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夢の続き2

森がざわめく、木々の枝と草を掻き分けながら複数の馬が駆ける。時々先頭の馬に跨る金髪の女性目掛けて、矢や火の玉が撃ち放たれるがそのどれもが彼女は意も解さず己が剣で打ち払っていく。


風に揺れる木の葉が彼女を手助けするように道を示し、彼女リリアスはただそれに従って馬を走らす。


「……これがエルフの力か?」


森と供に生を分かち、暮らす彼らだからこそできる芸当と言ってもいいそれは神秘的で一種の感動を覚えさせられる。だが今それに感動している暇などなく、リリアスは背後から迫る矢じりに剣を振った。


「っく、なんとも言えんな。道案内してもらえるのは嬉しい限りだが、これではいつか追いつかれてしまう……」


だがリリアスが馬の“手綱”を握る必要がないのはかなりのアドバンテージとなる。馬である彼は人間のように利口だ。どうすればこの状況を生き抜けるのが理解しているようだ。だが、それももしかしたらあの白髪のエルフの少女のおかげかも知れない。


ただ自身が彼から落ちない程度に手綱を握り、リリアスは背後から迫る矢や、魔術を斬り払う。走ることや、方向には既に彼にまかせっきりで、だがそのおかげでリリアスは背後に注意を向けることが可能になった。


馬だって生き物だ。ただ跨るだけでは走らない。しかるべきことを教え、調教してやっと人を乗して走れる。乗せた走ったとしても人の命令がなければ馬はただ愚直に直進するだけで終わる。この逃亡戦では命令をせずに走らせることはリリアスにとっては多大なアドバンテージだ。


前を向かずに後ろだけに注意を向けられる。追っ手の全員は背後。前ではない。逃げ切るのならただ愚直に直進するだけでもいいが、ここは森の中。森の地形とは平地と比べて雑だ。木々がその行く先を邪魔し、草や枝に隠れて踏みしめる大地の確認が雑になる。


「お前達なにをしてるんだ!相手は女一人。なぜすぐに仕留められないんだ!!?」


「しかし隊長!この足場の悪さではちゃんとした狙いも定められませんし、それに届いたとしても全部斬り払われます!!」


今だ仕留められないリリアスに痺れを切らしたこの部隊の隊長である青年が声を張り上げる。その瞳の中に映るは焦りの色。このままリリアスを森から逃がせば、捕獲のチャンスを逃す可能性が高くなり彼らの立場が危うくなる。


「くそ、くそっ!なぜ王女はこの足場が悪い中後ろに注意を向けられる!!」


叫びたい衝動を抑えながらこれまでのことを思い出す青年。この森に逃げるまでは王女の馬術は良いとも言えないただ乗って走らせるだけというお世辞にも上手いとは言えない程度だったはずだった。だが今この状況を見ればどうだ。まるで長年つき添ってきたでもいうような馬との信頼関係も設立し、走ることをすべて馬にまかせっきりである。


「……なぜだ、なぜ!?」


今はつかず離れずの状態だがこのままではいづれ距離を開けられ、逃げ切られる。


「逃がしてたまるものかっ!僕たちの命が掛かってるんだ!!魔術兵、広域殲滅魔術を使え!森は燃やしても構わない。王女の脚を止めろ!」


それはあまり勧められることではなかった。森に火を放つというのだ。森の外なら言わずもがな、彼らも中にいる。つまり彼らにも火の手は襲いかかるのだ。だがそれだけ彼らも切羽詰まっているというわけでもある。失敗すればない命。それが彼らに拍車をかける。


「っ!まさか森に火を撃つというのか!?」


先頭を突っ切るなか、大音量の走る足音が聞こえるなかリリアスにも聞こえた高らかに歌うように魔術を詠唱する声。大量の火の属性のマナを周囲からかき集める様子をその目で見た彼女は即座に理解をせざるをえなかった。リリアスも火の属性を得意とするもの。体内に吸収するマナを見てそれは先ほどからリリアス目掛けて放たれる火の魔術と規模が違うと。


