夢の続き5
二日酔い特有の頭痛と吐き気に襲われながらわたしは起きた。
「……気持ち悪い……」
所々寝癖で刎ねた髪を整えることも忘れてわたしは気付けばそう呟く。今にも胃の中のものを戻しそうな衝動にかられ、隣のベットですやすやと眠るリアが恨めしく思ってしまうほどにわたしはこの初めての二日酔いに戸惑っていた。
「お酒なんて……」
飲むんじゃなかった。今さらそう思いはしてもそれは後の始末だろう。そう後悔しながらわたしは部屋を出るのであった。
1
「おっ、昨日の嬢ちゃんじゃねえか?ん、はは~んその顔から見るに二日酔いってか?」
酒場兼宿も兼ねてるこの店は一階は酒場となっており、二階は商人や旅の者の宿として作られてる。部屋から出てすぐの階段を下りればそこには昨日見慣れた一人の大男が一人。片手にエールが注がれたジョッキを持って騒いでいた。
「うげぇ……。朝からお酒なんて見せないでください」
「そう言わずに。昨日の嬢ちゃんの飲みっぷりは素晴らしかったぜ!また飲もうぜっ」
わたしとしてはこんな症状に陥った今を考えるともう当分は酒を控えたくなってきている。目の前にいる大男を見て尚更そう思ってしまうの悪くないはず。
「こらこら。二日酔いで苦しんでる奴に酒を進めるバカがどこにいる……」
「おうよっ!ここにいいるぜ!」
がはがはと笑って答える大男に困ったような、呆れたような顔で言っても無駄だと悟ったのか大男の影に隠れていた一人の男性が開店準備をしているだろう酒場のマスターに代わって、カウンターから水の入ったグラスを持ってきた。
「ほら。これ飲みなよ?少しはマシになると思うから」
この人は確かわたしがあの大男と一緒に飲み比べをしていた時にリアの隣にいた人だと、酒のせいで曖昧となっている昨日の記憶を思い出しながら、わたしはグラスを受け取った。
「昨日はバルが迷惑をかけたね?相棒として謝罪するよ」
「ん~誰が迷惑をかけたって相棒よ。昨日はそこの嬢ちゃんも楽しんでたんだから無礼講だろっ!」
今だがはがはと豪快に笑う大男に肩を組まれ、それでも尚大男に相棒と呼ばれた男性は申し訳なさそうにして、だがこれ以上言うのも無駄だとわかっているのかそれ以上なにも言うことはなかった。
「まあ確かに昨日はわたしも楽しんでたしねー……、自業自得ってやつ?だから謝る必要はないよお兄さん」
グラスに入った水を飲みほしてからわたしは彼にそう答える。以外と水も美味しいものだなっと思ってしまった。ガンガンと何か打ちつけるように酷く痛かった頭痛もそこそこ治まり、吐き気もマシになってきた。水も侮れないものだ。
「だろっ!ってことで嬢ちゃん。昨日の続きしねえか?!」
いったいどこから出したのだろうか?すでに両手には並々とエールが注がれたジョッキがあり、片方はわたしに向けられて差し出されてる。
「それは……勘弁かな?」
わたしは苦笑いを大男と男性に向けるだけだった。
2
起きたら部屋はもぬけの殻だった。酒に酔い潰れたエレノディアを寝かしつけたのはすでに朝日が昇り始めたころだったのは覚えてる。だからわたしがこんな昼過ぎまで寝ていたのも納得はいくが、酔い潰れていたはずのエレノディアがわたしより早く起きていたことに、多少なりの苛立ちを覚えた。
わたしの命を救ってくれたのは確かだ。わたしの身体の安否を心配してくれたのも彼女だ。それは確かに覚えてる。だが少し彼女は自由奔旅過ぎないか?早く身体を休めようと言ったのは彼女で、朝方まで酒を飲んでわたしに絡んでいたのも彼女だ。
命を救ってもらったこの身だが、まさかあそこまでエレノディアの酒癖が悪いとは思わなかった。もう金輪際エレノディアには酒を飲まさないようにしよう。
「しかし少し寝すぎたな」
できれば今日中にはこの街の隣にある商業国家ビハインドに行きたいと思っていたのだが、この時間から街を出ても着くのは夜になるだろう。路銀もあと少ししかないから馬車を借りて行くわけにもいかないしどうしたものか。
