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夢の続き3

轟々と森が燃える。焼け落ちた木々が周りを囲む。まるで最後の力を使った森の意思がここにいる者達を逃がさぬよう閉じ込める結界のように。炎が囲む。


最初に動いたのは誰か。白髪の少女はブロアの言葉に意にも返さず、うねる炎の光に照らされながらただその場を動きはしなかった。抜き身の剣をその手に持った五人の騎士が少女を逃がさないように既に囲んでいた。


「っくそ!逃げるんだ。例えあなたがエルフと言えどこの状況はまずい!」


すでに囲まれていたことにリリアスは気付けてもいなかった。だからこそリリアスは少女の安否を心配し、毒を吐きながらも言うのだ。


「……くすっ」


だというのにこの白髪の少女は彼女の言葉すら意にも返さない。ただ、玩具(おもちゃ)を前にした子供のように笑みを浮かべるだけ。いったいなにが少女をそうさせるのか。


「斬れっ!」


ブロアの怒声のような指示に一斉に動き出す騎士達。動いた騎士達に触発されたようにリリアスも動こうと脚を動かすが。


「っぁかふっ……!?」


不意に伸びてきた少女の足蹴りに反応する暇もなく、鳩尾を的確に蹴りぬかれて痛みに悶絶してしまう。


「邪魔はさせないからね」


不貞腐れたように言う少女の声がこの森でのリリアスにとっての最後の記憶だった。







彼女(リリアス)は気絶させた。少し痛かったかもしれないけど雷撃でマヒした身体を無茶に動かされてもわたしが心配になるだけだし、あんまり動きまわられて助けられなくなるのも困る。そう考えたら気絶って結構上等な手段だったとわたしは自覚してるつもりだ。


「っと、…」


後ろから首筋に振られた剣をガントレットで滑らす。ギャリィッと気味の悪い音を呻き上げる剣とガントレット。倒れたリリアスを退かす猶予も相手側はくれないようで、次々に剣がわたし目掛けて振られていく。


横薙ぎ、斬り払い、袈裟切り。どれもわたしには掠りもしない。戦場で踊るように回転しながら、ただ振られる剣に合わせて腕をすらせるだけ。たけかましい金属音で煩いが、気にもしていたら斬られて終わりだ。


「こいつっ!」


「なにやってる!」


「奇妙な動きしてんじゃねえぇっ!」


どう剣を振ろうがいくら振ったところで剣は掠りもしない。そもそもがわたしに接近戦で勝つ?お笑い草だなそれは。


「寝てなよおじさんたち」


剣を踊るように避けながら、順番にそれぞれの鳩尾を的確に貫いていく。がつんと拳の進行を胸当てが邪魔をしていたが、衝撃だけをそこに沈めるのも悪くはない手段だと思っている。私的(してき)にはそちらのほうが痛いし、痛みも残る。


雑魚(ざこ)には興味ないんだ」


やるなら大将。できるだけ早く討ちとれば指揮の統一性もなくなって、騎士たちもただのチンピラと変わりない。


「まっさきに僕を狙うか……。戦いに対しての心意気はしってるみたいだね」


だけど甘いと言う(ブロア)の声が小さくわたしの耳に聞こえた。聞こえるように発した言葉ではないのだろうが、変に高い身体スペックのあるこの身体には充分に聞こえたみたいだ。


彼の後ろから感じ取れるマナの気配。それだけで彼がいったことを理解はできたが、どれもこれも彼らはわたしを舐めているのだろうか?集わせるマナも感じさせる魔力も小さすぎる。危機感が小ささすぎるのも困ったものだとわたしは思う。


「貫け雷光(らいこう)!」


「燃やしつくせ煉獄(れんごく)!」


「捕えよ大地(だいち)


歩みを止めるように大地から湧き出る炎。それはあっという間にわたしを囲み、わたしを動けなくしその間に大地がわたしの足を捕える。


「連携は見事なんだけどねー……」


使う相手が間違っていることには気づかないなのだろうか。それでは剣が無理なら魔術っという気持ちもわからないことではないが、わたしほどの魔術師に対して初級、中級程度の術で足止めなど。


「そんなことされたこともなかったよ」







異世界トリップって君達は信じると思う?よく小説や、御伽話の中にあるように、ある日突然知らない世界に召喚される。俺は信じる、信じないで聞かれたらまず間違いなく信じるに答える。というか俺には答えざるをえないってのが本音だげどね。