「いけない……それはダメだ!死にたいのかお前達!?」


「もとより覚悟の上で僕達はあなたを捕えに来た。失敗すれば死ぬ命……だがそうそう死んではられないこの身っ!博打というものもたまにはいいものだと僕は思ってるよ」


覚悟を決めたという青年の瞳。それはもうどんなことを言われたって揺るがない。だがリリアスは森を焼くという“行為”にその身を焦らせていた。


「これ以上森を破壊されれば……」


いったいあの少女はどうするのだろうか。エルフのその身ならばわかるはずだ、この場に充満する大量の火のマナ。それがどういう使い方がされるのかも。


危険だ。危険すぎたその行為。リリアスは森が焼かれ始めた後のことを想像してその顔色を青く染め上げる。


「ははははっ!もうなにを言ったところで止まらないよ王女様っ!!」


森がざわめく。ただ風にその身を揺らしているだけのように見えるがリリアスにはそう見えない。まるで静かだった森が怒り始めるように見え、そして詠唱を終えた魔術兵たちが左右に、リリアスを超えて追い越すように炎の津波を放った。








森が焼けていく。彼女を追っていた騎士達の魔術兵達が火を放ったせいで。まだ森を荒らして破壊するのは許せた。木が倒され、破壊されようがいつかまた芽が根ぶくから。だが炎は違う。


焼けていく森を茫然と見上げるように白髪の少女はいた。その森の中にいた。焼けて悲鳴を上げ続ける森の声をその身に聞きながら少女はいた。焼け落ちる木々、灰にかえる草。メキメキと悲惨な音を上げて倒れ、燃えてゆく森。


「……一か月だ」


たった一カ月この森に住んでいた少女。まだなにもわからず生まれたての赤子をあやすかのように受け入れてくれたこの森。だがそんな短い期間だったとしてもこの森は少女の親のような存在だった。正直エルフという存在だったからというとこもあったのだろうが、それでもこの森は少女と供に生きることを良しとしてくれた、時に口うるさく、だが優しくまるで本当の親のように少女と一緒に暮らした。


「……そう、だよな……。なんでこんなこと考え付かなかったんだろ」


自身の愚かさを改めて教えられてしまった。彼ら騎士達が森に火を放たないわけがなかった。追い詰めるためになんでもするってなんで気付かなかったのだろうか?自身の愚かな行動のせいで少女は“二人目”といえる親を失うのだ。


「あーあ……バカだな(わたし)は、こんなことなら初めっからめんどくさがらずにみんな殺してしまえばよかったんだ……。虐殺は(わたし)の得意分野だっていうのに」


壊すことしかできない少女にこの森を助ける手段はもたず、それにここまで火が燃え広がったこの森を助けることは誰にでもできないだろう。


ふと少女は頭によぎった金髪の女性のことを考えた。


(あの人は無事にでられたのかな?)


きっとまだだろう。こんな火の手が燃え広がるなか、やすやすとそう前には進めまい。ただ直進するだけで出られる道を示したがこれではまともに進むことも難しいはず。そこまで考えて少女は茫然とさしていた己が肉体を動かした。


「せっかく人が善意で助けようとしたんだから、その辺で死なれてたら寝覚めが悪いかな……?」








「ブルルルッッ」


炎に行く手を阻まれ、さすがに彼も止まらざるをえなかったのかもしれない。彼から降り、わたしはこの炎の元凶となった彼らと対峙する。


「ほんと……やってくれるっ」


「捕えられないにせよあなたを失うことは帝国にとっても痛手のはず。ならば僕たちはせめてこの命をかけてあなたを殺させてもらうだけだ」


わたしを追って来た彼らも全員馬から降り、すでに抜き身の刃をその手に持っている。これはもしかしたら絶対絶命というやつだろうか?お父様はこういう状況をなんどか垣間見たと言っていたが、どうやってその状況を潜り抜けたかは教えてくれなかった。


