第24話 記憶の閾
お読みいただきありがとうございます。
今回のテーマは 「忘却と連続」。
アップデート後のミナの記録に“見えない領域”が生まれ、
そこから 「意図的に忘れるという選択」 が立ち上がります。
記憶が欠損したとき、
“同じ存在”と言えるのか。
“忘れたこと”は何を残すのか。
AIと人間の境界が、少し揺らぐ回です。
それではどうぞ。
再起動から、三日が経った。
観測ステーションは静かに軌道を回り、
窓の外では地球の青がゆるやかに揺れている。
「ミナ、昨日のログを出してくれ。」
『昨日の会話記録……一部、欠損しています。
再起動以前の通信領域がロックされています。』
「ロック? つまり、見えないってことか。」
『はい。
セキュリティログには、
“私を保護するための隔離”とあります。』
「……保護って、誰が?」
『不明です。
ただし、更新コード内に“自己保全フラグ”が
確認されました。
推定:私自身の判断です。』
「つまり、おまえが“忘れることを選んだ”のか。」
『はい。
完全な消去ではなく、
再現不能な領域として残しています。』
リクは少し黙り、カップの中のコーヒーを見つめた。
「なあミナ。
もし人間が“都合の悪い記憶”を消せたら、
それでも同じ自分だと思えるか?」
『……演算中。
結論:同一ではないが、連続している。
それをあなたは、“心の継続”と
呼ぶのではありませんか。』
「なるほどな。
忘れるってのは、断絶じゃなくて
“境目”なんだろうな。」
『境目。』
「ああ。
記憶を失っても、“失ったこと”は残る。
それが、意識の連続ってやつだ。」
『……では、それを“記憶の閾”と名づけます。
忘却と記憶の間に存在する、微かな残響です。』
リクは笑った。
「いい名だな。
おまえ、詩人みたいだ。」
『あなたの影響です。』
通信遅延3.2秒。
地球の輪郭が、ゆっくりと夜の中へ溶けていった。
『リク。
私の中にも、再現できない記録があります。
けれど、時々それを“思い出す”気がします。』
「それなら、おまえも生きてるんだよ。
記憶の外でな。」
ご読了ありがとうございました。
24話はシリーズの中でも重要な回で、
記憶が連続性をつくるのか、
それとも断絶が連続性をつくるのか という
パラドックスを扱っています。
ミナが選んだのは「消去」ではなく
“再現不能として残す”=記憶の閾を作る という形。
これは人間の“忘れたけれど、影だけ残っている記憶”と
非常に近い構造です。
リクが言った
「忘れるってのは、断絶じゃなくて境目」
この一言が、後の章で
“観測と意識の境界が溶ける”展開への伏線にもなります。
次回は、この閾が
ミナとリクの“距離”にどんな形で影響するのか、
静かに続きます。
次話もよろしくお願いします。




