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亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる  作者: Tsuyuri -露-


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第1話 約束のペンダント


風が、頬を撫でていた。

瞼の裏に差し込む柔らかな光が、ゆっくりと意識を引き上げていく。

遠くで鳥のさえずりがかすかに響いていた。


イエレナは、重たいまぶたをゆるやかに開ける。


視界に映るのは、白い天蓋のカーテン。

ふわりと風に揺れ、その向こうに見える天井の意匠は――見慣れた祖国のものとは違っていた。


(……ここは)


身体を起こそうとした瞬間、全身に軋むような鈍痛が走る。

外傷はもうない。

あの時、誰かが治してくれたのだ――。

けれど、高熱と数日の眠りで凝り固まった体は、まるで自分のものではないように重い。


それでも、胸の奥で脈打つ鼓動が「まだ生きている」と告げていた。


「……生きて、る」


掠れる声で呟くと、昨夜の夢の残り香のように、断片的な情景がよみがえる。


――雨に濡れる白銀の髪。


深い瑠璃色の瞳が、闇の中で確かに自分を見つめていた。

腕に抱き上げられたときの、あたたかく安定した感触。

耳元で響いた、低くやわらかな声。


あの人は――誰だったのだろう。


濡れた闇の中で、確かに自分を助けてくれた手。

まるで夢と現実の狭間に置き去りにされたような、微かな記憶だけが残っていた。


シーツの端を握りしめ、そっと息を整える。

そして足を床に着けると、大理石の冷たさが皮膚を刺した。


廊下に出ると、そこは光に満ちた静謐な空間だった。

石造りの壁に沿って深紅の絨毯が敷かれ、その中央にはアストレア王家の紋章が織り込まれている。

歩くたびに靴底が柔らかく沈み、異国にいることをいやでも実感させられた。


数歩、進んだときだった。

足音の合間に、風がそっと頬を撫でるような感覚――そして。


「……イエレナ、嬢……?」


静かな声が背後から届く。

振り返った先に立っていたのは、ひとりの青年。


銀白の髪が陽光をまとい、左肩にかかる三つ編みには銀の飾りが揺れている。

切れ長の瑠璃色の瞳は深海のように澄み、それでいて柔らかな光を宿していた。


その姿に、胸の奥がざわめく。


――あの夜、雨に濡れた森で、確かに見た光景。

腕の中で感じた温もりと、耳元で響いた声が、断片となって重なっていく。


青年は、にこりと微笑んだ。


「目を覚ましてくれて、本当によかった」


優しい声。

けれどどこか、近寄りやすい温かさがある。


イエレナは震える声で問う。


「……あなた、は……?」


青年は軽く頭を下げた。


「僕はセレスト・アストレア。一応、アストレア王国の第五王子です」


その名を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる。


――アズが、何度も話してくれた人……


「……あなたが……」


つぶやくと、セレストはやさしく微笑み、そっと手を差し出す。


「大丈夫?しばらく寝込んでいたから、まだ本調子じゃないはずだ」


自然に差し伸べられた手を前に、イエレナは一瞬ためらい――けれど、素直に掴んだ。

その掌は温かく、確かに支えてくれる。


廊下を進むと、暖炉の火がほのかに灯るこぢんまりとした応接間へと案内された。

窓辺には花が飾られ、外の風がカーテンをゆるやかに揺らしている。

どこか人の気配のする、あたたかい空間だった。


イエレナが椅子に腰を下ろすと、セレストは香り立つ紅茶をそっと置き、自らも向かいに座る。


「王都からはだいぶ離れているけど……ここは僕の隠れ家みたいな場所でね。

 無理はせず、ゆっくり過ごしてほしい」


優しい声音に、イエレナの肩の力がふっと抜けかけたそのとき。

彼の胸元で揺れる、銀のペンダントに目が留まる。


見覚えのある意匠――兄・アズベルトがイエレナに贈ったものと、まったく同じだった。


「……それ……」


イエレナの視線に気づき、セレストが微かに笑んだ。


「あぁ、これはアズから託された魔導具。“共鳴”の術式で、お互いの状態がわかるんだ。

 ……君を見つけられたのも、この子のおかげだよ」


その言葉に、胸の奥で眠っていた感情が、そっと揺れる。

イエレナは胸元のペンダントにそっと触れた。


「……アズが……」


「そう。彼は最後まで、君を守ろうとしていた」


セレストは書棚から小さな封筒を取り出し、彼女の前に置く。


「これが、アズから預かった手紙」


静かな声とともに、セレストは一通の封筒をイエレナの前にそっと差し出す。


見慣れた封蝋と、兄の名が書かれた文字。

イエレナはかすかに震える手でそれを受け取り、慎重に封を切った。


紙の感触が、遠い日々の記憶を呼び覚ます。

中から現れた筆跡は、確かに――兄・アズベルトのものだった。




【 次回予告 】


目覚めたイエレナを、

安堵を隠さず温かく迎えたのは――

隣国の王子・セレスト。


けれど彼の手にあったのは、

兄が遺した、もうひとつの“守り”。


絶えたはずの灯火は、

彼らの想いによって――

静かに受け継がれていく。


次話、第2話「守り継がれる灯火」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


物語の合間を綴った短編も、あわせて公開しています。

本編では語りきれなかった、ささやかな時間や想いを収めたものです。

よろしければ、そちらもお楽しみください。


▼短編集はこちら

『【短編集】亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる』

https://ncode.syosetu.com/n4783lg/


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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