「とりあずエレノディアを探すのが先か……」
完結に言うとエレノディアはすぐに見つかった。二階から一階の降りたとこでエレノディアは昨日仲良くなったであろう飲み比べをしていた大男とその連れであるわたしと一緒に苦労したであろう男性と一緒に談話していた。
「へぇ~お兄さんたち商人なんだね。なに売ってるの?」
「ああ僕たちはね」
「俺たちは武器商なんだぜっ!剣から斧や弓に槍。多種多様の武器がてんこ盛り、なんでも御座れと言ったところだ」
「いちいち僕のセリフをとるのはやめてくれないかいバル?」
「そんな湿気たこと言うなよ相棒っ!」
ばしばしと男性の背中を叩きながらバルと呼ばれた大男はがはがはと笑う。その片手には昨日と同じくエールが注がれたジョッキが一つ。
さすがのわたしも朝から酒盛りをしているとは思いもしなかった。机の上に他にジョッキがないことからエレノディアは飲んでないようで、少し安心。ホッとため息が出た。
「痛い!痛いからバルっ!?」
背中を叩かれながら男はあまりにもの痛さに大男に訴え、そして階段の踊り場にいるわたしの存在に気付いた。
「おはよう。よく眠れたかな?」
「そうだな。ぐっすりとはいかなかったが、それなりには眠れたよ」
「おはようリアー。今日の予定どうしよっか~?」
「おう。金髪の嬢ちゃんずいぶん遅い寝覚めだなっ」
それはあなたたちのせいだろうとわたしにとっては叫びたいところだが、なぜだか昨日酒を飲んで騒いでた二人組はなぜかわたしより先に起きてるし、大男の隣にいる男もわたしと寝る時間はさして変わらなかったというのにわたしより比較早く起きてる。
なぜかわたし一人だけ置いて行かれたような気分になるのは間違っていないような気がする。
「髪が跳ねてるぞエレノディア」
「あー、寝癖治すの忘れてた」
てへっとでも擬音が出てきてしまそうになるほどエレノディアはバツが悪そうに舌をちょろっと出した後、アホ毛のようにクルンと刎ねた髪の処理にかかった。
「あと今日の予定だがビハインドに向かうつもりだったのだが……」
「ん?なんか間が悪いね。なにかよくないことでもあった?」
「この時間帯から出たとこで着くのは夜になるだろうな……」
ああーとエレノディアは唸りながら、今だ寝癖の処理に夢中になっている。どうやら意外とアホ毛はしぶといようで、いくら手櫛で治したところで復活するようだ。
「じゃあもう一泊?」
「昨日と同じことになっていいならわたしは止めんが?」
「んーそれだったらまだここでもう一泊するほうがマシかも……」
そうだろうな。あんなことを続けていたらその内覚えもない罪状を告げられて捕まってしまいそうだからな。
「話は聞かせてもらったよ」
「ん?相棒よ。もしかしてこの二人を乗せるのか?」
「そうだよバル。旅は道連れっていうじゃない。たった一つの街までだけど人数が増えるのも悪くないと思うけど?」
「待て。話がみえん」
そういうわたしに男は微笑みながらこう言った。
「だから一緒の馬車に乗らないか?」
◇
「そういえばお互い自己紹介がまだだったね?僕はイーリヤしがない武器商さ、イリヤって呼んでくれて構わないよ」
「俺はバルビレドだ。相棒と同じく武器商だ。バルって呼んでくれっ」
「イーリヤって……まるで女の人の名前みたいだね?」
「よく言われるよ……」
四人と馬車を操る操縦士。リリアスとエレノディア。そして今紹介されたイリヤとバルとで彼女たちはビハインド行きの馬車に乗っていた。馬車の中は武器商である彼らの荷物が積み込まれてせまいが、なんとかリリアスとエレノディアが乗るスペース分はあり、彼女たちは彼らの申し出に甘んじることで酒場での話は終わり、今は馬車の中。
「しかし自己紹介すらすんでないというのにわたしたちを馬車に乗せるとは……」