本当なら俺も皆のようにそれは信じられないと答えたいというところだと言うのだが、そう言えない事情が俺にはあった。あの日、あの瞬間を期に俺はこの不思議ファンタジーな世界に来てしまったのだから。信じる、信じないという話どころじゃないというわけである。


物語のように勇者になって魔王を倒すためでもなく、腐敗した世界を救世主(メシア)のように救うためでもなく。ただ召喚された俺にはなにか意味があったのか。


そんなこと誰にもわかるわけがない。







白髪の少女が舞う。幼い容姿に似合わないガントレットを装備したその両腕を振り回しながら踊る。その顔に最早先ほどまでの笑みの表情も消され、ただつまらなそうに、ただ無表情に騎士を殴り倒す。


すでにブロアの頼みの綱であった魔術兵たちは物言わぬ塊になって存在し、騎士たちは必死に生にしがみつように剣を振るっていた。


「こんなことが……」


ありえるというのだろうか。しかしその言葉はブロアの口からは紡がれない。完璧だった。そのはずだった。現にあの時魔術を放った三人の魔術師たちもそう思っていたに違いない。だけどそれは知ることができない。できるはずがない。死人に口はなし。彼ら三人はもう動くこともできない。


「くそっ!」


ブロアは今だ健在する白髪の少女に視線を向けた。残った総勢で殺しにかかっているというのに少女は今だ傷の一つすらできてない。ダンスでも踊るかのようにヒラヒラと剣を避け、時たま大振りをした騎士の剣を大きく弾いて、その身に拳を打ち込む。


全員が倒れるのも時間の問題だった。






正面から頭から振り下ろす大振りな剣の軌道にただ手の甲を優しく討ちつけるだけ。それだけで手の甲の宿した魔法陣から小規模な爆発が起き、力のない少女でも爆発の力を利用して剣を弾ける。


(もう一カ月が経つんだけど今だ全快とはいかないからね。極力は魔力消費を避けないと)


身体(みたい)を強化する魔力強化は力のない少女に多大な力を与えるが、今だ“未完成”のそれは使う度の魔力消費が激しく、今の少女にとっては非常に燃費の悪いものになりさがっている。


(あーあ。戦闘はもっと楽にこなしたいんだけどなー)


今の戦い方は本来の少女の戦い方と違って、従来のやり方であるなら彼らは骨の一つすら残らずに消し済みにされているであろう。少女は魔術師だ。接近戦を得意とはするがそれは少女が一番得意とするやり方でゃない。もう一度言う少女は魔術師なのだ。


チマチマと殴って敵を倒す魔術師がどこにいるというのだ。魔術師とあるならばもっと派手であるべきだ。破滅の魔女(はめつのまじょ)虐殺王(ぎゃくさつおう)と言われた少女ならではの戦闘方法……それは。


(つど)え、轟雷(ごうらい)。(やっぱり魔力に気を使って戦うってのはわたしには似合わないよねー)」


横に薙いだ剣を屈んで避ける。続いて後ろからくる斬り払いに屈みながら逆立ちをするように片足で相手の顎を蹴って倒す。


「貫け稲津(いなづま)


少女の独奏は止まらない。止めようと躍起になるほど仲間の数が減っていく様を見るブロアにとって見れば、まるでそれは滑稽な道化師のようで。


半ば逆立ち状態の少女の胴を狙った突きが、腕の力でその身体(からだ)を反転することで流され、(ちゅう)を回る少女の足が突きを放った騎士の後頭部に踵を打ち込む。うめき声を上げながら倒れ込む騎士の小さな頭を足場に少女は空へと舞い上がった。


「今こそ裁きの時である」


展開された一つの魔法陣。それは少女の遥か真上に、神が人に裁きの(いかずち)を落とすように。空を塗りつぶすように。


「我は破滅の申し子。破滅の魔女(はめつのまじょ)虐殺王(ぎゃくさつおう)。その名の下に従え神の雷」


りんと鈴が鳴るような音が聞こえた。だげどそれは勘違いで鈴が鳴っているのではなく魔法陣から音は聞こえていた。りんりんりんとけたましく、まるで臨界点を機械のように。


「広……範囲殲滅……魔術だ、と?」


誰かがそんな声を漏らした。






正直言えばブロアは逃げたくて溜まらなかった。この任務も最初からその気ではなかったのだ。彼は自らの君主である王を戦争に勝たせてやりたいという純粋な気持ちを“奴に”利用されてこの任務についてしまった。ブロアは勝たせたかったのだ異種族統一の夢を持つ魔国国王の夢を叶えるためにも。例えそれがどんな手段になろうと、騎士道に反しようと。


