第21話 災い転じて福となす?
今回は早めに投稿することが出来ました。
「それで、ナナシさん? 一体どういうことでしょう?」
肩を掴まれた俺はずるずるとパトリシアさんの馬車に連れ込まれ、ただ今尋問の真っ最中である。とりあえずレンは反省するまで飯抜き。
まぁそんな事はさて置き、仮にも侯爵家のお嬢様であるこの人は怪しい人間をおいそれと自分の馬車に連れ込んで良いのだろうか? いやいけないんだろうなー。だって護衛隊の人達から刺すような視線が色んな方向からぐさぐさと痛いし。
別にこの人に何かしてやろうとかそんな気持ちはこれっぽっちも無いけどね。ただこのままイヴネスまで乗せていってくれたら良いなとは思うけども。
「どういうことかと聞かれましても困りますが、それを作製したのは私で間違い無いと言っておきます。ただ、此処には道具も無いですし証拠を見せろと言われてもこれ位しかないですけどね」
そう答えながらズボンのポケットに入れて歩いていた銀の水筒を取り出し彼女に手渡す。
「凄い、これも銀で出来ているのですね」
色々な方向から見てみたり振ってみたり蓋を開けて中を覗いてみたりと好奇心旺盛な少女にしか見えない。しかし彼女はおそらく俺より年上であり、間違っても少女では無いのだが……。彼女の身に纏う雰囲気と言えばいいのかあまり年上の女性といった空気を感じさせないのだ。それのせいで気兼ね無く話せているのかもしれないがね。当然、本当なら気兼ねするどころか平伏して通り過ぎるまで顔を上げられない位の身分差はあるのだろうけど。
「えぇ、中は錆にくい金属を使っていますから、しっかりと洗って使用すれば長い間使用出来る筈ですよ」
だからだろうか、友達に話すような感覚でこんな言う必要も無い上に異世界の人間ならほぼ確実に興味を惹かれるような言葉が口から漏れてしまったのは……。
心中でしまったと自分に悪態付くが遅かった。その話をもっと詳しく話せ。さぁ、さぁ。といった目で彼女がこっちを見つめてくるのだから……。畜生、最近ガードが甘いぞ俺の口。
「あ~詳しい説明は非常に難しいモノになるので簡単に説明しますが、何種類かの金属を決められた比率で混ぜ合わせると別の金属になるのです。これはその一つで『ステンレス鋼』と私は呼んでいます」
説明をしはしたが、やはりこんな専門的な話は簡単に噛み砕いても駄目だよな? 目の前で先程より更にじっくりと水筒を眺めている侯爵家のお嬢様を見てそう思った。いや、思っていた時期が俺にもありました。
「これは……うーん。ナナシさんこれを譲って頂くわけにはいかないでしょうか?」
「別に譲るのは構いませんが何を為さるんですか?」
これを聞いたのはただの興味本位。別にこんな水筒一つ悪用等しようが無いだろう。
「作ったナナシさんには申し訳ないのですが、中の金属を調べてみたいと思いまして。駄目でしょうか?」
「別に全然構いませんよ。中の金属だってただ錆びにくいというだけで特に凄いという訳でもないですしね」
何も気にしないから好きに持って行って良いですよ的なニュアンスで言ったつもりだったんだが、何かパトリシアさんの様子がおかしい。肩を震わせ目をカッと見開き、今にもこっちに飛び掛ってきそうな獣を想像させた。えっ?
