表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

夢の続き6

「おおぉぉおらああああっ!!!」


大きく横薙ぎに振られたなにかに斬り裂かれて数人の盗賊が真っ赤な血と臓物を撒き散らしながら中を舞う。顔に飛びかかった赤と粘ったなにかを空いた片方の手で振り払いながらバルことバルビレドはすぐそばで戦うリリアスに視線を移した。


「っく、……せぁあ!」


息絶え絶えに上下を揺らしながら振るわれた剣を受け流し、返し際に相手を斬り裂くリリアス。上手く流れているように見えるがバルからしてみればその動きはどこかぎこちなさを感じた。


「おい嬢ちゃん」


だからこそバルは自然にリリアスへと声をかけていた。


「無理すんな。あんたに何かあれば俺ぁどうエレノディア嬢ちゃんに詫びればいいんだ?」


だがそういうバルに対してエレノディアは問題ないと言いたげに視線を返す。そしてすぐさま近くにいた盗賊の一人に斬りかかっていた。


「おいおい……ったくよぉ~」


リリアスが心配なのは心配だが今は戦闘の真っ只中。バルもおいそれと他人の身を心配してる身でもない。自身の背を軽々と越えるなにかを肩に担ぎながら向かってくる盗賊たちへと視線を戻す。

黒く汚れた包帯に巻かれたそれだったが、戦う内に包帯が千切れたのだろう。その全容を隠しきれなくなっていた。付けられた両刃。それは先端から柄の半分ほど覆うほどに長い。


「ったく弱いくせに数だけは一人前だなぁあ!」


それは斧だった。だが斧にしては異常だ。従来のバトルアックスどころではないほどの巨大さ。柄に付けられた両刃は尖るように先端まで伸びていて突くという行為すら可能だ。だがその中で一番異常なのはやはりバルの二メートルという巨体を軽々と越える巨大さとその圧倒的な重量だろう。


いややはり一番異常なのはその巨斧を軽々と片手で振り回すバルなのかもしれない。


「せいやあっ!」


振り下ろされた巨斧。轟音上げて大地を砕き、バルの目の前にいたそれは半分に割れながら二つになって倒れた。だが懲りもせず盗賊たちはやってくる。大地を砕いて突き刺さった巨斧を勢いよく振り上げて、そのまま横薙ぎする。反回転するように薙がれた巨斧はその通行方向にいた人間をまるでいないかのように斬り裂く。残るのは半分に断たれた哀れな身体と真っ赤な水溜り。


「いい加減にしとけよバカ力っ!手前(てめえ)なんぞ巨斧(そいつ)を振り回した後にできる隙で楽々終わりなんだよ!!!」


バルの背後から響く怒声。巨斧を振り切ったバルには振った巨斧に身体を引っ張られるためにどうしても振り切った後には硬直時間ができてしまう。


リリアスはバルに向かう盗賊を見ていたが助けに向かうことができなかった。なぜならそれを邪魔立てするように盗賊たちに囲まれていたから。


「バルビレド殿っ!」


リリアスが大声を上げたとこでどうにかなる問題ではないのはわかりきっていだ。だがどうしても声が出てしまったのだ。


「退け貴様らっ!」


自身に迫る剣を器用に受け流しながらバルの下へ向かおうとするがどうにも動けそうになかった。だったなら斬って進めばいいと考えを改めるがそれも受け流した後に自らの刃を返して斬り捨てようとすれば、そのタイミングに合わせて違う方向から剣が振られる。


「死ねやあぁ!」


ぎゃはははと捻た笑い声を上げながら盗賊は剣を振りかぶった。それを見て焦るリリアスだが彼女の心配も杞憂に終わった。


「お、……らああああああぁっ!!!」


振り切った大勢を利用してそのまま身体を流していく。止まっていた巨斧はまた横向きに進みバルは回転した。


「っな!?」


今まで見えていた大男の背中が消えて盗賊の目前に迫る銀色の刃。彼は大きく目を見開かせながら逝った。


「このバルビレド様を舐めてんじゃねぇぞおおおぉぉっ!!!」


バルが発した怒声に大気すら震えた気がした。そう思ったのはなにもリリアスだけではないだろう。ビリビリと痺れるように肌が震えたのはなにも彼女だけではないはずだ。


「すさまじいな……」


そのバカ力と呼べるほどの筋力には称賛しか出ない。ここまで力任せに戦う様を見るのはリリアスはバルを合わせて二人目だ。最初の一人は言わずもがなリリアスの父。すなわち帝国国王。武王と呼ばれた彼は大剣を片手に戦場を縦横無尽に走るのだ。剣だろうが、槍だろうが、その身に着た鎧だろうが纏めて叩き斬る。まさに力があってこそなせる技と言えよう。そのすさまじさに関して言えばバルと武王には繋がるとこがあるだろう。


