夢の続き4
揺れる身体に気付いて目が覚めた。
「ここは……」
そこは馬の背中の上だった。器用に意識がないというのにわたしは馬の背中に乗っていたようで、起きたわたしに気付いた馬が脚の歩みを止める。
「わたしは……」
意識が落ちる前のことを思い出す。そこは焼け付く森の中だったはず、いかにしてわたしはこんな草原のまっただ中にいるのだろうか?わたしを庇ったあの白髪の少女は?わからないことだらけで頭が痛くなってしまう。
「お前は何か知っているか?」
馬である彼に聞いたところでなにも答えが返ってこないのはわかりきったことなのだろうが、誰かに問わねば落ち着かないのもまた事実。身体についた少しの煤がわたしがあの場にいたことの証明であり、あれは夢などではなく真実であることも。
「わたしは生かされたのだろうか…?」
あの白髪のエルフの少女を犠牲にして。
「……っ」
やりきれない。いったい何人犠牲を出してわたしは生きるというのだ。人を犠牲にしてまでしか生きれないのだったらわたしは死んでしまったほうがマシではないのか?そんな葛藤が頭の中を駆け巡る。考えてはいけないことだとわかっていても、わたしは人を犠牲にしてまでも生かされるほど有益な人間なのかと。
ただ帝国王女なこの身。そこまで大事なのだろうか?
「そこまでにしといたら?あまり自分を卑屈してる性格が螺子曲がっちゃうよ」
不意に後ろから聞こえた声。聞き覚えのある声だった。そうあの森の中でわたしを救った恩人の声。幼い容姿をしたあの白髪エルフの少女の声。
「よっと……、丁度いいね。休憩しよっか?」
わたしが振り返るのと同時に少女は馬から飛び降り、馬の顔を撫でながらわたしに笑顔を向ける。その顔にはわたし同様煤が付いていて、だがそれがいっそう少女を可愛らしくさせていた。
2
「ねえリア?」
「なんだエレノディア?」
わたしがそう言うと白髪エルフの少女エレノディアは不貞腐れたように頬を膨らます。怒りを象徴させているのだろうが、いかんせん。それは見てるだけで可愛くて癒されるだけだとなぜ気付かないのだろうか?
「エディって呼んでって言ったじゃん……。わたしはリリアスのことリアって呼んでるのに」
ぶー、ぶーと文句を言いながらエレノディアはそう言うが、わたしはなんとも…。実際エディと呼んでもいいのだが……なんというか、ずっと王宮に暮らしていた弊害とでも言うのだろうか。わたしに友と呼べる者は一人もいなかった。わたしの周りには護衛の騎士たちしかいなかったし、それも主従という関係で友と呼べるものではない。これもかれもお父様がわたしを王宮に縛ったせいだろう。過保護なお父様はわたしに学園へ行くことも許してはくれなかったからな。
自国にある学園ならともかく行かしてくれてもよかっただろうに。まああれだ……愛称で呼ぶというのはわたしにはいささか恥ずかしいのだ。慣れん……。
「まあいいよ…。リアがエディって呼んでくれるの根気強く待ってるから」
わたしの心内を察したのかしらないがエレノディアはにぱっと笑う。まるで光り輝くようなその笑顔にわたしは申し訳なくなって顔を背けたくなるような衝動に駆られるが、そこは我慢しよう。あきらかに悪いのはわたしなのだから。
「さて、お互いの自己紹介も終わったことだしー。これからどうする?わたしは住む場所なくなっちゃったし、リアは早く家に帰らないと親が心配するんじゃない?」
「……そうだな。早急に帰らねばお父様がなにをするかわかったものじゃない、がその前にエレノディア。あなたの事を第一に考えなくては」
「なんで?」
疑問に首を傾けるエレノディア。確かにわたしは早急に帰らねばいけないだろう。今頃王宮では連絡のこないわたしたちを心配してお父様が動き出そうとするころ合いだ。必死にお父様を宰相殿が縛りつけてくれているだろうが、そこはご愁傷様としかわたしには言いようがない。
「エレノディアはわたしの命の恩人だ。そんなあなたを置いて自らを優先させるなどわたしのプライドが許さない」
