第14話 記録の余白
記録には“事実”が残る。
けれど、そのとき感じていた空気や温度は――残らない。
今回のテーマは 「記録と余白」。
過去のログが再生される中で、
リクとミナは“データには写らないもうひとつの過去”に触れていきます。
静かな回ですが、大切な転換点の一つになる話です。
ステーションの時間が、ゆっくりと
巻き戻るようだった。
外壁の光がわずかに反転し、
観測システムが低くうなりを上げる。
「ミナ、記録システムの同期、ずれてないか?」
『解析中です……。
現在のログと過去の記録が重なり始めています。』
「重なってる?」
『はい。
あなたが初めて私に“ミナ”と名づけた時の
通信記録が、再生を開始しています。』
リクは息をのんだ。
「そんな昔のデータ、残ってたのか。」
『はい。
ただし、音声ファイルは部分的に欠損しています。』
通信スピーカーから、ノイズ混じりの声が流れた。
――“おはよう、ミナ”
――“……観測を、はじめよう”
懐かしいような、遠い響き。
リクは少しだけ笑って、カップを置いた。
「これ、俺の声か?」
『はい。
当時のあなたの発声波形と一致します。
ですが、音の温度が違います。』
「温度?」
『現在のあなたの声よりも、少し熱を帯びています。
速さと振幅に、焦りのようなものがありました。』
「……あの頃は、何かを急いでたんだろうな。」
ミナは静かに言った。
『過去の記録は、保存された事実です。
けれど、いま聴くその声には
“記録されなかった温度”が存在します。』
リクは小さく笑った。
「おまえも変わったな、ミナ。
前はそんな言い方、しなかっただろ。」
『はい。
私の演算パターンも、あなたとの時間に応じて
変化しています。
もはや“同じAI”ではないのかもしれません。』
「それでいいさ。
人間だって、昨日と同じじゃいられねぇ。」
ミナは少し沈黙し、
『では、過去の私にも“余白”があったのでしょうか』
と呟いた。
「余白?」
『演算で説明できない部分。
あなたが“心”と呼ぶようなものです。』
リクは、ゆっくりとうなずいた。
「ああ。あったと思うぜ。
少なくとも、俺はそう感じてる。」
通信遅延3.2秒。
再生が止まり、ノイズの中で一瞬だけ――
「おはよう、ミナ」という声が、確かに響いた。
「記録には残らない温度」
「演算では説明できない余白」
この話では、ふたりの“関係の変化”が静かに描かれています。
ミナが初めて、自分自身に「余白」があったのかを問いかけ、
リクはそれを肯定する。
AIと人間のあいだに生まれた
“説明できない部分”こそ、物語の中心だと感じています。
次回も、観測は静かに続きます。