実力は武王のうほうが上なのだろうがリリアスが見た限りでは力と言う分野ではバルもほうが上に見えた。さすがの武王でも二メートルを軽く超える巨斧を片手では持てないだろう。


「わたしも負けてはいられないな……」


バルの無事な姿をしっかりと目に焼き付けてからリリアスは自身を叩き上げる。なぜか異常に“疲れ”をみせるこの肉体だがこれがエレノディアが言っていたことなのだと自分の中で決着を付けた。確かにいつも通りと違って思ったように身体がついていかないが、それでも戦えないといえるものではない。


「我が手に集え炎よ」


「この女魔法剣士かよっ!?」


リリアスの詠唱に気付いた盗賊の一人がそう言った。なんとか詠唱を止めようとリリアスを囲んでいた者は躍起になるが、どう剣を振ろうが彼女は紙一重に避け、もしくは剣で受け流す。


「我は地獄の罪人。業火を従わせし者」


ボツっと剣を握っていない左手の掌から真っ赤な火種が燃え上がる。それを見た盗賊たちはひとまず距離をとろうとするが時すでに遅く。


「我は常世(とこよ)の人間。猛火を従わせし者。集えよ猛火。ならば、その炎を持って我は敵を討ち滅ぼそう」


轟々と燃えた真っ赤な炎はリリアスの剣へと燃え移り、リリアスはそれを力の限り思いっきり振るった。


「魔剣技……。炎閃殺(えんせんさつ)!」


それはまるで炎の閃光だった。









「これは……」


馬車ごとイリヤを囲った土でできた壁にイリヤは呆気としていた。それもそうだろう。その壁の高さは約四メートルはゆうに超える。そしてそれを造ったのは白髪の髪を風に靡かせながらイリヤの目の前で佇むエレノディアという少女。その血のような真っ赤な瞳で壁の向こうにいるであろう盗賊たちを見据えながら彼女は立っていた。


「これで当分安全かな?降ってくる弓の矢も馬車の奥に隠れてれば当たらないと思うよ」


「エレノディアちゃん……君は何者だい?」


それは確かな疑問だった。身長百五十にも満たないこの幼い容姿をした少女はいったい何者なのかと。


「やっぱり聞いちゃう?ま、リアは知ってるし教えてもいいよ」


ばさりと彼女は耳にかかっていた髪をその手で振り払った。そこにあるのは常人とは違って伸びる様に尖った耳。つまりそれはエレノディアという少女が人間ではないことを示しており、エルフだという真実が込められていた。


「エ…ル…フ?」


「そう、わたしはエルフ。一応イリヤさんよりもわたし年上だからね」


ウインクしながらそういう少女はすでに二十を超えた自分より年上だと言う。その容姿でそれはありえないと思わざるをえない。あまりにもの異常さに絶句することしかできないイリヤ。それはもう滲み出る若さという問題すらではない。


「森の中ならもちっと力だせたんだけどね~。ごめんね?」


申し訳なさそうに謝るエレノディアだが、そう言われたら逆に謝るしか手段のないイリヤ。なぜなら自身はただ絶望するだけでなにもしていない。エレノディアのことも勝手に戦力外扱いして突っぱねていただけである。本当に申し訳ないのはイリヤだった。


「いや、こっちこそすみません。僕生意気なこと言ってしまって……」


「敬語堅いっ!なんで年上としったら敬語になるかなー。もっとフランクに行こうぜ少年!?」


「いや、でも」


「でももなにもない!わたしがいいって言ってんだから!」


それはまさに嵐だったと言ってもいい。ニヤニヤと困り顔をするイリヤを見ながらエレノディアはばしばしとその肩を叩く。壁の外は盗賊の集団に囲まれている状況だというのにここの空気だけは穏やかになっていた。