今さらかもしれないが聞き出しておくべきだったのかもしれない。


「そこまでして戦争に勝ちたいか?!」


「我が王を勝たせるためになら僕はどんな手段だって使う。例え奴に踊らされていようとね。……お喋りはここまでだよ王女様。大丈夫もし運がよかったのなら手足のどちらかがなくなるかもしれいけど、生きてられるかもしれないよ」


悔やむ暇もなく、騎士達は迫る。


しかし、森を燃やしたのは本当に間違いだったかもしれない、失策も失策だ。


「集え集え集え」


「詠唱?だけど遅い」


そんな青年の声が遠くから聞こえたが、遅いのはどちらだっただろうか。


「わが身を包め、その欲深き業火の炎で」


左右から迫る二人の騎士による斬り払い。迷いもなくわたしの首目掛けてくる刃にわたしは怖じけもせず、ただ


「わたしは地獄で身を焦がす罪人となろう」


その手に握った刃をはしらせた。







轟っと身を包む紫炎。迫る剣を溶かし、リリアスは剣を振り払い、まるで虫を払うかのように二人のその首を刎ねた。


「っな……」


我が目を疑う様に驚く青年。落ちた二つの“なにか”。まるで湧き出る泉のように降り注ぐ雨のようにその赤をそこら中に散らばせた。


だが彼女の身体は赤に染まらない。降り注ぐ紅い雨の中を平然としながら剣を振るったその体制を維持しながらリリアスは動かぬ塊になった二人の騎士を見る。


「わたしを追い詰めるためとはゆえ、火を放ったのが悪かったな」


その身に纏う紫炎はリリアスに降り注ぐ紅い雨を蒸発させ、まるで鎧のように彼女を全てから護る。大量の火のマナを犠牲に使われたその魔術は地獄から罪人を焼く炎を呼び出し、使役する魔術。水など言わずもがな、鉄だろうと人だろうと近付くものは全て燃やしつくす業火。


「本来この術は限られた場所でしか使えないという扱いどころが悪いモノなのだが……、貴様達のおかげだ」


限られた場所とは火山など火のマナが大量にその場に存在する大地。五体属性を連なる火のマナは何もせずともその場に在るものだが、それでもこのリリアスが使う術に足りない。使おうにも火のマナが尽きて発動すらしないものである。だが今この場は火山ほどとは言わないが大量の火のマナが在る。きっかけは魔術の火とはいえ、一度火がつけばそれは自然そのものとなる。火のマナというものは炎とともに存在する。


大規模な森火事を起こせば、本来満ち足りぬマナも足りるということだ。


「しかしやってくれる……この森を燃やすとは」


「それがなにかあなたに困ることでもあるのかい?聞いてみればこの状況は王女、あなたにとって望んでもいられない状況だと僕は思うのだけどね」


皮肉のような青年の言いざまに、リリアスはピクリと片眉を動かすが、反応はそれだけでそれ以上は何も言わない。もう語るも遅いというわけだ。


「確かに厄介な魔術だ。さすが武王唯一の娘といったところだね?だけどさあ、総勢二十五人……おっと二十三人か。僕達騎士団に一人で勝てるとは思わないことだよ」


一介の英雄と同等扱いされている武王ただ一人の娘であるリリアス。だがリリアスは武王ではない。もしこの場にいるのがリリアスではなく武王ならば彼らは一瞬でモノ言わぬ肉塊(にくかい)になっただろうが、対峙するはリリアスである。武王に鍛えられたその身とはいえ彼女は十九歳の女性だ。たった一人しかいないその身、数の暴力相手ではどうにもならない時がある。


