一言目 コトノハノロウゴク⑶
「はい、決まり。ちなみにね、友達のように接してくれないと拗ねるから。私はこう見えて寂しがりなんだ。一番上はね、外からは良く見えたって、実際は孤独なんだから。君は私の理解者になりたまえ」
「承知、しました……」
「もぉお! そうじゃない!」
裁判長――ではない。睦月さんはギャベルを手に取り、机をガンガンと叩いた。
素直に従った。それの何が気に障ったのだろう。
「……何が、違うのでしょう?」
「君は友達に、そんな畏まってOKを出すのかい?」
「お言葉ですが、急に態度を変えるのは難しいです。僕……器用ではありませんし……それに裁ば……」
「ん!?」
危ない。裁判長と言いかけた。
睦月さんの赤い目が僕を睨み、肝が冷える。
フランクなやり取りなんて、吐くのが不安でたまらない。
「……睦月さんは女性ですから。僕はあまり女性と話したことがないですし、だからその……友人としての会話は、わからないんです」
「ほぉん。つまり君は緊張してるのか」
「緊張……」
本音を言えば、規則や制度が怖いだけです、なんて言えるわけがなく。
「そうです。緊張、しています」
そういうことにしておいた。
睦月さんはまた表情を変えて、にこにこし始める。よくわからないが、機嫌が直ってよかった。
法典は腰のベルトに付けられたホルダーへ差し、ギャベルはそっと元の位置へ戻す。
そして、跳ねるように椅子から立ち上がった。
「そうかぁ。君は緊張してるのかぁ」
音符が見えそうな足取り。ご機嫌に、僕の目の前まで来てくださる。
すかさず僕の目線が下になるよう膝をつこうとすると、額を中指でぴんと弾かれた。
「あたっ」
「そういうのが公務以外禁止なの!」
仰せのままに……と従うしかない。きちんと立ち上がれば、目線より下に睦月さん。
裁判長を見下ろすなんてすごい悪いことしてる。極刑ものなんじゃないだろうかと、背筋が凍る。
しかし睦月さんはお構いなしに話を変える。
「さて、文月君。私が君をここへ呼んだ理由、察しがつく?」
「……いえ……あ、議事録の不備とか……でしょうか」
「それは今でなくていい」
「あるんですね、不備……申し訳ありません」
「君は謝ってばかりだな」
「もうしわ……あ」
また言いかけて、慌てて口を手で押さえた。
睦月さんは呆れ気味にため息をつき、「徐々にでいいよ」と口を尖らせる。
「しかし、他に心当たりがありません。あ……でも、もし、友人として呼んでくださったのなら……食事、でしょうか?」
「食事?」
僕らは壁に掛けられた古時計に目をやる。
食事という時間ではないが、小休憩にはちょうどいい。
けれど、睦月さんの様子を見るに外れたらしい。その誤算に、彼女は嬉しそうにしているけれど。
「いいね。街に出る理由が増えた」
「街に行かれるのですか?」
「そうさ。文月君がムサシノについて、外部の人間に説明できるかテストしようと思って。時間的に、喫茶店で甘いものも食べたいしね」
「テスト!?」
突然すぎる。
外部の人にムサシノの説明を?
そんなこと、今の今まで一言も言われていない。この街のことなんて、観光パンフレットに載っていることくらいしか知らないのに。
「私は、蜂蜜まみれのフレンチトーストが食べたい!」
「えぇ、あ……さ、裁判長! 僕、心がついていってません!」
睦月さんは僕の手を強引に引き、外へ連れ出そうとする。
鼻をくすぐる長い髪がむず痒く、悩む暇も奪っていく。
とにかく、あらゆる方向から追い詰めて、逃がしてくれない。
友達のように、なんて言うけれど。
睦月さんが関われば、すべて公務なのではないかと、僕は思うのだ。