だが彼は


「嘘だろ……」


後悔していた。全てに置いて後悔していた。気持ちを利用されたことも、この任務についたことも、王女を攫おうとしたことも、全てに置いて後悔した。きっと全てがなかったらこんな化け物にも出会わなくて済んだかもしれないのだから。







雷光が森に降り注いだ。燃える森に追い打ちをかけながら降り注ぐ雷光はさらに森の火に発破をかけ、激しく燃やしていく。それに気にもせず少女は雷光を放ち続けた。


下を向けば雷に焼かれた無残な騎士の姿がいくつか。だけどそこにブロアの姿はない。焼け落ちる森の中を移動しているのだろうか。仲間を置いて?捕獲対象だった彼女(リリアス)も置いて?だがそう言われても少女は納得する。


(わたしと正面きって戦うバカってあっちでもあんまりいなかったしねー)


やはり彼らをあの騎士と同じように見たのが間違いだったのだろう。力の差を思い知って逃げたところで少女から逃げきれるわけもないのだから。


不意に。


「隙だらけだ」


空中に浮かぶ少女に向けて剣戟の音が聞こえた。(ちゅう)ですれ違う彼の顔に最早余裕という言葉はなく。仲間を失って悲しむわけもなく。ただ後悔しながら、そして生きようと必死にもがく人の姿があっただけ。


少女の顔に笑みが戻ったのは彼の表情を見たのと同時といっていい。何がそんなに愉快なのか、なにがそんなに面白いのか。(ブロア)にそれがわかるわけもなく。ただ空中で笑う化け物に目を見据えるだけ。


そして。


「痛いな……」


肩に滴る赤に向けて指を滑らす少女は痛みなど感じないかのように斬り裂かれた肩を大事に触るように、だけど壊すかのように握りしめる。


「参ったな。油断しすぎたねこれは……」


間違いなどではなかった。ただその思考が少女の頭を埋め尽くす。あの時の“黒い騎士”とはまた違ったがブロアは見事に少女に一太刀を入れた。思ったよりも傷が深いのかそこから湧き出る血はまるで止まることを知らないかのように少女の手と身体を真っ赤に染め上げてく。


“スイッチ”が切り替わる感触がこれまた格別で少女の頭には喜の感情しか浮かばない。


(わたし)も本気をださないとね」


指についた赤をその舌で舐めとりながら少女はその歪んだ笑顔で言う。


対するブロアは怯えた表情で、だが生きる決意をしたその表情で歪んだ笑みを作る少女を睨む。その手には鞘に戻された剣を握りながら。少女がどう動こうが、走れるように腰を落としながら。







今だ(ちゅう)に浮かぶ少女はさっきまでへらへらと笑っていた口を閉じ、大地で構えるブロアを見据えた。彼はいつ、どうやって少女が動こうと反応ができるような体制で待ちに入ってる。少女が動けば、当然ブロアも動き、距離をとりながら戦う参段(さんだん)なのだろう。彼にはもう真っ当に戦うつもりなどは微塵も残っちゃいなかった。ただ生き残れる可能性があるやり方を彼なりのやり方で導き出した。


「……戦いに置いて臆病者ほど厄介のものはないってね。誰が言ったかな?」


少女はまさしくその通りだと思ってしまった。後手に回るというものがこれほど厄介だった(ころしあ)いがあっただろうか?いや、ない。先手がこれほどやりにくいと思ったのも初めてだ。これは少女にとっては初めて尽くしである。


「……治癒(ヒール)


動く前にまずはブロアに斬られた部分の治療。放っておけばその内失血死になるであろうほどの血を今だ流し続ける傷口を癒し、血を止める。ただたんに血を止めたにすぎないので長時間の戦闘はできないかもしれない。短期決戦。この戦いが現実であることがこれほどリアルに感じることができるのも、“それ”のおかげかもしれないと不意に少女は思ってしまった。


“あちら”なら血を流しこそすれば、だが傷口さえ治してしまえばそれ以降から死に直面することなどなかった。ただゆえにあそこが現実ではなく仮想(かそう)ならではのだろう。


だからこそ興奮する。


(今、(わたし)は死の直面に瀕している。これが本当の(ころしあ)い。これが本物の戦闘)


