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4.強引な同行者

 悪態をつかれながらも、ユイトは急いでマークスの体を引っ張る。

 ぐいっと力一杯に引っ張ると、大根でも引き抜くようにずぽっとマークスが壁から引きはがされた。


「おお、やっと出られた! いやー、えらい目にあったよ。どこの誰かは存じませんが、えーと、どこにいるのかな?」


 まだ歩き続けているマークスを、ユイトは背後から羽交い絞めにしてとどめていた。


「マ、マークスさん。止まってください! まだ足が動いています!」

「お、おお。こ、こうか。いや、こうかな? んん? んんん? 何をどうすりゃいいんだ」


 四苦八苦しながら、手探り状態でなんとかマークスは動きを止めた。


「ふう、助かったよ。ありがとう。一時はどうなることかとって、……嘘だろ」


 ユイトへ礼を述べながら、マークスは突撃してしまった露店を見て言葉を失う。

 店内はなんともなかった。

 飛び散ったはずの商品はもとの場所に戻り、突き破ってしまったカウンターも元通り。


「あ、ここはNPCのお店なんで、なにかあってもすぐにもとに戻るんですよ。たまたまここは無人ですけど、NPCがいても平気です」

「NPC……? そ、そういうものなのか。技術的なことはよくわからないが。……何事もあったはずだが、何事もなくてよかった。改めて、ありがとう。助かったよ。俺はマークス。君は?」

「あ、はい。ユイトです。マークスさん」

「ん、俺が名乗る前から名前呼んでいなかったか?」

「え? あ、それはですね……えっと」


 ユイトはマークスの頭の上をちらちらと見ていた。

 ベグゲーム内ではキャラクターネームの表示・非表示を設定できる。

 マークスは初期設定のまま、事情に名前が表示されている状態だ。


「なんだ、はっきりしないな」

「……頭の上に名前が表示されているんです」

「ん? どこに? どこにもないじゃないか。俺が初心者だから、からかっているのか?」


 悪態を重ねるマークスにユイトはムッとしたが、慣れない初心者だからと多めに見て我慢した。

 視界の中、つまりベグゲームのゲーム画面内にある設定をいじり、ユイトは自分の名前を表示させて見せる。


「……こういうことです」


 マークスはユイトの頭上で名前が表示されたり、消えたりする状態を確認した。


「おお、なるほど。疑って申し訳なかった。そんなことができるのか……。いや、アバター操作がおぼつかないな。く、このアバター操作ってのは左右の手で同時に別のことをしながら、会話もしろって言われてるような感覚だ……」


 顔を上に向けて、自分の名前を見ようとするマークス。

 手と首、目の動きだけでもうまくいかない。


「さ、最初は慣れるまですごく大変ですから……。じゃあ、ボクはこれで……」


 背筋をまっすぐ伸ばして正面を凝視するマークス。

 マネキンのように瞬きもしないままに大声を上げた。


「おーいおい! ユイト君まってくれ! 哀れな初心者を見捨てるのはひどいぞ! もう少し手助けしてくれ!」


 悪びれもなく手助けを強要するマークスに、ユイトは思わずその場から一歩後退してしまった。

 ユイトの滑らかなたじろぎにマークスは驚嘆する。


「君はおどおどしながら、ずいぶんと滑らかなアバター操作をしているな……。大したもんだ。ベグゲームは長いのかな?」


 悪態をついたと思えば褒めてくるマークス。

 彼の言動に気圧され、ユイトはこの場を離れるきっかけがなかなかつかめずつい返答してしまう。


「い、いちおうサービス開始当初の1年前から……やってます」

「ほお! なら、この世界に詳しそうだな!」

「い、いちおうベグゲーム内のことなら、だいたいわかりますね……」

「で、そのベテランプレイヤーユイト君は、ここで何をしていたんだ?」

「え? あ、そうだった。エントリーに来たんだ……」

「エントリー?」


 思わぬできごとに遭遇し、ユイトは本来の目的を忘れていた。

 眉間に皺を寄せ、頭をかいて俯き気味に説明をはじめた。


「は、はい。じつはベグゲームプレイヤー限定の求人があって……」

「ほお、ベグゲームプレイヤー限定? 面白い案件じゃないか。詳しく聞かせてくれ」


 早く切り上げたいユイトの意に反してマークスは興味を示してしまった。

 ユイトはしぶしぶベグSF(スマートファクトリー)での募集詳細を説明する。


「なるほどねえ。あのベグ工場で募集か。あれは世界でも指折りだ。君のようなタイプが合格できるかねえ……。確率は低いぞ?」


 マークスは訝し気な声とともに、自分の胸あたりの空中を掻いた。

 本人は気づいていないが、この妙な仕草は顎をかいているのだろうとユイトは察する。


「……倍率が高いことくらいはわかってますよ。ボクはいかなきゃいけないので、では……」

「わかった。俺もそこへ連れていってくれ。ユイト君の邪魔はしない。この世界のことをもっと知らないとならないし、アバター操作にも慣れなければ」


 この場をなんとか離れようとしているのに、マークスの会話に対するレスポンスが良すぎて、ユイトは終始出鼻を挫かれてしまう。

 テニスの壁打ちかと思ってやっていたら、自分よりも壁の方がボールを積極的に打ち返してくる。

 ユイトの頭の中でそんな絵が浮かぶ。


「えっと……ま、待ってください。ボクも忙しくてですね……」


 ユイトの返事を待たず、マークスは方向をぐるりっと変えて歩き出す。

 一切関節を曲げない手足をブンブン振り回して、彼は情報局のある道を選んだ。


「ダメだ! 方向転換ができない! ユイト君すまんが手を貸してくれー!」


 野次馬が遠巻きに見守る中、ユイトは逃げ出すタイミングを完全に失ってしまった。

 名指しで叫ばれて無視できるほど、彼は他人との交流に慣れていない。

 何より、偶然にも進む方向が一致してしまった。

 ユイトは大きな大きなため息をつき、マークスの後を追う。

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