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覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが“本物の覇王”にされそうなんだが?》  作者: 深海星


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002 覇王領

 自らを覇王と崇える者たちから解放され、玲は自室へと戻っていた。

 

「はぁ〜…疲れた」


 ため息を吐き、高級ソファーへ体を深く沈み込ませる。それは玲が『これは良いものだな』と雑誌を見ながら軽い気持ちで言った次の日に、ルナがどこからか持ってきたものだった。

 今来ているスーツすら『服が欲しいな』と言ったその夜に、『覇王様にはこちらが似合います!』と自信満々に持ってきたものだった。

 自信満々に、それも褒められることを期待した目で持ってくるので、断ることも出来なかったのである。

 結果、外見まで完全に支配者のそれになっていた。

 

 全てはあの日、玲の気まぐれによって少女に名前を与えた時から始まった。ルナは玲の後をついて回るようになり――


(この前少し出かけた時も……)


 玲は数日前、買い物に出た時のことを鮮明に思い出していた。

 

 少し買い物に出かけただけ。

 それだけなのにルナが『護衛です!』とついて来くる。

 そして玲が少し『荷物が多いな……』と漏らせば


「覇王様……あいつらに荷物持ちをさせましょう」


 と言って、その辺りで暴れていた能力者の元へつかつかと歩いていき、あっという間に能力者たちを地面に跪かせていた。

 そして――


「この方こそ……世界を統べる覇王様です……従わなければ殺します」


 と言い放ち、小さな胸を張りながら後ろで呆然として立っていた玲の前へと連れてくる。

 そんな調子だから、次から次へと玲を覇王と呼ぶ者が増え、猫でも拾うような気軽さで仲間を増やしていった。

 後から知った事だが、ルナは能力者の間では有名な存在だったらしい。彼女の実力が、周囲に玲を本物の覇王だと信じ込ませていた。


「大体覇王ってなんなんだよ。意味わかんねぇ〜」


 あの日、暇つぶしについた嘘とも言えない滑稽な言葉。

 その嘘によって玲は苦しめられていた。


「はぁ……社長くらいにしておけば良かった」


 微妙にズレた感想を口にし、何度目か分からないため息を吐いた時、ドアがノックされる。

  その瞬間に玲は背筋を伸ばし、覇王としての仮面を被る。

 少しして、一人の少女が扉を開けて入ってきた。

 小柄な体型に、少し大きめの黒いパーカーを着た少女、ルナだった。パーカーの袖が余っており、可愛らしい印象を与えていた。

 その余った袖から少しだけ手を出し、何かの資料を持っている。

 玲の前まで来ると、ルナが口を開いた。


「覇王様、ご報告があります」


「聞こう」


「本日、セタガヤ西区が制圧完了しました。」


「エッ?」


 玲が素っ頓狂な声を上げる。が、それも一瞬のこと。すぐに覇王の仮面を被り直す。

 ルナが資料を差し出した。

 玲はそれを一瞥し、ルナを見る。


「ほう、西区を制圧したか」


「これでセタガヤ区は制圧完了……全ては覇王様の計画通りです」


「……ふっ、そうか」




 

 


 (待て待て待て!セタガヤ区制圧?なんで?セタガヤ区なんで?)


 なんとか覇王の威厳を持って答える玲。それに満足そうにしながら話を続けるルナ。

 だが、玲の内心は渋面を浮かべていた。


 (あっ、前にセタガヤ区の情報誌を見て『いいな』って言ったからか?)


 玲の背中に冷たいものが伝わる。

 ルナは玲の言葉を拡大解釈する節があった。


「……これで覇王領はまた広がりました……全ては覇王様の意のままに」


 覇王領。

 ルナが能力者たちを連れて制圧した場所は、いつの間にかそう呼ばれるようになっていた。

 なぜか無駄に治安が良く、わざわざ移住してくる人間まで居るそうで、玲の知らぬところで拡大を続けている。


(全然意のままじゃ無いんですけど…ああ、胃が痛い)


 玲はまたも自分の知らぬところで領地が増えている事に胃をキリキリとさせていた。

 報告の終わったルナが静かに何かを待っていた。その機械のように冷たい表情からは感情を読み取る事はできない。

 だが、ここまでの付き合いで玲にはそれが何を意味するのか分かっていた。


「よくやった、流石ルナだ」


「……ん」


 そう言って頭を撫でると、普段は人形のように感情を見せないルナが、その時だけは僅かに目を細める。

 その様子を見ていた玲は思わず言葉を漏らす。


「……猫だな」


 気持ちよさそうにしていたルナの眉がぴくりと動く。


「……なるほど……分かりました覇王様」


「そ……そうか」


(えっ……何が?何が分かったんだろう?)


