第22話 イヴネス到着、しかし
どうも円男です。
一瞬だけでもランキング上位にいて色々吹いたのは内緒。
「……っ!?ん?ナナシ、あんた何でそんなに疲れてんだい?」
馬車の心地良い揺れと振動の所為か何時の間にか寝てしまっていたあたしだが、車輪が石でも踏んだのかその時の大きな揺れで目が覚めてしまった。一瞬何かと辺りを見回してしまったのが少し恥ずかしい。
いや、そんな事は置いておいて隣では心なしかやつれているように見えるナナシと、それとは対照に凄く良い笑顔で微笑んでいるパトリシアとかいう女がいた。そういえばこの女って侯爵家の娘だっけ?あれ、目の前で寝るとかあたし凄い粗相した?
それでもしかしてナナシが責任取らされる事になってこんな事に!?
ヤバイ、考えろあたし!ナナシとあたしの両方が助かる最善の道を考えるんだ!
そんな事をレンが考えているとは思わず、俺はパトリシアさんに話す内容を考えるのに集中していた。もう結構色々話したんだけどこの女性の好奇心が留まる所を知らないのかって位に質問してくるもんだからネタが尽きてきたんだ。本当はもっと色々話せることは有る筈なんだけどさ、いつもは色んな曲聞いてて今度カラオケで歌おうとか思ってたけどいざカラオケに行くと何歌おうか思い浮かばなくて結局ありきたりな歌ばかり入れちゃうみたいな?そんな感じ。
今の所は陶器の話とか何か金持ちが好きそうで且つ一般人にも普及してる物の話を色々したんだけど、そろそろ話も尽きてきた。こうなったら最終手段だな。
「パトリシア様の話を聞かせて頂けませんか?」
そう、自分が駄目なら相手に話させて時間を潰す。これぞ会話の続け方。もし相手も話すことが無かったら途端に会話が無くなって気まずくなる諸刃の剣でもあるが……。
「私の話ですか?つまらないと思いますよ?」
「いえ私、先に言ったように記憶がありません。なのでどんな話であろうと新鮮で貴重なんです。それに私のような平民が貴族様のお話を聞けるなんてとても良い機会ですよ」
そう言うとパトリシアさんは「それならば」と言って話し始めてくれた。
よし、女は話し始めれば長いのが定番だ。それどころか長く喋ってないと死んでしまう生き物の筈、きっと夕食位までは持つだろう。というか持って下さい。
「さぁナナシさん! 次はナナシさんの番ですよ !さぁ、さぁ!」
パトリシアさんの話は言っては悪いが普通だった。普通と言っても俺みたいな一般人には到底分からないような話だったが、凡そ予想していた箱入り娘の話って事だ。
そこまでは良かった。しかしその話が終わった途端にこれだ。一体あんた何が知りたいんだよ。
「そう言われましても、私にはもう話せるような事は御座いませんよ」
ハハハと苦笑いを返す。あぁ、早くイヴネスに着かないかなー。
そんな事を思っても馬車のスピードが速くなるわけも無く「もっとお話を! 」というパトリシアさんの声が耳を抜けていくだけだった。
「やっと、やっとだ。やっと着いたんだ。ははは、イヴネスよ! 私は帰ってきた!」
馬車から降りた俺は今までの苦労を消し飛ばすように叫んでいた。イヴネスの門外で。
「いや、ナナシあんたイヴネスは初めてじゃ……」
イヴネスに着いた反動で口から飛び出てきた言葉に対してレンが律儀に突っ込んでくれるがやめてくれ。俺も今自己嫌悪の最中なんだ。
一体何を叫んでるんだ俺……。
しかーし、これでやっとパトリシアさんの好奇心による質問の嵐。あれに耐え続けた甲斐があったというもんだ。
「ふぅ、やっと着きましたね。ではナナシさん、続きは私の屋敷でお願いしますわ」
俺の後に従者を引き連れながら馬車を降りたのはパトリシアさん。なかなかパンチの効いた冗談ですね。
「父上もこの細工に結構な評価をしてましたの。きっと父上もナナシさんに会いたいに決まっています!」
決まってねーよ。と言ってやりたかったが、俺には無理です。
「ええーと、ご冗談では?」
「いいえ、ナナシさん。私はまだまだ貴方のお話を聞き足りません!」
胸の前で拳を作り気合を入れる彼女に対して逆らう術を持たない俺は、肩を落としながらもイエスと言う選択肢しか無かった。
あぁ、やっと分かったよ。神などいない。
しかし、侯爵家に客人として招かれるのがどのような事で、どれだけ名誉な事なのかは、今の俺は考える気も起きず、門番の兵士とにこやかに話している侯爵家の娘さんに気付かれない様に溜息を吐くしかなかった。
あと鼻の下伸ばしてる門兵よ。その笑顔に騙されると痛い目見るぞ……。
とうとうナナシ君の活動の拠点になるイヴネスに到着しました。
これからもよろしくお願いします。