6.あなたにはわからない
思わず口角があがりそうになるユイト。
言ってやったぞ!と言わんばかりにマークスを見るが、彼は平然と答えた。
「おう、奇遇だな。その案件なら俺も決まっているぞ。ヘッドハンティングされてね。しかし、君がインスタラクター……?」
「へ、ヘッドハンティング? ……え? 月面プラントに……ですか?」
「ああ、そうだ。俺の場合は現場じゃなくて責任者としてだが」
「は、はあ……?」
ユイトは意味がわからなかった。
無礼なマークスに自慢するつもりが、むしろ彼に自慢されている。
しかも、まさに今聞いたばかりの同じ案件だ。
「大したことじゃない。さっき言っていたあのベグ工場、つまりスマートファクトリーだが、アレを日本に誘致したのは俺だからね。正確には俺1人じゃないが、10年前に成功させたでかい仕事だったよ。その時のツテもあったから、ベグ本社からオファーが来てね」
ユイトはベグスマートファクトリー求人に対する彼の軽薄な態度の理由を理解した。同時に、自分とかけ離れた実績をもつマークスへの敗北感に言葉を失う。
「ただ、あんまり気が乗らなくてなあ……」
「こんな夢みたいな募集に、気が乗らない……。ボクなんて2年間もずっと就活してて1つも成功してないのに……。やっぱりエントリーするのはやめておこう……」
打ちのめされて消え入りそうなユイトの声に、マークスははっきりと答えた。
「やれるだろ。月面でのプロジェクトに選ばれたって言ったろ? あの案件に選ばれたってことは、君は何かしらのプロフェッショナルなはずだ」
「い、いえ、プロフェッショナルなんかじゃありません……。まだエントリーできるだけです。選ばれたのはエントリー資格があるってだけで内定でも推薦でもないと言われました。しかも、エントリーしたらベグゲームでの行動ログを見られるって……。この世界でも大したことしてないし、ボクなんかじゃ申し込んでもまた失敗するだけなんです……」
「失敗? 失敗なんて大したことないだろ。何かすれば、そりゃあ失敗する。当たり前だ」
「あ、当たり前じゃないですよ。失敗ばかりしてるからボクは」
恨めしそうに見上げるユイトの視線と言葉に、鬱陶しいと言わんばかりのマークス。
「ああ、もう。失敗失敗とうるさいなあ。挑戦には失敗は付き物だろう。そんなに文句ばかり垂れるんならやめちまえ。うじうじとみっともない!」
マークスの吐き捨てる物言いに、ユイトも思わず言い返す。
「ボ、ボクだってやりたいんです。でも、ずっとうまくいかない。ものづくりや職人に憧れてても、やりたくたってできないんですよ。だからせめてベグゲーム内で……ボクは……」
「職人? ものづくり……君がか? なーにを言ってるんだ。努力が足りなかっただけだろう。やるやらないは自分で決めるものだ。失敗を言い訳にして、これからどうする? 言い訳で道が開けるのか? 人生はそんなに甘くないんだ」
「あ、あなたになにがわかるんですか。よく知りもしないのにそんなこと……」
「わかるさ。君のそのおっかなびっくりの態度。そんな調子じゃ何度やってもうまくいかない。もっと堂々と行け、堂々と!」
「やればいいって訳じゃないんです! どうせまたうまくいかない……また失敗する」
一度も採用通知を見たことがないユイトにとって、成功というイメージが全く掴めない。
今あるのは失敗のイメージのみだった。
「そういうとこだよ。なんでいちいち狼狽えるんだ。受けるんだったらしゃきっとしたらどうだ。当たって砕けるくらいの勢いがなけりゃ叶うもんも叶わないぞ。ただでさえ職人なんて……俺の子供のころにもう廃れた職業なんだ」
「……もう月面の仕事が決まっているマークスさんに、ボクの気持ちがわかるわけない。一度も採用されたことのない怖さなんてわかるわけない」
「わかるわからないじゃないだろうって。君はやりたいことがある、なら、やるしかない。単純な話だ。こんなもんささっと申しこんじまえばいいんだよ。やりたいなら、やって合格! これ以外のルートなんてないんだ」
「か、簡単に言わないでください! やるのはボクなんです! つらいって思うのもボクなんです! そんなあなたみたいに単純にはいかないんですよ!」
「なにを怒っているんだ。やります!って言うだけだろ? エントリーしなけりゃ受かる可能性なんてゼロなんだぞ? せっかく声をかけられたんだろ!」
「そ、そんなこと、わかってますよ!」
「ったく、面倒くさいやつだな。勝手にしろ!」
「な、なんなんですかほんとに! 今会ったばかりでこんな……!」
言いたいことを言い切ったマークスは、ギチギチと不格好な動きで真後ろへ向く。
一瞬止まってから、セレネ広場への下り道を歩き出した。
ユイトはその後ろ姿を睨みつけ、溢れる悔しさを我慢できずログアウトした。