「おうよっ。相棒はかなりのお人好しだからな!困ってる女なんて見たらイチコロだぜっ!」
立派に真っ白に輝く健康的な歯を見せながら笑うバルに、イリヤは苦笑しながらリリアスたちを見る。そこには打算などもなく、別段と彼女たちを利用するために乗せたわけでもないと。なぜかそう言いきれてしまうほどの人の良さそうな笑みと瞳があった。
「感謝する、本当に助かった。あのまま泊まり続けるのもどうかと思っていたからな」
「そうだねー。リアは早く帰んないといけないからね?」
今度はエレノディアの言葉にリリアスが苦笑する番だった。今頃帝国の王宮はどうなってるのだろうか?やはり帝国国王であるリリアスの父がリリアスの身を心配して暴れまわってるのではないかと思う。そんなことを考えてしまうと宰相には悪いが苦笑いしか出ないリリアス。
「服装と、服に使われた素材から見て予想はついたけどリリアスさんはどこかの貴族なのかな?」
「しっかしよう相棒。だったらリリアス嬢ちゃんになぜ護衛がいないんだ?服もボロボロだしよ。そこんとこどうなんだ嬢ちゃんたち」
「それは……」
「あーそれはねー。リアったら護衛もろとも野党に襲われたんだ。護衛の人達に逃げさしてもらって、一人困ってるとこを旅人であるわたしが見つけたわけ」
「なんと……」
驚いたように固まるバル。イリヤはそんなリリアスに同情の視線を向けながら、でもどこかしかたないと納得したような表情で告げる。
「貴族は金回りがいいからね。貴族が持っている物は売れば高値が付くし、人質にでもとればそれだけで貴族から金を回すこともできる。確かに護衛とかがいて野党や盗賊たちにとっては手が出しづらい相手だけど、それでも狙われないってわけじゃないからね」
「まったくもっていけ好かんやつらだ。物を盗んで生業とするやつらは我ら商人にとっても天敵だからな」
首を捻りながら続けて言うバル。今彼の頭の中にはリリアスを襲った野党たちのことが考えられているのであろう。正直言って彼のような大男から天敵という言葉が出てこようともリリアスたちにとっては別にそうでもないと即答してしまいたいが、もしかしたからバルは別に武芸が長けてるわけでもないのかもしれない。あんななりだが商人というのだ。どこに武器を持って戦う商人がいるのだろうか。
「だが安心せいっ。ここには俺もいる、相棒もいる。例えやつらがここを襲ったとしても嬢ちゃんたちには手を出させたりはせんよ」
そう言ってバルはまたがはがはと豪快に笑い。イリヤも同様、リリアスたちに微笑みながらいた。
「ありがとう。だが馬車に乗せもらってまでいるのだ。もしそんな時があればわたしも戦うよ」
だがそこまで甘んじるのはリリアスとしては良しとしない。彼女ならではの性格だろう。エレノディアなら護ってくれるのら護ってちょうだいとでも言いそうだが、リリアスは王女ながら剣を握るものだ。彼女の父同様戦う者だ。護られてばかれで示しがつかない。
「遠慮しなくてもいいよ。貴族の人に慣れない武器を持たすのもあれだしね」
「そうだぜ嬢ちゃん。言い方は悪いが足手纏いにでもなられたらこっちが困るからなっ」
「むっ。わたしが足手纏いと言うか……。だが」
「はいはい。落ち着いてねリアー。あなたはまだあんまり回復してないんだから戦うなんて論外だよ?」
「だがっ!」
先日受けた魔術師の雷撃の痺れもすっかりとリリアスの身体からは抜けている。受けたダメージといえばそれぐらいのようなものであとは対したものではない。少しの掠り傷などばかりだ。
「リアが思ってるほどリアの身体は傷ついてるよ。今は気付いてないだけ……動けば自ずと気付くから」
「エレノディア……。わかった。あなたがそう言うなら」
「おうおうエレノディア嬢ちゃんに対してはずいぶん聞きわけがいいじゃねえかリリアス嬢ちゃん」
「エレノディアはわたしの恩人だからな……」