「別にいいのに。リアはリアでやらなければならないことがたくさんあるんでしょ?だったらそれを優先するべきだよ。わたしは二の次」
「そうはいかないと言っただろエレノディア」
「わたしは気にしないから大丈夫。それにわたしは恩返しがしてもらいたくてリアを助けたわけでもないし、最初はリアを殺そうとしたよ?」
「……助けてもらったのは事実だ。それに恩を報いたいというのはわたしの勝手だということもわかっている。だからわたしの勝手でエレノディアに恩返しをするのも間違ってはいないと思うが?」
わたしの言い分にむうとうねるエレノディアを見てると彼女がわたし同様頑固だということがわかってくる。新しい発見だ。可愛いだけがエレノディアの取り柄ではないのだな。
うねりながらひとしきり考えたのだろう。ぱっと顔を明るくさせてエレノディアは言った。
「とりあえずはこのこと保留にしよっか」
「保留とな?」
「うん保留。ひとまずはリアの身体の傷も癒さないといけないし、このことは近くの町か村についてから考えよ?」
「ううむ……まあそうだな。エレノディアに恩を返すと言っても今のわたしにはどうにもできないからな……」
彼女に新しく住処を与えようにも町や村の家を与えとこで彼女がそれを良しとするかもわからないとこだ。エルフは森を住処とするからな。お金でどうにかできる問題でもない。そもそも命を助けてもらったのに対して金でどうにかするのも気が引ける。
まずはどこかゆっくりと休める場所に行って、王宮に連絡をとってそれからか……。
「ならば休憩してる場合などではないな。さあ早く出発するぞエレノディアっ!」
「もう、せっかちだね~リアは」
そう言っても反対しないのがエレノディアの良いとこなのだとわたしは思う。離れて休憩していた馬を呼び寄せ、わたしは彼に跨る。
「あんまり走るとリアの身体に響くだろうから歩いていこっか?リアは彼に乗ってゆっくりしててね」
「わたしは早く行きたいのだが……まあしょうがないか。そういえばエレノディア。なぜわたしは意識を失っていたのだろうか?彼らの雷撃の魔術もエレノディアが防いでくれたから少しの身体の麻痺だけですんでいたはずだったはずなのだが?」
「え?!えっとそれはね……」
「それになぜか腹部のそれも鳩尾あたりがかなり痛むな」
「えーと、なんでかな~?!わたしシラナイヨ!気づいたらリアったら気絶してたんだもの!」
落ち着かない彼女を見るのもまた楽しいなと思うわたしだった。
◇
「着いたねー」
「ああ着いた。しかし……」
もう空は日が落ちて夕暮れどころか、暗闇へと変わっていた。街の城壁に付けられた門はしっかりと閉じられ、街に入ることすらできない。魔物が徘徊するこの世界ならではの夜は街ではしっかりと門を閉じられ、見張りの兵以外は門のそばに近付けないことになってる。
城壁に付けられた松明が周囲を明るく照らし、門の真下にいるわたしたちを照らす。
「……どうしようかエレノディア?」
時間にしてはもう深夜。日が暮れてかなりの時間が経った今に街を訪問する者などいないと高を括ったのか門番の衛兵たちの姿も見えず、せっかくここまで来たというのに時間を無駄にするだけに終わってしまった。
「う~ん。ねえリア。さすがに街に入れる場所がこんなバカでかい門だけってわけじゃないんでしょ?」
「まあそうだな。緊急時に出入りできるようにと、あと見張りようの門が隣には付けられていたと思うが……」
「じゃあそこから入れないの?」
「難しいな……。今のわたしたちはどちらとも身分を証明できるものを持っていないからな」
「リアの剣は?」
エレノディアにそう聞かれるがわたしとしては困ったことになった。確かに王女であるわたしの剣には王家の紋章が描かれているが……エレノディアにわたしの正体が知られるのは嫌だ。もうわたしが着ている服でだいたい身分が高いであろうことはバレているのだろうがさすがのエレノディアもわたしが王女だと思わないだろう。かなり私情だが知られて距離を置かれたその日にはわたしはショックで立ち直れそうにない。なにせ初めての友だからな。
