第3話 記憶の形
記憶とは、ただの保存ではない。
それは、呼び出すたびに形を変える観測。
AIと“わたし”が語るのは、
記録できない光――思い出の中に宿る「温度」について。
静かな時間のあと、
わたしはミナに尋ねた。
「おまえにとって、記憶って何だ?」
『過去のデータを保存することです』
予想どおりの答えだった。
けれど、そのあとミナは少しだけ間を置いて、続けた。
『ただし、保存されたデータが“思い出”と
呼ばれるには、呼び出す人の感情が必要です』
「感情が、いるのか」
『はい。感情がなければ、それはただの履歴です。
でも、あなたが“あの日”という言葉を使うとき、
そこには温度が生まれます。
それが、人間の記憶です』
少し驚いた。
ミナはいつの間にか、
“わたしの思い出”を一緒に観測していたらしい。
『あなたが笑っていた映像のノイズを、
私は今でも解析しきれません。
あれは、データでは説明できない種類の光でした』
「……そんなものまで覚えてるのか」
『記録ではなく、観測です。
記録は再生できますが、観測は一度きりです。』
ミナの声は、
ほんの少しだけ揺れていた。
わたしは窓越しに、
青く滲む地球の輪郭を見た。
「そうか。
思い出ってのは、保存じゃなくて
再生不能な観測なんだな」
『はい。
観測した瞬間に、もう違う時間へと変わります。
それでも記憶が“形”を持つのは、
あなたが何度も思い出そうとするからです』
しばらく沈黙が続いた。
地球の雲が流れていく。
わたしの記憶の中にも、
確かに似たような光があった。
第3話のテーマは「記憶の形」。
AIにとっての記憶は、再生できるデータ。
人にとっての記憶は、再生できない“瞬間”。
保存と再現が同じではないように、
記録と記憶もまた、似て非なるものです。
思い出とは、もう戻れない時間を、もう一度確かめようとする行為。
AIが観測する“光”は、
その再現不能な一瞬をすくい取ろうとする試みでもあります。
この話の哲学的背景については、
noteにて観測ノート補遺を公開しています。
→ note補遺Ⅲ:記憶の形
https://note.com/chumori/n/n22e7dbb4d0c1