「まあそうそう襲ってはこんよ」
「そうだねバル」
だが世界っていうものはいつも突然と理不尽でできてるものだ。リリアスやエレノディアにとって不幸だったのは彼女たちがこの馬車に乗ったことであろう。この“武器”を運ぶ馬車に。
1
「イーリヤ様!バルビレド様っ!」
馬車の外で馬たちを操る操縦士が声を荒げる。その切羽詰まったような声に二人は嫌な予感しかしていなかった。
「盗賊ですっ!盗賊団がこの馬車を狙ってきました!」
「おいおい……どうする相棒?」
「まさか彼らはこの情報を仕入れていたというのか……。だったらまずい!せっかくビハインドの王城に献上する武器だと言うのに、盗られてはたまったものじゃないっ!」
イリヤが何を言っていたかは声が小さくてバルにすら聞こえてなかったが、その醸し出す雰囲気からどうにもかなりやばい状況であることはリリアスにはわかった。エレノディアは我関せずと言った表情でリリアスの隣に座っている。
「規模と状況は!」
「すでに囲まれています!数は五十は超えるかと……」
絶望しているであろう操縦士の顔が浮かぶ。正直言葉だけではそこまでの危機感は与えられない。見て初めて理解できるのだから。その分今まさに見てる操縦士はかなり顔を真っ青に変えてるだろう。今にでも手綱を離して逃げたいほどに。
「っで、どうするよ相棒?」
「囲まれているのだったらこのまま走り続けても無駄だろう。止めたとしても盗賊たちに袋叩きに合うだけ……。良い策が思いつかない」
「いつも通りでいいじゃねえか?」
「ダメだ。今は彼女たちも一緒なんだ。むざむざ危険にさらすわけにもいかない。それにさすがに五十は僕たち二人でも少し手に余る……」
相談するイリヤとバル。どうやらこの状況は彼らにとってもかなりの問題らしい。先ほどまでは意気揚々と言っていたのに、流石に五十という数はそれほど脅威なのだろう。しかも足手纏いを二人連れた今なら尚更といった感じだ。
「……どうにかできないのかエレノディア」
「んーそだね。ちょっと難しいかな?ここの近くに森はないし」
森の精霊とまで言われているエルフは森の中でこそ力を一番に発揮できる。エレノディアに関してはそんなわけではないのだが、彼女はリリアスに自身の正体を教える気はない。知られてしまえばエレノディアはリリアスを殺さなくていけなくなるからだ。魔王と呼ばれるこの身。魔女と呼ばれ忌み嫌われたこの身。幾多の国々を滅ぼした破滅の魔女はいてはいけないのだ。
多少の力は貸すことができるが多少は多少だ。そこまで力を貸せるわけではない。だがそう言ってる場合でもないのもまた事実。
響く轟音。焼ける馬車。馬車の外からは幾多の人による喧騒。そしての操縦士甲高い悲鳴。
「くそ!魔術師か!?」
誰かがそう言った。馬車の足はもう止まり始めている。怯えた馬を操縦士が統一することもできず、いやもしかしたらすでに操縦士はいないのかもしれない。
「盗賊に魔術師って、どうするよ相棒?このままじゃまずいぜ」
事態の深刻さを理解しているのだろうバルは今だ深く考え込んでるイリヤに言う。ただの盗賊団に間樹脂などいない。魔術師というものは目先の利益を追求するものである。なんの目的もなしに彼らは盗賊たちと一緒になったりはしない。つまりこれは元から狙われた行為で在る可能性が高い。
「……ダメだ。ここで戦っても僕たちはなぶり殺しにされるだけだ。せめてどこか相手を錯乱できるような場所じゃないと!」
「っていってもここら辺にそんなものがねえのは相棒が一番わかってんだろうがっ!つべこべ言う前に俺たちは嬢ちゃんたちを護らないかんだろ!!」
絶望しきったイリヤに突っかかるようにバルは彼の襟足を両手で持ち上げる。バルのような大男にかかれば、その力の大きさも加わって彼より背の高さも低いイリヤでは軽々と持ち上げられてしまう。