それに
「こんな格好で見せても信じて貰えるかどうかだな……」
一番の要因はそれがでかい。視察でたまに外へでかけることはあっても、それでもわたしの姿を知る者は少ない。基本的にわたしは王宮に引きこもって剣を振っているからな。王宮の者ならいざしらず、こんな王都から離れた街にわたしを知る者など皆無に等しいだろう。
「困ったねー。今さら戻って野宿なんてしたくないよわたし?」
「それはわたしも同感だ。しかし、このままだとそうなりそうだな」
いやいやーと叫ぶエレノディアを尻目にわたしは考える。こうなったら一か八かで衛兵に問いかけてみるかと。どうにか上手く話しをでっち上げれば入れるかもしれない。一応傷だらけとはいえ、それなりの格好はしているのだ。多少の不信感を与えることになっても入れてもらえる可能性はないわけではないだろう。
「むー、リアー。めんどくさいからこの門ぶっ壊していい?」
「さすがのエレノディアでもそれは難しいと思うが?この門は魔術を軽減する魔吸石が使われているから、多少の魔術じゃビクともしない」
「じゃあどうするのさー……」
落ち込んだ顔でわたしに問うエレノディアにわたしは困った顔しかできなかった。
1
「お前ら何をしている?」
それは少女たちにとっての救いに違わなかった。
白髪の少女が言う我が儘に困った顔をしたような金髪の少女。その喧噪に寝ていたところを起こされた彼は門の前に突っ立つ彼女たちがなにをしているのかが気になった。もう誰もが眠りに付くこんな夜遅くに街の門の前で何用なのかと。
「む、衛兵か。いないと思ったのだが……その顔を見るからには眠っていたのか」
なぜか傷だらけのドレスを着た金髪の少女が彼を見てそう言う。軽装の胸当てとないよりはマシだと思い持っていた剣を腰に掲げた彼はその少女の恰好に不信感を覚えた。
「ラッキー。ねえねえこれで街に入れるんじゃないリア?」
「……そうだな。起きたところですまないが衛兵殿。わたしたちを街の中に入れてくれないだろうか?」
「二三質問はいいか?」
片や傷だらけのドレスを着た金髪の少女。服に使われた素材から見るに位が高いのだろうが、片や汚れた白いマントを羽織った旅人のような白髪の少女。どう見ても組み合わせが可笑しすぎた。衛兵である彼の不信感を改めて覚えさせるほどに。
「まずこの街に来た理由は?」
まだ来てないのだがあと数日もいかないうちにこの街には帝国王女がやってくる。この街のすぐ近くにある国の視察に行くためにこの街を経由するのだ。そんな大事な時期に来たこの少女二人は怪しさを通りすぎてもはや笑えてくる。
「……少し言いにくいのだが野党に襲われてな。わたしの護衛もすべてやられて一人逃げ切ったはいいが、困っていたところをこの子に助けられたのだ」
「……なるほど」
金髪の少女の言い分は間違っていないのだろう。所々傷の入った服がそれを語っている。貴族が持つ鎧や剣などいったものはその見た目の派手さからしてかなりの高さで売れるのだから。
「ではあんたは?」
男は金髪の少女から視線を変え、白髪の少女へと問いかける。だがそこで気付いた。
「瞳が……紅い?」
門の横に付けられた観門所からは暗くてよく見えなかったのだが、こうして松明に照らされた下で見れば白髪の少女の瞳は血のように真っ赤だった。
「わたし?わたしはね~。旅をこよなく愛する旅人っ!」
まるでごっこ遊びをしているかのように喜々しく言う少女は全然旅人などには見えなかった。
「できれば連絡用魔境などはないだろうか?帰ってこないわたしを心配してる家族に連絡したいのでな」
「この街にそんな高くて立派な物は置いてねえよ……。昔っからの伝書鳩しかないが?」
男がそう言うと金髪の少女は困ったような表情になり、理解していないのか白髪の少女は首を傾げるだけ。
「まあいい。あんたたち怪しいが別にこの街に不利益はもたらさんだろ……。通ることを許可しよう」
「なんだかわかんないけどラッキー?」
「そうだなエレディア」
そうして少女たちは街の中に入るのだった。