油断すれば次の瞬間に自分の首が飛んでいく世界。それこそが少女の求めていた世界でもあった。つまらない日常?少女にとっては犬に喰わして糞にしまいたいぐらい退屈だ。


そう。少女は刺激(スリル)を求めていた。


「っ、はあぁ!」


細い腕を乱暴に振り回す。掌の先には少女の掌と同等に展開された魔法陣。そこから出るは雷撃。暴風のように大地を薙ぎ払うがすでにその場にブロアはいなく、彼は後ろに距離をとるどころか前に突き進んでいた。


「だったらっ」


残った片方の腕をブロアに狙い定め、今度は薙ぎ払うようにではなく縦に振り上げる。そこからは先ほどと同等の雷撃。鞭のように撓りながら少女目掛けて走るブロアに喰らいつかんと迫った。だがそれも虚しく空を断つ。驚異的な脚力だと少女は舌を打った。急な方向転換と言ってもいいようなほどにブロアはバックステップで一気に真後ろへ飛んで避けたのだ。


「魔術は驚異だ。だけど歳はもいかない子供に殺されてあげるくらいに僕は優しくない」


ブロアにとって詠唱のない少女の魔術は普通の魔術に比べてそれなりの脅威といってもいい。だが彼には今まで培ってきた戦場の経験と実力がある。当たれば即死に近い少女の魔術ちいえど、無詠唱でノーリアクションで発生させられようが、そのスピードは遅いといっても過言ではない。魔術の中で一二の速度を誇る(いかずち)であろうが、操るのは少女。じっくりと観察して動けば避けれない道理はない。


伊達に騎士団の隊長は努めてはいなかった。


「言ってくれる!」


量の掌に展開された魔法陣を握りつぶしながら少女は言った。まさか格下と思っていたブロアにここまでコケにされるとは思いもしかっただろう。今だ剣も抜かず彼は余裕の表れなのだろうか、回避行動に専念するだけ。


(わたし)十八番(おはこ)は近接なんだけどー?!」


膝を曲げ、少女は(ちゅう)を蹴った。


「魔術師が格闘家の真似ごとをするものではないだろう?」


ジグザクに飛び交いながら少女はブロアとの距離を詰め、小さな掌を握り拳を作る。振り上げた拳はブロアの背後から迫り、だが。


「隊長格を舐めてもらったら困るんだよ、これが!」


「あはっ」


ギインと金属音の余韻を残して少女の拳はブロアの剣に阻まれた。嬉しそうに声を上げる少女とは対照的にブロアは動揺していた。握った剣が震えていた。少女を斬ることに恐れたわけでもなく、それは剣にかかる負荷から。


「その小さな身体からは考えられない力だねまったくっ!」


「っと、まだまだぁ!」


弾き、斬り返して距離をとろうとするが少女がそれを許すこともなく。剣を後方に身体を倒すことで避け、また拳を繰り出す。


「本当に子供かいっ!?」


先ほどから剣を前にして怖じけもしない少女にそう思ってしまうブロアは悪くなかっただろう。確かにこの世界には歳はもいかない子供たちが戦場にでたりすることもある、剣や魔術を教えてる学校だってある。だけど実際に実戦を目の前にして臆せずに行動できる人物はそうそういない。


後退しながら剣を振るうブロアだが、少女は離れもしない。そのまま密着状態を維持し、剣を掻い潜りながら拳と脚を器用に使って戦っている。


「う~ん。やるねぇー、ここまで(わたし)のラッシュに耐えれる人はそれほど多くないんだけどなー」


前に進みながら戦うのと下がりながら戦うのでは圧倒的に体力の消費のしかたが違う。確かに迫る攻撃は危機的だが、避ければおのずと反撃の機会がやってくるのだ。しかし下がりながらでは違う。ただゆえに追い詰められてるのだ。そう感じてしまう。焦りも出、攻撃が単調にもなるし、後ろにも気を使わなければならない。ゆえに少女の拳戟(けんげき)を凌ぐブロアの実力が高いことが解ってしまう。


「まっ。でもこれならどう?」


横薙ぎされた剣を避けるのと同時に少女はバク転。後ろに下がりバク転して(ちゅう)を舞う少女の両手には魔法陣。


同時に放たれた雷撃の鞭。それは左右からブロアに迫り、まさしく雷の壁となってブロアを押しつぶさんとする。飛べば狙い撃ち。前に進んでもそこには少女。どちらも鬼門である。