「……リリアス・ノル・ヘウゼ・アンデバーグ。一人ではない。我が身にはいつだって彼らが傍にいるからな……推して参らせてもらう…!」


「名乗り上げかい?王女が一介の騎士のまねごとを、ね……。ブロア・リンベル。名乗らないわけにはいかないのが騎士というものの(さが)かな?」


リリアスの名乗りに例え騎士ではないにせよ、その心遣いを感じた青年ブロアだからこそ自身も名乗り上げた。まるで今から一対一の決闘をするかのように見えたが残念ながらそうはならない。


ブロアが名乗りを上げたところで他の騎士たちは動き出していたのだから。







轟とまるで悲鳴を上げるかのように紫炎が渦を巻く。その中心にはリリアス。上空から迫った蛇のようにうねる水の奔流から身を護るために紫炎を動かしたのだ。ジュウっと焼き石に水をかけたかのように奔流は蒸発していき、それにより起きた水煙がリリアスを隠す。


「水はダメだ!他の魔術を使えっ!!」


叫ぶブロアの声が聞こえる。火に対して水を使うのは一種のセオリーのように思える。だがこの紫炎に対して水ではいささか役不足だっただけ。ブロアに叫ばれた魔術兵たちもそう感じたのか周囲からその身に集わされるマナに水のマナは見当たらない。


ざっと大地を蹴る音がリリアスの後ろから聞こえた。悠々とその状況をリリアスに見ている機会はなく、ギラギラと光る鋼の刃がその身を危険に晒す。リリアスの背を一閃するかのような斬りあげ。


「無駄だっ!」


前ばかりを注視していたため一瞬リリアスの顔にひやっとした汗が流れたが、紫炎を背後に回すことで事なきことを得た。振られた剣は業火に焼かれ、その身を焦がして形を崩す。それに最早斬るという機能はなく、リリアスに迫った騎士の一人は呆気なくその身を紫炎に焼かれてこの世を去る。


「……まったく数というものは厄介だなっ」


味わってからこそ身にしみる体験談というものだろうか。それは他人に言われただけでは本当に理解することは難しい。だが一度味わえば理解できるというわけである。


ばちりと閃光が(はし)った。詠唱を終えた魔術師による(いかずち)の魔術だ。音速すら容易く超える雷に例え紫炎でさえ防ぐ術を知らない。その速さに燃やしつくすことができないためだ。


穿つ雷撃の槍を身体を屈ませ、避けるが続いて一撃、二撃と止まることを知らないようだ。


「っく、近付くことさえままならぬというわけかっ!?」


続けて放たれる雷撃の槍を避けながらリリアスは悪態をつく。だが魔術兵が雷撃の槍を乱発するために騎士はリリアス同様近付くことができないためにお互い様と呼べるが、それでも動かされるリリアスからしたらジワジワと体力を削られていく。


「我が言葉にしたがえ大地よ!」


一人の魔術兵が高らかに詠唱を始める。その言葉の意味と、彼に集まるマナからしてそれは今だ雷撃の槍を撃ち続ける(いかずち)の魔術ではなく


「その重き身体(みたい)を操り、我が宿敵を捕えよ!」


大地を操る地の魔術だと。


うねりあがる大地。雷撃を避けるリリアスにとってこれほど厄介な魔術はない。意思をもったかのように動く森の大地はリリアスの足下から形を作り、リリアスの足を捕えた。


「っ火に雷に地まで使うのか!?多種多様すぎるのも困ったものだな!!」


リリアスは火属性特化型であるために火属性の魔術以外使えない。それに比べてブロアの部隊にいる魔術師たちは多種多様の魔術をこなす。紫炎は確かに強い魔術と言えるが、だがそれでも魔術の使いようでは弱い魔術でも打ち負かされる。雷撃の魔術がいい例だ。その速さにより燃やしつくすことさえ不可能なために、どんな威力の弱い魔術だろうが防ぐことすらできない。リリアスが形を持たない炎である紫炎ではなく形のある地の魔術を使えてたのならば苦戦などもしなかっただろう。