「何を仰っているのですか!? この金属があれば船も長持ちするようになります! 平民の方々が使っている食器だって長持ちします! この金属でどれだけイヴネスが発展すると思っているのですか!?」
あれ? と思った時には既に遅く、両肩を掴まれてガクガクと前後に揺らされながら『ステンレス鋼。これは良い物だ』的な話が開始されてしまった。
とりあえず一旦落ち着いて頂きたい。これ以上やられると酔う。ただでさえ二回目の馬車で慣れていないのにこのトドメはいただけない。あとレン、お前護衛だろ? このお嬢様止めてくれ……。
同じ女として何かパトリシアさんの興味を惹かれる話題でも出してくれればと思い横にいるボディーガードを見る。……何で船漕いでやがんだコイツは!? 俺ピンチだしパトリシアさん貴族だぞ? 肝が据わってるとかじゃなくてただの大馬鹿だろコイツ……。イヴネスに着いたらクビにしてやろうか。
いや今はそんな場合じゃない。ピンチなう。
「パ、パトリシア様、苦しいので話してもらえませんか?」
「あ!? え!? 申し訳ありません」
自分のしている行動と俺との距離の近さに驚いたのか、以外にも簡単に開放してくれた。あぁー苦しかった。
そういえば言われてみるとステンレスって結構凄いんだな。前の世界じゃ当たり前だったし、船もよく考えたらマレの村にあった木造の舟しか見なかったし。普通は鋼板とか繊維強化プラスチックとかばっかだったからそんな考え浮かばなかったよ。
発明とか発展てやっぱり初めの閃きが大事なんだなーとかしみじみ思っていると、パトリシアさんがおずおずと手を挙げているのに気付いた。
「何でしょう?」
「あのような事をしておこがましいお願いだとは思うのですが、この水筒は譲って頂いてよいのでしょうか?」
この人は本当に出来た女性だな。そんなもん撤回しようとしたら幾らでもやり様はあるだろうに。もしかしたら俺がこの程度の事でへそ曲げて一度言った事を反故にするような小さくて卑しい男だと思われているのかもしれないが……。自分で考えてて悲しくなるからやめよう。
「私が一度言った事を反故にするような卑しい人間だと思われですか?」
「い、いえ! 決してそのような事は……」
俺がそう言うとわたわたと手を振り否定しながらも言葉が尻すぼみになって最後は黙ってしまった。うん、今のは俺が悪かった。
「その水筒は今貴女の手に有り、私は貴女に譲ると言いました。なら今その水筒の持ち主は誰でしょうか? 貴女でしょう? それに、貴女、いやイヴネスにとってそれがどのような利益をもたらすかなど関係無いのですよ。私にとってそれはただの液体を持ち運ぶ道具でしかないのですから」
「ナ、ナナシさん!」
パトリシアさんは俯き小さく肩を震わせて俺の名前を呼ぶと、次の瞬間バッと頭を上げて俺の手を両手で包むようにして俺を見据えた。ダメだこれは絶対に何か面倒な方向に行く感じになってる。絶対面倒な事頼まれる。
「私、感動いたしました! もし宜しければ私とイヴネスまでご一緒しませんか? 私の目的は果たせましたし後は帰るだけですから、それに道中私の知らない事を色々教えて頂きたいのです」
ほーら面倒…な? あれ超ラッキーじゃないか? 前の世界の話しても問題無さそうな事を話すだけでイヴネスまでの馬車の旅が保障される。それに旨くいけば侯爵家にコネが出来るかもしれない。まぁこっちはあんまり期待してないけどな。パトリシアさんが侯爵夫人とか家長だったら話は別だったろうけど。何にせよ安全にイヴネスまで行けるだけで御の字だし文句は無い。
「ええ、そういう事ならば喜んで。私の話は詰まらないかもしれませんが宜しいですか?」
「いえ、きっとナナシさんの話なら為になる事でしょう。よろしくお願いします」
あれ、いま少しハードル上がったか? 少しばかり不安が残るけどなんとかなるだろ。
何はともあれ後はイヴネスまでお嬢様のお相手を頑張って努めさせてもらいますか。
それにしてもこの俺の隣で涎垂らして露骨に寝てやがるボディーガード(仮)はどうしてやろうか?
次でイヴネスに到着する予定です。
感想等ありましたら気軽によろしくお願いします。私のやる気もアップすると思うので。
誤字脱字は極力無いようにしているつもりですが、もしありましたら知らせていただけると嬉しいです。