「悩んでる暇があれば槌を持て!戦うべき場なら剣を持てっ!物は売っても心は売るな!我らは誰にも屈さぬ、我らはただの商人ではあらず!それが俺とお前と親方の武器商としての理念だろうがっ!もう忘れたのか?!ぐだぐだと弱音吐いてる暇があるならやることがあるだろうがっ!」
「だけど!……今は僕とバルだけじゃないんだよ。リリアスさんもエレノディアちゃんもいる……なにかあってからでは遅いんだ!それぐらいわかってよ!!」
焼ける馬車の中で怒鳴り散らかす二人。イリヤのほうは襟が少し首をしめてるのか息遣いが少し荒い。だが比べてバルは普段の陽気そうな気配を垣間見せず、続けていく。
「ああそうだな。相棒が言うことももっともだ……だが、俺は考えるのは苦手だ。ただ槌を振って、剣を握って斬ることしか能のない男だ。だったら俺にはやることが一つしかねえんだよ。このまま追い込まれていくのを黙ってみてるのは俺じゃねえ、このまま黙ってやられてるのをみてるのも俺じゃねぇっ!それは相棒が一番わかってるよなぁ?!」
放り捨てるようにイリヤの襟首から手を離したバルはそのまま馬車の奥へと脚を進める。積んであった荷物から黒く薄汚れた包帯で全体を巻かれた大男のバルですら凌駕する大きさを誇るなにかを取り出した。
「だから行くぜぇ?なに魔術師も盗賊も俺の敵なんぞではないさ」
どこか意味気のありそうな笑みを見せながらバルはがはがはとひとしきり笑った後、ずいぶんと速度が落ちたとはいえ、今だ走る馬車から飛び降りた。
「待てバルっ!?」
「くどいぞイリヤ殿。わたしも行かせてもらう」
続いてリリアスが左腰に掲げた剣を右手で握りながら飛び降りた。残ったのはエレノディアとイリヤの二人。馬車はまだ走る。
2
「なんだリリアス嬢ちゃんも来たのか?」
「請謁ながらわたしも手伝わせてもらうぞバルビレド殿。なに足手纏いにはならない」
黒く薄汚れた包帯で全体を隠すなにかを肩で掲げながらバルは続いて飛び降りてきたリリアスに内心驚いていた。馬車内でこそ一緒で戦うとは言っていたが、彼女は貴族なはずである。まだ貴族かどうかははっきりしていないとこなのだが、身分が高いということはすでにもうリリアスの口から確認ずみで身分が高いというのなら貴族以外にいったい何があるというのだ。位の高い騎士は権力が位の高い貴族と同等になるとは聞いたことはあったが今だ少女と言ってもいいそんな彼女がそこまでの騎士であるわけがない。
「……っま、いいぜ。多分半数は馬車を追っただろうが、そこはイリヤがなんとかするだろうな」
彼らの目の前に広がるのはすでに勝ち誇ったような笑みを浮かべて剣や弓を構える盗賊たち。乗っていた馬からはすでに身体を下して狙いを二人に定めていた。
「剣に弓か……魔術師は馬車のほうに向かったと考えるべきか」
盗賊が持つ武器は剣と弓のみ。魔術師の基本装備は杖か指輪であるために、この盗賊のなかに魔法剣士でもいないかぎりそうなるだろう。何人いたかは不明だがもし魔術師が馬車のほうへ向かったのならイリヤたちが危ないだろう。
「まあエレノディアがいるから対して問題はないか」
「ん?エレノディア嬢ちゃんは魔術師なのか?」
「いや、そうではないが。まあ大丈夫だろう」
あの日。雷撃の魔術からリリアスを救ったのは間違いなくエレノディアなのだから。
「てめぇらああぁぁ!!!よぉぉおおく聞けえええぇぇえっ!!!女は頭から好きにしていいと言われた。だったら俺ら盗賊、やることは一つだよなあああっ!!!」
「奪って殺して犯しつくすっ!これ盗賊の基本だぜぇええ!?」
盗賊の誰かが言った。その声は広範囲にまで響き渡り、盗賊たちの本能を刺激する。これから彼らは奪って、殺して、そして。
「なるほどわたしも物扱いというわけか……下種めがっ」