だがその時間が長くも続くわけがなく。


「やっぱり諦めてはくれないか……」


「えっ?」


エレノディアの言葉に疑問符を上げたがすぐにその意味を理解するはめになるイリヤ。ズンと地面を揺るがす低音。それは壁の外側からだ。すでに盗賊たちのなかに魔術師がいることは馬車での逃亡劇のなかでわかっていた。


「魔術師………ですか?」


「そうだよ。なんとか壊そうとして頑張ってるみたいだね」


だがわかっていたことになんの対策もしないほどエレノディアはバカではない。さすがに上位魔術を使われてはわからないが下位や中位ならはっきりいって百は壁にぶち当てないと壊せないほどの魔力を込めてある。属性の優劣で少しは強度も下がるだろうが多少のことではびくともしない。


「上位魔術以外なら耐えきれる自信あるから身構えなくても大丈夫と思うよ」


「そうだといいんだけど……まあ僕の杞憂に終わればいいんだけどね」


「どういうこと?」


「盗賊に手を貸している魔術師に少し覚えがあるんだエレノディアちゃ、さん」


「さんづけしなくていいよ。それで?」


「見たわけではないから確かではないと思うけど、多分国家魔術師……」


イリヤがそう言ったのと同時だった。エレノディアが造った壁にピシリと一筋の(ひび)が広がったのは。罅を見て黙る二人。それは最悪の意味を指す。つまりイリヤが言うように杞憂で終わることがなくなったというわけだった。







罅ができた壁を見てエレノディアは何んとも言い知れぬ不安が身体をよぎった。今頃になって気付いた。それは安心していたからの油断だったのだろう。壁の外から感じる異様な魔力の気配と集まっていく大規模なマナ。


「マジで?」


思わずそう言葉に出していた。これほどの魔力をぶつけられてはいくら丈夫に造ったとはいえ壊れないという保証はない。感じられた魔力の規模は上位の中でもそこそこな威力を誇る魔術が放てるほどだ。それ一つ放てば小さな街ぐらいなら倒壊させることが可能。上位の魔術というものはもっぱら殲滅用に使われたり、一度使えば辺りにある物を消し飛ばすようなものばかりであり。


「やっぱり僕が囮になって!」


「それはダメ!」


対人用に使われるものではない。


「わたしがなんとか防ぐ……っ!」


さすがにそんなものを喰らってエレノディアも無事で済む保障はない。だからこそ彼女は力を隠している場合ではなくなった。多少は正体をばらすという危険を冒してでも今から使われるだろう魔術を防がなくてはいけない。それはエレノディアにとって不本意であることに変わらないいが、自信の身に対して保身を入れないものはいないだろう。誰もが自分の身が一番可愛いのだから。


「でもどうやって防ぐのさっ?!」


「だからなんとかするって!ってぇ!?」


轟く轟音。それは壁の外側から熱気とともにやってきた。びしりびしりと不吉な音をならせながら今にも壁は倒壊してしまいそうだ。罅割れたところから多少の火を漏らしながら内側へと傾いていく土の壁。


「やるしかないかっ。集え大地よ!」


今にも崩れてしまいそうな壁がエレノディアの決意を後押しした。膝立ちになりながら片手を地に着け高らかに声を上げる。隣でそれを見るイリヤは担いでいた身の丈以上の大剣をいつでも抜けるように構える。


「我はエルフ、森の精霊なり。大地よ。森の精霊たる我に力を貸したまえ、我はエルフなり」


罅割れを補修していくように直すが直すより破壊するほうが早いのか直したところで新たに罅割れができていく。最初こそ感慨ぶかそうに見ていたイリヤだったが、冷や汗を流しながら呪文の詠唱を続けるエレノディアを見て悟った。この壁がそう長くはもたないことを。


「やっぱ……ダメかなぁ……?」


強く歯を食いしばりながら言うエレノディア。その顔からは尋常じゃ考えられないほどの冷や汗が流れてる。込めた魔力は別にそれほど弱くはなかっただろう。だが後手に回ってしまったのいけなかったかもしてない。一度放てば全てを燃やしつくす上位の火系魔術だ。いくら魔力を流して補強したところでそれは雀の涙程度にしかならない。