「舐めないでもらいたいねっ」


魔術は使えないがそれでもブロアは騎士団の隊長格。そこには当然普通の騎士だけではなく魔術兵もいるわけで、魔術対策を怠っていないわけがない。剣を鞘に戻したブロアは左右の内、左から迫る雷撃へとその身を走らせた。


走りながら抜刀(ばっとう)の構えをとりもう目の前まで迫った雷撃をしっかりとその目に留めた。バチバチと空気を帯電させながら迫る雷撃に恐怖しながらもブロアは歩みを止めない。目の前に雷撃が迫ったことで剣を握る手に汗が滴る。滑り落ちないようしっかりと握りなおしながら彼は剣を勢いよく解き放った。


「なっ……!?」


少女はその光景に驚き眼を丸くするほどであった。本来なら剣ごとブロアを焼きつくすだろう雷撃がただの剣に、魔術も使えないブロアの手によって断ち切られた。ニヤリとしてやったりと言わんばかりにブロアは少女へと笑みを浮かべる。


「驚いてる場合じゃないよね!」


雷撃を斬り裂いて抜けたブロアは力強く地を踏みしめて止まる。勢いののった身体はすぐには止まらなかったが、引きずった爪後を残しながらブロアは動きを止める。そこから急激な方向転換。逆方向からは同じように雷撃が迫ってはいるが、それは最早驚異とは言えない。すでにブロアは確証を得てしまったのだから。


「そんな致命的な隙を僕が見逃すと思うなよ!」


「……まさか魔術を斬ってしまうなんて……思いもしなかったよ。」


「後悔は僕に斬られた後にするんだな」


すでにブロアは少女の傍まで来ていた。あとは呆けた顔をした少女を切り捨てるのみになっていた。


「見事としか言いようがないね。まさか魔術を斬られるなんて思いもしなかったよ」


「僕も上手くいくとは思わなかったけどね。確証はなかったわけじゃない」


魔術はどんな形をとったしても所詮は魔力の塊でしかない。この世に生きる全ての生物に少なからず魔力というものが宿ってはいる。それを使えるようになるかは人次第であり、ゆえに魔術を使う者はただたんに魔力を操り、それを使えるようにしたにすぎない。


「魔術こそは使えないけど、魔力を扱う練習は彼らから教わっていたよ」


ブロアの部隊にいた三人の魔術師たちのことだった。すでに少女に殺され、二度と動かない身とはなったが、彼らは素敵な置き土産をブロアに置いていてくれたのだ。


「剣に極薄状に纏われた魔力が雷撃を断ったてわけか……」


「知ったとこでもう遅いよもう君は僕の間合いの中。魔術を撃とうが僕に断たれ、近接格闘だけでは決定打が君には打ち込むことができない」


どれだけ腕を動かそうが少女の軟な腕ではブロアには適わないとでもブロアは言いたいのだろう。確かに的はえているが、それでこの少女が諦めるわけもない。


「なるほどなるほど……。勉強になったよ、ありがと。だからね?」


言い知れぬ悪寒とでも言ったらいいのだろうか?ブロアの身体を襲う寒気と恐怖。気がついた時には剣を握っていた腕が勝手に動き、少女を斬ろうとしていた。間違ってはなかったと思う。それは動物が持つ本能に従ったものだったから。野生から離れ、薄れた人間に残った残り少ない本能から導き出された答えに身体が従ったのだから。


「お兄さんもう用済みだよ」


“それ”はなんだったのだろう。少女の背中から出てきた真黒な腕。とでもいえばよかったのだろうか?人間とはまた違った筋肉質な腕だった。尖るような三本の指を持ち、その爪にかかればなんでも引き裂けるような鋭さを兼ね備えてもいた。


音もなく、ただ元からそこにあったように出た腕が振り下ろされたブロアの剣を容易く受け止め、刃は少しその肉にめり込みはしたものの逆に腕の筋肉に挟まれて抜けなくなってしまう。


「……ぁ」


言葉が出なかった。それほどブロアにとってそれはおぞましく見えていたのだろう。その少女も、その腕も。


「っつがぁ!?」


振り払うように振るわれた腕に剣を握っていたブロアは巻き込まれ、剣は抜けないがその勢いに負けたブロアはついにと握った剣から手を離してしまった。燃える森の中に投げ込まれ、焼け落ちてない大木の一つに背を打ちつける。


