だったんですね…」
かつてカラオケでこんなに大勢が泣いたことがあるだろうか、なんて考えながらぽんぽんと浅黄さんの頭を撫でた。なんだか私男性を泣かしてばっかだなぁと思っている間にも点数がついたようで、再び画面からババンと音がした。
点数は92点以上なら勝ち、それ以下なら負け。負けたら浅黄さんとデュエット。
いざ! とバッと振り返って画面を見る。結果は…
−86点。あと1歩及ばずだった、仕方ない。
浅黄さんの子分さん達が喜びの雄叫びを上げた。一方私の子分さん達はさっきまで涙を拭くハンカチを噛んで悔しがっていた。なんて古典的悔しがり方法。
浅黄さんは点数を確認すると、ぐっと袖で涙を拭いて私を真っ直ぐ見た。
「約束覚えてるな?」
「…はい勿論。じゃあ」
私は作戦実行とばかりに、にこっと笑った。
「もう約束果たしましたよね!」
「…は?」
浅黄さんはポカンと目を丸くした。子分さん達も同じで、喜んでいた方も悔しがっていた方も同時に動きを止めた。唯一涼さんだけがお腹をかかえて笑っている。
「私、ちゃんと浅黄さんが歌ってる最中一緒に歌ってましたよ。私が歌ってる時も浅黄さん口ずさんでたでしょう?」
「なっ…!?」
私の言いたい事が分かったのか浅黄さんは納得いかないような顔で卑怯や! と叫んだ。正直自分でもそう思う。負けても大丈夫なようにここにしたけどやっぱり通用はしないかぁ。
「…分かりました。じゃあ、はいマイク」
「?」
「浅黄さんは何か有名なデュエット曲知ってます?」
「お、おいことり!」
「はい?」
私は観念して浅黄さんにマイクを渡してピッピとデュエット曲で歌えそうなのを探してみる。浅黄さんは何故かまだ納得いかないような顔をして何か焦っていた。
「??? 約束はきちんと守りますよ?」
「いや、何勘違いしてんのか知らへんけど、俺はやな、2人っきりの時にカラオケに行きたいって意味で…!」
「--え」
「はいストップ」
いつの間にか近くに来ていた涼さんが浅黄さんの肩を叩いた。そのせいで涼さんの声に被って浅黄さんが何を言っていたのか聞こえなかった。また涼さんは浅黄さんに何か小声で言うと、浅黄さんは真っ赤になって怒り出した。でも何も言えないのかパクパクしている。
「? デュエットしないんですか?」
「するよね」
「〜〜っあーあーしたるわ。してさしあげたるわゴラァ!」
バッと通信機を私から奪い取って一心不乱にタッチパネルを操作する浅黄さん。私は意味が分からなくて涼さんを見るけれど、笑うだけで何も言ってはくれなかった。
すると何かのイントロが始まった。どうやら耐え切れなくなった子分さんが勝手に入れたみたいだった。
「おい抜け駆けすんなやそこ!」
「もう俺我慢の限界ッスよ俺も歌うッス!」
「あ、俺もこの曲好きやねん。泣けるやんなー」
「知ってるッスか!? やばい同志発見、へいマイク!」
「ずりーぞお前ら! 次は俺だからな! おい番長さっきの曲で勝負だ!」
「ああ゛ん? 誰にゆーてんねんあの曲でこの俺が負けるはずないやろが覚悟しろや!」
「兄貴ファイト!」
「ちょ…皆さんまた……駄目だ聞こえてない」
さすがの私も2度止める気にはならず、そういや本来のカラオケはこうやって騒がしくやるもんだったよねと思い直して大人しく座った。みんな楽しそうだし、結果的には隣町の不良さん達と交流できて良かった。こうやって子分さん達と遊ぶのも初めてだし私も楽しいな、なんて笑ってると涼さんに笑われた。
「楽しそうだね」
「はい、涼さんは…ずっと笑ってますから愚問ですね」
「そうでもないよ? そりゃ今は楽しいけどあとあと面白くないことが起こりそうだなぁ、なんてー」
「?」
涼さんの言いたい事は分からなかったけど、とにかく日々の疲れなんてぶっ飛ばしてカラオケをひたすら楽しんだ。
…その1時間後にうるさすぎると追い出されるまで。
<オマケ>
「おいことり、同い年なんやろ? なら敬語はなしや。名前にさんもつけんでいい」
「あ、はい…じゃなくてうん。浅黄くん」
「名前でもええけど…まぁええか。じゃあな、また懲りずにアイツらとも遊んだってな」
「もちろん! 浅黄くんもまた遊ぼう」
「おう。……あとお前ぇ! 確か谷山涼ゆーたな! 名前覚えたからなこのボケナス!」
「わーい嬉しくないなー」
「今日から敵や! じゃあな、くだばれ!」
「さっさと帰れー」
「ば、ばいばーい…?」
「………、あーやっと帰った」
「あ、そういえば涼さんさっき浅黄くんに何て言ったんですか?」
「んー? ひみつ」
「? ってちょっと涼さん重いですよ何ですか」
「聞かなくても分かれよお仕置きだよ」
「何の!? しかもスイッチ入ってるし!」
「おしおきだべー」
「いたたたた!」
終わり
まさかのさっそくの続編で私が一番驚いています。一応私大阪出身なのですが、あまり大阪弁は使わないため、おかしなところがありましたら指摘お願い致します。
ちなみにことりの替え歌が何の歌か分かりましたか?
もし分かってもどうか馬鹿にせずそっと心に留めておいて下さい、ことりが泣きます。