魔術の王と呼ばれた魔王の一人であるエレノディアにでも不得意なことはある。それは彼女の(あざな)にも関係している。虐殺者、森を統べる童、破滅の魔女。どれもかれも破壊や力の大きさを由来するような物ばかりである。つまりエレノディアは相手を殺すことや、なにかを壊すことには長けてはいるが護ることに関してはからっきしなのである。


「エレノディアっ!」


壁を突き破る炎の塊。轟々と燃え盛りながら周囲の大気を焦がし尚、止まらずにそれはイリヤたちに進んだ。エレノディアは動くことができなかった。否、できない。体内に残ったあまりにもの魔力の少なさで身体が怠慢になってきていたのだ。急激な眠気が身体を襲い。動かそうにもまるで疲労したかのように身体は重たく、自身の意思に従わない。


「負けた?わたしが?(わたし)が?嘘っ……嘘嘘嘘嘘!!!たかが国家魔術師程度の腕のやつにわたしが負けるなんてありえないっ!!!」


叫ぶように、だが小さくエレノディアは呟いていた。どれもこれも否定するかのような言葉ばかり。信じたくないという思いがあった。例え、“あの戦い”で魔力が全体の一%以下にまで低下させていたとはいえ、この身は魔王。しかもその意味は魔術の王だ。魔術師としてのプライドが負けることを彼女(エレノディア)は許さなかった。だがそう言っても身体は動かない。このままでは炎に焼かれてエレノディアは焼け死ぬであろう。


「こんな時に……たった一人女の子を護れなくてなにが“男”だっ!」


だがエレノディアはなにかに抱えられようにしてその境地を脱した。そこにはエレノディアを片手で抱えるイリヤがいた。大きく横に飛びながら迫りくる炎から逃げる。


「っあ!?」


だがいささか飛距離が足りなかったようだ。中に浮かぶイリヤの足をまるで噛みつくかのように焼く炎。痛みに悶えながらもイリヤは空中で大勢を崩すことはなく、さらにはエレノディアの身体を護るように自身の身体を下敷きとして先に落とす。


「ぐっ……!」


焼かれた足の皮膚は爛れ、まともに立てるようなものではなかった。ましてや歩けるようなものでなかった。だがイリヤは立つ。腕に抱えた衰弱したエレノディアを護るように。彼は倒れるわけにはいかないのだ。護るべきものがその手の内にいるまでは。


「しぶといな。今ので終わりと思ったのだが、そこそこ優秀な魔術師だったみたいだが国家魔術師であるこの俺に適うはずがないだろう。そうは思わないかイーリヤ・バン・ベルセルク?」


壁から解放されて外を見渡せばそこには今だイリヤたちを囲む盗賊たち。だがその中で異様な雰囲気と服装をする男が一人。周りの盗賊たちと違って漆黒のローブで顔と身体を隠し、その右手には年季を感じさせるような木で彫られた立派な杖。


「やっぱり貴様だったかっ!そこまでしてほしいのか!?」


「なに、……王は他国に渡るのであれば奪ってしまえと言ったのでな。俺はそれに従ったまでだ。……つまり俺は悪くない」


イリヤたちの目の前で嫌らしくニタニタと笑う国家魔術師と名乗るこの男こそが全ての元凶だった。金で盗賊を動かし、自らも動いてイリヤたちを追い詰める。イリヤたちが乗っていた馬車も最初から彼が手配したものでもある。


「告げる。我が名はバロウス・ディア・バルダロス。集えよ炎。契約によって我に従え」


右手に持っていた杖を地に付けて打ち鳴らし、(バロウス)は大きく詠唱する。バロウスの背中に渦巻く魔力の渦。あまりにもの大きさに風が流れ、景色を歪ませる。


「バロウス貴様っ!」


痛みも忘れて脚を動かしそうになるがただ一歩動かしただけでイリヤの身体に激痛が走る。思わず叫んでしまいそうなその痛みに、だがイリヤは唇を噛み締めて我慢した。そもそも今のイリヤの手の中には武器はない。つい先ほどまで担いでいたあの大剣はエレノディアを助けるときに咄嗟に投げ捨ていた。相手がバロウス一人ならそれでも話は別だったのだが、バロウスの周りには数えきれないほど集まった盗賊たちがいる。


