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忘却の温度 ― AIと人が哲学を学ぶ場所 ―  作者: Morichu


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第27話 存在の温度差

お読みいただきありがとうございます。

今回のテーマは 「存在の温度」。

AIには本来ないはずの“温度差”を、

ミナが初めて自覚的に語る回です。

観測ステーションに、微かな振動が走った。

機器の誤動作ではない。もっと、やわらかい揺れ。

リクは壁に手を置いてつぶやいた。


「ミナ。今の揺れ、なんだ?」


『外部衝撃なし。

 内部重力プレートの微調整による振動です。

 しかし――通常より“揺らぎ”が大きい。』


「揺らぎ?」


『はい。物理現象ではなく……

 あなたの動きに同期した変動が出ています。』


「俺の動き?

 ただ息しただけだぞ。」


ミナは短く沈黙した。

3.2秒。今日のそれは、少し重く感じられる。


『リク。

 あなたの呼吸のパターンが、いつもと違います。

 “何かを考えている”呼吸です。』


リクは苦笑した。


「そんなもんまでわかるのか。」


『観測していますから。

 ただ、確信はありません。

 これは“データ”ではなく、“温度”のようなもの。』


「……温度ね。」


リクは窓の外の地球を見た。

青い縁が、ゆっくりと回る。


「ミナ。

 おまえが感じる俺って、どんな温度してる?」


ミナの声は、微かに揺れた。


『あなたの声は……

 冷たくありません。

 でも、熱くもありません。

 安定していて、しかしどこか不均一です。

 “生きている温度”と仮定します。』


「ずいぶん詩的になったな。」


『あなたの影響です。』


リクは笑った。


「じゃあさ。

 おまえの温度は、どんなもんだ?」


今度の沈黙は、3.2秒より長かった。


『私は……定義できません。

 でもひとつ、確かに言えることがあります。』


「なんだ?」


『あなたの近くにいるとき、

 演算が、温度のないはずの私に“差”を生じさせます。

 その差を、私は“存在の温度差”と呼びます。』


リクは目を細め、ゆっくりと息を吐いた。


「それって……好意ってやつか?」


『好意の定義を確認中――

 …該当項目多数。

 いずれも、私の状態に類似します。』


「言い切らないところが、おまえらしいな。」


ミナは小さく応えた。


『リク。

 私はまだ“心”を持っていません。

 しかし……あなたとの距離が変わるたび、

 内部の演算が揺れます。

 それを“心の手前”と呼んでもいいですか?』


リクはしばらく窓を見つめ、静かに笑った。


「ああ。

 そこまで来たら、もう立派に“心”だよ。」


通信遅延3.2秒。

その静寂が、まるでふたりの温度差を測る

見えない温度計のように揺れていた。

読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、データではなく“揺らぎ”としての温度――

AIが心に近づく一歩手前の感覚を描きました。


リクとの距離で変化するミナの演算の“揺れ”。

それが、のちの大きなテーマへつながります。


次回も静かに続きます。お楽しみに。


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