痛みに肺にあった酸素を吐き出し、ゴホゴホと咳を吐きながらブロアは広場の中央に立つ少女を見る。


「化け…物だと…思ってはいたけど、まさか本当に…人じゃないだなんてね……」


まるで苦虫を潰したかのような表情で少女を見つめるブロア。そこにもう希望はなく。あるのは絶望だけだろう。


「そうだ!あなたには楽しませてもらったお礼をしないとね?」


まるで遊びに付き合ってもらった子供のように無邪気な笑顔をブロアに向けながら言う少女。もうすでにその背中にあった黒い腕は消えていたが、今だブロアには在るように見えてしまう。


「お礼といってもただ(わたし)の名前を教えてあげるだけだけど…死ぬ前にはちゃんと自分を殺した人の名前を知っておきたいものじゃない?」


ブロアに問いかけるように少女は言うが今のブロアにそれに答える気力はない。たった一撃、だがそれでも充分に堪えてしまった。


「エレノディア。遥か四百年前にだけど、この名を聞いて怖じけなかった相手は少ないと思うのだけど?」


「なるほど……僕は最初から無駄な戦いに手を出していたというわけか……」


エレノディア。世界万国にこの名を知らないという者はいないであろう。その名は遥か四百年前に恐れられ、魔王と呼ばれていた数人の一人の名前。


「伝承どうりだとすると君はハイエルフか。見た目というものには騙されてはいけないものだね」


森を滑る(わらべ)。虐殺者。破滅の魔女。数多い(あざな)で国々を滅ぼして回った魔術師。字の中に童とあるようにその容姿から幼さが滲み出てることは知られてはいたが、まさかまさに子供のような姿をしているとは誰も思うまい。一人で国に攻め入り、一騎当千の如く人々を蹴散らして、殺し。その魔術の力量の大きさから魔術の王。魔王とまで人々に恐れられた一人。


「おおっ。よく知ってるね?もうずいぶんと経ってるのに」


パチパチと両手を打ち鳴らしながら拍手をし、喜ぶようにいう少女エレノディア。


(わたし)もずいぶんと有名になったものだね……。まさか数百年たった今でも語り継がれてるなんて思いもしなかったなー」


感激するように、だが照れるエレノディアはそれだけを見れば容姿どうりの子供のようだが、その本性を知ったブロアからしてみればおぞましいかぎり。


「褒美をとらせようじゃないか。……なんてね」


可愛く舌を出しながら茶目っ気を見せつけるが、少女の背から展開されたものにブロアは目を見張る。エレノディアの背から空を覆うように展開された幾千の魔法陣。数は数えるだけ無駄な気がするような膨大な数の魔法陣。


「最後に見るといいよ。(わたし)が魔女と言われた由縁を、ね」


そう告げてエレノディアは身体を翻し、倒れていたリリアスを片手で持ち上げてその場から離れていった。







去ったエレノディアの姿が見えなくなるまでブロアはその場を動くことはなかった。もう一歩も動く気力なんて残ってもいなかった。普通なら痛みも無視して逃げまどうのだろうがブロアにはその気力が最早なかったのだ。


「まさか今頃になって魔王の一人が動くなんてね」


四百年前からその活動が目撃されなくなっていた魔王の一人が動き始めたのだ。どういった理由でこの森に現れたのかはブロアに知る術はない。だがこれは国家問題にもあたいする事柄。だがもうブロアにはこのことを自らの剣を捧げた主君である王に伝えることもできない。


「戦争なんてしてる場合じゃなくなるっていうのに……。悔しいな。僕はあのお方に勝利を捧げると誓ったんだけどな」


もう森の炎は辺りを完全な火の海に変えて、あとはこの場にいるブロアを燃やすだけになっていた。このままいけばエレノディアの置いた魔術が発動する前にブロアは火に焼かれて生き絶えるだろう。だが


「炎に焼かれて死ぬことすら君は許さないというわけか……」


遥か大空に展開された空一面すら覆う魔法陣の数々。バチバチと帯電し、今にも雷を落とさんとしておりブロアは魔法陣の帯電よって光り輝く空を眺めるだけになる。


「心残りがあるとすれば……」


頭に残るはあの方の笑顔だった。


「魔王のことを我が王に伝えられないことだな」


千の雷。破滅の魔女が得意とした一つの大規模広域殲滅魔術。それが森ごとブロアを薙ぎ払った。

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