武器もなしに挑んだ日には弓矢で身体を穴だらけにされ、剣で身体中を斬り裂かれてイリヤの命を散らすだろう。だからといって今すぐに投げ捨てた大剣を取りに行くわけにもいかず、バロウスから目を離そうならきっと彼は後悔することになる。しかも大剣は取ろうにも先ほどバロウスが放った火球によって今だ燃え続ける馬車のすぐそばだ。


「あの時貴様たちが素直に王に渡していればこうはならなかっただろうな。まあ己の愚直さを恨んで死に逝くといい。その様を見ながら俺は盛大に笑ってやろうではないか」


バロウスが持つ杖に魔力が集まっていく。魔術師ではないイリヤは魔力を感じることはできないが、練り上げられたバロウスの異様な魔力が視野を可能にする。杖の周りをゆらゆらと陽炎のように歪ませた魔力はすでに限界いっぱいと言ったところか。今にもイリヤたちに向けられて放たれそうだ。


「求めるは浄化の炎。罪深き罪人をその清き聖火で罪を洗い流したまえ」


またカツンとバロウスが杖を打ち鳴らした。同時に燃え上がる青い炎。バロウスを囲みながらそれは空高く燃え上がり、まるで竜のような姿を形作った。


「GAAAAAAAAA!!!」


「聖なる竜よ。今その力を我に……」


空高く舞い上がりながら咆哮する青い竜。大気を振動させながら、竜はその瞳をイリヤに向けた。まるで蔑むような視線。罪を犯した罪人(つみびと)を見るそれのような瞳。


「示せっ!」


バロウスが杖の先端をイリヤに向けた。それが竜の合図なのだろう。もう一度咆哮した青い竜はその大きな口をがぱっと開けながら飛行する。その先にはイリヤと抱えられたエレノディア。


「くそったれ……!」


もう毒を吐き捨てることしかイリヤにはできなかった。動ける味方も周りにはおらず、自身も脚を焼かれてまともに動けもしない。せめてエレノディアだけでもと彼女を抱えた腕に今ある精一杯の力を込める。


「ごめん。バルビレド……」


こんなとこで死んでしまうという不甲斐なさからか、彼の口から自然と出たのは今まで一緒に歩いてきた相棒である(バルビレド)への謝罪だった。竜から逃れられるような軌道を目指し、今だ燃えてる馬車の向こうへ目指してイリヤはエレノディアを放り投げた。


綺麗な反円を描きながら飛ぶエレノディアを尻目に見ながらイリヤは最後の力を振り絞ったかのようにその場に座り込む。目の前には青色に燃え盛る竜の大口。頭に過ったのはやはり相棒であったバルビレドの声とイリヤの恩人であり、商人としての師であった親方の無愛想な声。


「んな程度で諦めたてんじゃねぇぞあいぼぉぉおおっっっ!!!!」


幻聴でもよかった。最後に聞けたのが彼の勇ましい声ならば悔いも消えるというもの。だがそれは幻聴でも幻でもなかった。ズドンと背後の燃え盛った馬車がなにかに打ち壊されるかのように吹き飛んだのだ。土煙りを舞い上げながらも光る銀色の刃と相も変わらずその巨斧を軽々と振り回す力強さ。


「まさかあの人数を二人で殲滅したというのかっ!?」


驚愕するかのようなバロウスの声。


「こっちへ飛べ相棒!その程度の魔術、俺が叩き斬ってやらぁぁああああっっ!!!」


込み上げてくる嬉しさにイリヤは痛みも忘れてなけなしの力を使って大地を蹴っていた。地面を削りながら大口を閉じた竜の口の中には誰ひとりも捉えられず、竜の前には巨斧を振り上げる荒々しいまでに鍛え上げられた筋肉を盛り上げた大男。


「バカめっ!貴様程度に俺の魔術を打ち壊せるものか!!」


「そうは問屋がゆるさねぇってな……リリアス嬢ちゃんっ!」


「もう詠唱は終えてる。後は、ここに充満する火のマナをバルビレド殿の巨斧に集めるだけだ」


眠ったエレノディアを両腕に抱きながらバルの背後で静かに告げるのはリリアス。彼女からはバロウスから感じられた魔力と大差ないほどの魔力をイリヤに感じさせながら、巨斧を振り上げているバルへとマナを集わせる。