 三十分後。一通り撫でられて満足したのか、ルナはまた無機質な顔に戻り部屋を出ていった。


(今日は長めだったな……)



 


 翌日、ルナはどこからか美しい白い毛並みの猫を持ってきた。

 それを見た玲は心の中でぽつりと呟く。


(覇王なんてもう辞めたい……)




 ――――――――――




 ネオトウキョウ・シブヤ区。そこは大企業――九条インダストリアルが納める街。

 軍事産業が活発なこの都市は他の街に比べ、かなりの治安の良さを誇っていた。

 そして住む者たちの最近の話題の種は“とある噂”で持ちきりだった。

 

 寂れた居酒屋。そこそこ客も入っているその店で二人の男が酒を交わしている。


「聞いたか?セタガヤ区も覇王領になったらしい」


「ああ、聞いたよ。なんでも九条も狙っていた赤い死神《星葬ネメシスのノア》が大暴れしてんだろ?」


「ああ、しかも奴は例の“覇王様”にご執心らしい」


「このシブヤ区にもそのうち来るのかねぇ」


「無いとは言えねぇな、いくら九条があるとは言えあの“赤い死神”だからな」


「怖い怖いねぇ」


 そこに隣の席で二人の話を聞いていた青年が話に割って入った。


「でもよぉ、その覇王領ってのはこのシブヤ区よりも治安が良いんだろぉ?」


「そうらしい、嘘くさいもんだがな」


「ならいっそ俺たちも先に覇王領にいっちまう方が良いんじゃねぇかなぁ」


 それはあまりにも突飛な発言。企業である九条インダストリアルの庇護下から出るなど自殺行為に等しい。


「……」


 だが、誰もそれを笑えなかった。

 何故なら相手はあの赤い死神なのだから。

 窓の外では、天を貫かんとする高層ビルの赤い光が怪しく輝いていた。




 ――――――――――――



 


 とある高層ビルの最上階。そこは九条インダストリアル本社だった。そこには三人の影があった。


「覇王領……下らんと言い切るには些か勢力を広げすぎていますね」


 灰色のスーツを身に纏った細身の男が静かに呟いた。

 それを聞いた高級な和服に身を包んだ恰幅の良い老人が面白くなさそうに口を開く。


「ふん、覇王などと大層な名を語りおって。早急に部隊を手配しろ」


「しかし相手にはあの“赤の死神”が……」


 その言葉を遮るように老人は机を叩きながら立ち上がる。


「だいたいお前の部隊があの小娘を始末せんかったからこんな事になるんじゃろ!!」


 そう言って壁にもたれかかった男に怒号を飛ばす。

 その男は九条の社紋が入った戦闘服を着ており、その短い黒髪をかきあげながらめんどくさそうに答えた。


「……それはそうだ」


 男はまるで他人事のように笑う。


「俺に任せろよジジイ。今度こそ俺の部隊《黒狼》が死神ごと覇王とやらも屠ってやるよ……」


 男はそれだけ言い残すと、その身体は黒い雫となって床へ溶け、姿を消した。


「ふん!勝手な男じゃ」


「しかし彼の実力も確かです。覇王の力を見極めるのには丁度良いかと」


 老人はその言葉に不機嫌そうに『ふん』と喉を鳴らした。




 ――――――――――――




 玲は高級ベッドに寝転がり眠りに入ろうとしていた。

 しかし先程から何やら外が騒がしい。


(まあ良いか。俺には関係ないし〜)


 いつものように能天気に考え、猫を撫で部屋の明かりを消そうとしたその時だった。

 勢いよく扉が開かれる。入ってきたのは何処か慌てた様子のルナだった。


「……覇王様……このような時間に申し訳ありません」


「構わん、何の用だ」


 玲は一瞬で覇王の仮面を貼り付ける。


「九条が動きました……直属の対能力者部隊、黒狼です」


 玲の眉がピクリと動く。


「ほう、九条が動いたか」


 そう答えはしたが、玲はよく理解していなかった。


(……九条ってあの武装企業の?なんで?)


「狙いは……私、そして……覇王様です」


「ん?……ふん、成程な“犬”が忍び込んだか……」


 冷静な玲(何も分かっていない)を見てルナはいつもの調子を取り戻す。


「では、迎え撃たなくてはな……!!」


 玲はとりあえずその場のノリでそれっぽい言葉を口にする。


「はいっ!覇王様!」


 その覇王をルナは目を輝かせて見ていた。

 だが、玲の内心は全く別のものだった。


(なんでぇ?俺殺させるんか?!嫌じゃ!死にとうない〜!!!)


 外から聞こえる音は、騒がしさを増しており戦闘の気配を嫌でも感じさせた。

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