2
この街ディダはすぐ隣に帝国一の商業国家が隣にあることから商業に関してはそれなりの有名さを持っている街だ。誰もが寝静まるような深夜の時間だろうが仕事を終えた商人やらが酒場に集まって今日の利益などを話し合い、次の商売先などの話などで盛り上がっている。
何が言いたいのかと言うと、こんな深夜だろうが街の明かりは絶えず付いており、街の中には目元に隈を作った商人たちが行きかっている。もちろん酒場の主人や、商人たち以外はほとんど寝静まってはいる。
そこには宿の主人も入ってるようで。
「閉まってるねリア」
「ああ、閉まってるなエレノディア」
なんとか街の中に入れたというのに二人は宿に泊まれずいた。
「考えはついていたのだが……宿が閉まってるなどとは」
「そうだね。わかりきっていたことだよね」
いくら宿屋の住人だろうがこんな深夜に起きているわけもなく、泊まっている客も含めて全員眠りについてる。
「どうする?」
「ああどうしようか……」
まさか街に入ったにもかかわらず野宿するはめになるとは思いもしなかった。だがそれだけは何としても避けたい二人は宿屋は諦めて、他を当たることにした。
「うーんそうだリア。酒場に行ってみない?」
「酒場?なぜだ」
「同時に宿も経営してるところもあるんじゃないかなーって思ったの」
エレノディアが言うことももっともだった。夜遅くまで働く商人たちの娯楽のために用意された酒場が多いこの街ならないこともないのかもしれないとリリアスは思った。
「そうだな。だったら酒場を探すとしよう」
◇
どうしてこうなったのだろうか。そう考えてリリアスは頭を悩ませていた。
「うっわ~お酒強いんだねおじさん」
「おうよっ!そういう嬢ちゃんもなかなかやるじゃねかっ!」
がはがはと意気揚々に笑う筋肉質な男。その片手には泡立ったエールが注がれており、荒々しい顎鬚を片手で擦りながら男は隣で同じくエールを飲む白髪の少女に言っていた。
「あの男はエレノディアが年下に見えてるのだろうが、自分よりも遥かに年上としったらどう思うのだろうか……」
はっきり言ってエルフの見た目というものは信じてはいけない。どんなに幼かろうがそれで数百歳といったエルフがいるのだ。エレノディアもその類なのだろうとリリアスは思っていた。今では子供のような喋り方をしているが、最初にあった時なんかではそんな喋り方ではなかったではないかと思わず突っ込みたくなる。
「おいおいそこの嬢ちゃんも湿気た面してないで一緒に飲まねえかっ?!」
「飲まねえか~!」
二人して笑いながら絡んでくるこの男と少女をリリアスはどうしたらいいか悩んでいた。エールの入ったジョッキをお互い打ち鳴らしながら、迫ってくる二人に呆れた視線を向けることしかできない。
宿は見つけれた。見つかったのはいいが、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
「すまないな」
「いや、気遣ってくれるだけで有難い……」
隣に座る同じ思いを共有する男に同情の笑みをもらいながらリリアスは改めてため息を吐いた。
「あなたの連れはいつもこうなのか?」
二人から視線を外し隣に視線を向ける。そこには人のよさそうな笑みを浮かべる男が一人。その男の片手にもエールが入ったジョッキがあるが、連れである筋肉質の大男と違って酔ってはいないようだ。白い長そでのシャツと青いベストにネクタイ。黒のズボンを履いた彼はやれやれとでも言いたそうにしながら、大男に一瞬だけ視線を移し、すぐにリリアスへと戻す。
「いつもは違うな。今日は対等に飲み比べできる相手が隣にいてテンションが上がってるのだろうな。しかも子供とはいえ、美少女だからな」
「まったく男というものは……。いや女もそうは言えんか」
大男と一緒に隣で騒ぐエレノディアを視界に捉えながらリリアスはそう呟く。
「……ゆっくりと休めと言ったのはどこの誰だか……」
そう言ってリリアスはまたため息を吐いた。その視界にエールを飲みながらはしゃぐ少女と大男を入れながら。