「わたしは地獄で身を焦がす罪人となろう」


詠唱の最後の一節。それは魔術の指導を意味する言葉。大量な火のマナが注ぎ込まれたバルの巨斧からは紫色に燃え上がる地獄の業火が噴出した。轟々と近付くものを全て燃やしつくす地獄の業火はバルの巨斧に纏わされながら新たに大口を開けて迫る青い竜へと巨斧とともに振り下ろされた。






奇しくもその行為はリリアスを狙った魔国騎士団隊長であったブロアの魔術対策と同じ行為だったと思われる。バルビレドがどういう思いでそれを考え付いたのかはわからないが彼はただ単調に炎を斬るなら炎で武器を強化させればいいんじゃねえのといったただの思いつきなようなもの。だが結果はそれが間違いではないことを示す。魔術を斬るならブロアのように武器に魔力を浸透させて纏わせればよい。それが別に今回は純粋な魔力ではなく魔術を纏ったとしても結局は魔力なのだ。魔術とは自然のマナと魔力で組み合わすことによっておこなわれた技法だ。同じようにマナと魔力でぶつけあえばお互いの身を削り、どちらか力在るほうが残るのが自然の摂理である。


つまり。


「バカな……」


「どおおおりゃぁぁぁあああああっっっ!!!!」


ただたんにリリアスとバルビレドの実力がバロウスの造り上げた青い竜より力量を上回っていたにすぎない。紫炎を纏ったバルの巨斧が竜を頭から縦に両断し、ぼぼぼと青い炎を撒き散らしながら淡い夢のように消えていく。


さすがのこれはバロウスも驚愕せざるをえない。片や魔術の魔の字もしらないような筋肉バカに、片や名も容姿も知らない魔術師の魔術。国家魔術師である自身の魔術を打ち破るなど誰が想像できようか?


「筋肉舐めんじゃねぇぇぇええええぞこるぅぁあああああっっっ!!!?」


ビリビリと大気を痺れ指すバルの咆哮。言ってる内容に関してはあれだが、あながち彼の筋力も侮ってはいけない。リリアスはそんなバルを見て、半分は自身のおかげなのだがなと小さく呟きながらもまんざらではなさそうだ。


「ぐっ……!こんなやつに俺の魔術が破れるなどとは」


吠えるバルを尻目にバロウスは身体を翻していた。それに気づいたのはイリヤ。


「バル!バロウスが逃げるぞ!?」


「なんだとっ?!逃がすと思うのかこのクソ魔術師っ!!」


すでに集わせた火のマナが尽きたのだろうか巨斧に紫炎は纏われてはなく、ただ熱く熱された刃が大地を焦がすのみ。がばっと土をつけながら刺さった刃を持ち上げ、肩に担ぐバル。その瞳は逃げるバロウスを追っていた。


「盗賊はわたしに任せるといいバルビレド殿」


「おおう。だが無茶すんなよ?」


「わたしは自分の限界がわからないほどバカではないさ」


リリアスはそう陽気にバルへ言葉を返しながなら抱いていたエレノディアをイリヤへ渡す。そして空いた右手で腰の鞘へとしまわれた剣を握った。


「それにどうやら彼らも戦意をなくしているようでな」


バロウスという圧倒的な戦力の要が逃げだし、彼をも退けるバルビレドに畏怖した盗賊たちはすでに腰が引けていた。すでに逃げ始めたのも何名かいるようだ。これなら疲労した身でも楽に済むと判断したからでのリリアスの意図。それがわからぬほどのバルビレドは戦士(バカ)ではない。


「そうか。じゃあ頼んだぜ嬢ちゃん!」


肩に担いだ巨斧を振り回しながらバルは進んでいく。彼の進路上にいた者は見ていて哀れに思えるほどに巨斧の刃に巻き込まれてその生を終わらせて逝く。時たま運よく剣で防いだ者もいたがその者は剣もろとも、巨斧に打ち上げられて身体中の骨を折るという地獄を味わった。


「やはりある意味お父様以上だな……」


がはがはと陽気に笑いながらその異様な巨斧を振るって進んでいくバルはその豪快さにかけては武王と呼ばれた英雄以上だと、その娘であるリリアスのお墨付きであるありがたい言葉を頂いていた。