盗賊の言い草にこめかみに青筋を浮かばせながらリリアスが激昂する。隣で静かに盗賊たちの様子を見てたバルはおお、怖い怖いとちゃかしながら肩に背負っていたなにかを振り下ろした。
刹那、轟く轟音。盛り上がった土。
衝撃で千切れた包帯の中から覗いたそれは銀色に光っていた。
3
「っで、どうするのイリヤさん?」
「どうするもなにも……僕にはどうにもできない。できるのは逃げるだけだ」
すでに馬車は止まり始めていた。誰も馬を動かす人がいないのだ。馬はなにもかもわからず、ただ脚を止めるのみ。
「だったら逃げるべきじゃない?」
「できないよ。ここに置いてある物は盗られるわけにはいかないんだ……」
「だったらどうするのよ……」
正直言ってエレノディアはため息が吐きたくて堪らなかった。バルの口ぶりから聞けばイリヤもそこそこできるのだろうがまったくもって戦うそぶりを見せはしない。だったら逃げるのかと問えば、荷物が大事だという始末。これなら先に降りたバルとリリアスを追ったほうがマシであったとエレノディアは心内でため息を吐いた。だが、今のこの状況でイリヤ一人を置いてくわけもいかず。
「エレノディアちゃんは逃げるといいよ。僕は一人残る……」
申し訳なさそうに笑うイリヤの顔が無償に腹がたったのも事実。
「そうだね。ここにいても危ないだけだもの」
最初に旅人とエレノディアは名乗ったにも関わらず彼らはまったくもってエレノディアに協力を求めてこようとはしない。やはりこの少女の見た目が悪いのだろうかと一人愚痴る。このご時世一人で旅人など危ないだけとういうのに今だ生きてるエレノディアを不思議に思ったりはしないのだろうか。
それともバルが言った通りのお人好しであるイリヤは女であるエレノディアに危ないことをしてほしくはないのかもしれない。それなのだったら検討違いも甚だしいとこだ。
「ま、そう言ってももう遅いんだけどね……」
焼けて少し炭になった馬車の壁を蹴って壊す。穴のあいた場じゃから外を覗けばそこにはずらりと馬車を取り囲む集団たち。
「すでに囲まれていたか……。だったら」
バル同様馬車の奥に置いてある荷物からイリヤの見た目から対して二倍の大きさはあるだろう大剣を担ぎ出してきた。さすがにそれはエレノディアも驚いた。
「なんとかして突破口を開くよ。エレノディアちゃんはその隙に逃げてくれ」
「いやだ」
「ってええ!!?」
身の丈以上の大剣を担ぎながら驚愕に目を開けるイリヤの様はエレノディアから見ればかなり滑稽だった。クスクスと笑いながらエレノディアは右腕をイリヤに向ける。どういう意図を持って向けられたのかわからないイリヤは疑問符を浮かべながらエレノディアを見た。
「リアが心配だからね。とっさに出て行っちゃったから止められなかったけど、リアを置いて逃げるわけにはいかないよ。それにイリヤ一人を置いて逃げるのもあれだしね?」
「だけどっ!」
ずいっとイリヤの口まで持ち上げられたエレノディアの手が彼の口を塞ぐ。そしてイリヤが黙ったのを見届けると手を口から離して人差し指を口に押しつけた。
「年下が何言ってんの。お姉さんを少しは頼りなさい?」
ふふんと陽気に鼻を鳴らしながら言うエレノディアだが、どこからどう見ても彼女がお姉さんに見えることは一生ないだろうが、それでもイリヤを黙らすことぐらはできるようだ。
「籠城戦ってあまり好きじゃないんだけどね……」
イリヤの口元から指を離したエレノディアはそう小さく呟きながらトン、と軽く飛んで馬車から下りる。それに反応した盗賊たちは各々が持った武器を抜いたが、それに目もくれずエレノディアは続けた。
「この場合じゃしょうがないよね?」
足下から広がる魔法陣。すぐ背後にある馬車とイリヤをも包み込むように展開された魔法陣。盗賊たちの中にいたであろう魔術師はそれがなにか気付いた時にはもう遅い。行動を見せた時にはすでに彼らの前には少女どころか、大地から立ち上った土の壁しか見えなかった。