そもそも火の魔術は攻撃性に優れすぎているせいか、防御という観点に対しては著しく弱い。圧倒的な攻撃力もそのためにあると言って違いないと思われるほどに火の魔術は防衛には向かないのだ。


()ったっ!」


大地に囚われたリリアスを見、ブロアが勝利を確信した。彼女がその身に纏わせる紫炎で大地を焼き崩すより、ブロア側の陣営にいる魔術師が放つ雷撃の魔術が彼女(リリアス)を撃ち貫くほうが早いと。


だがここでブロアは一つの間違いを起こしたのだろう。


「殺すな、生かせっ」


ブロアにとって、いや彼が所属している魔国にとってはリリアスという帝国王女が生きて魔国に囚われるのと、ここで殺して帰るのであればだいぶ観点が変わってくる。もちろんそれは政治的材料としての話なのだが。


ブロアの声に反応した魔術師が威力を落とした雷撃を今だ大地に囚われたリリアスに向けて放つ。当たれば死にはしないが気絶する程度のショックと、軽度の火傷は負うだろう雷撃。紫炎に焼かれて、ボロボロと今にも崩れそうになった大地の手。だがさすがと言えるのか、そう容易くと壊れてくれない。


「ここまでということかっ……」


武王と呼ばれたリリアスの父ならばこの状況だろうと容易く突破するのだろう。そして意図も簡単に希望を見出すのだろう。そういうことばかりがリリアスの頭の中に考えられていく。


(所詮わたしはわたしか……、お父様ではないとはわかっているのだがどうにも悲観してしまうのだな)


武王の期待に添えられて育ったリリアスだからこそ彼女は父に憧れ、父のようになりたいと思っていた。だが結果はどうだ。父とは違い自分はもう負けの一歩手前。こう考えてる間にも雷撃はリリアスを貫くのだ。


「紫炎を使ってまで負けたのを知ったらお父様は怒るだろうな……」


もう雷光(らいこう)はリリアスの目の前まで迫っていた。反射的に紫炎で雷撃を止めようと炎を伸ばすが、雷は止まらない。燃ゆる紫色の地獄の業火を貫き、その矛先はリリアスへと叩きこまれた。


ブロアは二つ、己が行動を間違えた。一つは言わずもがな森を焼いたこと。そして二つ目は。







「僕達の勝ちだっ!」


リリアスに雷撃が直撃したとこをその目でブロアは確かめていた。紫炎の防御を潜り抜けたのもブロアはしっかりとその目で見ていた。だからこそ確信して言えるのだ。自身こそ勝者だと。


雷撃の影響で今だ立ち上がる土煙りでリリアスは姿が見えなくとも、それが晴れればリリアスがその場に意識をなくして倒れている姿があるだけなのだと確信をもって言えた。一時の勝利の余韻、それを噛みしめる様にブロアは大声で叫んだのだ。


その言葉の中には安心という気持ちも含まれていたのだろう。彼らは任務に成功し、自らが仕える君主に良い報告が伝えることができるのだから。


「くくっ、ふふははははははははっ!!!」


「ははははははははっ」


「はははははっ、はあぁ?!」


だからこそブロアは心底驚愕した。自分以外の笑う者の声。ブロアを除き、この場で大声で笑う者はいない、いないはずなのだ。だがそれは隠された土煙りの中から聞こえ、彼は大口を開けながら土煙りを呆けたように見た。


風が吹く。土煙りを払う様にこれ以上隠すこともないと言わんばかりに風がそれを剥いでゆく。


「危機一髪ってやつ?」


そこにはリリアスを庇うように立った白髪の少女が一人。二ヤリとまるで嘲笑うかのように微笑みながらそこにいた。








驚愕していたのはブロアだけではなかった。白髪の少女が今目の前に。自身の前にいることがリリアスにとっては信じられなかった。だかこそ彼女はその姿をまるで幻のように感じていたのだが。