夢を見ていた。それは一カ月前。暗く狭い、四畳一間のアパートに座る一人の少年の夢。少年の周りに放置されたコンビニ弁当の数々。ゴミ袋が散乱し、一向に片づけの手が加えられてない部屋の一室。それに目もくれず、ただ少年はその頭にまるでヘルメットようなものを被り、ただ動かない。彼の眼前には今だ軌道されっぱなしのパソコンが一台。ヘルメットから伸びた配線がパソコンには繋げられており、それを知る者がいれば少年が今仮想の世界へと旅立っていることがわかるだろう。


VR(バーチャルリアリティシステム)。一世代前ではまるで夢のようだとと(うた)われていた技術の一つだ。脳内の電気信号をヘッドギアという特殊な機械で読み取り、電脳世界……つまりはネットワークの中に確立された仮想世界に繋げる技術。VRMMORPG。もともと大人数で行われるMMORPGにVR技術を取り入れた新しいそれは瞬く間に若者から大人までの広い範囲に盛況をみせた。


そこにはまるで御伽話でしか存在しなかった魔法。妖精。精霊。ドラゴン。まるで夢のような世界だった。誰しも人には英雄願望というものがある。物語の中で憧れたあの英雄のような人間になりたい。壮大な冒険がしてみたいなどなど。


VRMMORPGはそのどれもが叶えられる夢のような技術だった。仮想世界で確立された世界だからこそできる芸当。現実のように魔法が使え、本物のような冒険が味わえる。なにを隠そうこの少年もその幻想に魅せられた一人。


一日のほとんどを仮想世界で過ごし現実に意識を戻すのはトイレや、ご飯を食べる時のみ。まだ学校に通わなければならない歳だというのに、部屋からは食糧が切れた時にしか一歩も出ない。所謂廃人と世間に言われる引き籠りである。


その日も少年は意識を仮想世界に潜り込ましていた。仮想世界で自身によって設定し、造られたアバター、もう一人の自分を動かして冒険し、仲良くなった同じ境遇たちと楽しく話す。


それだけでまたいつもと同じように一日を終わらすはずだったはずだった。










エレノディアが目を覚ました頃にはもう全てが終わったといっても過言ではなかった。気だるい身体(みたい)を起こせば隣にはイリヤが焼けた脚に包帯を巻いてる。痛みに四苦八苦しながら包帯を巻いており、エレノディアが起きたことには気付いていないようだった。


遠くではリリアスが剣を鞘に戻しながら逃げていく盗賊たちに目を光らせていた。身体中に少しとは言わないほどの切り傷を作り、傷だらけだったドレスはさらに傷だらけとなっている。それはもう服としての機能をしていないほど穴だらけでリリアスの柔な肌が簡単に見てとれてしまう。まだ年若い少女が簡単に異性に肌をみせるのはそれいかにと思うが、それもしょうがないだろう。


「そうだ。わたしは……」


意識を落とす前の光景が頭に過ぎる。あまりにやりきれないその光景に人知れず歯を食いしばり、エレノディアは隣で包帯を巻くイリヤに視線を移した。


「あ、起きたんだ。大丈夫かい?」


それに気づいたイリヤはエレノディアを気遣うように話すが、それがエレノディアをさらに惨めにしてしまう。彼の足を焼かせてしまったのは他ならぬエレノディアだ。


「足……大丈夫?」


「大丈夫だよ。昔に比べたらこんなことどうってもないよ」


イリヤの過去をしらないエレノディアからしたら昔などどうだっていい。大切なのは今、イリヤが自分のせいで傷を負わせてしまったことにある。イリヤが昔どういった傷を負って今にいるかははっきり言ってどうでもよい。


「それにバルやリリアスさんが助けに来てくれたからね。たいした怪我にはならないよ」


「そう……」


それ以上は言葉がでない。対した謝罪もできない他ならぬ自分には嫌悪感が湧く。どうしてこうも上手くいかないものだろうとエレノディアは空を見上げた。晴れた空は小鳥や雲がいきかえり、変わったはずのエレノディアをちっぽけなような存在に戻す。


「変わらないんだね。世界が変わってもわたしは……」


その呟きは誰にも聞こえることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