「……うん、怪我もないし大丈夫」


くるりとブロア達騎士をまるで気にもせず背を向けてリリアスの安否を気にする彼女をどうして幻影と捉えれようか。


剣を大地に刺し、膝を立てるリリアスを心配する|彼女(白髪の少女)に申し訳なくなってしまう。それもそうだ。リリアスは止めることができなかった。少女の住処であるこの森を燃やしてしまったのはなにもブロア達、彼らだけの(せき)ではない。止められなかった自身と、この森に逃げん込んだ全ての元凶である自分が悪いのだと考えしまう。


「……わたしは」


すぐにでも謝罪の言葉をその口から紡ごうとリリアスはするが不意に少女の人差し指が彼女の口にあてられた。


「今は野暮なこと言うときじゃないよ?それはこれが終わった後にでもね」


ぱちりと可愛らしく片目を閉じた少女。その真っ赤な瞳に見据えられ、リリアスは黙り込んでしまう。


「いつまでそうしてるつもり?」


痺れを切らしたかのようにブロアが告げた。本来なら背を向けてあろうが斬って捨てるべきなのだろうが、それをしなかったのは彼女が少女のような容姿をしていたためか、それとも騎士道精神に反するためか、それともどちらもなのか。定かではないがブロアには躊躇われたようだ。


「しかしいったい君は何者だい。こんな危ない森の中に何か用事でもあったのかな?」


「そうだね……用事と言えば用事だね。それもとびっきり大事な用事だね」


向き直り、ブロアと対面する少女。その白髪と血のような紅い瞳を持った容姿の少女を警戒しながら相対する。なぜと言われればブロアはこう答える。あの雷撃を防いだのはこの少女以外いったい誰がいるのだと。それに加えてこんな今だ燃える森の中にいるのだ。警戒しないわけがないと言える。


「せっかく親切心が出て助けようとしたのに、死なれたら寝覚めが悪いじゃん?それに……」


ポツリと少女は言葉を漏らす。


「この森を焼いたあなた達にはきっついお仕置きをしてやらないと気が済まないってのもあるね」


「……なるほど王女を手引きしたのは君というわけか。おかしいと思ったよ。逃げていた彼女が急に攻勢に出るなんて自分が有利な状況に陥らない限りありえないわけだからさ」


「手引きって言っても親切丁寧に道を教えてあげただけなんだけどー」


それがなにか問題でもあるのかと白髪の少女は言いたげだがブロアにとっては大問題だ。それのせいで彼らはここまでの窮地までにおとしめられたのだ。問題も問題も大問題と言っても過言ではなさ過ぎた。ゆえに。


「例え君が純情無垢な少女だとしても、僕らの邪魔をしたと言うのなら斬って捨てられたとしても文句はないよね」


騎士として今だ幼さが抜けていないこの少女を斬るのは少し抵抗があったとしても、任務の邪魔をするのなら別だ、とブロアは少女に伝えたかった。ブロアとて本望ではないとしてもこれはもう戦争問題にまで発展する事柄。冷戦が続くこの状況の殻を破ればこのような少女を斬る機会がないわけでもなくなるのだから。


「わたしを斬る?……ずいぶんと面白いことを言うんだねお兄さん」


くすくすと笑う少女。その容姿ながらまるで小悪魔のようで、そして確かにこの少女は彼らにとってまるで悪魔なのである。それを一番に理解していたのはリリアス以外この場にいなかっただろう。少女の正体を知る彼女以外それは知ることもない。


「斬れるものなら斬ってみるといいよ。油断したこの身、もしかした届くかもしれないね」


それは運命だったのかもしれない。少女は今日夢を見ていたのだから。状況は違うが、今と同じように油断していたこの身を見事斬ってみせたただ一人のあの騎士と同じ騎士である彼らなら、と。もしかしたらその刃は通るのかもしれないと。


「……()れ」


冷たく、小さな低いブロアの声が森に響いた。パチパチと今だ木々が燃えゆく森の中を。

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